セレモニーの後
戦いの後には華やかなセレモニーが待っている。だが、表彰式というセレモニーを楽しめるのは三人だけだ。その表彰式はふつうなら表彰台にあがる三人のドライバーのチーム関係者しかいないが、最終戦ということで、各チームともその様子を見ていた。その中に沙也夏もいた。光太郎の許しをもらいメカニックのトニーと一緒に見に来ていたのだ。沙也夏は一度でいいから、表彰式のシャンパン・シャワーというのを実際見てみたかった。
表彰台の一番高いところにミッシェルが立っている。だが、その表情は曇りがちだ。逆に2位のエディーのほうが終始笑顔で、喜びをかくせないようだ。その様子を見ながら、さきほどのゴール前の2台のドッグ・ファイトを思い出していた。ミッシェルの気持がすこしわかるような気がしていた。
〝ミッシェルは結果的には勝ったが、勝負には負けた。逆にエディは自分は速いと自覚したことだろう。ミッシェルはワークス(メーカーのバック・アップを受け、資金力が豊富なチーム)だからマシンは、はるか上だ。そのマシンの差をテクニックでカバーしたのだから喜びはひとしおだろう。これだから、レースはおもしろい。
でも、今考えると恐いともいえる。もし、最終コーナーのバトルの最中にタイヤがバーストすれば、あのスピードだ。エディもミッシェルも吹っ飛んでいる。ミッシェルはタイヤ交換したが、エディはそのまま走り続けた。それほど、エディは勝利への執念があったのだろう。サーキットにでればドライバーは勝つことしか頭にないのかもしれない〟
沙也夏はだんだんとレースたるものがわかり始めていた。
そんなことを考えながら表彰式を見ていると、なにかが降ってきた。シャンパン・シャワーが始まったようだ。はっとして上を見ると、シャンパンが一斉に自分のほうに降りかかってきた。目もあけられないほどだ。あきらかに誰かがシャンパンを沙也夏のほうへ意図的にかけたに違いなかった。
やっと目があけられるようになって表彰台を見ると、エディがニヤニヤしていた。
「あのヤロー!わざとかけやがったな!サヤカ、大丈夫か?」
トニーはいまいましく言った。
沙也夏はあっけにとられていた。逆にトニーは物凄い形相でエディを睨みつけていた。エディは沙也夏の方に向かってなにか言いながら、表彰台を後にした。
それを見たトニーは傘を放り投げ、沙也夏の手をとってひきずるように走り始めた。レース中降っていた雨もあがったようで、すこし肌寒い風が吹いていた。
「ち、ちょっとトニー!どうしたのよ!」
「ふざけやがって、何様のつもりだ!サヤカをこんなにびしょ濡れにしやがって!」
「いいのよ。こんなのタオルで拭けばいいことなんだから・・・」
「そんな問題じゃない!以前からあいつのことは腹にすえかねていたんだ。ここいらで文句言っといてやる!」
トニーはすでに頭に血がのぼっている。沙也夏はヤバイなぁと思っていた。
〝トニーが怒ったら、手がつけられないもんなぁ。めったに怒らないんだけど、なんでこのぐらいのことで怒るんだろう?よっぽどエディが気に入らないのねぇ〟
逆に沙也夏はシャンパン・シャワーをかけられて嬉しかった。テレビで今まで見ていた光景に自分がいるのだから・・・。それに今日一番注目されたドライバーだったこともあった。
やがてトニーと沙也夏の目にモーター・ハウスが見えてきた。
モーター・ハウスとは各チームがレースの期間中に寝泊りするキャンピング・カーみたいなものだ。キャンピング・カーといっても、そこいらのホテルよりも快適だ。
トニーはキョロキョロしながら、エディーのモーター・ハウスを探しているようだ。ふだんなら、レースが終わると即座に各チームは次のレース地へ移動するのだが、最終戦なのでみんなゆっくりしている。
「あれだ!」とトニーは大声をだして指差した。
指差した先に派手なグリーンのカラーでペイントされたモーター・ハウスがあった。
「トニー、やめようよ」
「心配するな。サヤカは見物しときゃいいんだよ」
トニーは躊躇せずにモーター・ハウスに近づいていく。沙也夏も慌てて後を追う。その時、なにやら口喧嘩してるような怒鳴り声が聞こえてきた。
かりにも2位にはいったチームだ。バカ騒ぎしててもよさそうなものだ。バカ騒ぎどころか、ここのモーター・ハウスは静かで異様な雰囲気が漂っていた。
沙也夏とトニーはモーター・ハウスの裏に回ってみた。思わず沙也夏はトニーのシャツの袖をひっぱり、物陰に隠れた。そこにはふたりの男がむずかしい顔をして、睨み合っていた。もちろんひとりはエディだ。
「エディ。なぜ、あそこで無理した?」
「わかりきったこと聞くなよ。勝てると思ったからさ」
