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十四話 スライムのち、魔動義手

お待たせいたしました。

ほぼアリスの日常回になります。


本日もよろしくお願いいたします(*^^*)

アララト湾を挟んで、向こうに見える北島(ノース・アイランド)の山脈の東側の頂きから、雲が流れると、翌日は天候が崩れやすいらしい。


今日は一段と寒い。庭に出るとざくざくと音がする。これこの時期にはまだ珍しい霜柱だね。


ううっ寒い!部屋に戻ろう。


領都から帰って数日後の朝のこと。ぶるぶる震えながら二階に戻ると、ちょうどセレスも起き出したところで、気になったのか、みどりちゃんの仮住まいを覗きこんでいた。


「ふえてる!」


「え?なに?みどりちゃんのこと?」


「そう!ゆうべまゆになったと思ったら…ふえてるよ!?」


「そうなんだよね。何も食べないし、不思議だったんだけど」


「ふしぎー」


そうなのだ。

わたしたちの部屋の片隅に桶を用意して、魔蚕の好きな薄紫の葉っぱのついた枝を止まり木代わりに入れてあったんだけど…


元々のみどりちゃんと、ちょっとだけ柄違いで一回り小さい、みどりちゃんの仲間?みたいなのが五匹にふえてた。


普通は繭の次は成虫になるはずなんだけど、なに?繭からふえるって。


もう、こうなると魔蚕の特性を持った全く別の種だよね。お願いしたら糸も出してくれるし、可愛いからいいけど。


小さな淑女さま(リトル・レイディ)たち、今日は水瓶から桶に移したお水で、お口をすすいで下さいまし」


ミランダが入ってきたけど、なんで?水場からは何時も水が出てるよね?


わたしが小首を傾げていると…

「導管に何かが詰まったようでございますよ?おそらくはスライムかと…」


さすが、ミランダ。

そしてスライム!ちょうど良かった。


「わたくし、スライムが欲しいです!」


「え?」


今の「え?」はセレスだね。


「…アリシティアさま?何にお使いになられるのか……エルフォード様にお許しをいただいておいたほうが」


「はい、ではそうしましょう!」


わたしは満面の笑みでおとうさまの執務室に()()()と向かったのだけど…


「アリスまちなさい!お口をすすいできがえるのがさきだと、おねえさまは思います!」


「ぐへ」


乙女にあるまじき声が出たでわないか…

しゅたっと追いついたセレスに階段途中で襟首をつかまれて連行されたし。首をつかむの、絶対おかあさまの影響だと思う。


た、待遇の改善を要求します!



