59.幸せ
出産という一大イベントを終えた私は、フィー様との約束を果すために餡子の作成に取り掛かった。
セレアルという豆は神殿にお願いして、既に取り寄せてもらってあった。
ただ妊娠中は甘い物が食べられなくなってしまい、そのままになってしまっていたのだ。
セレアルは小豆と同じ様に、茹でて一度水洗いし、再度茹で、水を切り、弱火で何度かに分けて砂糖を加え、水分が飛んでから塩を少々入れたら餡っぽくなった。
何とか試行錯誤の結果、私が美味しいと感じる餡が出来上がった。
ただし、味だけ。
見た目は……異世界らしく、真っ青な怪しげな餡になったけど。
地球人にとって青は食欲を減退させる色だが、こちらの世界の人には関係ないらしい。確かに今まで出てきた料理の中にも青色はあったし。
料理としても豆を甘く煮るという考えはなかったらしく、出来上がった餡はみんなに好評だった。
お萩に必要なお米や餅米はこの世界にないので、あんパンを作ってみることにした。
ただ私は餡は作れてもあんパンは作った事がなかったので、そこは料理人にお願いして頑張ってもらった。
そして出来上がったあんパンを、神殿に持っていって「フィー様、出来ました〜」と捧げてみたら、スゥっとスポットライトが当たって消えた。
フィー様にも気に入ってもらえたようなので、カールさんを通してレシピを世界中に広めてもらった。
一応『フィー様は餡好き』と添えておいたので、これで餡を使ったいろんなレシピが出来れば、フィー様も喜んでくれるだろう。
◇◇◇
カーティスのゆっくりとした成長を見ながら、のんびりと過ごしているとルー様とカールさんに「何か欲しいものはないか?」と聞かれた。
特に何も思い浮かばなかった私は「ないです」と答えると、困ったような顔をされた。
「どうかしたのですか?」
「ああ、アリスブランドの売り上げが物凄い事になっているんだ。それ自体は喜ばしい事だが、使い道がなくてな……」
あー、そうですね。
お金は回してなんぼですもんね。
「じゃあ……領地内の道の整備をお願いします」
「そんな事で良いのか?」
「そしたら馬車での移動が楽になるでしょう?」
「まあ、そうだが」
「あとは……そうですね、人形作りの専門学校でも作ってみては?」
「専門学校?」
この国に小学校的なものはある。
一般の人に、文字や簡単な計算などを教える所だ。
ただ大きくなると、文官や騎士のための学校はあるがそれ以外は特にないらしい。
私のブランドのせいで万年人不足になってしまい、悪いな〜とずっと思っていたのよねー。
今では私用の小さい装飾品も手がけている。
ルー様がどうしても!と作ってくれた髪留めやネックレスなどを、人形用に販売してみた。
勿論販売用はガラスで作られたものだけど、出せば何でも売れるのだ。
恐ろしいくらいに。
そんな感じで多方面で忙しそうだった。
人が足りないけど、新しい人に教えている時間も人も足りない、てのが現状だと思う。
だったら教える所を別に作っちゃえば良いのではないかと思ったのだ。
先生はお年を召して引退しちゃった人とか、お家の都合で長時間お仕事出来ない人とかと雇えば、一石二鳥かも。
そんな感じで説明すると、二人とも納得して発足に向けて話し合いを始めてくれた。
私は案だけ出して、あとはお任せ〜でお願いした。
だって私より、現場の人の方が話がわかるでしょうし。
◇◇◇
エリザベス様とアンジェリカ様とは、ずっと文通をしていた。
たまにエリザベス様がお忍びで遊びに来てくれたり、アンジェリカ様が他国へお嫁に行ったりと、色々あった。
アンジェリカ様は嫁ぐ前に一度こちらに来てくれて、最後に挨拶してくれた。話を聞いてみると、アンジェリカ様もお相手の事を好んでいるようで、安心した。
最初から私に優しくしてくれたアンジェリカ様の幸せを願った。
初めてのダンスを踊ったあの夜会以降、私は王都に行っていない。
というより、どこにも出掛けていない。
たまに領地内に遊びに行くくらい。
私の出現率はかなり低い。
そんな私を見る事が出来たら、幸せになれるとかいうデタラメな噂も出始め、ますます出掛けなくなった。
そんな中、カーティスはみんなに可愛がられて、すくすくと成長した。
「母さま〜」といつも笑顔で抱きついてくる。嬉しくなってついつい大きくなって抱っこしてしまうくらい可愛い。
いつの間にか私は、ルー様よりも年上になっていた。
