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夢のような日々

 ヴッ!

 うめき声を上げ、男性が突然倒れた。

 そこへ居合わせた人が駆け寄る。


 「大丈夫ですか?」


 だが、男性に意識はなかった。

 その後、男性は救急搬送された。

 


 5ヵ月前ーー。


 新米教師の僕は、授業内容について悩んでいた。

 生徒の大半が授業を、まともに聴いてくれないのだ。

 だから担当教科の、生徒の成績は良くなかった。

 授業内容に原因があるのは、分かっている。

 

 でも何が原因なのかは分からなかった。

 このままではダメだと思ってはいても。

 よい改善策が思いつかないのだ。


 新米だから仕方ないと諦めるのは簡単だ。

 けれど、そんな言い訳はしたくなかった。

 なぜなら、僕の授業次第で、生徒の成績が左右されるからだ。


 なんとかしないとな……。

 と思う一方で、この悩みは苦ではなかった。

 それはきっと、この仕事が好きだから。

 生徒の為に奮闘できるのが、嬉しかった。


 幼い頃からずっと、教師への憧れがあり、

 必死に勉強して、叶えられた夢でもあった。

 だから、こんな気持ちになれているのかもしれない。

 

 

 1ヵ月後ーー。


 僕は特別授業を担当した。

 この授業だけ、生徒は真剣に聴いてくれた。

 そして帰宅後に、そのアンケート用紙に目を通す。


 「アンケートって、授業だけでは分からない、

 生徒の心情が理解できて便利だよなぁ」


 感心した後、妙案を閃いた。


 「そうだ! 

 授業内容についてのアンケートを取ろう」




  

 ーー翌日。

 授業後に、アンケート用紙を配布した。

 そして“正直な気持ちを書いてほしい”と伝えた。

 何を書かれるのか、とても不安だ。

 けど今は、生徒を信じて待つしかない。

 

 それから回収の日はあっという間にやって来た。

 担当クラス全ての回収を終えて。

 アンケート用紙に目を通す。


 単刀直入に書いている人、逆に遠回しに書いている人など。

 内容はさまざまだが、伝えたいことは一致していた。

 それは、“分かりづらい授業”だということ。


 アンケートを取ると決めたのは自分。

 とはいえ、かなりショックだった。

 でも、生徒の本心を知ることができて良かった。

 そう思い、前に進むことにした。


 翌日からは、生徒に寄り添った授業を心掛けた。

 すると、改善後の授業は評判がよく、生徒の成績も上がっていった。

 担当教科での、教え子たちの目まぐるしい成長。

 こんなに嬉しいことはない。

 僕は初めて、教師としてのやりがいを感じていた。


 次第に、生徒から個人的に進路相談を受けるほど。

 慕われるようにもなった。 

 新米が重要な相談に乗ってもいいものか?

 と悩んでいるが、無視は出来ないし……。


 その悩みを、信頼できる先生に相談すると。

 生徒があなたを選んで、相談しているので。

 人生の先輩として助言したら良いと思います。

 その生徒も、進路指導をしていますので。

 参考まで、ということにはなりますが。


 的確な答えが返って来た。

 だから全力で僕なりの助言をしている。


 4ヵ月後ーー。


 あの日から変わらず、ありがたいことに。

 生徒たちは、上位の成績を保ってくれている。

 仕事をするうえで、大変なことも多い。

 けどそれさえ苦にならないほど、充実していた。

 

 こんなに何もかも上手くいっていいのかと。

 逆に不安になるほどに。

 かなり贅沢な不安なのだが。

 


 



 そんなある日。

 仕事が早く終わり、スーパーに行った。

 いつも夕飯はコンビニの弁当だ。

 でも早く帰れる日は、自炊するようにしていた。

 だから、今日も自炊する予定だ。

 陳列した食品を眺めつつ、メニューを考えていた。



 すると急に左胸に激痛を感じた。

 ヴッ!

 今まで経験したことのない痛みだ。

 僕、どうなってしまうの?


 


 ーー気がつくと僕は、宙に浮いていた。

 どうなっているの?

 状況が理解できないまま、辺りを見渡した。

 ここは病室のようだ。

 そして僕はいわゆる“幽体離脱”という状態になっているようだ。

 

 なぜこんなことに?

