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階段  作者: 青山えむ
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6話 疑心暗鬼

 グラビティ移転のいきさつを聞いてから十日ほど経ったころ。私は変わらずグラビティに来ていた。


「移転の勝負、本当ですか?」


 誰かが戸塚さんに聞いていた。


「いやぁ、本当なんだよ。どうしようかね」


 普段は表情が読めない戸塚さんだが、本当に焦っているみたいだった。

 酔った勢いとはいえ、決まったことだ。フルムーンの店長は気が強いみたいだし、なかったことにはならないだろうと囁かれている。

 

 もし勝負に負けて、本当に移転したらどうしよう。あのフルムーンがグラビティになるの?

 グラビティはキャパが県内で一番多いライブハウスだ。いつも通りの集客でもスペースが広い、広く感じてしまう。

「マイスペースが広いですね」なんてときにはギャグにする人もいる。

 会場内と廊下は防音扉で仕切られているし、その廊下が広い。長椅子もあるし、ちょっと興味が薄いバンドが演奏中のときはお喋りもできる。

 パンクバンドのお兄さんたちが友達と酒盛りをしていることもある。酔っ払ってお酒をこぼしたお兄さんが「こぼしたのは俺じゃないぞ」と嘘を言っていたこともある。


 私たちはのびのびと過ごしている。

 都会の地下のライブハウスに行くと、私はいつも窮屈を感じる。

 グラビティは窮屈さがない。それは地上二階なだけではないはず。バンドのライブも音の偏りがなく、色々なジャンルの音が鳴っている。

 そのグラビティが移転の危機に直面したとあって、私はずっと気にしていた。今日も心に不安がある。


「恵理、移転の話聞いたよ」

 

 私の隣に百合華(ゆりか)が来た。名前の通りの美女だ。大きな目に長いまつ毛、背中までのつやつやの黒髪、スリムな体型。体の線が出るニットにミニスカートが似合っている。

 百合華は見た目が美女なので近寄りがたい雰囲気がある。私も最初は「仲良くなれるタイプじゃないだろうな」と思っていた。

 けれども打ち上げで一緒になったときに話してみたらとても気が合った。性格がサバサバしていて決断力があるしノリがよい。欠点が見つからないくらいだった。


 百合華と移転について少し話したあと、近況報告をした。

 私も百合華も平日は仕事をしていて、土日にライブに来るといった生活を送っている。百合華はライブがない日は友達との飲み会や合コンが多いようだった。あれだけの美女だ、お誘いが絶えないのは分かる。


「そういえばこの間、野田(のだ)さんと飲んだよ」


 百合華が思い出したように言う。野田さんとは私が好きなバンドの推しメンバーだ。無口でミステリアス、ちょっと近寄りがたいが、そのミステリアスに惹かれるのだ。いつの時代もミステリアスは色気をまとう。私が密かに慕っている、それが野田さん。


「ええっ、この間っていつ?」


「一ヶ月前くらいかな? 野田さんの友達に誘われて飲みに行ったら野田さんがいた」


 一ヶ月……。百合華と会うのは一ヶ月より少ないはずだ。

 じゃあ前回会ったときにはもう、野田さんと飲んでいたってこと? どうして教えてくれなかったんだろう。私が野田さんを慕っているのを百合華は知っているのに。


 こんなに綺麗な百合華と一緒に飲んで野田さんはどう思ったのだろう。そういえば百合華の好きな人の話を聞いたことがない。

 嫌な想像が巡る。百合華と違って私は平凡だ。身長も普通、顔も普通。髪型はライブハウスによくいるキノコカット。ファッションも楽な服装を好む。女子力なんて要素はどこにもない。百合華のように合コンに誘われることはない。百合華のように大企業に勤めているわけでもない。市内の普通の会社で下っ端の平社員だ。


 私は野田さんとお喋りは出来るけれども、プライベートで飲んだことなんてない。

 ときどきバンドで集まって飲んだときの写真がSNSにアップされているけれども、私がそういった集まりに誘われることはまず、ない。

 写真ではみんな愉しそうな顔をしている。それはそうだ。同じ趣味を持った者の集まり。ライブハウスに来ると演奏時間や準備、撤収時間に追われてゆっくり話すことができない。プライベートで飲むのなら、時間を気にせず過ごせるだろう。


「恵理、グラビティの隣に新しくできたカフェに行ってみた?」

 

 百合華が話題転換をする。野田さんとの飲み会について触れられたくないのだろうか、私はそう受け止めてしまった。疑心暗鬼はとまらない。


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