十五話 メープルシロップのち、高速挺試作
大変遅くなりました。
ではよろしくお願いいたしますm(_ _)m
本格的に寒さが強まって、海も時化の時期に入り、平地にもうっすらと雪が積りはじめたとある日。
「できたっ!」
「なになに?」
みどりちゃんズに作ってもらったミトン。それを魔改造してみたの!にゃんこの手みたいに肉球をつけてみた。
両手にはめるとかわいいから、もちろん右手用も作ったよ。
「アリスかわいー」
「でしょでしょ?」
ここはおかあさまの錬金工房。
セレスと一緒に、おかあさまから言われた課題の錬成をやっていた。その合間のこと。
あれから三週間コツコツ練習して、魔動義手で何とか物がつかめるようになったんだけど…
コップとかカトラリーとか、表面がツルツルした物は、どうしてもうまくつかめなくて、それならばと、ゴムに良く似たヤムラの樹液に、領都で仕入れたピンクの染料を混ぜて、ミトンの表面に滑り止めを浸けたの。
ミトンの形も工夫して、こうしてにゃんこの手みたいな肉球ミトンが出来上がったのよ。
「ほら!左手でも持てるよ!」
「あらアリス?何をやっているのかと思えば、面白いものを作ったのね…」
ちょうど樹液の入った瓶を持ち上げたところに、厨房でパンを焼いていたおかあさまが戻ってきて、肉球の仕上がりをしげしげと眺めていた。
おかあさまはちょっとしんみりしてるみたい…
手の形が変わるほどの怪我だったんだもの、母親としては思うところはあるだろうね…
「良かったわね」
そう一言発したおかあさまの目尻は、涙でうっすら光っていたように見えた。
☆
「このたてよこの線は、なにかいみがあるの?もぐもぐ」
セレスが出来上がったお菓子を頬張ってる。ここは番小屋の囲炉裏?のある部屋で、囲炉裏には今回は薪の代わりに黒魔石が入れてあって、今はワッフルを焼くために強めに発熱させていた。
持ち手はハサミのようになっていて、火を当てる部分はワッフルの生地を流し込めるようになっている"ワッフル型"をいくつも囲炉裏の熱源にかざしていた。
「えっと、火が通りやすくなるから?」
「なぜに疑問系?んぐんぐ」
金型を作ったアルも、今日はお屋敷にきていた。
「これ美味しい!ルミネにも食べさせたいな。嬢?一つもらえる?」
ジークも来ていた。
最近は小麦粉を使い過ぎたので、実験で使う分の小麦粉は、創造魔法でちょちょいっと造っておいたのは内緒だ。
「あー、ルミネちゃん最近は留守番が多いもんね」
そう…ジークの妹ちゃんはお兄ちゃんのジークがお屋敷によく来るようになってから、留守番が増えた…
「そうなんだよ…"にーちゃばっかりお屋敷にいってズルイ"って、ついこの前も怒られたし」
「うーん、じゃあこれも持ってって。ルミネちゃんと、おかみさん…マグダレナさんと網元さんの分も」
わたしは、この前余分に作っておいたマドレーヌを追加で収納から出した。
「マドレーヌ!これもおいしかったよな。ルミネもとうさん、かあさんも喜ぶよ、ありがとう、嬢」
「ジークは食べちゃダメだよ?」
「えぇ!?」
そんな、この世の終わりみたいな顔をしなくても。
「だっていっぱい食べたじゃない?……しょーがないわね。いつも助けてもらってるし、これはオマケ。みんなで食べてね」
そう言ってわたしは、マドレーヌとワッフルをもう三個づつ追加した。ぶっちゃけあと二十個収納にあるけど、残りはユリーナ達もふもふズの分だもん。
「ありがとう、嬢…」
網元のおかみさん…ジークのおかあさまは、森の民であるエルフの特徴がよく出た少し尖った耳をしている。今は海の民なわけだけど…
どういう訳かこの世界は、ハーフの家系では、女性側に種族の外見的特徴が特に出やすいみたい。
そんなおかみさんが、砂丘と里山の間に甘い大根みたいな植物が自生していることを教えてくれたから、セレスとジーク、それにビショップとで確認にいってみたの。
そこには甜菜に似た、噛ると甘い汁の出る植物がたくさん自生していた。
まあ、そのお礼的な?
メープルシロップを使ったお菓子を作るにあたり、日持ちを考えて今日の試食会にわたしはワッフルを用意してみたのだけれど、甜菜が栽培できるなら、他のお菓子や料理もバリエーションが期待できる。
おとうさまと話しあった結果、塩よりは、ずっと単価の高い砂糖やメープルシロップの生産に、先に集中しようという話しになったんだよ。
☆
※ジーク母、マグダレナ視点です。
漁具の片付けを終えて、家に帰ると食欲を刺激する良い香りが漂っていた。
「あら?ジークそれは?」
珍しいことに、ジークがお皿に何かを盛り付けしている最中だった。
「あ、かあさんおかえり!嬢にもらったお菓子だよ。それはかあさんとルミネの分」
私の顔を見たとたんに、息子はくしゃりと破顔した。
「ふーん、いい匂いね?」
領都どころか、皇都にも無いお菓子よね?とても良い匂い。
「うん、蜂蜜ではない新しい蜜の香りだっていってた。それを使ったお菓子"マドレーヌ"って言うらしいよ」
…マドレーヌ?
