#10 竜と白薔薇と灰色の葛藤
ナゲットは保護した生徒を体育館へ送り届け、再び校舎の周りを歩き始めた。途中で何人か『ダーク』の下っ端を始末したが、その他は何も無い。校庭に出た。
「……」
突如、校庭の砂が舞い上がり、足元から鋭い何かが突き出てきた。しかしナゲットは足裏からの振動を感じ、数瞬前に後退して避けた。
「何だ……?」
大きい針かと思ったが、地面から1メートルほど突き出たそれは、植物のツルだった。多くのトゲが生えている。ツルはゆっくりと地面に沈んでいく。
「今の急襲を避けるとは。我らが配下を倒して回っているだけはある、なかなかの手練のようだ」
無機質な声に顔を上げると、白い髪、白い目、白いスーツ、そのポケットに白いバラ、やたらオフホワイトな青年がいる。
「『ダーク』の幹部さん? お初にお目にかかります、僕は煌々高校の物理教師、ナゲット・シリウスです。以後お見知り置きを」
「私は『ダーク』幹部長、白バラのセフェルだ」
「白バラのセフェルだ o,+:。☆.*・+。」
「キラキラを付けるな。悪いが、貴様の墓はここになるぞ」
「作ってくれるなんて嬉しいねぇ」
「軽口が叩けるのも今のうちだ」
セフェルは「【胃薔薇】」と唱えた。セフェルの足元から暗緑色のツタが生えてくる。さらにその先に毒々しい色の食虫植物が現れた。ネバネバした糸で虫を獲るピンクのモウセンゴケ、赤と緑が鮮やかな2枚の葉がハエを捕らえるハエトリソウ、一際目立つ紅色のラフレシア、地味な緑のツボの形をしたウツボカズラ。何でもござれだ。
「植物の異能者……!」
ナゲットはこみ上げてくる笑いを抑えきれなかった。
「貴様の墓には薔薇を供えてやる。紅い薔薇になっているだろうがな」
「どっちの血を浴びたんだろうねぇ」
ナゲットは軽口を叩きながら、そういえばエースはどうしているだろうと考えた。元気かな。
× × ×
エースは気持ちは元気ではなかったが、動きは元気だった。サーベルをもち、向かってくる相手を次から次へとなぎ倒していく。
そのうちに、屋上へ上る階段付近に隠れている生徒数人を見付けた。これでは敵に発見されるのも時間の問題だ。
(ここは3階だったな。渡り廊下から体育館に誘導だ)
エースは移動しようとしたが、すぐに体を倒して前転した。その上を刃が走る。エースは転がった反動を弑さずに立ち上がった。
相手はロッカーの間から現れたらしい。大柄な男で、黒に青のアクセントがある、軍服のような服を着ている。手には幅広で長方形の刃物がある。珍しい形だ。
「おお! 避けた! ガハハ、よくやるものだ」
「『ダーク』の幹部か」
「私はゴルフェンだ。お前は?」
エースは答えずにサーベルを構え、ジリジリ移動した。階段に近付く。生徒を守りながら戦わなければならない。
ブォン
長方形の刃が迫る。相手の力、刃物の大きさ、振る速度、総合的に計算し、サーベルで受けることができると判断。すぐさまサーベルを振り上げ、衝撃をいなすように受ける。柄が少し震えた。凄い力だ。
「生徒を守りながら戦うとはアッパレだな」
答えない。敵との会話は、隙を見付けるために行うものだ。答えるのに意識が逸れると、そこを斬られる。
その上、既に意識の半分は生徒に取られていた。背後の彼らは集団で心神喪失の状態らしい。「逃げろ」と短く声をかけると動く気配がした。
階段を上る音が聞こえ、そこで自分の失敗に気が付いた。まずい。逃げ場の無い屋上に誘導してしまった。
ブォン
背後に気を取られ、反応が遅れた。サーベルを構える余裕もなく、のけぞって避けた。すぐに縦振りがきたので、横っ飛びにかわす。
「ガハハ、守るものがあるのは大変だな」
煽ってくるが気にしない。ここで敵を食らい、屋上の生徒を誘導する必要がある。サーベルを構え直した。耳の通信機が鳴ったのはその時だった。
× × ×
同時刻・校庭
目の前で葉が閉じた。巨大なハエトリソウだ。人の腕くらいなら「いける」だろう。同時に、足元からトゲの生えたツタが突き出てくる。ナゲットはサッと避けた。
「どうした、異能を使わないのか」
「そんなに僕の異能が見たいかい」
上からハンマーのように振り下ろされるモウセンゴケをかわし、ナゲットは笑った。
「じゃあお披露目といこうかーー【竜武展開】」
ナゲットの周囲に、銀色の物体が円を描くように出現していく。それは動物の鋭い牙か鉤爪を模した刃物であり、同時にウロコのように強固な盾であった。これが竜武だ。
全ての竜武が現れないうちにナゲットは「《息》」と唱えた。竜武がセフェル向かって次々飛んでいく。
セフェルは自らをツタで囲った。その手前にモウセンゴケが現れる。粘着力で竜武を絡めとる心算らしい。竜武はモウセンゴケを避けて奥へ飛んだ。