※このパートのみエルフォード視点です。


ビショップの朝は大変に忙しい。

誰よりも早く起きて、屋敷のまわりの「罠」に変化がないか確認し、もしも()()がかかっていたら()()を行う。


なお、罠は対賊の意味も兼ねているのは言うまでもない。


魔術的な()()はウィンディアの仕事だが、そうした意味で、物理的な罠に関してはビショップの仕事になっている。


屋敷まわりの見回りを済ませ、彼はほぼ毎日のように里山に向かい、食料確保のための罠を仕掛け、獲物があれば持って帰り血抜きまで行っている。


その後、娘たちが座学を行っている間に、自らの鍛練も済ましているのだからなかなかに濃密な時間の過ごしかただ。


今は執務室で、ビショップからの報告を受けていた。


「親方、やはり水場への導管の途中にスライムがわいておりました。四の刻までには取り替えておきましょう」


錬金術で作られたガラスの筒に、薄いグリーンの粘りのあるスライムが捕らえられていた。


「そうか…やはりなあ。ビショップ、雑用までさせて本当にすまない…」


執務机を挟んで、向こうにいるビショップに私は自然と頭を下げた。


「何を今さら。私は自分で納得してここに居るので」


そう言いながら、ビショップは薄く曇ったガラスの筒を窓側に翳して、中を見ている。


「…そう言ってもらえると、少しは気が楽になるが…領都ではファミーユ、妹には会えたのか?」


「初等院教師の最終面談に受かったと」


ビショップが頬をポリポリと掻く仕草は、照れ臭い時の癖だ。


「本当に…良かった」


「初等院の入学にはエル…親方も行くのだろう?ファミーユに直接言ってやってもらえば、あれも喜ぶと思う」


もちろん、必ず行こう。


「ああ、そうしよう…そうだった、スライムはとっておいてほしいそうだ」 


手元のスライムをチラりと見る。


「ウィンディア奥様が?」


「いや、アリスだ」


「なるほど…」


顎に親指と人差し指を当てて、ふむ、とビショップは遠くを見る。

やはり、聞いてみなければならないだろう…


「…ビショップ?ビショップはアリシティアを見てどう思う?」


「どう思うとは?」


宙をさ迷わせていた視線は、私に固定された。


「その…何か普通の幼子とは異なる何かを、感じたことはないか?」


「親は誰だった?」


どういう…


「ん?俺…いや、私だな」


「なら、そういうことだ」


「……どういうことだ?」


意味が掴めない。


「自覚がないのにも限度があるだろうに…ウラヌスの子はウラヌスという意味だな。エルの幼いころは相当なものだった。それに、ひょっとしたら……いや、いい」


「…"いい"…か。途中で止めてくれるな。気になるだろう?」


途中で止めるのは無しだ。わたしはビショップに視線を合わせたまま、片眉を上げてみせた。


「…なら、仕方ない…言おう。荒唐無稽と思われるだろうが…私は私でアリシティア姫さまは、ミーチェス様の生まれ変わりだと思っているよ」


ミーチェス様の生まれ変わり、か。


「知識と学問の女神か。何故そう思う?」


「私はアリシティア姫さまが歌っているのを、何度か耳にしたことがある。隠れ里にのみ伝わる歌をいくつか歌われておられた…


 …まだ教えてないのだろう?

それに、算術に関しての知識。あれは私も習ったことがない未知のものだった」


なるほど…アリスはわたしから見ても、ただ()()というだけでは、説明のつかないことも多くなってきていた。


ただ…もし仮に、何かの生まれ変わりだとしても、私の愛する家族だ。我が身を投げ出してでも娘は守る。


「……だとすれば…あの子の肩には、将来どれだけの命が乗ることになるかわからぬ…助けてやってくれるか?」


「それこそ、今更だろうに」


「違いない」


彼が出ていくのを見送りながら、同時に私は彼の娘レイデとビショップを、頻繁に会わせてやることは出来ないか考えていた。


まさか、春にはその願いがアリスによって叶えられるとは、この時は思いもしなかったが。



「みどりちゃん、糸をもらえるかな?動くミトンを作りたいなって」


わたしの肩にとまって、頭を器用に持ち上げて、うんうんと頷くみどりちゃん。


最近は手先を使う作業が多くて、さすがに右手だけでは不便に感じてきて…なので「掴む」だけでも出来れば、いろいろ楽になると思ったのよね。


この前みどりちゃんの出してくれた糸に、ヤムラの木の樹液から被服を付ける作業をやってる時に「魔力の通し方で糸が操れるんじゃね?」

と、ふと思って、身体強化を応用してやってみたんだけど…


結果は閃いた通りで、わりと自由にくねくねと操れたんだよね。


わたしは手に普通の布地でおかあさまが作ったミトンを見本にもってきてたんだけど、みどりちゃんは肩からもちょもちょ動いて手先に向かい、わたしが手にしてるミトンの上を確かめるように歩きまわった。


きょろんと、こちらを見上げてうんうん頷くみどりちゃん。

え?まかせてって?

大丈夫できるよっていってる気がする。


「じゃ、ミトン作りはみどりちゃんにお願いしますね」


うんうん頷くみどりちゃん。


また、もちょもちょ動いて、わたしの手をぐるりと歩いた後、糸をパッと出して、仮住まいの桶にぴよょんと飛び移った。


他のみどりちゃんズと頭を合わせて、うんうんと何か打ち合わせをしたかと思うと、それぞれに糸を吐きはじめたよ。



となりでは、つい最近ビショップによって作られた机に向かってセレスが書き取り中。


わたしは書き取りは早々と終わらせて、輝石板(タブレット)には、魔力式動力(マギア・モーター)の改良版の魔術刻印を殴り書きしていた。


さて、忘れかけてたけど魔石から魔力を引き出す刻印も作らないと…


なんでかって?


