マテオの日常
次の日は、アルベルトが迎えに来て、マレーヌを王宮に連れていった。
アルベルトのせいで、ついて行けないマテオは陰からそっと尾行する。
妃候補のマレーヌを邪魔に思い、狙ってくる輩がいるかもしれないからだ。
例え彼女が永遠に自分のものにはならないとしても、彼女を守りたい。
そうマテオは子どものころから誓っていた。
せめて、彼女がいい夫に恵まれ、幸せになるところを見届けようと思っていたのに。
何故、王子。
国になにかあったら、真っ先に命の危険にさらされてしまうではないか。
マテオは知り合いの衛兵と話をしたりしながら、王宮の庭をうろついていた。
そっと回廊を窺っていると、アルベルトと歩いていくマレーヌが見えた。
愛らしいマレーヌは氷の宰相アルベルトに睨まれても、まるで気にせず笑っている。
マレーヌ……と想いを込めて見つめていると、マレーヌはアルベルトとともに王子の部屋に入っていった。
さすがに王子の部屋の周辺までは近づけない。
警備が厳しいからだ。
ふう、とため息をつき、じっとしていると、やがて、アルベルトがひとり出てきた。
なんだかんだで、いい男だよな、宰相、とマテオは思う。
そこらの騎士より逞しい体躯。
ちょっとした刺客くらい簡単に跳ね除けそうだし、マレーヌのことも守れそうだ。
いやまあ、マレーヌの相手は王子であって、宰相ではないのだが、と思いはしたが。
マレーヌが心惹かれているのが、宰相の方であることも知っていた。
ふう、とまた溜息をつき、顔を上げたマテオはぎくりとする。
かなり遠い位置なのに、木の陰にいるのに、宰相アルベルトはこちらを見ていた。
ひっ。
い、いや、待て。
自分を見ているわけではないのかもしれないっ、
とマテオは慌てて周囲を見回したが、王子の居室の近くに衛兵はいるが、この辺りには誰もいなかった。
アルベルトが手招きをする。
まだ、他の誰かを呼んでいる可能性を求めて、キョロキョロしてみたが、やはり、いない。
仕方なく、アルベルトの元に行くと、
「もうよいぞ」
と言われた。
「は?」
これは……正式にマレーヌの護衛を解かれたのだろうか。
自分はマレーヌの父、ユイブルグ公爵に雇われているのだが。
マレーヌが王子妃候補となった今、彼女の警備の決定権は王宮にある気がしたからだ。
だが、アルベルトは言う。
「マレーヌに気がある風なお前を側に置くのは不安であったが。
お前のその、決してマレーヌから目を離すまいとする態度、感服した。
彼女を守るのに、これほどふさわしい男はおるまい」
威厳のある声。
見ているものを凍てつかせるほど、冷徹な瞳。
だが、そんな彼から、自分を買ってくれているようなことを言われると、普通に褒められるより、遥かに嬉しい。
マテオは思わず、その場に跪いていた。
「はっ、ありがたき幸せっ。
宰相様の命に従い、これからもマレーヌの……
マレーヌ様の身に何事もないよう、全身全霊をかけて見張らせていただきますっ」
うむ、よろしく頼む、と言い、宰相は行ってしまった。
その信頼を感じる言葉に、ぽうっと美しき宰相を見送ったあとで、ハッとする。
「やばいやばい。
こんな感じでマレーヌもあの人にやられたんだな」
と呟いた。
帰りはアルベルトとマレーヌの乗る馬車を警護することを許された。
生真面目なアルベルトはマレーヌを館に送り届けると、お茶も飲まずに仕事に戻っていった。
「マレーヌ様」
とマテオはアルベルトを見送り終わった彼女に話しかける。
「あの方はやはり恐ろしい方ですね」
「えっ? そうかしら?」
「でもまあ、マレーヌ様のお気持ちはちょっとわかりました。
人はあまりにも恐ろしいものを見ると、恐怖のあまり、逆に近づこうとしてしまうようですね」
と言ったが、
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
とマレーヌは苦笑いしていた。




