表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/54

怒り

 

 1週間後ーー。


 今日はいよいよ、心音さんのお見舞いに行く日だ。


 心音さん宅までは、かなり離れており。

 電車を乗り継いで、そこから更に歩いて、ようやく辿り着く距離だ。

 そのせいか、気づけば自宅を出てから、2時間が経っていた。

 ただ、これほど時間が掛かるのは、最初だけかもしれないが。


 電車を降りて、住所を見ながら、住宅地を探す。

 そして、“三島” という表札を見つけた。

 ここで間違いないはず……。

 心音さんの家は2階建ての一軒家だった。


 それにしても、急に見知らぬ人が、訪問してきたら、どう思うだろう?

 そもそも、僕みたいに警戒して、心音さんに会わせてくれなかったら?

 どうしよう、緊張するな……。

 1度深呼吸してからチャイムを鳴らす。


 『はい。どちら様ですか?』


 『あの……。心音さんの……友人の、佐々木と申します!

 お見舞いに来ました』


 出来るだけ、怪しまれないように振舞った。

 けど、僕は嘘をつくのが苦手だ。

 だからもしかしたら、警戒されているかもしれない。


 『お待ちください』


 この反応は……警戒されていないのだろうか?

 いや、追い返されることだって、あり得る。

 当然、この一言だけでは、判別できなかった。

 でも、怪しまれないようにしないとな。

 そう思い、平然を装うことにした。


 そして、お母さんが出て来た。

 それから、微塵みじんも怪しまずに、快く迎え入れてくれた。

 ひとまず、怪しまれずに、安心した。


 そして事前に買っておいた、見舞い品の花束を手渡す。


 「こちら。心音さんが、お気に召すといいのですが……」


 「まぁ。心音のこと、よくご存じなのね。

 あの子、この色が好きなのよ!

 きっと、喜ぶわ」


 見舞い品に選んだ花は、ピンクのガーベラである。

 種類は、花屋さんのチョイスで。

 色は、教え子たちのオススメである。


 それから、心音さんの部屋に案内される。


 「部屋は階段を上ってすぐなのよ。

 それにしても、まさか心音に、異性の友達がいたなんて。

 知らなかったわ。


 でも、私に遠慮して言えなかったのかもしれないわね。

 顔立ちが良い友人がいるなんて言ったら。

 私が嫉妬するとでも思ったのかしら?」

 

 「ハハハ。

 病院で知り合いまして」


 愛想笑いをしてから、更にリアルな嘘をつく。


 「あら、そうなの?

 じゃあ、あなたもご病気で?」


 「いえ、僕は友人のお見舞いで。

 もうすっかり、元気なんですけど」


 「そうなのね」


 怪しまれない為とはいえ、心が痛い。

 そして、1度嘘をつきだしたら、

 更に違和感なく嘘をついている自分に驚く。


 「どうかしました?」


 「いえ、何も」


 “階段を上ってすぐ”

 と言っていたが、僕には長く感じた。


 「あなたに会えて心音も喜ぶと思うわ」


 部屋のドアを開けながら、お母さんが言う。


 「どうぞ」


 中に入り、部屋中を見回す。

 部屋には奥行きがあった。

 入ってすぐの左側には。

 天井まで届きそうなくらい大きな、茶色い本棚があった。

 そして中には本がぎっしり入っていた。


 それからその奥には、本棚の1/3くらいの大きさの白い棚があった。

 中には、小さなアルバムや本が入っていた。

 おそらく、本棚に入りきらなかったのだろう。


 棚の上には、ウサギとクマのぬいぐるみと。

 その真ん中に鏡が置いてあった。

 いかにも、女の子の部屋という感じだ。


 そして、1番奥には、大きな窓が1つあった。

 窓は、すりガラスになっている。


 心音さんのベッドはその窓際に、窓と平行に配置されていた。

 心音さんは、頭を右側にして眠っている。

 そしてベッドからはたくさんのチューブが出ていた。

 このチューブが重症であることを物語る。


 右側は無地の白い壁で、入り口寄りの真ん中にカレンダーを張っていた。

 そして、丸い折り畳み式の、ピンクのテーブルを壁に。

 折りたたんだ状態で、立てかけていた。


 お母さんは先に入り、心音さんの方に歩いて行った。


 「心音。佐々木さんが来てくれたわよ!」


 僕は、お母さんの声に反応し、部屋から視線を心音さんにもっていく。

 奥のベッドに心音さんが眠っている。

 そんなことは分かっている。

 きっと僕じゃなくても、ある程度、病状を知っていれば、

 誰でも分かるはず。


 でも入ってすぐ、部屋に視線を向けたのは。

 心音さんを直視できなかったからだ。

 部屋中を見回したときに、1度は見ているはずなのに。

 見ないようにしていた。

 でもお母さんの一言でようやく向き合うことが出来た。


 だが、想像以上に重症だったことに、ショックを受けて。

 僕は固まってしまった。

 重症だとは聞いていた。

 けどここまでなんて思わなかった。


 そして自分の覚悟が甘かったことに気づく。

 あんなに会いたかったのに。

 ショックで逃げ出したくなった。

 でも逃げちゃダメだ。


 今、逃げたらここまで来た意味がないじゃないか。

 それに逃げるなんてかなり失礼だろ!

