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ベンツがトラウマになるまで


 

 コーヒーに味を求めるのは愚行。コーヒーの美味しさとは、あくまでもおまけ(・・・)である。

 

 そう本心そのままにして、彼、不文学少年人は恥ずかしげもなく声高らかに主張した。少年の主張であるから、寛容な心のもとに見逃してもらえたりはしないのだろうか。残念ながら世の中はそこまで甘くない。だからこそ大人なブラックコーヒーは、そんな素直な苦々しい美味(うま)さを愛されているわけである。しかし、それも分からぬような減らず口をたたく青二才は社会から追い立てられ、放逐させられる運命にある。彼はその喫茶店からはたきだされた。

 

 まるで彼自身がゴミ集積場にへとむかってめいっぱい詰め込まれたゴミ袋を放り捨てるさながらにして、彼は店の入口から店正面の車道にへと投げ捨てられたのある。殺す気か。しかしこれまでも、開店直後から襲来しては店のその奥の席に陣取り、すわってコーヒーを何杯も注文して飲みあさっていった挙げ句、あの発言をぶっ放した成り行きも忘れてはならない。こうして彼は店の前の道路にへと腰元、いや、ケツから山なりに放物線状にしてぶん投げられたわけだ。

 

 あまりにも劇的ないきなりのコレには、かれが車道に投げられるこの瞬間(とき)を待っていたかのように、車がその横から偶然にして裂帛の勢いで突っ込んできたというにも関わらず、少年人は走馬灯さえ見なかった。

 ついさっきのことである。自分の席に店主の少女がいきなりやってきたとおもえば、かれがそのときもちょうど水を飲むようにごくごくやっていたコーヒーとそのカップを机に置くのを待って、そうしてからなんの躊躇もなく憤怒のままに彼のやせ細った腰元を彼女の両手で左右から引っ掴み、高い高いをするかのように、少年人は彼女よりも年長の少年であるというのにお構いなく、少女のそれには桁違いな斥力で持ち上げて、文字通り持ち運んで(・・・・・)、そうして例のコトをやった(・・・)ワケである。

 

 彼女は怒ると子供みたいに我武者羅になって、なんにも見えなくなるせいでこういう怖さがある。ヤバい。どうしよ。まじでヤバいやつだこれ。不文学──これでもれっきとした名字だ──は考えた。空中で道路にへと、ケツから不時着する以前に車にはねられるか、否かの、そんなさなかで考えた。

 しかし()べては全くの無駄だったうえに、そもそも彼は考えたとてそれを実行に活かせるような反射神経・運動神経・精神力・身体能力のいずれも兼ね備えていなかったから、する必要さえなかった。

 彼の身体が車のボンネットに吸い込まれて、いや、ぎりぎりその向こう側にまで超えてゆくかの塩梅までいって、ほんの少しだけ、たどり着かなかった!!

 

 

 ──結果、彼の身体が車とともにその進行方向にへと連れ去られていった。

 

 

 この車をがベンツじみた、前にボンネットが長めに伸びている車であったのが、いけなかった。

 少年人の身体は上空では背中や尻を下側にして、仰向けのままやや腰を落としたかのような感じで自由落下していたのだが、この腰つきもいけなかった。ついでにいえば彼には何処からか自分が落っこちそうになったら、手元にいい出っ張りがあるのなら即座にひっつかむ程度の手癖の悪さと生存本能ならばあった。これではますますいけない。そんなんだから生き残ってしまうのだ。生き意地が悪いのはよくないだろう。

 そんなわけだから、クズばかりが生き残ってゆく時代の先駆けにふさわしい、この身元不明の性格破綻者な少年(・・)が生存し、かつ間抜けざまを散々にさらしたのも、やはりすごく良くないことに違いない。

 

 彼はさながらこの高級車の付属のオブジェかなにかの生きた像のように、ボンネットのうえにおっちゃんこ(・・・・・・)して着座したのだった。ケツが痛かったが、そのときはアドレナリン全開だったせいか、あんまりわかんなかった。そうしてそのまま、少女人形か何かのようにして、ボンネットの隅の方、ちょうど片手で車のサイドミラーを掴める(実際、落ちないようにつかんでいた)ほどのギリギリのラインで座り、すくんでいた。

 

 マヌケすぎる見た目だった、すさまじく。一つの地球より重いひとりの命が救われた構図にしては、アホくさすぎる。生命への冒涜であった。なんで死ななかったのか、世界を疑いたくなるほどのありえなすぎる状況が現出していた。

 しかしそれ以上にイカれているのが、このベンツじみた黒塗りの車だった。停止するということを知らない。おそらく、三歩歩いたら自分のことさえ忘れるニワトリ頭が全力疾走しているのだ。死ぬまで止まるまい。この高級車──ただの走る機械でしかなくなったベンツの成れの果ては、そんな自分の末路にむかって、ただひたむきに一直線に突っ走ってゆく。その先は高速道路である。246号線にのって前を向いて疾走するのだ。少年人が降りれないのも構わず、ことさらにぶっ飛ばして。

 

 赤信号はどこだ!? 少年人はこのイカレ便((クソ))ツが自分のことをチャック・イェーガーだと思いこんでいる、法的速度(おんそく)の突破をめざす異常()なのだと確信した。この車の動くスピードは二種類だ。1.走る。 2.殺す。逃れるにはこの車を()るしかない。殺すか、殺されるかなのだ。

 

 少年人は雑魚だった。「死ぬ」・「殺される」・「命を捨てる」しか選択肢にないクソ雑魚ナメクジだった。この上は媚びるしかない。あるいはせめて、落ちたついでに轢かれたあと放置からの死亡ルート66だけは、避けねばならない。ナメクジのごとくボンネットにベッタリ張り付くことを、彼は選択肢として編み出した。見どころのあるナメクジだった。人としてはゴミムシだろう。彼はゴミムシなりに車のボディの出っ張りを引っ掴み、くぼみに足を踏ん張らせていた。

 

 彼はひたすらに赤信号の、停止するその時の可能性ばかりにすがっていた。しかしベンツはちがった。マグロが擬人化したマグ○娘ならばこの車を熱烈に勧誘するだろうほどに、止まることにすなわち死を見出しているこの機械は、生存本能として全力疾走を命をかけて頑張っていた。よって少年人の生命をつねに、最大限に脅かしていた。もちろん彼の救済など微塵も考えていない。機械に人情を期待していたこのときの少年人は、もはや正気を失っていた。機械は自分のことだけしかやらないものである。少年人は泣いてベンツに許しを請うたが、無意味だった。当たり前だった。

 

 こうして──、一つの機械と一つの生命が一体となって、それぞれが自分自身の本能に忠実になって、生き残ろうと、最善を全力で尽くしていた。すべて無益だった。

 




 それからいくら時間がたったか分からない。その一瞬、静寂に包まれた。その時少年人は自分はもう死んだと感じた。


「──!!?? だれ?! この男!!」


 誰かが、もはや夜の帳に包まれたそんななかで少年人とベンツを手元の懐中電灯で照らして、驚愕のそんな叫び声をあげた。ベンツはもはやエンジンをとめ、ランプさえつけていなかった。このベンツがいわゆる無人運転であったらしいと、少年人はその時になってようやっと気がついた。


 少年人は失神していたらしい。車はもはや凄まじく辺鄙な場所に入り込んでいるようだった。寒くてたまらなかった。


 死ぬのか? 俺……。不文学は絶望してゆき──


 ──今の声、女子じゃね!??! かれは飛び起きた。





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