15.side エクトリア王国
ちょっと長いです
時は少し遡り──
エクトリア王国の王妃であるエリザベスは、聖女召喚の結果を心待ちにしていた。召喚の儀の間には限られた者しか入れないため、王妃用執務室で仕事をこなしながら待機していた。
同年代に聖女が召喚されたなら、好敵手になり得るため警戒するが、我が子の年代なら話は別である。息子の嫁になるかもしれない女性だ。気にならない方がどうかしている。
それに加えて誰にも言っていないが、実は子供の頃から聖女に憧れていたのだ。
過去の聖女達がもたらす恩恵も凄いが、エリザベスは聖女ブランドが好きだった。
幼い頃から王妃教育をなされ、周りからは淑やかな淑女を求められてきた。
本当は可愛いものが大好きだったが、それを持つ事はイメージ的に許されなかった。そんな中唯一許されたのが聖女ブランドの可愛いもの達だった。
平民から王族まで、幅広く浸透していて、持っている事を誰も咎めない、それが聖女ブランドなのだ。
今期の聖女が、もしかしたら新しく可愛いものを作り出してくれるかもしれない。
そんな期待を胸に、粛々と王妃をこなしていた。
生まれる時代によっては聖女に会えない事もある。
なのに、生きている間に聖女が召喚され、更に自分は召喚国の王妃なのだ。
なんて幸運なのかと密かに思っていた。
なのに!
どうして誰も何も言ってこないの?
全然報告に来ない国王に苛々していたら、宰相からの伝言が届いた。
内容は王子達の婚約者を選定するお茶会を早々に開くようにとの事。
え!?
レナルドとクロードの婚約者を早急に決めろってどういう事!?
聖女様はどうしたの!?
慌てて護衛を連れて、国王の執務室に向かう。
入室許可を得て中に入り、国王に詰め寄る。
「陛下!」
「エリーゼか……どうした?」
「どうしたもこうしたもございません! どうしてレナルド達の婚約者を決めなければならないのですか? 聖女様はどうされたのです!?」
「あぁ……アレは使えぬ」
アレ?
え? ……何を言っているの?
エリザベスは今、国王が何を言ったのか理解出来なかった。
唖然としたまま見つめていると国王は苦々しげに顔を歪ませ、書類に目を戻してしまった。
助けを求めるように宰相を見ると、溜息を吐きながら答えてくれた。
「王妃殿下。召喚は成功しましたが、聖女様は小さかったのです」
「小さい?」
「はい、これくらいだそうです」
そう言って宰相は国王と同じように手で大きさを示した。
それは到底人とは思えない大きさで……。
「……聖女様は小人なのですか?」
「いえ、そういう世界の人間だそうです」
「そう……ですか。だとしても御目通りを願います」
それを聞いて、国王は書類から目を上げずに「分かった」とだけ答えた。
◇
エリザベスは自身の執務室の窓から、庭を眺めていた。
昨日国王をせっついて、ようやく聖女と会う事が出来た。長年憧れていた聖女。そして見える風景に、心の中で悶えていた。
すると侍女長のオリガがやって来て「ご相談が……」と言ってきた。
「何かあったの?」
「はい……実はディアナ・ストレイス様が、いきなり聖女様の侍女選定を行うと言い出しまして……昨日希望者を募っていました。そして今日聖女様への対応の講習をするという名目で、勝手に会議室を使っております」
「何ですって!?」
「一応陛下からの許可は得てると言い張っており、我々も何とも……」
「それはどこなの? 今すぐ案内しなさいっ!!」
「はい! こちらでございます」
王妃を案内しながら、オリガは心の中でほくそ笑んだ。
確かに聖女のお世話の仕方に、不安があるとは報告した。
長い侍女経験があっても、あんなサイズの人間のお世話をした事など一度もなかった。
だが、だからと言って自分が完全に外され、小娘に全権が渡るとは思ってもみなかったのだ。
王宮の全ては王妃が采配している。
そして侍女達を取りまとめる役目は自分だが、その全権はもちろん王妃にある。
それを一部とは言え、国王が勝手に小娘に任せるなんて、王妃にとって気分のいいものではない筈。
いつもは冷静沈着で、滅多なことでは慌てない王妃がここまで焦っているのだ。
このまま乗り込んで行けば、何らかの制裁を加えてくれるだろうとオリガは思っていた。
会議室の中には、ディアナと侍女達が10名程と聖女の護衛達が揃っていた。
前触れもなく入って来た王妃に、慌てて全員立ち上がり頭を下げる。
「みんな楽にしてちょうだい。それで、今ここで何をしていたの?」
王妃に対して臆する事なくディアナは説明をした。
「はい、今から聖女様に関する注意事項をお伝えしようと思っていたところです」
それを聞いて王妃はほっとし、ゆるゆると微笑んだ。
「良かった、間に合ったのね。私も参加して良いかしら?」
「「え?」」
少し目を見開いて驚いたが、聖女の事柄を知る人間は一人でも多い方が良い。ましてや王妃なら願ってもない事だと、ディアナは快く了承した。
反対に驚愕の顔のまま固まったオリガは、なぜ王妃がいそいそと一番前の椅子に座っているのか全く理解出来ていなかった。
「お、王妃……殿下。な、なぜ?」
突っ立ったままのオリガを振り返り、王妃はそれこそ不思議そうに言った。
「何をしているのです? オリガも早く座りなさい」
「……畏まりました」
納得はいっていないが、オリガは王妃の命に従うしかなかった。
そしてディアナの聖女講習が始まった。
