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ワン・モア・ソング  作者: 杉本敬
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秘めたる想い

 師走である。なぜ12月は師走というのだろうか。

健太は毎年思う。12月はなぜこう走り回るのか。仕事にしても私生活でも、とにかく忙しくなる。年の瀬だからとか、一年の締めくくりだからとか人はいう。しかし、健太はなんで年の終わりだから忙しいのか疑問になる。


 いっそのこと、一年という区切りがなければいいと思う。一年がなければ月もない。月もなければ一日もない。一日もなければ時間もない。時間がなければ生活はどうなるのだろう。結局のこと考えても解決しないのだ。これって思春期になぜ自分はここにいるのかとか、なぜ生まれてきたのだろうとかいう疑問によく似ている。


 ともかく、あわただしくなってきた。健太の仕事も注文が普段の月の倍以上だ。したがってノルマも倍以上なのだが、12月だけはたいして営業しなくても注文が勝手にはいってくる。それだけ注文がはいってくれば、当然配送も忙しくなる。追加の注文がはいってくれば、配送する者がいない。当然、営業マンが走り回ることになる。


 はたから見れば、営業より楽だからいいだろうと思われる。ところがこれがそうでもない。いつも乗り慣れているライトバンじゃなく、2トントラックで走る。また自分の管轄外の区域も回らなくてはいけないのだから、その場所を探すのに一苦労だ。おまけに一年で一番道路が渋滞している時だ。


 だから健太はこの12月があまり好きではない。かといって、嫌いでもない。なにしろ、ノルマの数字はこの月だけは軽くクリアするのだ。健太にとっては複雑である。しかし、これが私生活になるとこうはいかない。12月はクリスマス・イブという健太にとっていやな響きの日があるからだ。ホテルは予約でいっぱい、洒落たレストランもいっぱい、道ゆくカップルは幸せいっぱいと健太の目に映ってしまう。


 いったいどこのどいつがクリスマス・イブなんて日を作ったのかとか、なんで日本人がクリスマスを祝わなければいけないのかと、毎年健太は腹をたてていた。そのわりにはクリスマス・ライブなどやってはいたが・・・。

けれど今年は沙也夏がいた。イブは沙也夏とふたりで過ごす予定になっていた。ホテルの予約も九月に早々といれている。健太もようやく人並みになった感じがしていた。


 今日はその12月に入ったばかりの第一土曜日だ。

健太と沙也夏は海までドライブに行った。この12月の寒空に海まで行くカップルはそういない。だが、このふたりは海が異常に好きである。ふたりに言わせると、冬の海は夏の海と違って、また風情があるということだ。凡人には理解できぬかもしれない。


 ふたりは寒い寒いと言いながら、海岸を歩いた。時々、閉めきってある海の家で風を遮りながら海を見て、いろいろ話をしていた。そしてドライブの帰りに、熱い鍋をつつきあうのが、この頃のデート・パターンだ。このふたりには海=夏という図式は成り立たないのかもしれない。


 お腹がいっぱいになって、ふたりは6時頃、帰ってきた。今日、沙也夏は健太のアパートに泊まるつもりでいた。ふたりは海で潮風にもまれたので、風呂にはいることにした。健太が先に入った。そして今、あがってビールを飲んでいるところだった。沙也夏は鼻歌を歌いながら風呂に入っている。


 沙也夏が泊まるようになって、このアパートにはいろいろなものが増えた。歯ブラシやらコップなど沙也夏専用の物がいろいろあった。健太の飲むビールもいつのまにか、スーパー・ドライからバドワイザーに変わっていた。これも沙也夏の影響である。


 健太はバドを飲みながら、テレビを見ている。いや、見ているというよりも、画像が目に映っているといったほうがいいかもしれない。内容は全然頭にはいってない。

健太の考えているのは別のことだった。それはもちろん沙也夏のことだ。沙也夏がなにかを隠してるという気持は日毎に健太の気持のなかで、さらに大きくなっていた。今日こそは聞こうと思っていたが、いざとなると勇気がでなかった。ドライブ中も何度聞こうと思ったことか。


「ふぅー」

健太は大きくため息をつくと、バドをテーブルの上に置き、寝っころがった。沙也夏はまだまだ風呂からあがりそうにない。けっこう長風呂なのだ。その時、電話が鳴った。健太は考え事の最中だったので、びっくりして跳ね起きた。テーブルに足を打ちつけた。


