第一印象
その日は、あっという間に、やってきた。
呼び出した側として。
遅れるようなことが、あってはならない。
そんな思いからか。
集合時間の、1時間前に、到着する。
かなり早くに、着いちゃったな。
どんな人が、何人、来てくれるんだろうか?
もし1人も、集まらなかったら、どうしよう。
すぐにでも、会いたかったのに。
いざ、会えるとなると、不安になる。
そして、ネガティブなことばかり、考えてしまう。
今日まで、かなり緊張していたのと。
不安で、2週間ぐらい前から、あまり眠れていない。
そのせいか、目の下には、クマができていた。
これじゃあ、寝不足なのが、バレバレだ。
第一印象が大事なのに、どうしよう。
不安で、公園内をうろうろと、歩き回る。
すると急に、腹痛に襲われて。
入り口から見て、右側にあるベンチに、腰を下ろす。
おそらく、緊張が、原因だろうな。
そして、座ったまま。
お腹をさすりながら、うなだれていた。
ーーその姿勢のまま、気づけば、30分が過ぎていた。
だが、腹痛は、治まらなかった。
ザッザッザッザッ……。
左側から、足音が聞こえた。
足音からして、子供ではないことが、分かった。
徐々に、その足音は、僕の方に近づいてくる。
そして、近づくにつれ、足音は速くなる。
当事者の1人かな?
それとも、ただの通行人で。
異様な、僕の姿勢を、気にして。
わざわざ、中に入って来てくれた、のだろうか。
いずれにしても、僕には。
その、“速くなる足音“が、恐怖でしかなかった。
そして、僕の前で、足音は止まった。
「大丈夫ですか?」
意外な言葉に驚いて、顔を上げると。
目の前には、心配そうな顔をした。
茶髪の男の人が、立っていた。
見た目からして、大学生くらいだろうか?
彼は心配して、駆けつけてくれていた。
にも関わらず、僕はそんな彼に。
恐怖心を、抱いていたなんて。
本当なら、感謝すべきところだが。
僕に、そんな余裕はなかった。
「あっ。大丈夫です。
緊張からくる、腹痛なので」
「顔色、すごく悪いですけど」
「ただの、寝不足で。
これも、大したことないので」
「なら、いいですけど。
オレも同じなんで、気持ち、分かりますよ。
初対面の人と会うのって、かなり緊張しますよね」
「じゃあ、あなたも、当事者の1人ですか?」
「はい。 あっ、そうだ。 言い忘れてた。
こちらが、“ハートミュージックの集い”、ですか?」
僕らが、この公園に、集まる際に。
当事者であることを、証明する、合言葉がある。
それは彼が今、言ってくれた言葉である。
この言葉は、神様から、ここに集う皆が。
聞いているはず。
もちろん、僕もその1人だ。
「はい。 お待ちしておりました。
けど、“変な初対面”になってしまい、すみません」
「いいえ。 大したことなくて良かったです。
あっ、そうだ。
オレ、なにか飲み物、買ってきますね。
そしたら、少しは落ち着く、かもしれませんし」
「じゃあ、お願いします」
「任せてください。
それと、あと何人、来るんですか?」
「それが、まだ分からないんです」
「そうですか……。
なら、多めに10本くらい、買ってきますね!」
「よろしくお願いします。
あと、これ持っていって」
僕は、自分の財布を、手渡す。
「さすがに。
これは、申し訳ないですって」
彼は慌てて、財布を突き返す。
「呼び出したのは、僕なので」
「でも……」
「これくらいして、当然ですから。
気にしないでください」
「じゃあ、お気持ちだけ!
もらっときます」
「あなた1人に。
全額、払わせるわけにも、いきませんし。
なにより、僕が。 納得できませんから」
「……分かりました」
ようやく、彼は財布を、受け取ってくれた。
「じゃあ、悪化すると、わるいんで。
座って、待ってて、ください」
「ありがとうございます」
どんな人が、来てくれるのか。
かなり不安だったけど。
いい人そうで、良かった。
「あと、もし良かったらこれ、使ってください。
オレの私物で、申し訳ないんですけど」
彼は少しだけ、出口の方に歩いてから。
また、戻って来て。
“なにか”をこちらに、差し出している。
なんだろう?
不思議に思いながら。
差し出された、手を見ると。
手の上には、“肌色の液体が入った、ペンのようなもの”。
が乗せられていた。
ペンかな。
でも、肌色のインクのペン、なんて。
聞いたことも、見たこともないし。
いや。
ぬりえ目的なら、肌色のペンも、あるかもしれない。
けどもし、これがペンだとして。
なぜ今、僕にこのペンを、渡してるんだ?
既に、姿が見えている、にも関わらず。
‟差し出されたもの” がなにかは、分からなかった。
「ハハハハハ……」
シーンとした公園に、彼の笑い声が、響き渡る。
「そんなに、眉間にシワ寄せてたら。
ますます、顔色、悪くなりますよ!」
考え込んでいたら。
無意識のうちに、険しい顔に、なっていたようだ。
「コンシーラーですよ。 知りませんか?
まぁ、男性だから、無理もないか。
これで、目の下のクマが、消えるんです。
まぁ。 正確には、隠れるだけ、なんですけど」
「そうなん……ですか?」
説明されても、全く意味が分からない。
「これを、クマの上から、重ねるように塗れば。
クマがきれいに、消せるんですよ!」
彼は、更に詳しく、説明してくれた。
僕の反応で、理解できていないことが。
分かったようだ。
「だから、これさえ、塗っておけば。
あとから、来る当事者たちとは。
あなたの言う、“変な初対面”に、ならなくてすむし。
それに、他の当事者たちには、心配させなくてすむかな。
と思ったんです。
でもやっぱり、人の使いかけなんて、嫌ですよね」
そんなに、便利な物があったんだ、と驚きすぎて。
黙ったままの僕を。
嫌がっていると、勘違いしたみたいだ。
「全然、嫌なんかじゃないです。
こんなに、便利な物が、あるなんて知らなくて。
驚いていただけです。
せっかくなので。
ありがたく、使わせてもらいます!」
「なんだ。 そうだったのか」
気のせいかもしれないが。
うつむき加減で、呟いた後に。
彼が少し、微笑んだような、気がした。
「にしても、大げさ、ですけどね。
使い方、分かりますか?」
「いいえ。
全く分からないので。
教えていただけますか?」
「任せてください!
じゃあ、ちょっと失礼しますね」
彼はなぜか、かなり嬉しそうに。
そう言ってから。
実際に、僕のクマの上に塗って。
自分の鞄から、鏡を取り出し、見せてくれた。
「わぁ、すごい!
本当に、きれいにクマが消えてる」
「でしょ。
オレも最初は、驚きましたけど。
今では、もうすっかり、必需品になってるんっすよ!」
「おかげで、見た目を気にせず。
快く、他の当事者を、迎えられます。
本当に、ありがとうございます!」
クマが目立たなくなり、感動したのと。
感謝からか、自然に、彼の手を握っていた。
「あっ……あぁ。
喜んでもらえたなら、良かったっす!
それじゃあオレ、飲み物、買って来ますから」
「よろしくお願いします」
彼は、照れくさそうに、素早く、手を離してから。
足早に、公園を出て行った。
そして再び、1人になった僕は。
自分の、心境の変化に気づく。
彼が来る前より、今のほうが。
少し気楽に、なっていたのだ。
短時間で、こんなに変わるなんて。
会話の力って、すごいなぁ。