「よろしいですか、皆さま。まず第一前提として聖女様は私たちと何ら変わらない、か弱き女性である事を忘れないでください。私たちと同じような感覚、同じような体力、同じような筋力を持っていらっしゃいます。そして最も大事なことは、お体が小さいということです」
ディアナは楓が好きで好きでたまらず、ひたすら見ていた。だからこそ楓が何に怯え、何を怖がり、どう感じているのかをこの短時間で見抜いていた。
「具体的に申しますと、聖女様は身長57cmです。我々の約1/3です。つまり私たちと同じ距離を歩いても、聖女様は3倍の体力を使うということになります。王宮は広いので、基本的に移動は抱き上げてなさる方がいいと思います」
それを聞いて王妃が「つまり抱っこ出来ると……」と呟いていたが、誰にも聞かれなかった。
「そしてこの抱き上げる時こそ、注意が必要なのです! それは何だか分かりますか?」
ディアナは全員を見渡して尋ねると、おずおずと一人の侍女が手を挙げて答えた。
「ぎゅっと持たないようにするのですか?」
「はい、それも大事です。聖女様には壊れ物を扱うように、細心の注意を払ってください。他には?」
全員色々と考えてみるが、抱っこするのに注意する事など他に思いつかない。
「そう、そこなのです! 私たちには何でもない事でも聖女様には大変な事なのです」
「どういう事ですか?」
「聖女様を抱き上げた時、その高さは聖女様にはどれくらいの高さに感じていると思いますか?」
そこで全員がハッとした。
「その高さは私たちにとっては4mくらいの高さになるでしょう。貴方はいきなり4mの高さに持ち上げられて平気ですか?」
一人の侍女に聞いてみると、思い切りぶんぶんと頭を振った。
「ましてや、その高さからいきなり地上に降ろされたら?」
それを聞いてさーっと顔色が悪くなるオリガ。
やっと自分がやらかしてしまっていた事に気が付いた。
「さらに言えば、猫や犬を抱き上げる事もありますでしょ? その時に猫が自分で降りるのを目にした事があると思います」
全員がうんうんと頷いている。
「そのイメージがあると思いますが、それは危険です。彼らには自ら降りられるだけの筋力があります。そこを忘れないでください。自分が4mの高さから落ちる事をイメージしてみてください。抱き上げた高さから聖女様が落ちた場合、確実に怪我をなさるでしょう。護衛の皆さまくらいの身長の方が、聖女様を高く持ち上げ、落としただけでも聖女様は亡くなってしまう可能性があります」
そこに居る全員が、なぜディアナがこの講習を行なったのかを理解した。
聖女のサイズは猫や犬、人形のようだ。
そのイメージでそれらと同じように手荒に扱えば、あっという間に聖女は死んでしまうかもしれない。
その注意喚起だった。
「そして聖女様は、扉をご自身で開けられることが出来ません」
「えっ!?」
それはまた誰もが、考えてもみなかった事だった。
「取手に届かないこともありますが、たとえ扉が開いていても、重くて開けないようです。押すことは何とか出来るようでしたが、引くことは無理そうでした。ましてや取手を下ろしながら、押したり引いたりはまず出来ないでしょう。つまり聖女様は閉じ込められたら、自分からは出られないのです」
言われてみれば、納得出来た。
「それはお部屋に限らず、お風呂やトイレなどもそれに当たります。今後改善策を考えますが、扉が開いているからといってすぐに閉めてしまうのは危険です。必ず聖女様の居場所を確認してからにしてください」
扉を開けっぱなしにする事は、あまりない。開いていたら閉めるものだ。そう習慣付けられている。その当たり前の事が危険を伴う。
改めて全員が考えさせられた。
そしてディアナは聖女には時間も3倍で、我々にとっての一日は聖女にとって三日であること。
現在は試行錯誤中だが、日中に何度か就寝時間があること。
夜中にも食料が必要なこと。
それらを説明していった。
「聖女様は我々の世界では、お一人で生活出来ません。我々が支え、守らなければいけないと思っております。どうか、皆さま。ご理解のほど、ご協力ください」
「「はい!」」
元々聖女の侍女を希望する者が集まっていたのだ。
今までのディアナの説明で、侍女たちは聖女をお守りする事を心の中で誓った。
「私からも良いかしら?」
そこで王妃が躊躇いがちに言ってきたので、全員が王妃に注目する。
「残念なことだけど……陛下は聖女様を快く思っていないわ。でもそれは聖女様の責任ではなく、あくまでこちらの都合でしかないわ。だから……せめて私たちだけでも聖女様の味方でいたいの。みんなで力を合わせて、聖女様をお守りしましょう!」
「「はい!!」」
そこに居る全員の思いが一つになった瞬間だった。
「では実地訓練に移りますね」
そう言ってディアナはルーシャスに頼んで持ってきてもらった、楓と同じサイズの人形をいくつか取り出した。
「こちらを聖女様だと思って、抱き上げてみてください。私が納得できるように出来なければ、聖女様には触れさせませんからね?」
その言葉に一番食いついたのはエリザベスだった。
「なら、貴方に認められれば聖女様を抱っこ出来るのね!」
そう言ってメラメラと闘志を燃やし、ディアナのOKが出るまでやり続けたのだった。
ちなみにルーシャスの場合はと言うと……。
「カエデ様を抱き上げる時は、必ずしゃがんでからが基本だろう?」
とディアナにダメ出ししていた。
それは確かにそうだと思い、ディアナは従った。
だがそんなルーシャスに対して、ディアナは密かに対抗意識を燃やしたのだった。