「痛てぇー」

健太は顔をしかめながら、受話器をとった。

「痛てぇーじゃなかった、もしもし」

「なんつう電話の取り方してんだよ」

ヒロシである。

「おう。ヒロシか。いやな、テーブルで足をしこたま打ったもんだから」

「もしかして今取り込み中か?」

ヒロシは沙也夏のことを気にしているようである。


「いいや。今風呂に入ってるよ」

「おっ、いいねぇ」

「バカ。変な想像すんなよ」

「アッハハハ・・・わりい、わりい」

「ところでなんだ?」

「ああ。実はあんまりいい話じゃないんだが・・・殴っちまった」

「殴った・・・?」

健太はヒロシの話にピンとこなかった。だが、頭を自分のことからヒロシのことに切り替えるとハッとした。


「まさか・・・純ちゃんを!」

「アホ。いくら妹でも女に暴力はふるわんよ。それにあんな体だしな。淳之介だよ」

「そうか・・・やっぱりな」

「えらく納得してんな」

「ああ。おまえは妹思いだからな。たぶん、そうなるんじゃないかと思ってた」

「淳之介も言ってたよ。健さんから言われましたって。おまえ知ってたんだろ?」

「まあな。でも、まわりから言うよりも、本人たちから言ったほうがいいと思って黙ってた」

「ショックだった。淳之介のことだから大丈夫だろうと思ってただけに」


 ヒロシも淳之介を健太と同じように見ていたようだった。

健太はヒロシの話を聞いて、あらためて思った。

〝淳之介のように女に慣れてる奴でも、失敗する時ってあるんだなぁ。そうか。淳之介も言ったか。ずいぶん悩んだろうな〟

「で、結論はでたのか?」

「一週間考えたよ。淳之介や純子と話したりしてな。淳之介も仕事探すっていうし、本人たちが産んで育てるっていうんだから許すしかないだろう。純子が母親とは、信じられんよ」

「自分の妹はまさかって気持はあるだろうけど、人生ってそんなもんかもしれん。とくに今、俺なんかそう思う」

「それはわかる。健太も沙也夏さんとすごい展開になってるからな。今年はお互いに忘れられない年になりそうだ。俺もひょっとすると、ひょっとするかも・・・」

「えっ?ヒロシもか?」

「まだわからないけど。あ、すまんな。沙也夏さんが来てるときに。とりあえず報告まで。詳しいことはまた連絡する。じゃ」


 健太は受話器を置くと、すこし淋しい気がした。

〝結婚・・・たしかに結婚はするべきだろうけど、それに伴って好きなことはやれなくなる。バンドもしばらく休業だろう。そのまま解散ってこともありうるかも。それも仕方がないことか〟


 再び電話のベルが鳴った。受話器を取ると女の声がした。兄の次は妹だ。

「もしもし、健太?」

「ああ。純ちゃんか」

「今いい?沙也夏さんいるの?」

健太は兄貴と同じこと言いやがると思って苦笑した。

「いるけどいない」

「なにそれ?」

「風呂だ」

「あ、ごめん。今からいいとこって時に」

「やっぱ兄弟だな。ヒロシもさっき同じこと言ってた」


「電話あったのね。じゃ知ってるんだ」

「結論はね。結婚するんだろ」

「・・・うん」

「式は挙げるのか?」

「お腹が目立たないうちに、内輪だけでやるつもり。健太にはお礼を言わなくちゃいけないわね」

「お礼?」

「淳之介が結婚を決めたのは健太の助言によるところが大きかったみたい。けっこうきつく言ったんでしょ」

「別にきつくは言ってないよ。ただ自分の意見を述べたまでさ。淳之介に言っといてくれ。よく決心したなって」

「わかった。これからもなにかと相談するかもしれないけど、よろしくね」

「なんか日頃の純ちゃんと違うぞ。ただ、これからはあまり逢えなくなるな。いろいろと大変だろうから」

「そうね。会社も辞めることになるし」

「あーあ。そうなると遅刻をかばってくれる心強い味方がいなくなるのか」

「そうよ。今までのようにはいかないんですからね」

「おっ、いつもの純子節がでてきたな。その言葉肝に命じておきます」

純子と健太は互いに笑った。


「健太。沙也夏さんを絶対離しちゃだめよ。しっかりつかんでおくの。健太はすぐ諦めてしまうところがあるから」

純子は強い口調で健太に言った。

「どうしたんだ、急に?」

「ずいぶん、わたしたちのことで迷惑かけたし・・・健太も沙也夏さんと幸せになってほしいなと思って。それと圭子が・・・」

「圭子?圭子がどうかしたのか?」

「ううん。なんでもない。それじゃ、今度沙也夏さん交えて四人でいつか逢おうね」


 健太は切れた電話の通話音を聞きながら、なんともいえない顔をした。

〝歯切れの悪い奴らだなぁ。ヒロシといい純子といい、なんか妙にひっかかる言葉だな〟

健太はいつまでも受話器を置こうとしなかった。

「あーあ、気持よかった」

健太は沙也夏の声でやっと受話器を置いた。

「相変わらず長風呂なんだな。ふやけてないか?」

「お風呂ぐらいゆっくり入らなくっちゃ。電話だったの?」沙也夏はバスタオルで顔をふきながら、尋ねた。


 健太は沙也夏の風呂あがりの顔を見るたび、彼女が薄化粧にこだわっているのがわかるような気がする。とにかく健康的だ。肌がきれいというよりも、元気なのだ。別に化粧しなくてもいいんじゃないかと思う。

