表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

使用人は過去を想う

 

 物事には終わりがある。

 でも、それが今日だとは思わなかったんだ。


 彼女が倒れて病院に運ばれた、と連絡をくれたのは彼女の母親だった。

 

 彼女と最後に会ったのは学校で、いつも通り適当に声をかけて俺は先に帰った。

 特別なことは何もない、いつも通りの1日だったんだ。

 家に帰って、シャワーを浴びて、夕飯を食べて。

 スマホがなるその瞬間までは、いつも通りの1日だったんだ。


 駆けつけた病院は薄暗くてなんだかひんやりとしていた。

 初めて入る救急外来。

 看護婦に止められたが、彼女の母親が呼んでくれたから中に入ることはできた。  

 そして、よくわからないコードに繋がれた彼女に会った。

 数時間前まで学校にいたのに、今はドラマのワンシーンを見ているように現実感がない。

 彼女の父親と弟も俺と同じような心境だったに違いない。

 戸惑いながら、何かしなければと思いながら、どうにも動くことができない。

 彼女の母親だけが、泣きもせず学校や親戚、俺の親にまで連絡して動き回っていた。

 なんて気丈な人だったのか、と思った。

 後から、何かしないと怖くて仕方ないのだろう、と気づいたけれど。


 それから3日間彼女は目覚めなかった。

 俺は学校を休んで病院か病院の近くのファミレスにいた。

 夜だけは仕方なく帰ったけれど、離れるのが嫌で仕方なかった。

 

 おかしな話だ。

 俺と彼女は、恋人ではないのに。


 俺たちの家族が、学校のみんなが、どう思っていたかはわからない。

 でも俺たちは付き合っていなかった。

 仲のいい幼馴染。

 幼稚園から高校まで、その関係は変わらなかったんだ。


 3日が過ぎて、その日は唐突にきた。

 彼女は目が覚めないまま逝ってしまった。

 急性とか心臓の病気とか色々説明されたけれど、俺は現実を噛み砕いで飲み込むことができなくて、

 呆然と聞き流していた。

 だって、彼女が、大切な幼馴染が、この世界にいないことが全てじゃないか。 


 しかし世界は薄情だ。

 彼女がいなくても、俺が絶望しても、同じように回っているのだから。


 俺は彼女がいない高校を卒業して、大学に行くことになった。

 実家を出て、一人暮らしをして、就職活動をして、社会人へと近づいていく。

 そう、成人式の時は俺の両親と同じくらい、彼女の母親が喜んで祝ってくれた。

 俺を通して彼女の成人式の姿を思い描いているのだと思ったから、「成人式に彼女の写真を持っていきたい」と伝えると号泣されてしまった。無理しないで、気を遣わないで、となかなか写真を貸してはくれなかったので、俺は自分の財布に入れていた彼女の写真を、スーツの胸ポケットに入れて成人式に参加した。

 一連を見ていた俺の両親は驚いたことだろう。

 すでに立ち直って普通に生きていると思っていただろうから。

 でも、できなかったんだ。

 恋人ではない、ただの幼馴染の彼女こそ、俺の唯一だったんだ。

 遂げることのない想いが終わるはずはない。

 他の誰かが塗り替えられるわけがない。

 彼女だけだ。彼女以外にいない。

 そうだ。とっくに気付いていた。

 俺は彼女を愛していた。


 そして、彼女も俺を選んでくれていた。

 ごめん、気づかないふりをしていたんだ。

 思春期とか言い訳にならないよな。たどり着くところは同じなのだから。 

 ずっとずっと好きだった。

 これが初恋で、終わりの恋なんだ。


 ※  ※  ※


 焼き菓子を皿に移していると、いつの間にか鼻歌を歌っていることに気づいた。

 危ない。不注意だった。

 

 それはかつての世界で飲料水のCMに使われていた有名な曲。

 彼女とも一緒に聞いたことがあった。

 フレイアが厨房まで追いかけてくるとは思わないが、誰が聞いているかわからない。

 転生者でも俺のように一眼でわかる特徴があるとは限らないのだ。

 実際、フレイアがそうだ。

 彼女は小顔で可愛い顔立ちだったが、フレイアのように誰もが振り返るような美少女ではなかった。

 笑った時の目元とか、ちょっとした動作の端々に彼女の面影があるくらい。 


 そう。彼女は、この世界に生まれ変わった。

 人々を癒す、聖女フレイアとして。


 俺がフレイアと出会ったのは十歳の時。

 貧しい田舎村に生まれた俺は、なんと生まれた瞬間から将来を約束されていた。

 『黒目黒髪には魔力が宿る。必ず偉大な魔法使いになる』

 そうして、ハイハイをするよりも先に、村の出世頭と呼ばれることになる。

 だがいくつになっても魔力がこの身に宿ることはなかった。

 ハズレ、病持ち、厄災の前触れ。

 手のひらを返したように村人は俺を忌避した。

 俺は地球で過ごした人生経験がある分、「勝手なことをいう奴らだ」位に聞き流していたが、両親は俺の分まで酷く嘆いた。そして、ダメ元で聖女様に頼ったのだ。

 

 あの日のことを、俺は忘れないだろう。

 だって、目の前で彼女が生きているのだから。

 思わず名前を呼ぼうとしても、仕方ないだろう?

 

 彼女は目を見開いて、それから微笑んで首を傾けた。

「黒目黒髪…懐かしい。でも魔法が使えないのね。でも大丈夫よ。私がいるもの」

「君がいるから?」

「そう。一緒にいれば、大丈夫。

 誰かがあなたを非難するなら、私の魔法を分けてあげる。その代わり、一番近くで私を助けてね?」

 その日から、俺は彼女の使用人になった。

 

 フレイアは俺の前だけは、転生者であることを隠そうとはしなかった。

 食べ物の話。学校の話。俺にとっては懐かしい思い出。

 ただ、フレイアがどんな話をしてもその中に俺は出てこない。

 俺の存在だけ、忘れてしまったのだろうか。


 それでもいい。だって、俺の目の前で彼女が、フレイアが生きているのだから。


「フレイア、今日の魔法は何を唄ったんだ?」

「あら。わかっている癖に聞くの?今日はねぇ、好きな漫画の決め台詞よ!

 長く連載してアニメにもなったのよ。でも最後まで読めなかったのよねぇ」

「マンガ、ねぇ」

 知ってる。俺が貸したやつだ。でも俺も最終回を読む前に死んじゃったから結論は教えられない。

「明日はどうしようかしら。ちょっと長いけど、歌にしようかな。

 カラオケで一番得意な曲!上手いって褒められたのよ」

 ああ知っている。褒めたのは俺だからな。なんだ、そういうことは覚えてるのか。

 フレイアは今日も、日本語で魔法を唄う。

 俺しか知らない、彼女の秘密だ。

 


 さぁ焼き菓子はいい出来だ。

 これを彼女に届けて、今日の仕事は終了。

 明日はフレイアと街へ出かけるのだから、早く休みたい。

 

 再び手に入れた日常には感謝と喜びしかない。

 こんな続きがあるなんて想像もしなかった。

 神様がチャンスをくれたのだろうか。

 俺は、今度こそ間違えない。

 彼女を一番近くで守り、そして、必ず伝えよう。

 

 終わりを超えても変わることのない、俺の愛を。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