 経緯を思い出そうとするが、激痛以降の記憶が全くなかった。

 下には寝ている自分と、そんな自分に寄り添う両親の姿が見えた。

 この状況からして、僕はおそらく倒れたのだろう。

 

 とそこへ、医師が入って来た。

 そして両親を別室へ誘導する。

 だが、母が僕の傍を離れようとせず、その場で話し出す。

 内容までは聞き取れない。

 でも口が動いていた。


 医師はカードを両親に見せていた。

 そのカードを見た途端、母が泣き崩れる。

 父はそんな母に優しく寄り添う。

 そして医師は病室を出ていった。


 父の手には、カードが握られていた。

 カードの正体は、臓器提供カード。

 そこには“佐々ささき 勇大ゆうた”と僕の名前が書かれていた。

 カードにサインしたのは、特別授業で説明する為だ。


 あの時、アンケートにヒントをもらった際の授業である。

 もちろん強制ではなく、希望する教員が授業をしていた。

 だから、僕自身も覚悟はしていた。

 つもりだが、どうやら覚悟が足りなかったようだ。


 “その時”がこんなにも早く来てしまうなんて思いもしなかった。

 今初めて、当たり前の日常が当たり前ではないことを思い知った。

 そしてカードを見せなければいけないほど、僕は重症なんだ。


 


 それから、幽体離脱した状態のまま、数か月が過ぎた。

 浮遊状態になってからは、時の流れが緩やかに感じた。

 だからはっきりとした期間は分からない。

 でもかなり長いことから、1か月以上は経っている気がしていた。


 今もなおこの状態。

 ということはまだ僕は回復していないのだろう。

 このまま僕は何もせずに、ただ死を待つしかないのか?

 と思うと、恐怖でいっぱいだった。

 僕はただ、早く回復してほしい。

 と祈ることしか出来なかった。

 


 それから更に、およそ1ヵ月以上たったある日。

 1人の少女が病室に入って来た。

 そして、もともと来ていた母は病室を出た。

 

 教え子かな?

 と思ったが、その少女に見覚えはなかった。

 この状態になってから、視力には自信があった。

 だからすぐに見分けがついたので、間違いない。

 どうして見知らぬ少女が僕の病室に?

 

 そんな僕の違和感とは裏腹に。

 少女はゆっくりと歩き、僕のベッド横にひざまずく。

 それから僕の手を持ち上げ、自分の手と僕の手を握らせていた。

 それも、指と指を絡ませるように。

 僕の手を両手で包み込むようにして。 


 寝たきり状態だが、指は固まっていなかった。

 それは紛れもなく、看護師による日々のケアのおかげだ。

 この優れた視力で、毎日見ているから、間違いない。


 そして少女はというと。

 手を握ったまま目を閉じ、何かを唱えていた。

 内容までは分からない。

 

 でもその姿は、死への恐怖以上に怖かった。       

 何をしているんだ?

 この少女は一体何者なんだ?


 それから少女は、ゆっくりと僕の手を下げ、離してから立ち上がった。

 そしてドアに向かい歩き出すが。

 歩くときに少しよろけた。

 それに、来た時より、顔色も悪そうだ。


 見間違いかな……とも思ったが。

 優れた視力で見間違うはずがない。 

 僕が不思議がっているうちに。

 少女は病室を出て行った。

 

 少女が帰った直後、身体中が熱くなった。

 どういうことだ。

 いよいよ僕、死んでしまうのか?

 この上ない恐怖に襲われ、思いきり目をつむる。


 


 目を開けると、天井が見えた。

 あれほど真上にあった天井が、今ではかなり上に。

 これって、もしかして……?


 しばらくして、母が病室に戻って来た。


 「勇大! 分かる? お母さんよ」


 母の声で確信した。

 僕はようやく回復出来たのだと。


 母はとても喜んでくれた。

 その姿を見て、僕まで嬉しくなる。

 僕が倒れてから母は、ずっと表情が暗かった。

 だから、母に笑顔が戻って、ホッとした。

 

 医師も、奇跡が起きたようですねと。

 僕の復活を驚いていた。

 その後は後遺症もなく、経過は良好だった。


 

 復活から数日後ーー。

 リハビリが始まった。

 看護師がケアしてくれていた。

 とはいえ、鈍った身体をほぐすのは激痛だった。


 でも、復活できた喜びで乗り越えられた。

 リハビリも順調で、みるみる回復していった。


 しかしその一方で僕は。

 浮遊状態で見た少女のことが、気になっていた。

 

 体の鈍りも大分とれて、僕は無事に退院した。

 リハビリ開始から、退院まではあっという間だった。

 医師曰く、若いので回復が速いのでしょう、とのことだ。

 

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