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一話 雷鳴のち、異世界

ドンッと衝撃があった。

中学のころに遭遇した交通事故の衝撃よりも強い、まるで全身を身体の奥から、いくつものハンマーで殴られたような衝撃を感じて、沈んでいた意識が急浮上した。


全身の細胞単位で

「うおっ!!なんじゃっこら!」ってなったし。

ハンマーで殴られたことはないけど。


「いた…」


ん?

目が開かないままに最初に聞いた自分の声にまず違和感。


そもそも、耳もぐわんぐわん響いているけど、なんだか少し声のキーが高いような?


「…嬢っ! …いきてるか!?…大丈夫かっ!嬢っ! ルミネっ!早くこっち」


「…にーちゃ!…待って!」


少し離れたところから、男の子の慌てた声と、幼い女の子の声もきこえて、足音が近づいているけど、嬢って私?


私を嬢って呼ぶ男の子に心当たりは無いはずなのだけど。


でも微妙に声に聞き覚えがある気がするのはきっと気のせいだろう。


ロケ地にきた海辺の町の子供だろうか。波の音が遠くに聞こえるし、潮のかおりがするから、海辺には違いない。


身体の向きは仰向けみたいなのはわかる。背中にゴツゴツした岩場の起伏を感じるし。


…はて?岩場?


救急車を呼んでもらうにしても自分の状況を把握出来てない私は、何とか目を開けようと、瞼に力を入れるけど、ものすごく重くて、なかなか開けられない。


「…嬢!」


やっぱりわたし??


でも…

そこまで考えて、一つ思い出したことがある。


確かロケ予定地で、落雷の直撃?を受けたはず。


すぐに意識を飛ばしたから、ほんの一瞬だったけど、焦げ臭かったし、はんぱなく痛熱かったし。


たぶん心臓も止まった…


あの時はまだお昼過ぎぐらいで明るかったのに、今は夕暮れ時のような感じだし。


確かに助かる人もまれにいるらしいけど、雷に撃たれて蘇生もされずに半日も放置されていたら、たぶん誰だって助からないだろうなあ、と、いくら専門外の私でも思うんだよ。


でも、息は出来るし何だか意識は戻ったし、奇跡的に生きてたのかな…


まずは身体が動くのかたしかめないと。


右手をにぎにぎしてみる。何だかぽよぽよして頼りないけど、何とかグッパー出来る。


「ああ…手が動いた!いきてる!」


男の子の声が聞こえた。かなり近づいてきているみたい。


左手は…あら?これなんだろう?


動きそうなんだけど、瞬間接着剤で握り固めたみたいに開かない。

とりあえず、痛くはないから後回し。


足に意識を向ければ、何だかすーすーするよ?

確か今日はパンツスタイルのはず…


あ、ヤバい!

ヤバくない?ヤバいよね!?


落ち着け私。

でもたぶんこれ、ズボンは脱げてるってことよね…


命は助かったかも知れないけど、私死ぬ。死んじゃう!乙女の尊厳的に!


てか、なんで脱げたし!


しかも男の子が近づいてくるとか、何の羞恥プレイですか!?


内心あたふたしながら、やっと瞼が薄く開いて、首をなんとか少し持ち上げて、自分の身体を見つめる。


よかった、血とかは出てない。


わたしは生成に限りなく近い薄いピンク色のフリルのついたワンピースを着ているらしい… 


よかった、わたし服着てる。乙女の尊厳は保たれ…た?…


え?


え"? え"、え"ぇーーっ!?


フリル?ワンピース!?


着てるものが、違うっ!

着せ替えられたってこと?


いや、そこぢゃない!

大事なのは、そこじゃない!


縮んでる…わたしのいたるところが縮んでます?

もちろん胸部も。


おおう…


子供?わたしは落雷に撃たれたら縮む特異体質?


子供で、幼女で、まったいら??


なにこれ?


絶賛大混乱の中、わたしは開かない左手を見た。


その惨状を確認したわたしは「ひぅっ」と息を詰まらせて、糸が切れたように気を失ったらしい。


「じょーーっ!」


どこのボクシング漫画かっ…と、心のどこかで突っ込みつつ、男の子の声が遠ざかって、わたしの意識は完全に暗転した。



なんだかリアルな夢をたくさん見た気がする。


ちょっと変わった幼子に自分がなっていた。


貴重な小麦粉を適当に水と混ぜて、クッキーもどきを作ろうとして黒こげにしたり、馬のしっぽが欲しいと親に駄々こねたり、くじらの子と仲良しだったり…


あの最近までよく見ていた夢の世界に出演していた、凄く可愛らしいビスクドールちゃんは、わたしのお姉ちゃん。


男の子はやんちゃ仲間で、隻眼の騎士さんは護衛と言う名の子守りで。貧しいながら幸せに家族と暮らしてる夢。


音が響いてる?

