04.side エクトリア王国
荒々しく執務室に入ってきた国王を迎えたのは、この国の宰相であるエーデル・オールディスだった。机に向かっていた顔を上げ、眼鏡を指で上げながら問いかける。
「お早いお帰りですね。聖女様はいかがでしたか?」
マントをむしり取りソファーに投げつけ、この国で唯一国王が座る豪華な椅子にドッカと座ったウォーレンは不機嫌そうに言い放った。
「アレはダメだな。小さすぎる!」
「まさか! 聖女様は幼子だったのですか?」
「いや……成人だったが、サイズがな」
「サイズ?」
「ああ、これくらいだった」
ウォーレンが両手で大きさを表すと、エーデルはそれを見てしばらく考えた後に。
「それは……お小さいですね。小人でしょうか?」
「いや、そういう世界から来たらしいな。全く……アレでは使い物にならん!」
「……そうですね。前例がございませんから、色々と変更しなければならないでしょう」
「せっかく俺の時代に喚ぶことが出来たのに! レナルドも生まれてようやく我が王家に聖女の血を入れられると思っていたというのにっ!」
「そうですね……そのサイズですと婚姻は難しいでしょうな」
「早急にレナルドの相手を決めねばならん。……クロードもか」
「早々にお茶会を開けるよう、エリザベス様にもお伝えしておきます」
「そうしてくれ。あぁ、それとランドール卿を至急呼んでくれ」
「ランドール侯爵ですか?」
「ああ、彼奴ならアレの扱いも上手かろうて」
「……なるほど。では、直ちに」
エーデルがチリリとベルを鳴らすと、侍女が入ってきた。
お茶と早馬の用意を頼み、書類を書くべく机に向かった。
◇◇◇
ルーシャス・ランドールは衛兵に案内されながら、疑問に思っていた。
王宮からの早馬で陛下から直々に登城を言い渡されたので、慌ててとるものも取らずそのまま王宮へとやって来た。今まで陛下に呼び出されたことなど一度もないし、何かやらかした記憶もない。一体何の御用なのだろうか?と。
謁見室の前まで来ると、衛兵がランドールの到着を告げ、重々しい扉を開けた。
中には王座に国王と、脇に宰相と神官らしき人物が立っていた。
カツカツと国王の前まで進み、跪く。
「お呼びにより、ルーシャス・ランドール参りました」
その姿を国王は感情の籠らぬように見える目線で見下ろす。
長い銀髪を後ろに軽く束ね、鮮やかな青紫の瞳は伏せられているが整った顔立ちは隠せていない。その美しさは人外のようだと噂され、その瞳に射抜かれれば倒れる淑女が後を絶たないとか。跪いているにもかかわらず、神々しいとはどういう事なのだ。
その美しさに理不尽な怒りがこみ上げてきて、舌打ちしたい気持ちを抑えて言い放つ。
「面をあげよ」
深い青紫が国王を射抜く。
確かにこれなら倒れるのも無理はなかろうと納得もした。
「此度、我が国は聖女様をお迎えすることに成功した。そこで貴殿には聖女様の後見人を任せようと思う」
「…………有難き幸せ。光栄にございます」
「ただし、我々から聖女様に強要する事はまかりならん。であるからに、貴殿には今から聖女様の承認を得てきてもらいたい」
「畏まりました」
「そこの者は聖女担当のものだ」
「カール・ノートクリストと申します。以後お見知り置きを。ではご案内いたします」
二人が退出した後に宰相が問いかける。
「よろしかったのですか?」
本来聖女の後見人は国内でのお披露目会が終わった後に、希望者を募り、会議を重ねた後に決めるものだった。
聖女の後見人ともなれば、様々な恩恵が考えられるため誰もが望む地位だ。
それを来た初日に、それも国王一人の采配で決めても良いのか、と暗に咎めた。
だが国王は気にした風でもなく。
「ああ、アレの後見人など他に誰もなりたがらないだろう。それに早急に用意せねば、アレも生活出来まい」
「まあ、そうでしょうね……」
宰相はそっとため息を隠した。
国王と宰相は知らなかった。
この世の中には熱狂的愛好者が居るという事を。
◇◇◇
聖女の部屋に案内されながらルーシャスは前を歩く神官に問いかけた。
「聖女様はいつ来られたのですか?」
「今日です」
「今日っ!?」
「はい」
「それで……後見人とは……早すぎませんか?」
「そうですね、前例がないと思います。ですが聖女様にお会いになられれば、その理由もお分かりになると思いますよ?」
「そうですか……」
会えば分かるというなら、今は黙るしかない。
やがて護衛が立つ部屋の前まで着いた。
カールがノックをして侍女に確認を取る。
扉が開かれ、聖女がローテーブルに座っているのが見えた。
そして、その瞬間に雷に打たれたようにルーシャスは動けなくなった。