王子様にお会いしました
なんだかんだで、マテオは追い払われてしまった。
宰相様と二人きりなのは嬉しいけど、緊張するな~。
王宮の回廊に立つマレーヌは白い繊細な細工のアーチ型の天井を見上げていた。
すると、アルベルトが言う。
「マレーヌよ。
王子と結婚すれば、この宮殿もいずれお前のものとなるのだぞ」
そう言われても、豪華すぎてピンと来ないな~、とマレーヌは思っていた。
そんなマレーヌの表情に気づいたように、アルベルトは攻め方を変えてくる。
「見ろ、マレーヌ。
お前の気に入っているあの庭園。
あれもすべてお前の物だ」
そう言いながら、アルベルトは外を見た。
「お前たちが立ち入れない薔薇のトンネルがあるだろう。
あれをくぐり抜けたところに、秘密の花園のような場所がある。
芳しい香りを放つ花々に囲まれ、心地よい風の吹き抜けるガゼボがあるのだが。
あれもまたお前の物となるのだぞ」
ここからもその誰もが目を奪われる薔薇のトンネルは見えるのだが。
マレーヌは気のない声で、はあ、と言っただけだった。
そんなこと言われても実感が湧かなかったからだ。
「そのガゼボで食べるであろう、お前がまだ食したことがない菓子も、東洋の変わったお茶もすべてお前のものだ」
そうなんですかっ、とマレーヌは身を乗り出した。
だんだん、攻め方がわかってきたらしいアルベルトは王子の居室へと向かいながら、
「そこの、国の内外から貴重な本を集めた図書室もお前のものだっ」
と謳うように言う。
「そうなんですかっ」
衛兵が番をしている王子の部屋の扉の前まで来たときアルベルトが言った。
「うむ、わかったぞ。
お前にはこの上なく、庶民的なことか。
普通の女を喜ばせるのには、それじゃないだろ、というようなことを言うのがいいのだな」
なんだろう。
激しく下げられているような……と思いながら、マレーヌはアルベルトに続いて王子の部屋に入る。
エヴァン王子の部屋は趣味はいいが、王子の部屋というには簡素なものだった。
すっきりとして使いやすそうな家具の配置。
年代物で手入れのいい机など。
王子の人柄を表しているな、とマレーヌは思った。
「エヴァン王子、ユイブルグ公爵家のマレーヌ嬢をお連れしました」
ああ、と立ち上がり、王子が微笑む。
さらさらの金の髪に白い肌。
青い瞳でちょっと可愛らしい顔立ちのエヴァン王子は花のように笑って言った。
「シルヴァーナの妹君だね、久しぶり」
王子は仕事の手を休め、一緒にお茶をしてくれた。
後継ぎの第一王子なのに、相変わらず気さくな人だ、とマレーヌは思う。
同じ学校出身なこともあり。
学生時代の話や教師の話。
姉や仲間たちの近況を語ったりできたので、そんなに話題には困らなかった。
だから、王子を前にして緊張するということはなかったのだが。
横から窺うような目つきで見ているアルベルトには緊張した。
王子に少しでも無礼を働こうものなら、公爵家の令嬢でも斬るっ、くらいの視線だったからだ。
マレーヌはその横からの鋭い視線をビリビリ感じていたが、さすが王子は余裕の微笑みで語りつづけていた。