表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワン・モア・ソング  作者: 杉本敬
23/41

SUMMER LIVE ~ライブ前~

 健太は薄暗いステージの中央でひとり立っていた。他のメンバーはリハーサルが終わって、控え室に戻っていた。むろんお客は誰もいない。


 いよいよ、今日はライブ本番の日だった。さきほど、リハーサルが終わったばかりで、エアコンはきいているが、体は汗をかいていた。リハーサルでは七分ぐらいにおさえておこうと思うのだが、ついつい力がはいってしまう。まあバンドのできあがりは100パーセントまではいかなくても、80パーセントぐらいのレベルになっているようだった。ヒロシも満足そうな顔をしていた。あとは本番でどこまで力をだせるかだ。


 それにしても今日のフロアは広い。ここは収容人数が200人ぐらいだ。ライブハウスにしては大きいほうである。そして特徴的なのはアリーナの席が、少し低くなっている。だが、見るにはベスト・ポジションだ。後の席は逆に少し高くなっており、ステージを見下ろす感じであり、全体的にはステージを囲むような造りになっている。ライブハウスというより、ちょっとしたコンサート・ホールのようだ。ステージから見るとその様子がはっきりする。


 健太は中央に立って、客席全体を見渡していた。

〝広いなぁ。こんな大きいところでやるのは初めてだ。客が入ってないからよけいそう感じるのかもしれない。けど、これで客が入ったら圧倒されるだろうな。チケットは、ほぼ売れたという話だし〟


 健太は緊張とこれからここで歌えるんだという喜びが入りまじった気持ちを感じていた。

〝よし。今日は最初からとばそう。でないと緊張に負けてしまいそうだ〟健太は自分でそう決めると、顔を両手でパンと叩きメンバーがいる控え室へむかった。


控え室に入ると、やけに静かだった。メンバーそれぞれ楽譜を真剣な表情で見ていた。ヒロシ以外はこんな大きいライブハウスで演奏するのは初めてだ。さすがにお喋りの純子や圭子も今日ばかりは別だった。ヒロシとジョンはスタッフと打合せをしているのだろう、姿が見えなかった。


 健太が入ってきてもみんな気づく様子もなく、楽譜から目を離そうとしない。緊張しているのがわかる。

健太はみんなの表情を見てニヤリとして、声をかけた。

「さあさあ、いまさら楽譜とにらめっこしたってどうしようもないぜ」


 淳之介が楽譜から顔をあげ、健太を不思議そうな表情で見た。

「健さん。緊張してないみたいっすね」

「してるさ。さっきから心臓がバクバク鳴ってるよ」

「それにしちゃ落ち着いているなぁ」

「自分で納得するまで練習してたからな。あとは成り行きまかせしかないさ」

「たしかに練習はしたけど、やっぱ不安っすよ。こんな立派なとこで演奏するんすから、いい演奏したいっすよ」

「淳之介。いい演奏するよりも、楽しい演奏しようや。自分で演奏を楽しむんだよ」

「でもミスをできるだけ少なくしないと、見にきてくれてる人に申しわけないっす。これだけの会場だからかなり入ると思うし・・」

「それは違うと思う。俺たちが楽しんで演奏すれば、見に来てくれた人も楽しんでくれるよ。たとえミスしてもな」


 健太がそう言うと、圭子がびっくりしたように顔をあげた。

「えらい、健太!私、忘れてた。楽しむことを。ここに入った途端頭が真っ白になって、恥ずかしい演奏をしないようにって。そればかり考えてた。そうよ、楽しく演奏すればいいのよ。たとえ間違えたって」

圭子は思い出したように言った。

「そうっすね・・・ミスを恐れるよりも楽しむこと。なんか俺、初歩的なことで悩んでたんすっね」

「そう、そう。あまりにも会場が大きいから、いい演奏することしか考えてなかったのね」

純子も自分を納得させるように言った。


「あれだけ練習したんだ。頭は真っ白になっても、体は憶えてるもんさ」

健太は結論を下すように言った。

「まったく、健太は音楽のことになるとすごいのよねえ。恋愛のこともそれぐらいあればいいのにねぇ」

純子は言って、ハッとした。また余計なことを言ったと。

「こら、純子!それは言わないの」

案の定、純子は圭子からたしなめられた。

「ごめん」

「ハハハ・・・。いいって、いいって。人間、長所もあれば短所もあるさ」


「ところで、今日は沙也夏さん来るんでしょ?」

純子が聞いた。健太はメンバーに沙也夏のホテルの一件は話している。メンバーには隠し事をしたくなかった。だから、純子との仲も元に戻っていた。

「うん。一応チケットは渡してる」

「じゃ、楽しみね」

「まあな」

「オーケー。それじゃ圭子、ここにいてもしょうがないわ。客席から、ステージをどんな感じか見てみない?」

純子がいつもの明るさで言った。

「うん。そのほうが落ち着きそうだわ」

圭子と純子は立ち上がり、控え室から出た。


「それじゃ、俺も外の空気でも吸ってくるか。淳之介もどうだ?」

「いや。俺はいいっす。ここにいたほうが気が楽っすから」

「そうか。じゃ、開始一時間前には戻るから」


 本番までには二時間あった。一時間前になると、会場に客を入れる手筈になっていた。

健太は控え室を後にしてライブハウスを出て、エレベーターに乗った。ここのライブハウスはファッション・ビルの地階にある。外へ出るとあいかわらずの暑さで、道ゆく人も汗を拭っていた。さすがに日曜日だけあって、溢れんばかりの人だ。特にこの辺は福岡市の西の中心部なのでよけいだ。


