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転生聖女は転生(仮)使用人がお気に入り

 

 フレイアが魔法を唄うと、皆が感嘆の息をついた。

 

 魔法には、堅苦しいイメージがつきまとう。

 物に付与するなら魔法陣を刻み、顕現させるなら長い呪文が必要。それは魔法の基本。

 しかし、フレイアはただ唄うことで魔法を操るのだ。

 その唄の意味は誰も理解出来なかった。

 確かに耳に届いているのに、美しいと感じるのに、理解し復唱することは叶わない。

 他の魔法使いたちは、その言葉は「遠い異国の言葉」か「失われた古語」ではないかと推測したが、その全てにフレイアはふわりと笑みを浮かべて答えることはなかった。

 

 人々のため、今日もフレイアは不可思議な言葉で魔法を奏でる。

 その姿は神々しく、聖女に相応しい姿だった。

 

   ※ ※ ※


 フレイアには誰にも言えない秘密があった。

 それは、行ったことない場所の記憶があること。

 魔法が存在しない、しかし文明は驚くほど発達した世界。

 その中でも、久しく戦争のない平和ボケした国で、フレイアは生まれ育ったのだ。


「んふふ〜。今日の私も最高だったわね」

 フレイアはキングサイズのベッドに寝転がって、本日の働きを自画自賛していた。

 実際、朝から晩まで魔法ショーを繰り広げたわけで、褒められるだけの仕事はしていた。

 ただ、聖女の服を脱いだ今、人々から讃えられた少女から発せられるのは残念な笑い声だった。

「んふふふふ。今日の演出は我ながら100点ね。次はポーズを研究しようかしら。いや、その前に衣装ね!今の服も清楚でいいけれど、もっと愛らしさが必要ね」

 善は急げと、フレイアはサイドテーブルのベルに手を伸ばした。


 チリン


 小さな音だが、このベルにはフレイアの魔法が付与され、決まった人間にはどこにいても聞こえるよう設定されている。敷地内にいれば間違いなく聞こえるはずだ。

 …

 …

 …

 フレイアはベルに込めた魔法の力を上乗せした。


 チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン


「だー!!うるさい!!!」

 部屋に飛び込んできたのは、この国では珍しい黒目黒髪の青年だった。

 シャツの袖を捲り上げ、なんだか粉っぽいエプロン姿でさえなければ、年頃の少女たちから熱い目線が絶えないくらいのスペックを持っている。惜しい男子だ。

「あ…。うん、おつかれー」

「おい、お前、俺に焼き菓子を作らせてたの忘れてただろう」

「まさか!楽しみだなーって待ってましたよ?」

「うそつけ!完全に忘れてたな!そして今度は別の用事思いついて呼びしたのか!?

 人使いの荒い雇い主は訴えられるぞ!?」

「でもまだ勤務時間内だし」

「今が何時だと思ってる!

 そもそも、こんな時間に焼き菓子食べる女がどうかしてる!」

 言われてみれば、すでにいい具合に深夜帯だった。フレイアの両親はとっくに寝てるだろうし、使用人でさえ今日の仕事は終えて自室に戻っているだろう。確かに彼は時間外勤務をしていた。

「えぇぇと、そういえば、カイトは新しい懐中時計欲しいと言ってなかった?

 これで購入に一歩近づいたわ!」

 拳を握りしめて言い訳するフレイアに、「確かにあと少しで…」とカイトはぶつぶつ言っている。

 ちょろい。残念な男子だ。


「それで、焼き菓子の次は何だ?プリンか?マカロン位なら作れるぞ?」

「こんな時間に、そんなに甘いものばかり食べたら太るじゃない」

「おまえがいうな!」

「ま、私は魔法で消費するから問題ないけどね。

 でも普通の女の子に勧めてはだめよ?」

「こんな面倒なもの、お前にしか作らねえよ!!」

「それならいいわ」

 カイトの言葉にフレイアは満足そうに頷いた。

「それで次のお仕事だけどね」

「やっぱりあるのか…」


 フレイアは金色の髪をくるくる指に巻きながら首を傾げた。

「可愛いお洋服欲しいな?」

「今度は俺に縫い物覚えろってのか」

「まさか!」

「だよな。明日買い物に付き合うくらいなら…」

「服を作るためには、モデル、つまり私の採寸とデザインの作成、生地の選定!