なんだろうか外だろうか。


さっきの男の子かな?

誰かが慌てて走り回る足音のような音が聞こえてきて、意識は徐々に覚醒に向かい、わたしはそこで…ゆっくりと目を開けた。


あ…

しらない天井だ。


どこかのラノベのテンプレみたいな台詞だけど、ちゃうねん。


人間てね、記憶と違う場所で目覚めたら、だいたいそんな風に感じると思うんだよ。


少し古めかしい西洋風の部屋の中、わたしは寝台の上に寝かされていたらしい。


羊毛を丁寧に紡いで織ったであろう、お日さまの匂いがする毛布がかけられていて、肌に当たる部分は少しチクチクする。


ダンダンダンとさらに足音が近づいて…


音の方向に、首を少し動かせば、楢ノ木のような木目を浮かべ、古いけれどよく磨かれた重厚な扉が見える。


バンッ!と音がして扉が開く。ああ!おとうさま!扉が壊れるから!


「アリスっ!」


見た瞬間に、そのイケメン銀髪の騎士をわたしは反射的に父親だと思って手をのばそうとして… 

そこでフリーズした。


あれ?


これは…どゆこと?


わたしは日本に生まれ育った。


香川県という、瀬戸内にあって、ゆったりと時間の流れる土地で28年ほど生きてきた記憶もある。


父親は早くに亡くしたし、少なくとも日本人だった。おとうさまなんて呼び方もしたことない。


知らないはずの知ってる家族。


薄く霧に包まれた記憶ではあるけれど、その中にイケメン騎士の顔があった。


まだ若い彼はエルフォード・グルーヴ。新興だけど貧乏男爵家の当主…で、わたしの優しくて子煩悩な父親。


ならば、これは幻であろうか?死ぬ前に見る夢?


このイケメン銀髪の騎士様がわたしの父親…


イケメン騎士様はアニメのような原色系のかっこいいデザインではなく、中世のヨーロッパの史実に出てくるような鎖かたびらをしっかり着こんだ本物だけど、それだけにちょっともっさりした格好をしている。


わたしは混乱のままに記憶を探り、その断片を必死でかき集める。


なんとなく、その時に心に浮かんだ言葉のままに「隠世の鍵」と小さく呟くと、どこかで「カチリ」と何かがハマった音が聞こえた気がした。


薄くかかっていた記憶のベールが、散り散りだった断片が、まるで映像をモーフィングで巻き戻すように繋がっていく。


確かに、この幼女として生きた記憶もあって…わたしが魔法学院を卒業する時の、感極まったおとうさまの顔も覚えていて…?


あれ?


わたしは、記憶の奔流を認識したその瞬間、違和感と供に、とんでもない事実に気づいた。


バラけていた記憶が押し寄せた衝撃と、自らの最後を知った衝撃がダブルで心にくる。


もし上から覗きこんでいたら、わたしが目を限界まで見開いて、フリーズした様子を見れただろう。


わたし…

この幼女の人生を、アリシティアの人生を一度歩んでる…


確か肺を壊す疫病にかかって、14歳で他界するところまでを経験してるっ!


アリスの記憶が一度途切れたその延長に、愛子の記憶があったのだ。


わたしはアリスを終わり、由良部愛子として生を受けていた…


な…


な、な、な、なんということでしょう。


すわ!転生か!と、思ったら、前世?のスタートライン付近まで巻き戻ったでござる。


というより、アリスから愛子へ一度、転生済みだったとか。なんだそれわっ!?


愛子に生まれ変わった時に、白紙になっていた魂の記憶、そのつながりを…


なぜだか全て、理解してしまったのよOrz


わたしが思考に沈んで固まっていると、おとうさまが肩をばっさばっさ揺さぶる。


頭がぐらんぐらんして気持ち悪い…


やめて!おとうさま、わたし死んじゃう死んじゃうから!