 健太はその人ごみを見ながら、だんだんと緊張感がほぐれていくのを感じていた。メンバーと話したことによって、自分の気持を整理していたのかもしれなかった。それと、沙也夏とホテルで逢って以来、心がおおらかになっているような気持ちだった。沙也夏の言った言葉は健太の恋愛に対する苦手意識を粉々にした。そして、新たな自信を植えつけていた。


健太はきっちり一時間前に控え室へ戻った。控え室に入ると、さっきとはうって変わって笑い声が響いていた。淳之介、圭子、純子は三人で冗談の言い合いをしている。

ヒロシとジョンはアコースティック・ギターを持って、ふたりで弾き語りのようなことをしていた。


 ヒロシが健太の方を見て言った。

「おっ、われらのボーカリストの御帰還だ。どこに行ってた?」

「外をぶらぶらしてた」

「この暑いのにか?」

「頭をからっぽにしてきた」

「なるほど。いい心がけじゃないか。こいつらを見てくれよ。さっきからバカばかり言ってよ。まったく、緊張という言葉を知らないのかねぇ」

ヒロシは淳之介たちの方を見て言った。


「ヒロシ、ちょっと。こっちに来てくれ。ジョンも」

「なんだよ」

ヒロシとジョンは怪訝な顔で、健太の後をついていった。

健太はふたりを控え室の外へ連れ出した。

「あいつらあんな様子だけど、ほんとは無茶苦茶緊張してんだぜ」

「そんな様子には見えんけどな」

「考えてもみろよ。こんなでっかいとこで演奏するのは、あいつら初めてだ。俺もリハーサルの時、びびったぜ」

「健太がそうなら、純子なんて緊張なんてもんじゃないかもな。俺なんか全然だぜ」

「ヒロシは例外だよ。ジョンはどうだ?」

健太は矛先をジョンに向けた。

「テイク・イット・イージー」

ジョンは一言で答えた。


「ハハハ・・・。こりゃいいや。テイク・イット・イージーね。どうにかなるさか」

「で、なんか話でもあるのか?」

ヒロシが健太に聞いた。

「うん。ヒロシとジョンにだけ言っとくけど、今日はオープニングからとばしていこうと思うんだ。けど、テンポを速くするとかじゃなくて、気持半分って感じで」

「うーん。大丈夫か、それで。あいつらついてこれるかなぁ」

「そのほうがいいって。緊張すると頭ばっかで考えるから。心が昂ぶってきたら落ち着いてくるって」

「ソレ、サンセイネ。スピードカンダイジ」

ジョンが目を大きくして言う。

「わかった。今日はホットなステージにしようぜ」


 会場がざわついてきた。客を入れ始めたようだ。

「よし。そろそろ準備しよう」

ヒロシは健太の背中をポンと叩いた。

健太たちが再び控え室へ戻ると、スタッフが来ていた。

「客の入りは順調です」

スタッフがヒロシに言った。

「そうですか。お世話かけます」

「とんでもありません。それから、いちおう十分前にはステージのほうにでていただきます。チューニングなどもあるでしょうから。では十分前になりましたら、また来ますので」

スタッフは事務的口調で言うと、控え室を出ていった。こういう

時は、事務的なほうがいい。変にがんばってくださいとか言われたりすると、かえって緊張してしまう。


 健太はいよいよだなと思った。ふと、控え室を見渡すと淳之介がいないことに気づいた。

「ん?淳之介は?」

「あそこ」

圭子がステージのそでを指差した。

ステージと控え室は続きになっている。

「なにしてんだ?あいつ?」

ヒロシが言った。


 すると淳之介が小走りで戻ってきた。

「健さん、すごいっす。客がぞぐぞく入ってきてますよ」

淳之介は客席を見てたのだ。

「客の入りを見てたのか。あんまり見ると、また緊張するぞ」

健太があきれたように言った。

「大丈夫っすよ。逆にお客さんを見てたら、やる気がでてきたみたいっす」


「淳之介。沙也夏さん来てた?」

純子が愛読書(?)のキーボード・マガジンを手にしながら言った。

「あっ!そうだ。忘れてた。見てきます!」

「こら。もういいからじっとしてろ」

健太が言っても、淳之介はじっとしてるわけがなかった。

「純ちゃんが余計なこというから」

「いいじゃない。あれで、淳之介すこしでも緊張をほぐそうとしているのよ」


 そう言われれば、健太にはなにも言えなかった。だが、この緊張感があとからなんともいえない思い出になるのだ。この気持ちはライブをやったものにしかわからない。

こういう時、時間がたつのは早い。1時間前が30分前になり、メンバーの顔にも緊張の色が浮かんでいた。さすがに、30分前になると緊張するなというほうが無理だった。健太もじっとしていても心臓の鼓動が手にとるようにわかった。


 そして、スタッフがステージにでるように知らせてきた。

ヒロシが最初に立ち上がり、言った。

「よし。行こうか!」

ヒロシの言葉で、みんな一斉に立ち上がり、ステージの入口に並んだ。健太は大きく深呼吸した。

ヒロシはステージにでる前に、みんなに一言だけ言った。

「気楽にいこうぜ」


 スタッフに促され、ステージのほうへ歩いた。

ステージにでると、拍手が沸き起こった。

今日のメンバーの服装は夏らしく統一していた。健太はブラックのTシャツとジーンズにホワイト・ジャケット。ヒロシはマリン・ブルーのTシャツとブラック・ジーンズ。ジョンはオーソドックスにホワイトのTシャツとブルー・ジーンズ。圭子と純子は彩りが鮮やかなアロハ・シャツにショート・パンツ。そして淳之介はローリング・ストーンズのプリント・Tシャツに綿パンという格好だ。

健太は中央に立ち、マイク・スタンドの位置を確かめた。客席に目を向けると、知っている顔がチラホラあった。








 



 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