従者 マテオ
アルベルトに手を離されたあと、その場で巨大な宮殿を見上げ、マレーヌは思う。
王宮なんて、なにかの行事のときにしか来たことないなー。
そして、こんな風に馬車で真正面の扉まで乗り付けるとかやったことない。
位の高い公爵家の人間であっても、馬車は別の場所で降りねばならない決まりになっていた。
ここまで乗ってこられるのは、王族と宰相だけだ。
「ここまで宰相様のように馬車で来られる。
それが王族に嫁ぐということなのですね」
そう呟いて、妙なところで感心するな、という顔をアルベルトにされた。
「でも私、鳥のさえずる王宮の庭園を正面玄関まで歩くの、結構好きなんですけどね」
と言って、
「おかしな娘だな。
王子の元許嫁など、まだ嫁いだわけでもなかったのに、嬉々として馬車で乗り付けていたぞ」
とアルベルトに言われる。
「だが、まあ、私もこの緑あふれる庭園を歩くのは好きだ」
とほんとうにお好きなのですか? と問いたくなるほど冷たい顔で振り返り庭園を見ながらアルベルトは言う。
「ところで、そんなことより、この者はなんだ?」
アルベルトは冷たい視線をさらに凍らせ、マレーヌの背後にいる者を見た。
アルベルトの警護の者に混じり、馬車を守るように馬で並走してきたマレーヌの従者、マテオだ。
「幼少の頃より支えてくれている私の従者というか、幼なじみですが」
アルベルトはマテオを上から下まで見、マテオに問う。
「……お前はいつも、マレーヌについておるのか」
はい、とマテオが言うと、
「そうか。
お前はクビだ」
とアルベルトは言い出す。
はいっ? とマテオもマレーヌも訊き返した。
「クビにするよう公爵に進言してくる」
淡々と言うアルベルトにマレーヌは反論する。
「何故ですか!
マテオは私の乳母の息子で、私にとってはもうひとりの兄も同然な幼なじみなのですよ」
だが、それを聞いたアルベルトは、
「いや、より駄目だ」
とは言う。
「何故ですか」
とまたマレーヌが詰め寄ると、アルベルトはマテオを、その視線、凍死しますっ、という目つきで見ながら言った。
「こんなに屈強な身体つきで」
「いけませんか?」
「純朴そうで」
「いけませんか?」
「主人思いの」
「いけませんか?」
「顔の整った男は駄目だ」
「いや、何故ですか……」
とマレーヌは呟く。
「王子がお前に手をつける前に、この男が手を出したらどうする」
「マテオは兄も同然と申したではないですか」
ねえ、マテオ、と言ったが、マテオは何故か沈黙している。
いや、そこは同意して、と思いながらも、仕方がないので、マレーヌはアルベルトに向かい言った。
「それを言うなら、私がこうしてあなたといるのはいいのですか」
だが、氷の宰相はあの瞳で自分を見下すように見て言う。
「私は王子の花嫁候補に手を出すほど不敬ではない」
いや、私が花嫁候補って、それ、あなたが強引に押し進めてるだけですけどね、
と思っていたが、鋭いアルベルトの眼光にそれ以上はなにも言えなかった。