あの魔力式動力(マギア・モーター)のポンプは、わたしが使うには問題は何もなかったんだけど、試しにアルとニコに連続で使ってもらったら、四半刻(約三十分)が限度で二刻ほど休憩を入れないと動かせなくなったのよ。


だから、鍛冶工房の親方にも後から、改良型の魔力回路を持っていく約束したし。


ポンプの魔力消費は、今の技術で出来る限り抑えたけど、それでも普通の魔力量の人が少ししか使えなかったら意味ないしね…


ただ、魂魄結晶(こんぱくけっしょう)黒魔石(マジック・カーボン)を材料に、そこからさらに魔石まで精製して魔力源として使うのも手間とコストもかかる。


黒魔石(マジックカーボン)から直接、魔力を抜ければ…

おかあさまに、暖炉で使ってる刻印を教えてもらえば何とかなるかな?


善は急げだね。

とりあえずセレスに気づかれないように錬金工房(ワークスペース)へ突撃だ。


「おかあさま?魔術刻印のことで教えてほしいことが…」


あれ?


「ニコ?あ、今日はお勉強の日だっけ」


そうそう、最近はニコもやってくるようになった。店番があるらしいからアルと交代だけど。


親分(ボス)お邪魔してます」


「あら?アリスはニコラウス君にもボスって呼ばれてるの?」


「はい、おかあさま…な、成り行きでボスって呼ばれて…ます…」


冷や汗がとまらない…

なんで、そんな呼び方されるようになったのか?とか?

そこらへんの追及がくると、わたしは言葉に詰まらざるをえない。


「まあ…あらあら女の子はそのぐらいでも私も良いと思うわよ?」


さすが…英雄を尻に敷く母上、言うことが違う。


「…はい…おかあさま…それで、ニコはどうかな?思うように出来るようになったかしら?」


ニコがブンブンと首を横に振った。


「まだまだかな…やればやるほど、ウィンディア様や、親分(ボス)との差を思いしるばかりだ」


そう言ってニコは頭をかいた。


()()()漁に使う、水呼吸ポーションは錬成が簡単だから、そこからニコは練習すると良いよ」


そこでおかあさまは瞬いて、小首を傾げながらわたしを見た。


「…アリス、あなたいつ覚えたの?水呼吸ポーションの錬成?」


あ?あれ?このアリス生ではまだだっけ?えーと…たまに混乱するんだよね。


な、なんか捻り出せわたし!


「く」


「く?」


「くっころぉっ」


ニコとおかあさまがずっこけた。


「アリス?なあにそれは?」


「あ、いやちがうくて……く、」


「く?」


「く、クメの実、そう!…海のクメの実から肥料を錬成しようとして、ぐ、偶然できたの」


これは…嘘ではないよ…ただし、()のアリス生での話しだけどね…


「確かに、肥料を作るレシピで素材を一つ入れ忘れたら水呼吸ポーションにはなるけれど…」


「そ、そうでしょう…」


「そう…ねぇ。アリスは、レシピがあやふやなのなら、せっかくだからこっちへ来て錬成をしなさいな」


え"。


そこに書き取りをやっていたセレスがわたしを探しにやってきて、仲良く一緒に水呼吸ポーションの錬成をすることになった。


ニコ?雨にうたれたイッヌを見る目で見ないでよね?