次々に竜武が飛ぶ。セフェルは後ろからの追撃を警戒していたが、あることに気付いた。
「なるほど。貴様の異能の有効範囲は私の後ろで切れる。有効範囲を超えた時点で竜武とやらは消える。そして消えた竜武は貴様の元に現れる。有効範囲を利用して、無限の弾丸を実現しているわけか」
その通り、ナゲットの周囲には次々竜武が現れ、セフェルへ飛んでいた。装填されていく機関銃のように、その勢いは止まらない。
「ちょうど暇だったんだ。遊ぼうよ」
「悪いが時間が無い。すぐに食らう」
× × ×
1-E前廊下
アーカリウス・アーノルドの体から、紫電がほとばしった。針のような電流が……ワールへと向かった。
ピシィッ
電流はワールに当たった。ように、見えた。しかし彼は平気そうだった。
「やはり毒されたか、アーノルド。定期報告では『もう少し調査が必要だ』の一点張りで怪しいと思っていたが、その子供に情けが芽生えたようだな」
アーカリウスは電撃が効かなかったことに困惑している。
「何で」
ワールはコートを広げた。
「【蜘蛛の糸】」
コートの内側に糸が張り巡らされていた。この糸が電気を通し逃がしたのだ。さらにワールは糸を伸ばした。
ワールの背後に蜘蛛の巣状のバリケードが作られる。他者の介入を拒むためだろう。同時に、糸はアーカリウスの方へ伸び……アーカリウスは身構えたが……糸は彼女を通り過ぎて、1-E生徒に襲いかかった。
「うわぁ!」
「きゃ!」
全員が後ろ手に縛られた。バランスを崩して座り込む。ボブ・クェンダが【スーパーパワー】を使うが破れない。
「その糸はある程度勢いをつけないと切れないからね。縛られている状態から切ることはまず不可能だ」
ワールは不吉な笑みを浮かべた。
「アーノルド。この糸は私の体から、お前のお友達に繫がった。つまり、私に電撃を当てると、お友達にも通電だ」
アーカリウスは前後を見比べる。アーカリウスは力が弱い。糸は切れないだろう。異能を使えば……みんなが危ない。
「私がお前をここまで育てた。長い間、育ててきた。孤独ではないだろう? 彼らとは、数ヶ月も付き合ってない。お前の選べる道は2つ。私に攻撃してお友達も死なすか。それとも、『ダーク』に戻ると誓うか。その時、お前のお友達は人質にはなるが、身代金が手に入ったら解放する。どっちが賢いかな?」
× × ×
校庭
ナゲットは縦横無尽に動いていた。《息》で竜武を弾丸にしたが、ツタにことごとく弾き返されるのだ。
(外郭強化系か。防御力が異常に高いが、どこかに弱点があるはずだ)
セフェルの周囲の植物を観察する。ピンクのモウセンゴケ。赤と緑が鮮やかなハエトリソウ。地味な緑のウツボカズラ。そして……セフェルの近くに、紅い花弁が目にチカチカする、大輪のラフレシア。一際、派手だ。
(そこか、弱点は)
ナゲットはクツクツ笑った。
「【竜武展開】《爪》」
ナゲットの手の周りに竜武が7つ集まった。まさに爪だ。
ナゲットは走り出したが、すぐにツタやモウセンゴケが反撃してきたので下がる。隙の無い防御。時間でも稼ぐつもりだろう。ナゲットは「お喋り」することにした。
「こんなに隙の無い異能は見たことないね。ボディーガードにうってつけだ」
ツタの間から見えるセフェルの顔が、少し強ばった。
「私の仕事は護衛ではない」
「あれ、違った? どちらかというとデスクワークタイプだもんねぇ。書類整理とか?」
「馬鹿げたことを」
ハエトリソウが噛み付いてきたので《鱗》で竜武を盾にして防ぐ。
「失礼、失礼。相手の役職を当てるのが趣味なんだけど、今日は上手くいかないな」
「当てるも何も、幹部長だ」
「中間管理職は大変だね。上からは命令で、下からは不満が……」
ビシュッ!
地面からトゲ付きツタが突き出してきた。ナゲットはヒラリとかわす。
(ついにさえぎってきた。もう一押し、と)
「苦労が多いね、お互いに。僕も校長先生から色々言われて」
「貴様が分かったような口を聞くな。私はボスと対等だ。もう無駄話は終わりだ」
セフェルを取り囲むツタが外側に開き、さらに大量のツタが現れた。全てナゲットに向いている。つまり、
ナゲットは竜武を鎧にして走った。迫り来るツタやハエトリソウを弾く。目指すは紅のラフレシア。
つまり、敵が防御から攻撃に転じた今こそが最大の攻め時なのだ。セフェルの周りには多少のツタが残っているが、隙間がある。
「【竜武展開】《尾》」
竜武が一直線に繫がった。ナゲットがそれを降ると、竜武はムチのようにしなり、ツタの隙間を通り抜け、ラフレシアを直撃し、破壊できなかった。
破壊できなかったのだ。
この辺りを連載していた頃にスレが荒らされてしまったので、一度連載を中止しました。その後キャスフィが閉鎖するということを知り、連載を再開するのですが、その部分は次回。