「純ちゃんからだった」

「純子さん?なんだって?」

「ついに結婚するそうだ」

「結婚?結婚するの!」

「あ、言ってなかったっけ。既成事実が判明して、そのままゴールインってわけ」

「へぇー。で、相手は?」

「淳之介」

「うそーっ!淳之介さんと純子さんが・・・」

「うそーっじゃなくて本当のは・な・し」

「いつからなの?」

「夏のライブの打ち上げの後らしい」

「じゃ、わたしたちと・・・?」

「そういうこと」


 沙也夏は信じられないといった表情で、鏡をテーブルの上に立てて、髪をとかしはじめた。

健太は二本目のバドを飲もうと思い、立ち上がった。

冷蔵庫に頭を突っ込みながら、健太は話すには今がいい機会だと思った。健太はビールを持ってきながら、沙也夏を見た。


 沙也夏は髪のほうが終わると、次はパックをするのが習慣になっていた。健太もそれは知っていたので、言うのはもうすこし後にしようと思った。 沙也夏は髪を溶かしながら、健太の落ち着かない態度を感じていた。


〝この人は感じている。具体的なことは気づかれてはいないだろうけど、なにかを隠してると思っている。でも、今夜は嘘をつきとおそう。ほんとうのことを言うのはイブの日にしよう。嘘つきと言われてもいい。それは最初からわかっていたことなのだから〟


 沙也夏は健太と違って、強い決意でいるようだった。やがてパックも終わり、沙也夏はビールを持ってテレビを見ている健太の横に座った。

ふたりとも、お揃いのスウェット・スーツを着ている。

「テレビ、おもしろい?」

「いや、目で流してるだけだ」


 健太は沙也夏に聞くタイミングを探しながら、言った。

「そう。じゃ、なんか音楽聞かせて」

「ああ。なにがいい?」

「ロマンティックなの」

健太はそれを聞いて、これは絶妙のタイミングだと思った。


「ロ、ロマンティックか・・・そうだなぁー」

健太はいろいろとCDを引っ張りだしながら、選んだ。

「あ、これがいいかな。聞きやすいし、バラードが多いから」

選んだのはボビー・コールドウェルの〝ハート・オブ・マイン〟である。


 健太はテレビを消して、CDプレイヤーのスイッチを入れ、CDを入れた。

エレクトリック・ピアノにサックスがからんで、イントロが流れだす。そして、伸びやかなボーカルが始まる。

「きれいな声だわ。澄みきってるって感じ」

沙也夏は健太に体を預けて、言った。健太は沙也夏の髪に手をからめ、やさしくなぞった。

「ボビーを聞いて、そういうふうに思うなら気に入ったほうにはいるだろう。ボビーのボーカルは好き嫌いがはっきりしてて、まあまあという人は滅多にいない。好きか嫌いかのどちらかだ」


 ふたりはしばらくボビーの歌を楽しんだ。

健太は半分聞いて、半分は言うタイミングをはかっていた。

4曲目のすこし軽快なナンバーが始まると、意を決して言おうとした。が、先に言葉を発したのは沙也夏だった。

「いつまでもこうしていたい。毎日、健ちゃんのために料理を作って、好きな音楽を聞いていたい。音楽って好きな人と聞くと、どうしてこんなに幸せな気分になれるんだろう」


 言ってる言葉は偽らざる気持だった。もし、これがすべての意味で、ほんとうの気持だったらどんなにいいだろうと思った。だが、結果的には嘘になる。イブの日には嘘つき呼ばわりされる。でも、一日でも永くこのひとの恋人でいたい。沙也夏は悲しくも強い決意をしていた。


 一方、健太は沙也夏の言葉を聞いて、ハッとした。

〝違う・・・。今夜の沙也夏はなにかが違う。言葉がふっきれている。俺は考え違いをしているのだろうか?〟

健太は沙也夏のほうに顔を向けた。沙也夏も健太を見て、やさしく微笑んだ。健太にはまるで、私を信じてと言ってるような笑顔に見えた。


〝信じよう。沙也夏のことを信じてみよう。俺は疑いばかりを抱いて、信じることを忘れていた〟

健太は沙也夏の目を見て、静かに言った。

「沙也夏。その言葉に対して、ありがとうと言わせてもらうよ。俺はきみを絶対離さないよ。これが俺に言える精一杯のキザなセリフだ」

「やっと言ってくれた。その言葉ずっと待ってた」

沙也夏はそう言うと、健太の手からバドを取り一口飲んだ。


「なかなか言えないよ。今でも心臓が飛び出そうだよ」

「健ちゃんもやっぱ日本人ね。日本人の悪い癖は好きなことをなかなか好きって言えないことよ。その点、外国人ははっきりしてる。でも、もうそれ以上は言わないで」

「どうして?」

「あとの言葉は24日にとっといて」

「24日?ああ・・そうか。イブか」

「そう。忘れられない日になるわ。きっと・・・」


 沙也夏にとってイブは悲しい日になる。だが、それを今悟られてはならない。健太との美しい日々を崩さないためにも。そして、また再び出逢うことを信じて。

一方、健太にとってイブは最高の日になると思っている。

しかし、それは残酷なことだ。信じている恋人から裏切られるのだから。だが、これは避けられないことだった。ふたりはそれぞれの想いを胸に抱きながら、いつものように唇を重ねた。ボビーの歌声がふたりを包んでいた。








 


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