「マドレーヌ?アリシティアさまがマドレーヌって言ってたの?」
「そうだよ。あとこっちは"ワッフル"だって」
「マドレーヌにワッフルにマリネ……」
「かあさん?どうしたの?」
「……ううん、なんでもない。」
"神々のレシピ"の一つ、マリネを、アリシティアさまは「私から習ったことにしてほしい」って、言っていたし… それは、つまりウィンディアさまから習ったわけではないということよね?
それに加えてマドレーヌにワッフルって…
本当に不思議な娘。
ジークの話しが本当なら、アリシティアさまは、初等院にも届かない幼児なのに、大人顔負けの魔法を使い、身体強化?も出来て、再現が難しいって言われていたレシピを知っていて、その上に発明までするって…
まるで伝承に残るミーチェスさまみたいじゃない?
ま、せっかくだし食べてみましょう…
「じゃあ、一つもらうわね…」
んぐ…ちょっとかじっただけなのに、口の中に広がる爽やかな香りと、さっぱりとした甘さに頬が弛む。
これは…バターかしら?コクがあって一言ではいい表せないほど味が深いし。とても美味しい!
「どう?かあさん?」
「すごく美味しいわね。いくらでも食べられそうよ?ルミネー!こっちへいらっしゃい」
「かあちゃ、なにー?」
「お兄ちゃんがお菓子をもらってきたの。ルミネもお食べ」
とたとたと末娘のルミネがダイニングに入ってきた。
「おかし!?…にーちゃ!またひめちゃまのとこへいってたの?」
息子よ、目が泳いでいるわよ。
それにルミネはお菓子=アリシティアさまになってきたわね。順調に餌付けされてて、かあさん心配だわ。
それにしても…一度、ウィンディアさまと話してみたほうが良さそうね…
もしもアリシティアさまが、ミーチェス様の再来であれば、この領はこれからどうなるのかを。
☆
さらに数日後の晴れた日を見計らって、わたしたちはメープルシロップの増産のために、中央村の西側の山際の砂丘のほうに区画を作って、砂糖楓を植樹したの。
「こうやって、みどりちゃんが作ってくれた袋に、若木の根を包むように肥料と土を詰めて、袋の端を括るの」
「こう?」
「そうそう…さすがセレス。一回で覚えたね」
しかもセレスは「加速系」のギフトを賜ったから、身体強化したまま素早く動ける。
しぱぱぱぱ、と音がする勢いで、瞬く間に植樹の下処理が進んでいく。
「セレス姉!はやっ!」
「ジークがおそい?」
いやいやいや、十分ジークも早いけど、セレスがむちゃくちゃ早いだけだから!
「にーちゃ、これをうえたらいいの?」
今日はルミネちゃんも手伝いに来ていた。みんな冬の外着でもこもこしてる。
「あ、うん。そこでいいよ」
さあ植樹だ!って、すごく簡単に言っちゃったけど、思えば、ここまでが、ものすごーく大変な一週間だったのよ…
植樹するにしても、そのままでは土地が痩せているのと、塩分が強いので土の改良が必要で、それはそれは気の遠くなりそうな作業だった…
土壌改良の実験区画の全面は、一週間かけて魔法で地面を五メートルほど堀り、一番外側の層は硬化させてプールのように囲った上で、中に砂と里山の腐葉土、それに肥料を混ぜた改良土を放り込んだ。
え?広さ?
広さは市民球場ぐらいかな?
せっかく土壌を改良したので、網元のおかみさんに教えてもらったてんさいも区画を作って植えることにした。
教えてもらうまで知らなかったんだけど、咲いた状態の花は知ってたんだよ。まさかあの花がそうだとは知らなかったなあ。
小さな花弁の集まった白い花で、かすみ草に似てる。
砂糖の採れる大根だから、わかりやすく甜菜って呼んでるけど、花の形といい根の形状といい、たぶん地球のてんさいとは別の種だと思う。
もう1つ、どうしてもやりたかった事も、この際だからやることにしたよ。
実験区画をせっかく作ったので、元々里山への通い道に自生していた"陸稲"を使って、春から水稲化する栽培実験をすることにした。
このための水田の土だけはニブカル河の河口付近から、湿地部分の川床を収納に入れてコツコツ移動させないといけないのかなあ…一度に大量に運べたら良いのだけど…
これらの作業では、主に魔法でおとうさまとわたしがへとへとになるまで頑張った。
砂と腐葉土と肥料を混ぜるのは、開拓村からも人を募って、セレスやジークも含めてかなり大勢で大がかりにやったよ。
セレスは身体強化もほぼわたしと同じぐらいできるようになって、主に物理で活躍してた。もうね、大人の背丈ぐらいの岩をぽいって投げちゃうのよ。
でも結局最後は土の量が膨大すぎて、魔法に頼ったけど…
だってね、約五万立方メートル…重量にして約八万トンもの量…
なに? ファンタジーの世界で八万トンの土壌改良工事とか…それも実験がうまくいったら区画を増やすんだから、やっぱり頭おかしいわね。
え?発案はアリスだろうって?
