どうかされましたか、王子
廊下に出たあとで、アルベルトは、もうちょっとやさしい言葉をかけてやるべきだったかな、と思った。
なんだかんだで、自分の都合でマレーヌを振り回している。
ちょっと慰めてこようとアルベルトは見送りに出た下の兄とともに、もう一度、部屋に戻ろうとした。
「マレ……」
扉を開けかけたところで、マレーヌが脅迫状をパリッと引き裂いた。
「もう~っ。
役に立たない脅迫状なんだから~っ」
振り向いたマレーヌと目が合う。
マレーヌは自分を見て、兄たちを見て、また自分を見た。
祈るように手を合わせ、怯えてみせる。
「き、脅迫状とかっ。
恐ろしいですわっ、宰相様っ」
「……いや、お前、今、裂いたうえに足で踏んでおるが」
とアルベルトはマレーヌの足元を見た。
「失敗しました。
儚げなところを見せるべきでした」
翌日、マレーヌは王子の執務室で仕事を手伝いながら、愚痴っていた。
「だが、宰相が儚げな女性が好きとは限らないじゃないか」
あれは、そういう女は鬱陶しいとか思ってそうだよ、と何故か王子に慰められる。
身を乗り出し、
「王子、良い方ですわね」
とマレーヌは言ったが、王子は何故か赤くなって身を引いたあとで、
「……良い方だとか言いながら、私とは結婚しないんだろう?」
とまた言ってくる。
「だって、王子にはたくさん妃を希望される方がいるではないですか」
「野心満々の者ばかりだけどね」
と王子は溜息をつく。
「それは私も私の心が宰相様になければ、王子をお支えしたいところなのですけど」
とマレーヌも溜息をつく。
「マレーヌ。
君はそもそも、いつ、どんな風に宰相に恋したの?」
「は?」
「……いや、今後の参考にと思って」
と言う王子の声は小さい。
なんの参考だ、と思いながらも、マレーヌは言った。
「王様の戴冠式のあとのパーティで出会ったのです。
宰相様はお父上とともに式に参列していらっしゃいました。
まだ子どもといってよい年なのに、とても据わった目をしてらして。
菓子などにも目もくれずに静かにしてらして」
王子は何故かそこで頭を抱える。
「どうされましたか?」
「いや……私は菓子に目がないので」
王子はそのとき、菓子に釘づけだったうえに、たくさん同い年の子どもたちも来ていたので、大はしゃぎだったらしい。
「そうだったのですか」
とマレーヌは言って、
「……君が私の方を見てもいなかったことはよくわかったよ」
と言われてしまう。
「すみません。
お菓子と宰相様しか目に入っておりませんでしたので」
「私は視界に入らないのに、お菓子は入っていたんだね……」
まあ、子どもですからね、とマレーヌは思っていた。
「でも、無邪気にお菓子を喜ぶ子どもの方が子どもらしくていいと思いますが」
「でも、君は子どもらしくない宰相が好きだったんだろう?」
今日は引っかかるな~とマレーヌは苦笑いする。
なにかまずいことでも言っちゃったかな。
今度、お詫びに、王子様のお好きなお菓子でも、調べて持参するか、と思いながら、またデスクの上の文書に目を通す。




