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40.side エクトリア王国


 箝口令は敷かれたがエリザベスが王妃権限で『アリス様を見守る会』会員のみ事情を話し、情報を提示させた。

 楓の事を知るためには、会員である侍女達に話を聞いた方が最も早いからだ。


 会員達は全員楓に好意を抱いているので嘘をつくなど考えられないし、楓が拐われた事を心配し、捜索に全力で協力するつもりだった。だが誰も不審なものは見ていないし、不用意に楓の情報を漏らしたりもしていなかった。


 

 ルーシャスは一度屋敷に戻り、領内で楓に関する情報を提供させた。

 

 だが狂信するほど楓の人形を欲しがったものは居なかった。せいぜい次の限定が決まり次第、連絡が欲しいと懇願する程度のものだった。


 そもそも聖女に対して敬意を払うのが当然であり、失礼な態度や不快な思いをさせる者などあり得ない、というのがこの世界での常識だ。

 了承を得ているとはいえ、我々の世界のために自身の世界から切り離し、こちらに来てもらっているのだ。環境を整えるのは当然至極のことだろう、との考えが浸透していた。



 不安と焦燥を胸に抱えながら、ルーシャスは家令のヴィクターに他に何かないか尋ねた。楓が誘拐されている事は言えなかったため、不思議な顔をされたが「そういえば……」と口にした。


「何かあったか!?」

「……いえ、大した事ではありませんが、少し前に王宮から聖女様の化粧室を追加注文されました。旦那様から何もお聞きしておりませんでしたので、不思議に思ったのを思い出しました」

「何! 本当か!?」

「はい。確かでございます。私共は王妃殿下が聖女様のために頼まれたのかと思っておりましたので、早急に仕上げ、既に納めてございます」

「発注元を詳しく調べてくれ!」

「畏まりました」


 調べてみると第三王子であるアグノスからの依頼であった。


 ルーシャスは急ぎ王宮に登城し、レナルドに報告した。

 それを聞いたレナルドは直ぐにアグノスに関する支出を調べた。その中で魔獣に関する支出としてあげられている事に気付いた。

 レナルドはエリザベス伴い、ルーシャス、カール、ディアナを引き連れてアグノスの元へと急ぎ向かった。




 そして──ギャン泣きしているアグノスと、その腕の中でぐったりしている楓を発見したのだった。




◆◆◆




 アグノスは物心がついた頃から魔獣が好きだった。絵本を見て、実物が見てみたいと思っていた。

 初めて庭に散歩に出た際に、空を飛んでいた小鳥が可愛くて、もっとよく見てみたいと「こっちにおいで」と手を出して呼んだ。

 すると普段は人に近付かない小鳥が、アグノスの手に難なくとまったのだ。


 アグノスは嬉しくて、じっくりと小鳥を観察し、声を聴かせてもらい、十分に堪能してから「バイバイ」と空に放つと、小鳥は飛び去っていった。


 これを見ていた者達からの報告によって、アグノスがテイマーであり珍しいテイムの魔法が使えることが判明した。


 それ以来、アグノスは猫や犬、鳥など身近にいる魔獣をテイムし、飼っていた。もっと大きな魔獣が見てみたいと言うと、第二王子であるクロードが魔獣の居る森まで連れていってくれ、そこでケルドと呼ばれる大型の猿を発見し捕獲してくれた。


 流石に大型の魔獣をテイム出来なかったアグノスはしばらくケルドを飼い、様子を見てみた。それはクロードの「世話をして心を通わせたら、テイム出来るんじゃないか?」と言う提案に従ったからだった。


 最初は牙を剥いて、全く懐かなかったケルドだが、そのうち態度が軟化し、やがて言う事を聞いてくれるようになった。実際には毎日テイムの魔法を無意識に使い、重ね掛けした結果だったのだが。


 ケルドは手先が器用で、長く太い尻尾を自在に操り木々を飛び回る事の出来る魔獣だったため、それ以降他の魔獣達の世話をしてもらうのに役に立った。


 魔獣達は基本的にアグノスに絶対服従だが、他の者達は流石に不安を感じて世話をするのを躊躇った。それにクロードが「飼うならきちんと面倒を見るのが飼い主の務めだ」と諭したため、アグノスは魔獣の世話を自分ですると言って聞かなかった。ただ小さいアグノスに全てができる訳ではなかったので、それをケルドが手伝う形となった。

