打ち上げのあと
店では笑い声が響いていた。ふだんの日曜日なら数えるぐらいの人なのに今夜は溢れんばかりの人だ。ほとんどの人がアルコールがはいっていて、陽気に騒いでいた。健太もさきほどまではその中に入って騒いでいたが、さすがに疲れてきた。そう、今はライブの後の打ち上げの真っ最中なのだ。店はもちろん〝ロコ〟だ。
健太がライブで打ち上げをやるので暇な人がいたら来てくださいなんて言ったものだから、予定の人数を越えた人が集まっていた。もっともこんな状態になるのはわかりきっていたので、最初から金のほうは徴収していた。だが、マスターたちは大忙しだ。
健太とヒロシはさきほどから、みんなから離れた席に座って飲んでいた。圭子と純子そして淳之介は若さにまかせて騒いでいる。ジョンはもてもてで、女の子たちに囲まれていた。
「まったく、健太が余計なこというから店の中が狭くなっちまったじゃないかよ。これじゃクーラーがあってもおなじだよ」
ヒロシは笑いながら言っていた。
「いやぁ、面目ない。こんなに集まると思わなかったものだから。だけど大勢のほうが楽しいぜ」
健太はそう言うと、グラスに口をつけた。健太は今夜はけっこう飲んでいる。ビールをジョッキで五杯ほど飲んで、バーボンのボトルをひとりで半分ほどあけていた。
「それにしてもいいライブだった。やっぱ、曲を統一したのがよかったのかもな。最初は夏だという曲ばかりではどうかなと思ったんだけど・・・」
そう言いながらヒロシもすでにボトルを一本空けていた。
「そうだな。おまけに今日はうだるような暑さだったしな。曲があっていたかもな。でも、俺としては助かったよ。夏大好き人間だから詞を書くのもあまり苦労しなかった」
「健太はいい詞を書くよ。俺の書く曲に合ってるよ」
「しかし、ヒロシはすごいよな。会社では最前線でバリバリで、ベースはプロ級ときてる。何度も聞くけど、ほんとプロになろうとは思わなかったのか?」
「俺ぐらいの腕の奴はプロの世界にはごろごろしてるさ。健太も言ってただろ。プロは楽しめないって」
「うん。でもヒロシだったら、やれそうな気がするんだがなぁ」
「苦労を我慢すればやれるかもしれないが、好きな音楽では苦労はしたくないんだ」
「そうか。ヒロシと俺はやっぱり似てるな。だから三年も一緒にバンドやっているのかも・・・」
「もう三年になるのか。あと何年このメンバーでやれるのかなぁ。今のメンバーだったら、いつまでもやりたい気がする」
「でもお互い、先のことも考えてないとな。バンドは楽しいけど、たいがいで落ち着かないと」
「結婚か・・・いまいちその気になれないんだよな」
「ヒロシは贅沢なんだよ。まわりにはたくさん言い寄ってくる女がいるのに。ところでどうなんだよ」
健太は水割りを自分で作りながら、小声で言った。
「なにが?」
「圭子だよ。圭子のことがあるから、ほかの女のこと考えられないんじゃないのか?この前ドライブに行ったんだろ」
「まあな。しかし話す事と言えば、バンドのことか音楽の話ばかりだった。圭子とは友達としてのつきあいが長すぎて、いまさらって気もするんだよな。健太より長いもんな、圭子とのつきあいは」
「ヒロシにしちゃ弱気じゃんか」
「いや弱気というより、気まずくなって友達の関係も崩れるのを恐れているのかもな。だが圭子自身、健太にすこし興味もっているんじゃないか。手料理なんかもアパートに行って作ってくれてるし」
「逆だよ。もし俺のことを意識してるなら、アパートになんか来て作りゃしないよ。圭子は年下だけど、なんか頼りになるんだよ。姉みたいな存在かもしれない」
「健太、おまえすこし変わったな。こうやって女のこと話すなんて初めてだよ。やっぱ沙也夏さんの影響か?」
「それは否定しない。彼女の言葉はたしかに効いたよ」
「彼女、今日来てなかったのかな?」
「さあな。なにか用事ができたのかもしれん」
「ほんと変わったよ。なんかこう・・・沙也夏さんに対して自信みたいなのが感じられるよ」
ヒロシの言葉を聞いて、健太は苦笑した。
そんな感じでふたり話していると、淳之介がビールを持ってふたりの席へやって来た。
「なにそこで、ふたり静かに話してるんすか!パァーッと騒ぎましょうよ。さあさあ、ビール飲んで」
完全に酔っ払っている。まあ、純子と圭子と飲んでいればたいがいの男は酔っ払わされる。
「おまえ、すこし飲みすぎだぞ。明日バイトだろ?たいがいにしといたほうがいいんじゃないのか」
健太は淳之介をたしなめた。
「大丈夫っす。今日みたいな気分がいい日に飲まなくて、いつ飲むんすか!」
処置なしである。これじゃなにを言っても聞きそうにもない。
ふたりの言うことも聞かずに、淳之介はマスターにビールを頼もうとした。ちょうどその時マスターがこっちに来るところだった。
「マスター、ビール三本ばかり持って来て・・・」
