06.神様が後見人になりました
「え?」
今、何て言った? この神様。
まだ頭が働いていないのに、神様は右手を胸に当て天を仰ぎながら震え出した。
「あぁ……ようやく私の生まれた理由がわかりました」
そして真っ直ぐに私を見つめ
「貴女様と出逢う為だったのですね」
そう言いながら、美しい顔を綻ばせました。
その直後、後ろの方でドサッと聞こえたけれど、振り向けません。
魅入られたようにそのお顔から、視線を逸らす事が出来ないのです。
冷たい印象だったお顔が綻ぶと、まるで春の日差しの中にいるようです。
「麗しい黒髪、黒曜石のように煌く瞳、象牙色の肌……っ、全てが私を魅了して止みません。まるで女神のようです」
いえ、絶対貴方の方が神様っぽいです。
冷静なツッコミも心の中でしか言えていないので意味もなく、この神様の追撃の手を緩める事は出来ませんでした。
神様はうっとりとした目をして、すっと手を差し出して来ました。
「どうか、私の手を取ってください。貴女様と共に生きる名誉を私にお与えください」
神様に懇願されたーっ!!
ぽ〜っと何も考えることが出来なくなり、ふらふらと差し出された手に触れた。実際には指だったけど。
「なんと愛らしい手なのでしょう」
そう言いながら親指で私の手の甲をすりすりしてます。
と、その感触でようやく我に返り、慌てて言った。
「いやいやいや。いきなり結婚なんておかしいでしょ」
神様から笑みが消え、眉尻を下げ、しゅんとしてしまった。
「私の事がお嫌いですか?」
げふぅ
よく叱られた犬のようにシュンとした姿を見て可愛いとか、キュンとしたとかラノベで見たけど、ここまでの美形だと違うね。
罪悪感が凄いです!
ものすごく悪いことをした気になります!!
何でしょう? 懺悔でもすればいいんでしょうか?
「いえ……嫌いじゃないです」
パアァ〜と効果音まで聞こえそうなくらいに嬉しそうな顔をして、満面の笑みになられました。
ドサァ
あ、また後ろから音が。
侍女さんがせっかく立ったのに、また直撃を受けて倒れたっぽい。
そこでようやく助けが入りました。
「ランドール侯爵。いきなり求婚なされるのは如何なものかと。聖女様が混乱なさっていますよ」
水色神官さんからそう言われ、神様はハッとなり申し訳なさそうな顔になられました。
「大変失礼いたしました。貴女様にお会いできた嬉しさのあまり、我を忘れてしまいました。ですが、私が申し上げた事に一切偽りはございません。どうかお心にお留めおきください」
そう言って神様は水色神官さんの隣まで戻った。
良かった。ちょっと美形の圧が凄かったんです。
私がほっとしたのを見て、少し苦笑なされながら水色神官さんが言ってきた。
「実は陛下がこちらのランドール侯爵を、聖女様の後見人にと推薦されました。それで聖女様がよろしければ、このまま後見人に決定したいと思いますが、如何でしょうか?」
「後見人?」
「はい。聖女様の実家のようなものですね。王宮を出た後の生活する場所になります。慣例では養女や婚姻などで後見人との絆を結びますが、今回に限り一先ず後見人に決定された方が良いかと」
「どうしてですか?」
「ランドール侯爵領は名高い人形工芸の地なのです。聖女様の身の回りのものをご用意するには最適かと思います」
なるほど〜。
神様は私の前にあるカップを見て、痛ましげな顔になった。
「我が領地は人形作りに関して、最高レベルであると自負しております。既製品で申し訳ありませんが、今すぐご用意いたしますね」
そして侍女さんを呼び、何か指示を出していた。
その隙に水色神官さんが近付いてきて、そっと囁いた。
「これはわたくしの個人的意見なのですが……誰が後見人になられても、ランドール侯爵に発注することになると思います。王宮におられる間は王家が支払いますが、出られた後は後見人が支払うことになります。侯爵が後見人を辞退なされなかったという事は、損得関係なく聖女様を思っていらっしゃる事は間違い無いと思いますよ」
まあ、出会っていきなり求婚するくらいには気に入ってもらえたのだろう。
それを疑う余地はないくらいに、神様は真剣だったし。
それにこのままの生活を続ける自信が全くないので、改善してもらえるならこちらからお願いしたいくらいだ。
「結婚はまだ……わかりませんが、後見人にならお願いしたいです」
「では了承ということで、よろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
それを聞いた神様は嬉しそうに寄ってきて、跪きさっとまた手を取った。
「有難うございますっ!! こちらこそよろしくお願いいたします。それと何か希望はございますか? 既製品以外ですと少しお時間をいただくと思うのですが……」
希望…………どうしても必要なものがある。
けど言えない。
でもでも! ないと困るっ!!
ええーいっ! 羞恥心めっ!! 今更出てこなくていいのに!
しばらく葛藤したのち、私は羞恥心に勝った。
すくっと立って(ローテーブル上)トコトコと神様に近付く。
ちょいちょいと呼んで耳打ちする。
神様がぷるぷる震えているように感じたけど、それどころではないので無視した。
おっきな耳にそっと「あの……お手洗いをなんとかして欲しいです……」と真っ赤になりながら告げた。
すると、そのおっきな耳も真っ赤になった。
神様は手を口に当てて、頬を染めながら「畏まりました……」と目を逸らしながら答えてくれた。
やめてーっ!
そこで照れないでーっ!!
こっちまで余計に恥ずかしくなるじゃんっ!
私が真っ赤になりながら、あわあわしていたら神様はコホンと小さく咳払いをして立ち上がった。
「早急に対処いたしますので、しばらくお待ちください」
「では一先ず陛下に報告に参りましょうか?」
「そうですね。ではよろしくお願いします」
そう言って水色神官さんと神様は出ていかれた。
……つ、疲れた……。
何やら消耗したので紅茶でも飲もう。
『はっ!!』と気合を入れてカップを持ち上げ、紅茶を飲む。
冷めても美味しいですね。
ふぅと一息入れている私に侍女さんが言ってきた。
「ランドール侯爵からのご指示でお身体のサイズを測りたいのですが、よろしいでしょうか?」
ふむ。
そうですね。必要でしょう。
寝室に移動して、ありとあらゆる所を測られた。
そこで私の身長が、ここでは57cmであることを知った。
元々が171cmだったから……1/3くらいかな?
つまりここは全てが3倍だ。
作業中の侍女さん達に聞いてみた。
「あの神さ……じゃなくて、あの侯爵様はどんな方なのですか?」
「ランドール侯爵ですか? かの君はご覧の通りの美貌で幼い頃から、老若男女を問わずに魅了してこられた方です。社交界でも女性の憧れの的でしたが、どんな女性にも心乱されず、冷たくあしらわれていました」
「私、知ってます! ランドール侯爵は人形好きというよりは、小さいものが好きなんだそうです!」
「小さいもの?」
「ええ、ミニチュアのものがお好きでランドール侯爵がそれらに力を入れて、更に人形の売り上げが上がったとか」
なるほど。ミニチュア好き。
わかります。
ミニチュアのガチャをコンプした事のある私には、痛いほどわかります。
後見人にもなってもらえたのに、いつまでも神様呼びじゃ申し訳ない。
えっと……。
「もう一度お名前教えてもらっても?」
「はい。ルーシャス・ランドール侯爵です」
ルーシャス・ランドール。ルーシャス・ランドール。
よしっ! 覚えたぞ!!