てしてしと父親の腕を叩くと、ハッと気づき、わたしの目をしっかり見る

「アリス、本当に良かった…」

そう言っておとうさまは、お髭をじょりじょりいわして、わたしを抱きしめてくれた。


「おとうさま…」


お髭が痛いよお、鎧が硬いよぉと、アリスが思いつつ…


それにしても、と、どこかで冷静な愛子の部分が思考する…


最初のアリスの人生を歩んでいた時には、愛子としての記憶なんてなかったはず…


前世の人生全ての記憶と、来世の記憶を持ったまま、自分の前世に遡行するとか…


遡行転生…新ジャンルだわ!!


などと、おとうさまが暑苦しいなか、極めてどうでもいいアホなことを考えていると、おかあさまが、双子のわたしのお姉ちゃんと一緒に入ってきた。


「アリス…本当に良かったわ」


家族は愛情を込めて、わたしアリシティアをアリスとよぶ。


おかあさまは涙をためて、儚げに微笑む。


薄いシルバーブロンドの髪が、高照度に魔改造された魔術灯に透かされて流れるように揺れた。

よかった…怒ってなくて。


「アリス?…おねえちゃんは、だからひとりで出かけたらだめっていったの!…でも、ぶじでよかった」


お姉ちゃんのセレシィテアは、みんなからはセレスって呼ばれてる。


ぶじで…の部分は声ちっちゃい。


わたしが言い付けを守らなかったことへの怒りと、無事だった安堵が、感情の振れ幅を大きくしたのだろう。


目尻に大粒の涙をためて、ほにゃっと泣きそうになっているのに、姉の威厳で睨もうとして、表情筋が器用なことになってる。


冷静に見ている一方で…わたしのアリスの部分が、

「心配かけてごめんなさい」と、家族に申し訳なく思う気持ちで溢れてくる。


「おとうさま…おかあさま…セレス…ごめんなさい…」


「いいんだ、アリスが無事なら」

おとうさまがわたしとセレスとおかあさまを大きく抱きしめて…


さて、これで貧しくも愛情に溢れた、一家の平穏が取り戻されて一件落着…


とは、当然ならず…


なぜ一人で、海岸に出たのかきっちり尋問されますた。


おおう…



とりあえず、何だかよくわからない状況なのは、よくわかった。


あの後、消化を考えてヤギの乳でふやかした黒パン粥のお夕飯を食べ、おかあさまからは冷静な顔でこんこんと言い聞かされた。


今は一人で寝台の上で、見るともなく天井の木の節を眺めてる。


目が覚めてすぐは、愛子の意識が強かったけれど、落ち着いてみればおとうさまも、おかあさまもお姉ちゃんにも、アリスはずっと会いたかったんだよ。


アリスとして生きた日々の終わりは、今、思いかえしても胸が苦しくなる。


肺を患う感染性の疫病は、瞬く間に皇国に蔓延して、大量の死者を出した。


先にセレスが逝き、おかあさまが逝って、わたしが後を追った。その後は知らないけど、たぶんおとうさまも助からなかっただろう。


家族を次々と失ってしまった、その時の残されたおとうさまの気持ちを思うと、こうして再び会えたのだから、たくさん甘えて、たくさん親孝行をしたいと心から思う。


わたしはすでに愛子の時代に、その病がウィルスによって引き起こされると学んでいるし、これからアリスの世界で起きることも知っている。


愛子の知識と、アリスの魔法学院で学んだ知識があれば特効薬を創れるかも知れない。


もし、特効薬が出来て生き抜くことが出来たなら、それはそれで因果が狂って、わたしは再び同じ愛子として転生出来るかはわからなくなる。


だから十四年…もう五歳の終わり、始生祭も近いから実質はあと八年か。


その期間さえ過ごせば、また日本の愛子として不自由の無い生活にきっと戻るだろうことも理解できてる。


でもね…わたし、もうどの人生でも家族を失うのは嫌なんだ。


たぶん、その時がくれば激しく悩むのだろうけど、出来るならわたしはみんなを助けたい。


そのせいで、わたしは、わたしでなくなるのかもしれないとしても…


だとしても…


備えていれば「選択」は出来るけど、安穏と過ごして何も備えていなかったら、きっときっと後悔するから。


せっかくやり直せるなら、わたしは後悔しないように生きたい…


いろいろ真剣に考えていたら、ちょっと眠くなってきた…


でも、こまりごとは先に洗い出しておかないとね。


うーん、と唸りながら少し突っ張る身体をひねって横を見ると、隣の寝台で枕をクッションがわりに上体を起こしたセレスが、せっせと毛糸の編み物をする姿が見える。