 それから型紙をおこして、生地を裁断して。衣装作りは縫い物なんて一言は語れないの!

 大丈夫、私も一緒に覚えるわ!」

「明日も残業か…本当に懐中時計買えそうだな」

 カイトは項垂れるしかなかった。


「とりあえず、服は明日だ。

 焼き菓子の粗熱が取れた頃だから持ってくる。

 今日はそれ食って早く寝ろよ?明日は聖女様の仕事は休みなんだろ」

 部屋を出ようとするカイトをフレイアは呼び止めた。

「紅茶も準備してね。私が入れるわ。あなたの分も一緒に」

「俺は別に」

「なぁに。紅茶を飲んだら眠れないとか繊細なこと言わないわよね。

 私に付き合って。深夜のお茶会って背徳的な響きでいいでしょう?」

 フレイアはベットから降りるとカイトに近寄り、躊躇いもなく頬へ手を伸ばした。

 近い。

「フレイア?」

「頬にも粉がついてる。ああ、頭も。なんでこんなところに。黒い髪が台無しね」

「あとで拭う。お前の手が汚れるから離れろ」

「あら、あなたに触れて汚れることなんてないわ」

 フレイアは「魔法の言葉」を呟いた。

 するとカイトの姿はお菓子作りを始める前の清潔な姿に戻っていた。

 頬や頭の小麦粉はもちろん、エプロンも新品のように綺麗になっている。

「…どうも。でも無闇に魔法を使うな。今はあんたも営業時間外だろ。聖女様」

「私が私のために使うのよ?全く問題ないわ。ほら、綺麗な黒い髪に戻ったわ」

「って離れろ、頭撫でるなっ」

「あなたの姿は懐かしくていいな。ね、あなたは日本人なんでしょう?」

 カイトはため息をついて答える。

「だから、俺はニホンジン?ではないって。アンタと同じこの国で生まれ育った人間だ‘」

「生まれた時からってことは、異世界転移じゃない。私と同じく転生したってことね」

「な、前にも言ったけどそういいうことは他人に言うなよ?頭おかしいって思われるぞ」

「もちろん。カイトにしか言わないわ。これは2人だけの秘密だから」

「はいはい。じゃ、手を離してくれ」

「待って」


 フレイアの手をやんわり払い、カイトは距離を取ろうとするが、今度は左手を掴まれた。

 その手をフレイアは自分の口元に持っていく。正確にはその薬指はめられた指輪へ。

「魔法が切れそうね。追加しましょう」

 フレイアが指輪に口付けると、その熱は指輪から薬指に伝わっていく。

 慣れない甘い熱。

 いつもは唄うフレイアの魔法も、カイトの魔法道具に付与するときだけは口付けによって行われていた。

 いつもの光景だが、カイトはいつまで経っても慣れることはない。

 指輪の次が、特に。

 フレイアは指輪から口を離すと、手を取ったまま背伸びをしてカイトの耳に口を寄せた。

「ピアスにも、ね」

 わざとカイトの耳元で囁くのはフレイアの悪戯。

 まず右耳に。そして左耳に。

 魔力を持たないカイトのために、フレイアは惜しみなく魔法を分け与えた。


「…このやり方以外にないのか?」

「このやり方以外がいいの?」

「…」

「ふふふ。カイトは正直ねぇ。お礼は、そうね、お煎餅作って!」

「またニホンジンの食べ物か?」

「またぁ。知ってるくせに!日本人のソウルフード!でも米と醤油あるのかなぁ。食べたことない気がする」

「やっぱり食べ物か。ま、明日は街で服の生地を見にいくんだ。ついでに探せばいいだろ」

「!さすがカイト!よく分かってる」

 いつものことだから、とカイトは諦め笑った。

 結局、嬉しそうなフレイアの期待に答えてしまうのだから。


「焼き菓子持ってくる。お茶会はなしだぞ?明日は早く出かけるからな」



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