 もちろん定期的に護衛が見回りに来てはいたが、それだけだった。

 

 基本的に魔獣は広い庭に、それぞれの環境に合わせて作られた場所で生活していた。だが小さいものなどは部屋で飼われていた。アグノスは自分の部屋で飼いたいと訴えたが、流石にそれは許されず専用の部屋を用意されたのだった。



 そして初めて楓を見たアグノスは直ぐに気に入った。だがその場は夜会であり、すぐに退場させられたため何も出来なかった。


 次に会った時は、庭で王妃に抱っこされていた。


 楓も挨拶をしてくれ名前まで教えてくれた。嬉しくなり直ぐに連れて帰ろうとしたが、楓は来てくれなかった。

 そこで楓と心を通わせるために、楓を迎える準備をし出した。

 

 様々な魔獣を飼ってみて、重要なのは部屋の環境とトイレだと分かっていた。そのため楓の生活環境を聞き出し、食べ物や寝る時間などを知った。トイレも用意しないと体調を崩すものも居たため、同じものを用意した。



 準備が整ったのでケルドに楓を連れてきて欲しいと頼んだ。

 ケルドは『眠りに誘う』というスキルを持っていたので、忍び込んだ先で楓にかけ、眠ったまま尻尾で包んで持ってきたのだった。


 机の上には楓用の部屋が置いてあり、楓から見て鏡の部分が外から見える構造だった。さらに中の子を驚かせないため、外の音が聞こえない仕様になっていた。

 そこでアグノスは楓を観察して、仲良くなるつもりだった。

 机の上にあるのでアグノスには届かなかったから、ケルドにお願いしてご飯をあげてもらった。


 楓は聞いていた通り、人間と同じものを食べた。さらに甘いものが好きだと聞いたので、お菓子を与えると嬉しそうに食べていた。

 眠る周期が早いので、起きている時は中々見れなかったが、いつもつまらなそうだった。


 たまたま楓が「猫でもいれば」と呟いたのを聞いたアグノスは、直ぐに猫と遊ばせれば喜ぶんじゃないかと思いついた。でも楓に猫は大き過ぎると思ったので、丁度生まれたばかりの仔猫を連れてきた。


 ケルドに頼んで楓の部屋に仔猫を入れてもらい様子をみようとしたら、侍女に朝食だと呼ばれてしまった。

 「仲良くするんだよ」と子猫に言い聞かせて、アグノスは朝食に行った。

 

 仔猫はアグノスの言う通り、仲良く楓と遊んだ。

 

 

 だが、仔猫にとっての遊びも、楓にとっては恐ろしい攻撃だった。


 

 前脚でちょいと楓を叩けば、楓はバアンと壁まで吹っ飛び、床に落ちた所に飛びつき噛み付けば、簡単に振り回せた。

 楽しくなって遊んでいたが、子猫が飽きた時には楓は血を流して全く動かなくなっていた。


 どうして良いか分からず、ゾリゾリと楓を舐め、血を舐めとっている時にアグノスが戻って来た。




 アグノスがご飯を食べ、戻ってきて最初に目にしたものは、全身を血に染めぐったりとした楓だった。



「わあぁぁぁーー!!」


 アグノスにはどうしてこうなったのか、分からなかった。

 

 自分は楓に喜んで欲しかったのだ。

 仔猫にも仲良くするように言った筈なのに。


 だが、血を流しているのは理解した。

 今までも怪我をしたものを治した事はある。


 急いでケルドにポーションを取ってきてもらい、楓にバシャっとかけてもらう。浄化魔法をかけ、血を消す。


 それでも楓は動かない。


 ケルドに楓を出してもらい、腕に抱き揺すってみるが、楓の瞳は開かない。


 どうして良いか分からず、ポロポロと涙が溢れる。


「うっうっ……ひっく……アリスゥ……目をあけてよぉ〜」


 ピクリとも動かず、青白い顔の楓を見て悲しくなる。


「ぅわーーん!! アリスゥーー!! おきてよーー!!」




 その時、バーンと音をたて扉が開き、レナルド達が入ってきたのだった。




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