 心の中で自分を奮い立たせる。


 それから、ゆっくりとベッドに歩み寄る。

 近づくにつれ、視野が広がる。

 次第に、チューブと繋がった、いろんな機器が見えだす。

 そのことが更に、辛さを倍増させる。


 お母さんは、僕とすれ違いながら、部屋を出て行った。

 すれ違い際に何か言ってた気がした。

 けど、今の僕の耳には何も入って来なかった。


 そしてベッドの真横まで行き、正座した。

 それから、心音さんの手を持ち上げて。

 握手するように心音さんの手と自分の手を握らせた。

 そして、心音さんの手を僕の両手で包み込む。


 あの時の心音さんと同じようにしたらきっと……。


 ショックを受けてはいたが、まだその思いは残っていた。

 その思いがあって、使命感に駆られたからこそ。

 前に進めたのかもしれない。


 『僕は重症に戻ってもいいので、どうか心音さんをもう一度、

 回復させてください!』


 目を瞑り、心の中で唱えた。


 しばらくして、恐る恐る目を開けるが。

 ……何も起きていなかった。


 「心音さん。

 僕のこと、見捨てないでくれて、ありがとう。

 それなのに僕は、何もしてあげられなくて……ごめんね。

 でも、奇跡は起きるって、信じているからね!」


 僕はどうしても諦めきれなかった。


 「奇跡なんて信じちゃダメよ」


 すると、後ろから声がした。

 声に驚き、ゆっくり手を下ろして、振り返る。


 「ごめんなさいね。

 盗み聞きするつもりはなかったんだけど、聞こえたから」

 

 当然、声の主は、お母さんだった。

 どうやら、僕にお茶を持ってきてくれたみたいだ。

 お母さんは、壁に立てかけていたテーブルを組み立てながら、話を続ける。


 「心音は、生まれつき心臓が悪くてね。

 小さな体で大きな手術を何度も受けて。

 その度に“この手術を乗り越えたら治るから”ってごまかしていた。


 だけど、実際には全然治らなくて。

 逆に年を取るごとに悪化するばかりで。

 それでも諦めずに、奇跡は起きるって信じていたの。


 それから願いが通じたのか、ある日を境に、徐々に回復しだして。

 ついに、走れるようにまでなったの。

 だから奇跡が起きたんだって、本気で信じていた。

 心音もかなり喜んで、毎日楽しそうだった。


 それなのに、神社に参拝した翌日から、急に行方不明になって。

 病気のこともあるし、かなり心配していたのだけど。

 なかなか見つからなくてね。


 でもある日、見知らぬ病院で倒れていると連絡があって。

 調べたら、回復前の状態に戻っていたの。

 それも回復前より、悪化して。

 それから、1度も意識は戻っていないの。」


 神様から聞いた通りだ。

 きっと、心音さんが倒れた一方で僕は……。


 出会ったばかりの僕より、家族であるお母さんはかなり辛いだろうな。


 「その日から、神様を恨むようになったわ。

 どうして、回復したままじゃダメなの?

 なんで心音ばかり、また辛い思いをしなければいけないの?

 もう充分、頑張ってきたのにってね。


 奇跡は、1度しか起こらないっていうじゃない?

 だから、心音はもう……」


 「諦めてはダメです! また奇跡は起こります。

 信じていればきっと」


 「諦めていませんよ。

 だから、辛さを押し殺して。

 心音の前では必死に笑顔をキープして。

 献身的なケアを……」


 話している途中で急に、お母さんは、泣き崩れる。

 

 「大丈夫ですか?」


 心配になり、駆け寄るが。 


 「何も知らないあなたが。

 軽々しく、奇跡は起きるなんて言わないで!」


 怒鳴られてしまった。


 「すみません。でも、僕はそんなつもりじゃ」


 「……この前、余命宣告されたの。

 それから、本人の希望通り、自宅療養に切り替えたのよ。

 自宅なら、もしかしたら、回復するかもしれないって思ったけど。

 全然変わらず、逆に心音を見ているだけで、辛くなる。


 もう2度と、笑顔を見ることも、声を聞くことさえ出来ないかもしれない。

 その事実を身に染みて感じて更に辛くなるのよ」


 お母さんが泣きながら、ゆっくり話し出す。

 それは、さっきまで怒っていた人とは、思えないほどに。


 「……すみません。僕、何も知らなくて」


 「本当はここで、こんな話はしたくないんです。

 心音の前では、出来るだけ、平穏で居たいので。

 だから、わざわざ来ていただいて、悪いんですけど。

 今日のところは、お引き取りください」


 「……分かりました。では失礼します」


 深々と頭を下げてから、部屋を出る。

 そして、玄関で一礼して、家を出た。


 反省とショックからか僕の足は重い。

 そして、うつむきながら、とぼとぼ歩く。

 それから、ふと顔を上げると、左側に公園があった。


 引き寄せられるようにその公園に入る。

 公園内のベンチに座り、しばらく反省する。

 僕の軽率な発言でお母さんを傷つけてしまった。

 お見舞いどころか、怒らせてしまった。


 何としてでも、救いたい思いが、前面に出すぎてしまった。

 なんであの時、引き下がらなかったのだろう?

 後悔しても遅いのは、分かっているけど。

 どうしよう……。


 そんなことをひたすらグルグル考えていた。

 だが、いくら考えても、答えは出なかった。

 その後、僕はもやもやしたまま、帰宅した。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