アラフィフになった私の髪は白い物が混じり、小皺も増えた。
と言っても毎日のディアナさんのお手入れにより、肌も綺麗だし歳よりは若く見えると思う。
それでも確実に老いを感じる。勿論誰もそんな事は匂わせないけど。
そして私は終活をはじめた。
私がいなくなった後、私が持ち込んだ物たちはおそらく同じように消えると思う。カールさんに聞いてみた所、過去の聖女達の持ち物が残っている記録はないと言われたから。
それでも万が一残った場合に、恥ずかしくないようにいらないものは処分した。
スマホはとっくに電池が切れている。充電器もこの世界の太陽では充電出来なかった。それが分かった時点で、電池が切れる前に不要なものは消しておいた。元の世界に戻る事はないのだし、黒歴史的な物が万が一後世で見られるなんて避けたかったから。
この世界で貰ったものに関しては、ルー様にお任せしようと思っている。
カールさんに私がいなくなった後のブランドに関しての事を相談すると、何も聞かずに協力してくれた。
私が大きくなるための対価については、誰にも言わなかった。
人間いつ死ぬかなんて分からない。
私が80年生きるってのも希望的観測だもん。
それが早くなっても、誰も不思議に思わないと思ったから。
◇◇◇
ある晴れた日。
私はみんなに部屋に集まってもらった。
ルー様とカーティス、ディアナさん、カールさん、フリージアさん、ダニエルさん。
私がこの世界に来てから、お世話になった人たち。
ルー様に抱っこされた私はみんなを見渡しにっこりと微笑んだ。
「皆さん、今まで有り難うございました」
そう言った途端、ディアナさんとフリージアさんはポロポロと泣き出してしまった。
ここ最近の私の行動を見て、何かしら感じていたのかもしれない。
「泣かないで。私はこの世界に来れて、みんなに会う事が出来て、本当に良かったと思っているのよ」
「アリス様っ!!」
「私もっ! アリス様にお会い出来て良かったですっ!!」
泣き止まない二人をカールさんとダニエルさんが支える。
「母さま、どうしたの?」
カーティスが不思議そうに私を見る。
ルー様に下ろしてもらって、大きくなり手を広げて呼ぶと嬉しそうに抱きついてきた。
そんなカーティスを抱き上げて頰にキスをする。
「母様は遠くに行くことになったの。でもいつでもカーティスを見てるからね」
「やだっ! 母さま、どこにもいかないでっ!! ずっといっしょにいるっ!!」
「ごめんね。どうしても行かなきゃならないの。カーティス、愛しているわ。泣かないで」
「やだーっ!! ぼくもいっしょにいくーっ!!」
「それはダメなの。母様一人で行かなきゃいけないのよ。カーティスには父様と一緒にいて欲しいわ」
「父さまと?」
「そうよ。父様も母様が居なくなると寂しいって。だからカーティスが一緒に居てあげて?」
「……うん、わかった。父さまがなかないように、ぼくがそばにいる……」
「有難う、カーティス。大好きよ。ずっとずっと愛しているわ」
「ぼくも母さま、だいすきっ!!」
カーティスの甘い匂い、温かな身体、忘れないようにぎゅうっと抱きしめて、そっと下ろす。
「さ、母様は父様とお話があるから少し待ってて」
ディアナさんがカーティスを抱っこして、ルー様を残して全員部屋を出ていった。
パタンと扉が閉まると、ルー様に抱きつく。
ぐりぐりと頭を擦り付け、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
ルー様も痛いくらいに抱きしめてくれて、二人の間の隙間はなくなった。
「カエデ……逝ってしまうのかい?」
「……はい」
「そうか……寂しくなるよ」
「ルー様! 私、この世界に来て、ルー様に会えて、良かったの。ルー様、大好き! 愛してる!!」
「カエデ! 私もカエデに会えて、本当に良かった。毎日ゼフィーナ神に感謝を捧げているよ。カエデ、愛してるよ。私の愛は永遠にカエデのものだ」
そっと優しく唇が振ってきた。
始めて会った時から全力で愛してくれたルー様。
歳をとっても相変わらず美しい。
あぁ……大好き。
さらりと、最後の砂が落ちる音を聞いた。
ガクンと力が抜ける。
泣きそうなルー様が、視界いっぱいに見える。
「ルー様……私、幸せで……し…………た……」
望まれて、この世界にやってきた。
みんなに愛されて、楽しく過ごせた。
愛する人に看取られて逝く。
私、幸せです!!




