敬語
僕は、分太さんに、背中を押されて。
本題を、切り出すことにした、のだが。
「では。 本題に、入ろうと思うのですが。
って、あれ?
そもそも、本題って、なんでしたっけ?」
本題を見失っていた。
今まで、本題以外のことがあって。
本題が、疎かになっていたのだ。
「心音さんのお見舞いと。
お母さんへの、謝罪じゃないんですか?」
分太さんが言う。
「そうですよね」
確かに。 そのことだった。
でも、なんだか。
もうひとつ、他になにか。
議題があった気がする。
「……分太さん。
それで、いいんですか?
もちろん、心音さんのお見舞いと。
お母さんへの、謝罪も大事ですけど。
気になることは、皆さんと、話し合って。
解決したほうが、いいと思います。
そのほうが、分太さんも、皆さんも。
わだかまりが、なくなる。
と思うんです。
でももし、このまま。
分太さんの提案を無視して。
心音さんの話を進めてしまったら。
もう2度と、この話に触れることはなくて。
皆さんに、ずっと、もやもやが残ってしまう、と思うんです。
そして、今回の、謝罪したことや。
沈黙の時間と一緒に。
わだかまりとして、残って。
後悔してしまうと思うんです。
でも、今までの沈黙の時間の。
原因になった、かもしれないことを。
せっかく、集結したのに。
また、掘り起こすのはよくない。
とも、思ったんですけど。
やっぱり、わだかまりが残るほうが。
よくないと思うので。
さきに、分太さんの提案についてから。
話しませんか」
優介さんが、皆が、悔いを残さないように。
僕が、忘れてしまっていたことを。
思い出させてくれた。
「優介さん。 なんで、おれのために、そこまで」
驚きながら、分太さんが言う。
「後悔してほしくないから」
やさしく、微笑んで。
優介さんが言う。
「では。 分太さんの提案について。
話しましょう。
分太さん、すいませんが。
もう1度、お願いします」
僕が、分太さんに話を振る。
「“敬語”のことなんですけど。
別に、使わなくても、いいんじゃないか。
と思って。
さすがに、初対面なら。
使うべきでしょうが。
いつまでも使い続けることで。
よそよそしくなるのが、嫌なので」
「それは、オレも、賛成っす!
敬語って、他人に使うものって。
イメージがあって。
堅苦しいんすよね!
敬語が、邪魔して。
なかなか、打ち解けられてないって、感じするし」
泰樹さんが、さらっと言う。
「あのっ! 気になることが、あるんですけど。
発言してもいいですか?」
洸希君が、恐る恐る、言う。
「いちいち。
確認なんかしなくても、いいんだぞ! 少年」
潔く、分太さんが言う。
そして、洸希君がなぜか、僕を見上げてきたので。
もしかしたら、なにかが、不安なのかもしれないな。
と思い、安心させるように。
洸希君に向けて、ゆっくりと頷く。
すると、洸希君も。
なにかを、決意したように。 頷いてから。
泰樹さんのほうを見て。 話し出す。
「泰樹さんは、そのことで、怒ったんじゃ、ないんですか。
なのに、どうして、賛成してるんですか?」
「そのことって、敬語のこと?」
泰樹さんが訊くと。
素早く、洸希君が、頷く。
「敬語のことについては、怒ってないよ。
洸希君も、皆が、頭下げてる姿なんか。
見たくないでしょ。
だから、それを、阻止しただけだよ」
泰樹さんが、ざっくり、説明したが。
洸希君は、きょとんと、していて。
意味が理解できていないようだ。
「とにかく、重たい、嫌な空気より。
皆には、笑っていてほしいと思うでしょ」
「はい」
「だからオレは、その空気を作ろうとした、だけなんだよ。
ただ、真逆になってしまったけど……。
とにかく、敬語のことについて。 怒ってないから」
「よく分からないですけど。
泰樹さんが、敬語のことについて。
怒っていないことは、分かりました」
「まぁ。 それさえ、分かってれば、いいから。
あとのことは、深く考えなくていいから」
「はい。 ……分かりました」
2人の会話が、終わったので。
「敬語のことについて言うと。
僕はまだ、早いと思います。
じゃあ、いつから、タメ語にするのか?
