幼馴染と秘密の結婚〜ある日の出来事〜(後日談)
「いつでしたか。お二人がまだ幼い頃、面白い遊びをしていらっしゃいましたね」
領地を巡回し視察しているアルバートが帰ってくる日。ジェシカは窓の外を眺めていた。後ろでお茶の用意をしている侍女は、思い出したように話し始める。
「馴染みのない言葉の最後を次々と繋げていて。最初の流れは決めていらしたのですか? 皆不思議に思っていたのですよ」
「リズムがよくていいでしょ?」
「ええ。とても楽しそうでした」
彼女はダンスのレッスンがあるときなど、自宅でも練習できるようにと一緒に出荷されていた仲だ。レッスンの合間に遊んでいたことを話しているのだろう。ジェシカとアルバート、二人ともボードゲームのルールは理解しているのに、当時はまだ、その身が順応できていなくて思うように頭が働かなかった。二人が出来る、二人だけの遊び。
トントントンとノックの音が聞こえた。早る気持ちを抑え、ジェシカは扉を見つめる。
「ただいま。ジェシカ」
「おかえりなさい」
開かない扉のドアノブをガチャガチャと回す音が響く。
「ジェシカ、大丈夫?扉が壊れている」
「壊れてなんかいないわ。私たちは無事よ」
「それならいいんだ。あれ、じゃあどうして」
「オオカミとコヤギよ。今日は、その話をしていたの」
「懐かしいね。もしかして試してる?」
「アルバートじゃなかったら、いけないから」
「はは」
「笑い事じゃないわ。続かなかったら、開けないんだから。いい? しりとり」
「リンゴ」
「ゴリラ」
「ラッパ」
「パイナップル」
「ルーレット。ルビーって言ったら駄目なんだろ?」
「そうよ。おかえりなさい」
開いた扉から、ジェシカは勢いよくアルバートへ飛びつく。アルバートは危なげなく抱き止めると、頬にキスをする。
「ただいま」
離れていた時間を埋めるように、隙間なく抱き締める。過去も今も、二人にとってはかけがえのないものだ。
「さて。オオカミとコヤギの話はどうだったかな?」
アルバートは小さなベッドに近づくと、微笑んだ。シーツを飛び出した体は足を広げ、むっと難しい顔をしている。
「あらあら」
ジェシカは急いでシーツを掛け直す。
「知っている人がいたら質問するって言っていたわ。偽物かも知れないからって。起きたときに覚えていればの話だけど」
「それは心しておかないといけないね」
「とんでもない話を教えてしまったわ」
ジェシカはそっと寄り添うと、アルバートは肩を撫でた。
「それはそれで、面白いよ」
今から未来へ繋ぐ宝物を、二人は暫く眺めていた。