IFストーリー① 8 それぞれの道
ある日、自宅マンションのインターホンがなる。
モニターで確認するとKと初めて見る顔の男だった。
中に招き入れてる。
「そろそろ来るとは思ったが、そちらさんは?」
そう聞く俺にKが答える前に男が
「初めまして。私はコードネーム仁です。
新しくバランサーになる者。これから宜しくお願いします。」
ジンを名乗る者が挨拶してきた。
交代って事なのか?
バランサーのシステムを良く知らない。
「バランサーの代替わりなのか?
早くないか?Kだって俺と同じ位の年齢だろ?
バランサーのシステムが分からんな。
魔王とかと違うのか?
別に言えないなら仕方ないがな。」
バランサーってのは謎だ。
けれど、いつだって俯瞰的に公正でならなきゃやれないだろうから感情で振り回されても困るだろう。
「そうだな。バランサーは魔王とは違う。
交代も、その時々で違う。
それにバランサーの宿命を持つ者は一人ではない。トップに立つか立たないかだけだ。
魔王が神の一部になったので説明しておく。
バランサーは、神の一部から離脱し人に堕ちた者達だ。人間として未熟者。
だからバランサーとしても、感情に振り回される事がないし表情が乏しい。
神の一部だった頃の能力を持ち合わせてるからだ。
しかし、神の一部から離脱してまで執着した理由を手にすれば、急速に人としての感情が表に出始める。己の欲望が優先される。
理由を手にするタイミングもバランサー次第だ。
無限の選択肢を選べる自由だ。
魔王や聖王の逆なんだバランサーは。」
何だか理解出来るのは、ずっと先なのだろうと思った。俺は覚醒したばかりだ。
やっと俺の居場所に帰ってきたと思っている。
神の一部の闇になった訳だが、そこから離脱したいとは今の俺には考えられない。
「今の俺が言える事はだな。
オマエらは、物好きだな。
執着を増やしてく訳だろう?執着の数が増えていくのが欲望だ。夢や希望さえ欲望だ。
苦行をやりたいのか?せいぜい楽しめ。
オマエが、これから味わう感情全てが幸せとは限らない。まぁ〜、俺が居るよ。
辛くなったら愛してやるから闇に問いかけろ。いつでも受け入れてやる。」
ニヤリと笑いながらKに言う。
するとKがジンを先に帰る様に促す。
ジンは、近い内にまた来ると帰っていく。
Kが個人的に話があるらしい。
「なんだ?なんだ?
さっそく俺に愛して欲しいの?
それとも欲望を叶えて欲しいの?」
俺が、冗談ぽく言うと
「真面目に話したいんだが?」
そう言って呆れている。
俺は楓に缶ビールとつまみを用意させた。
そして缶ビールで乾杯して
「さっ、話せ。
真面目に聞いてやる。なんせ、もう会えないかもだからな。もう一般人なんだろ?普通の人間として生きる訳だよな。何処かで、すれ違っても他人のフリだ。」
そう言うとKは話し始めた。
「確かに、魔王の様な奴とは関わりたく無いですね。普通に性格的に合いませんから。
けど、まずは御礼から。
ローズマリーを俺に差し向けてくれて有難う。
星夜くんとウィリアムが違うと分かってたが、星夜くんが彼女に執着したら別の道があった。
俺的には賭けだった。
俺だってガロとは違う。
また違う性格なんだと思う。
けど、彼女には本能的に惹かれるんだ。
どんな容姿で、どんな性格だろうがな。
ローズマリーは最後に、闇に溶けると言ってたよ。ウィルは欲張りだとか、ウィルらしいとも言ってたかな?ウィルの中に溶けると言ってた。
彼女を闇から救い上げてくれて有難う。
ウィリアムがローズマリーに執着して狂気なまでに愛した気持ちが今なら分かる。
ガロとしてはウィリアムがムカついてた、あの時の気持ちは今にして思えば軽かった気がするよ。
今なら耐えられないし、奪ってたと思う。
星夜くんが彼女を手放してくれて感謝してる。
それが言いたかった。」
そう言うと微笑んだ。
Kの微笑みなんて初めて見た気がする。
「なるほどな。
最初は、オマエが俺に縁を運んだのか。
嵌められたな。
俺が彼女を選べば今の俺は存在しないと。
俺も記憶で見た精霊王はムカついたけどな。
聖霊をライバル視してた俺は凄いよな。
まぁ、俺は星夜だって気持ちが勝ったんだろうな。俺はウィリアムじゃねぇし、そんな俺が一人の女だけを愛せる訳が無いんだ。
俺の中の、どっかにウィリアムは居ると思うよ。闇の中で、今頃ローズマリーと混ざり合ってんじゃねぇかな?