はあ、どうしてこうなったし Orz



「おかあさま、ありがとう存じます」


何回か錬成に付き合わされた後、やっとおかあさまに暖炉で使っている魔術刻印の仕組みを教えてもらった。


複雑かと思っていたけど、実際は三工程の無駄の無いシンプルな刻印だったよ。


ここまで綺麗な魔術刻印はなかなかお目にかかれない。地味におかあさまは凄いと思う。


シンプルに纏められているから、わたしでも改変できるし。


「アリスはそれを魔力式動力(マギア・モーター)に繋げるつもりなの?」


「はい…そのつもりです、おかあさま」


「魔力を黒魔石(マジック・カーボン)から弾き出すために、その魔術刻印にも反発する部分があるから、あの()()()に埋め込んだ魔石とは離して使うのよ?」


なるほど、確かに止まるか暴走するかどちらかになるね…

気をつけようっと。


「わかりましたわ、おかあさま」


「いい子ね。じゃあ、あと一つ。お家の外では"かしこまりました"とお返事してね?」


「わか…かしこまりました」 


わたしがそう答えると、おかあさまは目を細めて頭をなでなでしてくれた。


その瞬間、後ろで"ポンッ"と小さな爆発があった。セレスがびっくりしてるし。


「あーびっくりしたあ!」


なぜだかそれが二人ともツボに入って、おかあさまに窘められるまで、二人でケラケラ笑ってしまったよ。



「そう言えば親分(ボス)うちの兄貴が"すいしんよう"の魔力式動力(マギア・モーター)が出来たとかって言ってた。あと、冬の間にリバーシとショーギを作るなら、早めに作り方をみんなに教えてほしいって」


ニコが帰り際に、アルの最新の開発状況を教えてくれた。次の春がアルの成人の儀の年なんだけど、成人が近いにしても大人の職人に負けてない。むしろ固定概念なく進められるから、伸び代が凄い。


「ニコもお疲れ様。そう…アルも頑張ってるのね。来週開拓村に行った時に見せてもらうわ。作り方もその時に。アルにはそう伝えておいて下さる?」


「了解、親分(ボス)


ニコは早足で帰っていった。


わたしは昼ご飯もそこそこに、二階に戻ってみた。ちょっとみどりちゃんたちが気になってたし。


上がって、仮住まいの桶を覗きこむと…


「凄い!もう出来てる!」


そうなのだ。桶の縁にパール色にうっすらと輝くミトンが完成してかけられていた。


みどりちゃんズは、一斉にきょろんと頭を持ち上げ、もちょもちょと、差し出したわたしの腕を登ってきた。かわいー、すごく癒される。


え?かわいーって思うの、わたしだけ?


みどりちゃんズが登ってくるにつれて、一瞬だけど腕が怠くなった。あー薄々そうじゃないかと思ってたけど、やっぱり…


「あなたたち?ひょっとしてわたしの魔力が好物かしら?」


一斉にうんうんしてる。

元祖みどりちゃんは、そのまま頭の上まで登り、他の5体の子たちは肩にとまった。


そりゃ葉っぱを食べないわけだわ…


よくよく考えると、わたしこの子たちのエサだよね?

かじられてるのは魔力だから、まあいいけど。

可愛いし。


「どんなかな?着けてみるね?」


わたしがミトンを手にするとみどりちゃんズがきょろんと注目したのかわかった。


さ、左手にはめてミトンごと身体強化に入ると…

最初は手先から魔力がすっぽ抜ける感じ……集中して、そこに指先がある、とイメージを強くしていくと…


ぴくっと、微かにミトンの先の部分が動いた。


さすがに不織布みたいに複雑に繊維が絡まってるから、一本の糸を操るよりは難しい。けど、決して出来ない感じじゃないかな。


リハビリみたいに、じっくりやっていけば、手のひらの代わりに物ぐらい掴めそうだ。


「ありがとう、みどりちゃんたち」


みどりちゃんたち、うんうんしてる。わたしの魔力で良いならいっぱいお食べ。


こうしてわたしは魔動義手を手に入れた。

網元のおかみさんが訪ねてきた時に、うっかりみどりちゃんズを頭や肩に、もちょもちょさせたまま応対に出て、おかみさんが絶叫したのはまた別の話し。


次回は「メープルシロップのち、高速挺の試作」です。


ブックマークや☆での評価は本当に励みになります。


皆様いつも応援ありがとうございます!m(_ _)m

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