なにかこう、もやっとするな
数日後、王宮の廊下を歩いていたアルベルトは懇意にしている大臣に声をかけられた。
「ユイブルグ家の令嬢を王子に添わせるお話、順調なようですな」
そう機嫌よく言ってくる大臣に、
「なにが順調なものですか」
と宰相は溜息をついた。
だが、
「でも、マレーヌ嬢は、王子との婚姻に乗り気なようではないですか」
と大臣は言う。
「そうですか?」
「この間など、王子の好む菓子を調べて異国まで手配したとか。
今は落ちぶれてはおりますが、ユイブルグには昔からの他国とのつてがありますしな。
マレーヌ嬢が妃となったあかつきには、そのつて、王家にとって、強い力となりましょう」
大臣はマレーヌと王子との婚姻後の政治的な話をしていたが。
アルベルトは違うことが気になっていた。
……私には王子との婚姻には乗り気でないと言っていたが、あれは恥じらいであったのか?
古いつてをたどってまで、王子に菓子を用意するとか。
「しかも、王子の方もマレーヌ嬢の訪れを日々楽しみにしているご様子」
「そうなのですか?」
ここ数日は忙しく、マレーヌを執務室に送り届けるのは、マテオの役目となっていた。
間で覗くようにはしていたのだが。
そうか。
王子はマレーヌが来るのをいつも心待ちにしていたのか。
……なんだろうな。
気分がしゃっきりしないが、と思いながらも、仕事を済ませ、一段落ついたところで、マレーヌの様子を見に行こうとしたら、向こうからやってきた。
マレーヌは意匠を凝らした紙箱を手に訪ねてきた。
東洋風の布が貼ってある立派な箱だ。
「宰相様、東洋から取り寄せたお茶です。
あまり珍しいものではないのですが、とても美味しいのです。
ぜひ、お召し上がりください。
いつもご迷惑おかけしているので」
とマレーヌは笑う。
「どうした。
すまないな」
娘を気遣う父からは時折、付け届けが贈られてくるのだが。
マレーヌ自身からは初めてだった。
「エヴァン王子に東洋から珍しいお菓子を取り寄せたのですが。
宰相様はお菓子はお好みでないようでしたので、お茶にしました」
いつもありがとうございます、と微笑み、渡される。
「そうか。
申し訳ないな。
いや、私も別に菓子が嫌いなわけではないのだが」
「そうなのですか?
では、あのときは我慢してらしたのですね」
と笑うマレーヌに、あのときとはいつだ? と訊いたのだが、マレーヌは何故か赤くなり、答えない。
なんだかわからないが、マレーヌが自分のために取り寄せてくれたというお茶の入った箱を胸に抱いていると、さっきまでのイライラが消えていく気がした。
「今、王子との婚約の儀について、王様と話を進めている」
と今の状況について説明すると、そうですか、とさっきまで花のように笑っていたマレーヌの表情がくもった。
「ともかく、王子の相手が決まらぬと、みな、安心できぬからな」
「宰相様」
マレーヌは小動物に酷似した愛くるしい瞳をこちらに向けて問う。
「宰相様はエヴァン王子の嫁を探すのに熱心でいらっしゃいますが。
宰相様ご自身の奥様を探したりはなさらないのですか?」
実は、マレーヌは、
この件が片付いたら、安堵したアルベルトが自分の嫁探しをはじめてしまうのでは?
と不安に思っていたのだが、アルベルトはそんなことには気づくはずもなかった。
「そうだな。
まあ、いずれは嫁をとらねばならないだろうが。
とりあえずは、王子の妃を探さねば。
お前がさっさと王子の元に嫁いでくれたら、探せるのだが」
そう言ってみたが、
「じゃあ、嫁には行きません」
と言われてしまう。
何故だ。
ほんとうにこの娘はわからぬ。
一国の王妃にしてやろうと言うのだぞ。
感謝されこそすれ、そのような泣きそうな目をされる覚えはないのだが、
と思うアルベルトにマレーヌが訊いてくる。
「……何故、私なのですか?」
うん? とアルベルトは自分を見つめるマレーヌの顔を見る。
「何故、私が適任だと思われたのですか。
無害な娘なら他にもいると思いますが」
アルベルトは深く頷き言った。
「確かに王家の支えとなる良き娘は他にもいるやもしれん。
だが、私は自分の人を見る目を信じている。
それが確かだったからこそ、数々の妨害も蹴散らし、こうして、宰相となれたのだからな。
父のように、王の身近にあり、王を親身になって支えることが私の夢だ」
「……宰相様」




