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ヴェルマーユ

作者: ヴェルマーユ

曙光差し込む洞の中、高く頭上を覆う岩の天蓋を見上げて、光の出所を探る。

前後左右、どの方向にも出口がなく、四方八方を岩肌に覆われた、暗黒の空間に閉じ込められて、はや数刻経った。

偶々無事だった古めかしい懐中時計を片手に、希望を求めて其処ら中を歩き回っていた頃の体力は、もはやなく、力も尽きて地べたに寝転がった私の朦朧とした視界に映り込んだかすかな希望を逃すまいと眼を血走らせて虚空を睨む。



蒼穹を駆ける光があった。

曇天を切り裂き、山肌を抉り、無数の木々を焼き尽くして水平に走る流れ星があった。

星が通った後の空は晴れ、土砂が舞い、森が焼け、無数の集落と森を駆ける数多の獣が運命を共にする。

嗚呼、忌々しきかな蒼天。無辜の命を轢殺しながら回り続ける猛火の車輪。

日が昇るよりも早く、白光は土を砕いた。



ヴェルマーユはしがない村の数ある子ども等の一人に過ぎない。

だが、彼はわずか三歳の時に、一人ひそかに大望を抱いた。

彼は齢が九になるその瞬間まで、それを周りからひた隠して生きてきた。

周りの子供たちは、勿論大人も同様に彼が何かの隠し事をしている事には気づいていたが、大した事では無いだろうと思い、余計な詮索はすまい、と余計な気遣いをしていた。

無論、彼が自身の小さな野望を周りに話さなかったのは、馬鹿にされて笑われる事が恐ろしかったからでは無いと、ここに断言しておく。

そもそも彼にとって、そのささやかな秘密は、彼が彼の幼年期から自身に刷り込み続けた天然物の自己暗示に近いものであり、そのせいで、己の野望の偉大さを疑うという発想が、単に完全に抜け落ちていたと言うだけの事だった。

そんな彼は、村から少し離れた所にある小高い丘の上で独り寝転がって、すっかり日の沈んだ空を眺めていた。

満天の星空はとても言葉に表せぬ程に美しく、ヴェルマーユは心をすっかり奪われてしまっていた。

ヴェルマーユは、見慣れぬ星空から己の知識にある幾つかの星座と類似の配列を見出して、意味のない悦に浸っていた。

空に輝く無数の星々を意味もなく適当に名付けていたヴェルマーユは、東の空を奇妙に進む光を見つけた。

円を描くでもなく急速にこちらに向かって突き進む白色の輝き。

流れ星かな縁起が良いな。等という、たわけた考えは、その光が段々と大きく膨らむのを認めた瞬間、胡散霧消し瞬く間に脳裏は恐怖で埋め尽くされた。


あれは、流れ星だ。それも、皆が七夕で願掛けをするようなものじゃない。

もっと大きく輝いていて、近づくすべてを焼き払ってしまう程に高温の自然災害。

ありていに言ってしまえば、あれは隕石だ。


ヴェルマーユは、迫りくる脅威の正体を看破し、身を縛る猛烈な恐怖から解放される。

それと同時に、逃げなければ命はないと理解した。

ヴェルマーユは立ち上がる。

村とは反対の方向に走り出す。

今まで育てて貰った恩義に反する事だが致し方なし。

村に戻って危機を知らせても、あの速度、あの輝きを前に逃げることは叶うまい。

ならば己の命が大事だ、ヴェルマーユはこの数年で、随分強かになったようだ。

背後から響く轟音と、微かに聞こえる悲鳴の悲壮さに背筋を凍らせながらヴェルマーユは必死に木々をかき分けて走る。

突如ひらめいた閃光と十突如轟いた轟音に、驚き慌てふためく獣たちを追い越して虞風を纏って、焼ける森の中を駆け抜けた。

柔らかな土に混じる固い地盤を踏みつけて加速する。

枝葉に切り裂かれながら、ヴェルマーユは疾走した。

たけり狂う高温の風を背中に感じて顔を歪ませたヴェルマーユは、大地に横たわる木の根に足を絡ませて減速する。

そのまま、もんどりうって倒れるような事態には陥らなかったものの、襲い来る熱風が肌を焼く事は避けられなかった。

だが幸いなことに、彼は大変疲労しており、背を焼かれる際の激痛をさして気にしていられる余裕は体力的にも精神的にもありはしなかった。

筋肉は極度の渇きに収縮してヴェルマーユの身体に千切れるような痛みを与える。

耐えがたい空腹は猛烈な吐き気となって彼の身体を打ちのめした。

体力的にも精神的にも限界が近い。

それでもヴェルマーユは、速度を緩めずにひた走った。

隕石着弾の余波で跳ね飛んだ石礫に追いかけられながら。

上らぬ朝陽が無いように、延々と果てしなく続く森の風景にも終わりが訪れる。

いつの間にか止んだ爆風と暖かく降り注ぐ陽光を浴びて、木々の開けた空間へとヴェルマーユは勢いよく躍り出る。それでもヴェルマーユは僅かにすら速度を緩めず、否、単に止まれるだけの体力が残っていないだけだったが、そ残しながらしたる意味はないだろう。

せりだした岩の上から、はるか下方に広がる大河へ身を投げ出した。

一難去ってまた一難。

崖から真っ逆さまに落ちていきながら彼は小さく悲鳴を上げる。

何故、と。

ヴェルマーユはクエスチョンマークをそよ風にも満たない全力でまき散らしながら川に沈んだ。

少し遅れて、黒曜石のナイフが沈む。

これこそ彼の命綱。肌身離さず持っていたそれをヴェルマーユは最後の最後で取り零したのだった。

日も暮れかった頃、川を漂うぼろきれが一つ。その名はヴェルマーユ。迫り来る災厄を前に生まれ故郷を見捨てて逃げ去った卑怯者。

しかし彼は言うだろう。何故に汝とともに死なねばならぬのだ。私は生きるぞ、そなたらと違って。

同調圧力に屈服せず、村から半ば追放されたような生活を余儀なくされた己が、村に何かを返す謂れがどこにある、と。

冷たい水に半ば沈みながらヴェルマーユは独り嘆息して噎せこんだ。水でも肺に入ったのだろう。”はい”だけに。



意識を取り戻し、這う這うの体で岸辺に身を乗り上げたヴェルマーユは、橙色の夕焼けに背中を照らされて激しくせき込んでいた。

「嗚呼、まさか隕石が降るとは。逃げ切れたのが夢のよう、私の幸運は尽きたやも知れぬ」

すっかり呼吸も落ち着いて、肺にしこりを残しながらヴェルマーユは立ち上がる。

さて、これからどうしようか。村はきっと焼けてしまって何も残っていないだろうし、今日の食事にも困るだろう。

幸いなことに水はある。

ヴェルマーユは水底に鯉のような魚の姿を認めて、ひとまず枝を集めようと決心した。

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