淳之介はろれつがまわってない。
「はい、はい。それより健ちゃん電話がはいってるよ」
マスターがニヤニヤしながら言った。
「電話?誰から?」
「きれいな声の女性」
まだマスターはニヤニヤしている。健太はハッとした表情をすると、電話のある向こうへ行った。
「マスター、その顔だと電話の主が誰かわかってるんでしょ」
「たぶんこの前、純ちゃんたちと一緒に来た人だと思うけどね」
「ははーん。沙也夏さんか・・・健太にも本物の春が来たかな」
ヒロシはそう言いながら、複雑な気持だった。それは妹の純子に関することだった。どうやら、純子も健太に興味をもってるようなのだ。健太という男は一度や二度逢ったぐらいじゃ、その良さはわからない。だが、永くつきあっていると人間臭さというのがわかってくる。純子は健太とは会社でのつきあいもあるから、わかりすぎているのかもしれない。
〝沙也夏さんはその人間臭さを一度で見抜いたのかもしれない〟
ヒロシはそう思いながら、電話をしている健太を見ていた。
マスターがビールを持ってきて、淳之介がグラスにビールを注いでいると、健太が電話を終えて戻ってきた。
「ヒロシ、わりい。急用ができた」
「沙也夏さんだろ。いいよ。行ってこいよ」
「よくわかったな」
「その顔見たら、わかるさ」
ヒロシは笑って言った。
「えっ、沙也ちゃんから電話があったんすっか。じゃ今からデートっすね。健さん、今夜こそバッチリ決めてくださいよ」
「バーカ。おまえ飲みすぎだって。じゃヒロシ、すまんな。三人にはよろしく言っといてくれ」
夜の十一時過ぎだというのに、人の流れはあまり減っていないようだった。夏という季節は人の心を開放的にするらしい。
健太は、はやる気持ちを押さえるように、街の中を歩いていた。
〝まさか彼女が来ているとは思わなかった。しかし、こんな夜中に公園なんかで待ってて大丈夫かなぁ〟
どうやら沙也夏とは公園で待ち合わせらしい。健太の歩くスピードがだんだんと増していた。
公園につくと沙也夏の姿を探した。沙也夏はすぐ見つかった。
彼女はブランコに乗っていた。健太はその姿を見て思った。
〝あいかわらずきれいだけど、いつもと違うな。なんか淋しそうだな〟
ブランコはすこし揺れていて、沙也夏は下を向いていた。白いTシャツが公園の外灯に照らされていた。
健太はわざと陽気に声をかけた。
「やあ。お待たせ」
沙也夏はびくっと顔をあげて、慌ててブランコから降りた。
「ご、ごめんなさいね。打ち上げの途中だったんでしょ?」
「いや、もうみんな酔っぱらってしまってね。だらけてしまってるよ。淳之介なんかろれつがまわってない。ハハハ・・・」
「健太さんはそんなに酔ってないみたいね」
「そんことないさ。酔ってるよ。俺は最初一気に酔うんだけど、あとはいくら飲んでもそんなに酔わないんだ」
「じゃ、これ。酔い覚ましにいいわよ」
そう言って、沙也夏は缶コーヒーを健太に放り投げた。缶コーヒーは弧を描くようにして健太の手に収まった。健太は缶コーヒーを手に、沙也夏の隣のブランコに腰かけた。タブを開けて、ひとくち飲むと程よい苦みが口の中に広がった。
「沙也夏さん、ライブ見てたの?」
「ええ。後のほうでね。よかったわぁ。感激しちゃった!」
そう言う沙也夏はいつもの笑顔だった。先程の淋しそうな顔はどこへやらだ。
「うん。自分でもそう思ったよ。お客さんものってくれたしね」
「なんていう曲だっけ?一番のった曲」
「〝さよならだね〟」
「そうそう!その曲の時、私も思わず立ち上がったもの!でも曲調のわりには、詞は悲しかった。なんかすごくよくわかる気がする」
沙也夏はまた淋しそうな顔をした。
「そういう経験あるみたいだね」
健太は沙也夏の顔を見ず、夜空を見上げて言った。都会には珍しく今夜は星がはっきりと見える。
「否定はしないわ。でもそのひとは遠いとこへ旅立ってしまった。永遠に・・・」
健太は沙也夏の顔を見た。彼女の目はどこか遠くを見つめているようだった。
健太はポツリと言った。
「星に・・・星になったんだね」
「違うんじゃないかな。今でもサーキットをウロウロしてると思うわ」
「サーキット?」
健太は意味がわからないといった様子で、沙也夏を見た。
沙也夏はそれに答えず言った。
「健太さん。一緒に来て」
そう言うと沙也夏は、健太の手をとっていきなり歩きだした。
「ちょ、ちょっと・・・沙也夏さん。いったい、どこへ・・・」
「黙ってついて来て!」
有無を言わせない言葉だった。健太はびっくりした様子で、思わず黙り込んでしまった。
沙也夏は客待ちしているタクシーの窓を叩いた。そしてタクシーに乗り込むと行き先を告げた。健太には皆目見当もつかない場所だった。
沙也夏はなにかを決意しているようにまっすぐ前を見ていた。
〝やはり今夜の沙也夏さんは、おかしい〟
健太はわけがわからなかった。