うん、わたしがクレイジーなの、わたしが一番よく知ってた Orz
地球なら、もうすでに人間重機と呼ばれてそう…
植樹のための下準備に里山に元々自生してた砂糖楓の下に春に芽吹いて、今にも枯れそうになっていた若木と、枝を払った挿し木で株分けをして、どんどん植えた。
この後さらに3日がかりで、出来るだけ植樹したし。
ここ以外の開拓村の一部にもユリーナたちと一緒に、頑張って植えたよ?
本来なら、今時期にやっても冬の寒さで芽吹きも何もないのだけど、そこはそれ、ファンタジーの世界をなめてはいけない。
土魔法には植物の成長を促す魔法があるの。
ふふふふ…それにあのアリス印の特性肥料にも植物の成長を促進する効果があるのだ。
何故だかわからないけど、あの肥料は植物が環境に順応するのを助ける力もあるみたい。
☆
ところ変わって、こちらは領都の工房。
「親方?手紙鳥っす!アリシティア様からっす」
「おう?あのすっ惚けた嬢ちゃんか…どれ?…あん?こいつは新しい燃費のいい魔術刻印が出来たから近々送るって書いてあるな」
「…親方?アリシティアさまって、いったい何者なんすかね?」
「まあ、一言で言えば女神なんだろうな。少なくともうちにとってはそうにちげぇねえ」
「あれで六歳とか…えっ!?じっちゃ…これって」
「お?フローラも図面に気付いたか?」
「船にポンプを取り付ける台座って書いてあるっす!」
「あの勢いで水を吹き出したら、帆なんてあっても無くても進めらあ。こりゃあ、忙しくなるぞい」
「すごいっす!」
「それに、あの嬢ちゃんは気づいてないけどよ、これは鍛冶の世界がガラッと変わる遺失技術でぇい…
…確か嬢ちゃんは燃費が悪くてそのままでは"魔力式動力"は使えないって言ってたろ?」
「言ってたっすね。魔石から力を取り出さないとって…」
「ああ、だけどな、それがほんの一瞬なら?何も使い道はポンプだけじゃねぇ。魔力もやる気もあるのに魔法技術に乏しいやつ、ぶきっちょな奴、そんな奴らが"魔力式動力"を使えば、どんな野郎でもいっぱしの鍛冶職人になれらあ…例えばな、この回転する先に尖ったドリルってのを取り付けて……※中略※……荷車の軸受けにもこうやってやな…」
「じーちゃ…話しながっ」
☆
「で、こいつを大きくした木型が必要と?」
わたしが屋敷に来たアルに見せているのは、二人乗りのボートの模型だったりする。
「アルもニコも、木型をつくるのは無理だよね?」
原寸大の木型も、わたしなら創造魔法で作れるかも知れないけど、物が大きくなるにつれて、魔力が二乗でもってかれる感じになるし、別の何かも身体からむにょーんと引っ張り出される感じになるので、なるだけこれは最後の手段にしておきたいのだ。
なんでわかるかって?
そりゃあ一回試したのよ…すごい気持ち悪かったよ。
「いや、つくろうと思えば作れるけど、親分はついこの前、大型のすいしん用ポンプを頼んでいったばかりだろう?あと馬車の新しい軸受けも?」
あ、そうだった…とんだブラック企業になるところだったよ。
「えっと…なんかごめんなさい?」
「うーん…でも親分的には必要なんだろ? なら、村に来たばかりの元弓兵のウィストンさんが、確か大工仕事をはじめたいって言ってたし」
「ウィストンさんって、始生祭の時に樽を叩いてた人?」
「そうそう、あの人がウィストンさん」
「そっか、じゃあ頼んでみようかな」
「そう言えば、最近はみどりちゃん頭に乗っかってないのな?」
「みどりちゃんは今はまた繭になってるよ」
「え?また増えんの?」
「たぶん増えるかな。木型をみどりちゃんズの糸で包むようにお願いしたかったし。ほんと助かる」
「そっか…なら、ウィストンさんには俺から声かけとくわ。一回お屋敷にきてもらえばいいかな?」
「そうね…いえ、来週また開拓村に行くつもりだから、その時にでも会ってみようかしらね」
「わかった。話ししとくよ。なあ親分、ところでこの船って下にこんなもん着けて、早く進めるの?」
「それが早く進める秘密なの」
わたしはニッコリ笑って、そう答えた。アルよ…乙女の笑顔を見て後ずさるのは止めなさい。
☆
翌朝、わさわさと増えたみどりちゃんズを見たミランダが軽く悲鳴を上げた。
別に驚かすつもりは無かったのだけど… なんかごめんなさい?
次回は閑話になります。
領都でのセレスとジークのエピソードの予定です。
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