と言われても、はっきりとは、分からないんですけど。
とにかく、今ではないかな。 とは、思います」
僕が、切り出すと。
「僕も、敬語を使い続けたいです。
僕の場合、年上の方たちしか、いないので。
敬語以外は、かなり、抵抗があるので」
洸希君も、賛同してくれた。
「おれは、他人行儀になるのが、嫌なんだよ。
もちろん、仕事中とかは、敬語でしょうが。
ここに、皆で集まるときは。
無理して、敬語は使わないようにしたいなって。
せっかく、出会えたのに。
当事者である、おれたちにしか。
分からない感覚が、あるのに。
前回、勇大さんも、言ってましたよね。
友人には、どう説明したらいいか。
分からないって。
でも、おれたち当事者は。
当たり前のように。
心音さんの存在を、知っていて。
他の人には、理解できない。
不思議な体験を、しているんです」
分太さんが、言ってる最中に。
「不思議な……体験?」
なぜか、優介さんが。
呟くように、言いながら。
首を傾げている。
それでも、分太さんは。
お構いなしに、話をつづけた。
「だから、この出会いを。 つながりを、大切にしたい。
だからこそ。
いつまでも、敬語でやりとりするような。
うわべだけの付き合いは、嫌なんです。
だから、敬語という、壁のようなものは。
一刻も早く。 取り除きたいんです!」
「気持ちは、分かります。
けど、敬語で会話しているから。
親密になれないとか。
敬語を、使っていないから、といって。
仲がいい、というわけでもない、と思いますよ。
目上の人には、もちろん。
立場上、敬語を使いますけど。
本当に、心から、尊敬している人には。
立場なんか、関係なくても。 年下の人にだって。
敬語を使う場合だって、あるでしょうし。
見下している相手には、常に敬語は使わない。
という人も、いるんじゃないでしょうか。
それにさっき、洸希君が言ったように。
年上の人に、敬語を使わないことに。
抵抗がある人も、いると思いますので。
そういう人に対して。
分太さんの意見を、押し付けてしまうのは。
よくないと思うので。
皆さんが、それぞれ、好きなように。
敬語を、使ったり、使わなかったり。
自由にしていいと思います。
だから、今後は。
敬語だとしても、敬語じゃないとしても。
“その人が決めたことに、対して。
だれも、口出ししない。”
これが、最も大事だと、俺は思います!」
さっきの一言が、嘘のように。
優介さんが、意見を述べる。
「なるほど。
確かに、そうですよね」
僕が、賛成すると。
「我も、その意見に、賛成じゃ。
人それぞれで、いいと思うからな」
秀寿さんも、賛成していた。
「じゃあ、優介さんの意見に。
異論ある人、いますか?」
僕が言うと。
「ありません」
洸希君が言って。
「異論……ないです」
少し悔しそうに、分太さんも言って。
「オレも、異論ないっす。
けど、人それぞれでいいなら。
そもそも、このことについて。
話し合う意味。 あったんすか?」
なにげなく、泰樹さんが言う。
「内容は、関係なく。
話し合うことに、意味があるんだよ」
優介さんが言うと。
「まぁ。 そうなのかもな……」
泰樹さんが、呟いた後に。
「じゃあ、この際だから。
皆さんの名前のあとに。
“さん”をつけるのも、やめませんか?」
新たなことを、提案するが。
「……と思ったけど。
これも、それぞれ、皆のタイミングってこと。
だと思うんで。
今、言ったことは、忘れてください」
直後に、否定していた。
おそらく、泰樹さんが。
ずっと、気になっていたこと、なのかもしれないな。
泰樹さんの言ったことに対して。
なにか、返事するべきなんだろうけど。
適当な言葉が、思いつかなかった。