ちらっとこちらを見たけど、すぐに編み物に集中しはじめた。


幼女なのにセレスは本当に器用だよね。双子だから、わたしと身体のスペックは同じなのに。


さて…

疫病問題もあるけれど、海の向こうの軍事国家が数年後に侵攻してくることも忘れてはいけない。


あれは沢山の人死にが出る。


対策はあるけど、それには、費用がばかみたいにかかるんだよね…


本当にあきれるくらいに看過できないことは多いのだけど…


それよりも、何よりも、さしずめ、この先この世界に生き残ったとして、もうひとつの大きな問題は…


それは楽器の種類が極めて少ないことではないだろうか。わたしにとってこれはとても重要なことである。


音楽無しでは、塩漬けの菜っ葉みたいになる自信が満々である。


残念な娘だと自覚はあるので、半眼で見るのは是非やめていただきたい。


楽器以前に、この世界は楽曲も少なく、ストリーミングはおろか、当然CDもない。


楽譜も店売りなどあろうはずもなく、師と仰ぐ音楽家に弟子入りして授けてもらうか、古典の楽譜を持つ貴族家の収蔵物から、決して安くはない閲覧費用を払い、書写させてもらうぐらいしか手がない。


まあ、わたしに限っては、愛子のころに聴き散らかした曲をかなり暗譜しているので、楽曲のストックは膨大にあるけれど、国として見たたら、音楽環境は、やはりだいぶ遅れているときている。


それも何とかしないと。


一番に聞くこと、二番目に奏でること、三番目に歌うことが好き。

一番を叶えるためには、私が暗譜しているだけじゃ無理がある。


そんなわたしの心の安寧を大きく左右する音楽環境を、なんとしても充実させると、鼻息も荒く今決めた。


それと…食生活。

海が近くて、海産物はあるけれど北風が吹き付ける痩せた土地は、作物が育ちにくく、蓄えられる食べ物も少なく、食生活も豊かとは言えない。


病に倒れないためにも、栄養はしっかりとっておきたいのに、環境は劣悪ときている…


加えて、他領から食糧を手にいれようにも、陸路は標高の高い急峻な山々に遮られて、南部の内陸部の実り豊かな地域との交易が難しい。


海路は、海賊が出るため大型の帆船で船団を組まなければ安全面が担保されない。


必然的に取引に博打の要素が強くなり、単価は高く、安定した運輸環境も存在しなくなる。


何よりたっぷり運賃がのっかった商品はとても高く、貧乏を絵に書いたような我が家では、交易品をあてにするのも難しい。


我が家が貧乏な理由も、今のわたしは既に知っているし。


さてさて…

考えないようにしていたけれど、この左手も問題だ。


ぶっちゃけ、ぐーに握ったまま、すりこぎみたいに固まって、指どおしが癒着したまま治癒してる。


二歳のころ魔獣に襲われて強酸でこうなってるらしい。


見た瞬間は気絶するほどびっくりしたけど、アリスの記憶が繋がってからは、幾分は平常心でいられる。


ただ、これだと楽器が揃っていたとしても、演奏すら満足に出来ないだろう。


左手をじっと見つめる。魔法による再生治療は考えられる手段だけど、ダメージを受けてから時間がたちすぎていて、たぶん普通に再生しても今の状態にしか戻らない。


治すには外科治療で、指の間を切り離して、その後に皮膚を再生させるしかない。外科手術もこなせる腕の良い医者は、対価もまた良い金額が必要だし、そもそも辺境まで呼んだらいったいいくらかかるのか…


自分から医者のいる皇都まで行くにしても、かかるものはかかる。


うぬう…またしてもお金の無さが立ちはだかる。


これはもはや、この世界に与える影響がどうとか、因果がどうとか遠慮なんてしていられない。


細かいことはぺいっと放り投げて、愛子の知識と、アリスの魔法技術で無双することが、脳内会議で全会一致で可決された。


考えることを放棄したとも言う。


となりの寝台を見ながら、セレスにも美味しいものをたくさん食べさせてあげるからね。


そんな優しい気持ちで、そのためにはとりあえずメモが必要だわ、と、セレスに紙とインクとペンをとってきてと頼んだら、するりと寝台を滑り下りてきて

「きょうは、じっとしてなさい!」

と、仁王立ちに腰に手をあてて、怒った時のおかあさまの真似で怒られた。


解せぬ。


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