ともかく王子妃になってくれ
「よかったな、お前、片付く先が決まって」
しかも王子様だぞ~、とアルベルトが帰ったあと、兄たちは嬉しそうにマレーヌに言ってきた。
「片付くって言われ方、嫌なんですけど……」
「そうか。
じゃあ、言い換えてやろう。
この国の王子が片付いてよかったな~」
「ちょっと、御無礼よ」
と言いながら母は笑っている。
「なにが悪い。
男と女の立場を入れ替えただけですよ、母上」
と兄は言うが。
いや、問題なのは相手がこの国の第一王子というところではなかろうか、とマレーヌは思っていた。
「私、お嫁には行きたくありません」
そうマレーヌは言ってみたが、家族全員に反対される。
「お前、シルヴァーナのようになったらどうするつもりだっ」
シルヴァーナはマレーヌより五つ年上なのだが。
この時代のこの国では、そろそろ行き遅れと呼ばれる年頃だった。
「私がなんですって?」
王立図書館では館長付きの秘書をやっているシルヴァーナが戻ってきた。
コートをメイドに渡しながら言う。
「聞いたわ、マレーヌ。
エヴァンの許に嫁ぐことになったのね。
可哀想に。
エヴァンは悪い人じゃないけど、あなた、もうなにも自由にならないわよ」
本と自由を愛するシルヴァーナにとって、わずらわしい付き合いの増える王子妃というのは、好ましい立場ではないようだった。
「やめてちょうだい、シルヴァーナ。
それでなくとも、マレーヌは乗り気じゃないんだから」
と母が眉をひそめる。
「そうだぞ、シルヴァーナ。
それに王子の許に行くと、なにも自由にならないなんてことはないぞ。
例えば、お前の大好きな本も買い放題だし。
いろんな国から取り寄せ放題だ」
まあ、と麗しきシルヴァーナはマレーヌの手をとった。
「なるほど、そうね。
マレーヌ、エヴァンの許に嫁に行ってちょうだい。
そして、私に本を横流しして」
あっさり姉に売り飛ばされる。
「あなたも好きでしょう? 本。
あとお菓子も好きよね。
きっと他国のお菓子も取り寄せ放題だわ。
いえ、そもそも、貢ぎ物として、私たちの口には入らないような、見たこともないお菓子がたくさん来るわよ」
……それは気になるが。
敵国からは毒なんかも入って貢がれそうなので、勘弁だ。
そうマレーヌは思っていたが、姉も兄ももう押せ押せ状態だった。
「そうだぞ。
王子と結婚すれば、なんでもお前の自由になるんだ」
と上の兄が笑顔で言い、下の兄も同調して言ってくる。
「エヴァン王子はお前の好みではないのかもしれないが。
王子の気がよそを向いたら、気に入った愛人を作っても文句言われないかもしれないぞ」
……気に入った愛人。
ふと、氷の宰相アルベルトがマレーヌの頭に浮かんだ。
愛人になってくださいとか言った瞬間に、ぶった斬られそうなんだが、
と思うマレーヌは、こうと決めたらすぐ動く、即決即断のアルベルトに呼ばれ、翌日、王宮へと向かった。