フルネーム
しばらく、そのまま。
呆然と、立ち尽くしていると。
「救急車だっ! 救急車を呼べ!」
秀寿さんの。
焦った、怒鳴り声で。
我に返る。
そして、言われるがまま。
自分の鞄から、携帯電話を取り出し。
番号を押そうとして。
携帯電話の画面を見ると。
「1人でいい!」
さらに、秀寿さんの。
怒鳴り声が聞こえたので。
顔を上げて、辺りを見回すと。
泰樹と分太も。
僕と、全く同じことを、しようとしていた。
「えっ」
僕が、今度は違った意味で。 驚いていると。
「泰樹! お主がかけろ」
秀寿さんの。
力強い声が聞こえた。
「はい!」
泰樹が元気よく、返事をするけど。
その威勢のいい声とは、裏腹に。
手は震えていた。
そして、やっとの思いで、番号を押していた。
「泰樹!
お前に、優介の生死が、かかっているんだぞ!」
秀寿さんが、そんな泰樹を。
怒鳴りつける。
これ以上、プレッシャーをかけて。
どうするんだろう。
「はい!」
秀寿さんの一言で。
泰樹が、再び元気よく、返事をする。
僕なら、この状況で。
さらに、怒鳴られたりしたら。
へこたれてしまうだろう。
でも、この状況で、手こずっていたり。
へこたれていては。
秀寿さんの言うように。
優介の生死を左右しかねない。
だからこそ。
秀寿さんの活にも、屈しない。
泰樹を、指名したのかもしれない。
それから、泰樹は。 救急車を呼んで。
住所の説明には、戸惑っていたものの。
徐々に、落ち着きを、取り戻し。
冷静に、対処していた。
それから。
泰樹が、電話を切ってから。
「この場は、泰樹、分太。
お主らに任せる。
優介に、なにかあったら。
お主らで、瞬時に判断し。
対処するように。
いいな!」
「はい」
「分かりました」
泰樹に続いて。
分太も、返事をする。
「我らは、救急隊を、誘導してくるから。
泰樹! 頼んだぞ」
「はい! 任せてください」
泰樹にはもう、迷いがない。
それが、返事から、伝わってきた。
そして、そんな泰樹と。
泰樹に思いを託す、秀寿さんを、見ていると。
こちらも、自然と、身が引き締まる。
そして、泰樹が、返事した直後に。
秀寿さんが、力強く、泰樹に。
頷いてから。
僕のほうを向いて。
「じゃあ、勇大。
この、急な坂道を、下るとするか」
といった。
「はい」
そして、僕は。
秀寿さんと急な坂を下る。
「驚いたであろう。 急なことで」
「はい」
「だからといって、固まっているようでは。
仲間の生命は救えない」
「はい。
僕は、自分の未熟さを、思い知らされました。
だから、本当に、ありがとうございます!
秀寿さんが、いてくださらなかったら。
僕らは……」
「それでは、助かる者も、助からない」
秀寿さんが、僕の声を、遮ってから。
さらに話を続けた。
「過ぎたあとで。 嘆いても、遅いのだぞ。
だからこそ、日々の鍛錬を、怠るでないぞ!」
「はい。 分かりました!」
秀寿さんの、口調のせいかは。
分からないが。
まるで、師弟のような、やりとりだな。
と思っていたら。
坂の、上り口まで来ていた。
そして、しばらくして。
救急車が到着した。
救急車が見えて、間もなく。
「さて、どうするかな?」
と、秀寿さんが、呟いた。
気にはなったが。
訳を、訊いてはいけない気がして。
訊かなかった。
それから、優介は。
救急車で、病院に、搬送された。
そして、その救急車には。
自ら名乗り出た、秀寿さんが。
同乗している。
僕らも。
救急車の後を、追いかけて。
病院に着いた。
それから、受付にて。
優介の、今の状態を、訊きたかったが。
「患者さんの名前を。 フルネームで、お願いします」
そう言われてしまう。
でも、僕らは、優介の名字を知らないので。
僕が、躊躇していると。
「すみません。 少し、ド忘れしてしまって。
向こうで、調べて来ますので。
失礼します!」
泰樹がその場をやり過ごす。
そして、一旦。
受付から、離れる。
「おい。 怪しまれるだろ! 気をつけろよ」
小声で、泰樹に叱られる。
「そうだぞ!
こういうのは、最初が肝心なんだからな!」
そして、分太にも、忠告される。
「ごめん。 名字、知らないから。
どうしたらいいか、分からなくて」
「まぁ。 そうかもしれないけどさ」
泰樹が納得する。
「そういえばさ! 秀寿さんに、電話したら。
なんとかなるんじゃねぇのか?」
分太が、提案をする。
「たしかに。 なんとかなるかも!」
僕らは早速、秀寿さんに、メールをした。
『さっき、病院に、着いたんですけど。
受付で、優介のフルネームを訊かれて。
答えられなくて。 当然、中に通してもらえなくて。
でも、受付で調べてもらわないと。 中には、入れないし。
かといって、受付でまた、答えられないと。
怪しまれると思うんですけど。
僕らは、どうしたらいいと思いますか?
でももし、どうにもならない、ようなら。
とにかく、優介の体調を、教えてください!』
僕は、優介の体調が気になり。
もう、僕らが面会できない場合は。
それでも、いいから。
とにかく、優介の健康状態だけ、訊くことにした。
すると、すぐに、返信が来た。
『そこでしばらく、待っておれ』
そして、僕らは、言われた通り。
その場で、しばらく待っていると。
秀寿さんがやってきて。
「我についてこい」
そう言って、僕らを引き連れて。
受付に行って。
「彼らは、私の知り合いなんじゃよ!」
そう言った。
すると、受付の人は。
ゆっくりと3回、瞬きをして。
「はい。 分かりました」
そう言って。
今度はなぜか、難なく。
僕らを、通してくれた。
「秀寿さん、こちらの病院が。
かかりつけ、とかですか?」
僕が訊くと。
「あぁ。 まあ、そんなところだ」
さらっと、秀寿さんが、答えた。
「実は、優介の家族が。
まだ、来てないらしいんじゃ」
出先で、倒れたから。
むりもないだろうな。
「家族の同意がなければ。
体調の説明も、面会もできないらしくてな。
とりあえず、家族が来るまで。
待合室で、待機。
とのことだ」
秀寿さんに、説明されながら。
僕らは、その待合室へと、向かう。