けど、分かってたんだろ?俺が闇になるって。
今の俺は、ありのままを受け入れられるがオマエは、これから、ありのままを拒絶してくんだ。
感謝なら俺がしてやる。
結局は、俺は全ての人を愛してるよ。
彼女もオマエもな。
オマエらの中の闇を俺が執着し支配してる。
俺の愛であり悦びだよ。
せいぜい、彼女との幸せな未来を望め。願え。
それが生きる悦びに繋がる。
不安や恐れを糧にしろ。
いつかの縁のよしみだ。
自分で作った不安や恐れに呑まれそうな時は救ってやる。魔に取り込まれない様にな。
愛するオマエ達に俺からのプレゼントだ。」
Kは、苦笑いする。
そして
「魔王。俺の名前は日下 大牙。
この世界で、無限の選択肢を選び取る。
本当は冒険好きな彼女と二人で、楽しみながら欲望を満たしてくよ。
いつか、何処かで会ったら俺は声を掛けて欲しい。俺と彼女の行く末を知ってて欲しいから。」
人間らしくなったのだろう。
冷たく綺麗なだけの作り物の様な顔だったKは何処にも居なかった。
輝きある笑顔で希望に満ち溢れた顔は少しだけ幼く可愛く見えた。
「大牙か。お前は急に変わったな。
お人形さんみたいだったのにな。
可愛く笑えんじゃねぇか。
俺に女神アルティアみたいになれって?
それは無理だな〜。俺は全ての人を愛さなきゃだからなぁ〜。お前達ばかり贔屓出来ない。
寂しくなったら呼べばいい。俺が溺愛しに行ってやる。けどな、俺の溺愛は魔薬だ。覚悟は必要だぞ。甘美な快楽の虜になれば身の破滅だ。
人間の欲は尽きる事はない。
彼女への愛も、彼女からの愛が欲しいと貪欲に求める様になる。貰っても貰っても求めるんだ。
それもまた甘美だ。
俺の記憶の中のウィリアムもそうだったな。
ローズマリーの愛を色んな形で試してた。
あの時と逆だな。今度は俺が傍観者だ。
安心しろ。俺はガロの様に殴らないぞ。」
そう言って笑うと大牙も笑った。
記憶の中のウィリアムは、ガロが嫌いだった。
恋敵だと思っていたからだろう。
そして、きっとガロに負けたくなかったのだ。
ある意味で、ガロにも執着してたのだろう。
そう、ウィリアムは欲張りだった。
今の俺も欲張りだが、人間の執着や欲とも何かが違う気がした。
区別を付けなくなったからかも知れない。
「じゃ〜、帰ります。彼女が待ってるので。
もう混沌は終わりますよ。魔王さんも、ある程度は自由になると思いますよ。」
そう言って帰って行った。
清々しい位に爽やかな笑顔だった。
「楓〜。
何?あの爽やかボーイは。
あれ、本当にKなの?
バランサーって心を殺してると思ってだけど
感情が乏しいだけだとは…。
そろそろ、キラキラな流れになるのかな。
キラキラが嫌いな奴らが闇に逃げ込んでくるかな?俺に逢いに来るかなぁ〜?
それはそれで楽しみ〜。
人間に、もっともっと求められたい。
自由にしていいって言われたら、まず何する?
欲望溢れる夜の街でも行こうか?
他の神徒達も連れて楽しもう。
早く、許可出ないかなぁ〜。」
ウキウキしてた。
制限が続くとストレスだ。
俺は、自由でいたい。
「魔王様。楽しそうですね。
魔の世界と、この部屋に監禁状態でしたからね。
私と交わるのだけじゃ物足りない訳ですね。
神徒達も次々に手を出して。
魔王様の貪欲さにも困りましてよ。
神徒達は、悦んでますけど。」
楓が呆れてる。
もう少し、緩く居て欲しいものだ。
「だってさ〜。
お前達、神徒との戯れも楽しいけど。
人間の欲望は桁違いに刺激的だ。
やっぱり人間って良いよね。
人間と戯れたいよ。
そんな欲望もあるんだね、なんて発見もあって楽しいし。
楓も、そう思うだろう?
お前だって人間交えた方が楽しそうじゃん。」
ニヤけ顔で、楓を見れば
「それはそうですけどね。
そこは嘘でも楓が一番だとか言って下さい。
私は、魔王が一番ですからっ!」
ヤレヤレだ。
「楓くん。あまり俺に執着してると人間に堕ちちゃうよ〜。
今の自由と、人間の自由を天秤にかけてみろ。
オマエは、どっちがいいの?
俺はオマエも人間も同じ位に愛してるぞ。
だから、オマエが人間に堕ちても良いが
この世界に堕ちるとは限らないぞ。
そしたら、俺から離れる事になるが
俺は寂しいぞ〜。オマエは寂しくないのか?」
そう言う俺に楓は頬を膨らませながら
「魔王様。揶揄わないで下さい。
なんで私が魔王様から離れる選択肢を選ぶんですか。それは嫌です!絶対に嫌です!
永遠に一緒に居ますよ。
魔王様は意地悪いですね。
魔王様が楽しいのが一番ですよ。
そんな魔王様と私も楽しみたいですから。
でも、嫉妬もするんです。嫉妬は私の悦びですからね。付き合って下さい。」
たまに、付き合うのも面倒だと思ってしまうが
それもまた可愛く思う。
感情に素直だからこそだ。
「はいはい。楓は可愛いよ。
前から言ってるだろ。楓は俺のお気に入りだって。俺の隣にずっと居られるだけで満足して欲しいもんだ。
それにな、嫉妬を楽しむなら文句言うな。
俺が自由にしてた方が嫉妬を楽しめるだろ?
それとも、俺を困らせるのが楽しいのか?
悪い子だ。愛しくて堪らないね。」
そう言って楓にキスをする。
そして絡み合う。
次のバランサーは、どんな風に導くのだろう。
俺を自由にさせてくれるといいな。
そんな事を思いながら楓の欲望を受け止めた。