「エンジンとタイヤがいかれてもか?おまえはチームやマシンのことは考えているのか。俺はレース前に言ったよな。マシンのことを考えながら走れと。それをおまえは無視した。これはルール違反というほかない!」
「ちょっと待ってくれよ。考えてもみろよ。俺たちはまだ一勝もしてなかったんだぜ。そんなチームがまともな戦い方をしても勝てるはずがない。それに今日みたいな熱いレースをやれば、エンジン・メーカーのやつらも俺たちのことを見直して、来シーズンはタフなエンジンが手にはいるかもしれないぜ。ましてや相手はチャンピオンのミッシェルだ。こんなチャンスは二度とない。レーシング・ドライバーだったら誰でもあそこは無理してでも勝負するぜ。ボブ、そんなに熱くなるなよ。数週間もすればエンジン供給の話が・・・」
「呆れた奴だ!そんな夢物語が実現すると思うのか!俺が問題としてるのは来シーズンのことじゃない。今日のレースのことだ。チームの約束事をおまえは守らなかった。言っとくが、エンジンはもう一基しかないんだぞ!それもみんなおまえのせいだ。おまえみたいなバカな夢をみてるような奴に大事なマシンを預けられん!3年間一緒にやってきたが、もうここが我慢の限界だ!エディ、今日でお別れだ」
「そ、そりゃないぜ。俺だってチームのため一生懸命だったんだ!なあボブ、落ち着けよ。来年になったら必ず・・・」
「だまれ!もう一度だけ言うぞ。よく聞いとけよ。おまえはク・ビだ」
そう言うと、そのボブなる人物は沙也夏たちの方へ向かって歩いてきた。もちろん沙也夏たちと目が合ったが、眼中にあらずといっ感じで横を通り過ぎていった。
シルバストーンの空に夕陽が射してきた。レース中の雨は嘘のようにどこかへ去ってしまったようだ。エディのグリーンのレーシング・スーツもオレンジ色に染まり始めている。そろそろ、各チームとも帰途の準備であわただしくなってきていた。
沙也夏も帰る時間なのだが、エディの後ろ姿に釘づけになり、動けないでいた。それにしても、沙也夏にはわからなかった。どうして2位になったドライバーがクビにならなければいけないのか。たしかにエンジンを壊してしまったのは悪い。だが、ドライバーも死にもの狂いで戦ったのだ。それを認めてやってもいいのではないかと、他のチームながらすこし腹立たしい思いがしていた。
エディの気持を考えれば、ここは早く立ち去ったほうがいいのかもしれないが、沙也夏はなぜかエディと話したかった。
エディはボブが立ち去ったあと、微動だにしなかったが、ふと空を見上げて大きなため息をついた。そしてふいに後を振り向いた。沙也夏たちと目が合うと、ちょっとびっくりした様子だったが、急におどけた口調で言った。
「これは、これは。愛しのお嬢様。シャンパンのお味はお気に召しましたかな」
「このヤロー!わざと・・・」
沙也夏はトニーを手で制して言った。
「とても素敵なお味でしたわ。なーんて、言うと思った?シャンパンとはいえ、水びたしにされて」
「怒った顔もいいねぇ。でもな、俺はほんとに祝ってもらいたい奴にしかシャンパンはかけないんだよ」
「そういえば、まだおめでとう言ってなかったわね。でも・・・・今はあんまり・・・嬉しくないでしょ・・・」
「そうか・・・。聞いていたのか・・・」
「私にはわからない。どうして2位になったのにチームを去らなけければいけないの?あれだけの走りをしたのに」
「ボブも変わっちまった。以前のあいつなら、今日の走りを見たら抱き合って喜んだだろう。だが、今は個人の走りよりもチームのことが優先らしい。ボブも、もとはレーシング・ドライバーだった。まあ成績はあんまり芳しくなかったらしいけどな。だから、俺はボブを信じて、3年間一緒にやってきた。ボブならわかってくれると思っていた」
そこまで言うと、エディはひと呼吸おいた。
まわりが騒々しくなっていた。各チームがモーター・ホームの移動を始めたらしい。だが、沙也夏とエディの間には、その騒々しさも無関係だった。
エディの金髪が風に揺れていた。その風を心地よく受けながら、ブルーの瞳を沙也夏に投げかけて再び話し始めた。
「俺は今日わかったことがある。それはレーシング・チームにはふたつのタイプがあるってことだ。ドライバーをチームの一員としてみてくれるチームとただの走る道具としかみていないチームだ。悲しいけど、ボブはここ最近、俺を道具としか見なくなったってことだな」
「そ、そんな・・・」
沙也夏はモーター・スポーツの現実をみた気がした。すべてを賭けて走っているドライバーが、ただの道具だとは。心のどこかでなにかが崩れていく感じがした。
「あんたはいい人だな。俺の話を真剣に聞いてくれている。レーシング・ドライバーを3年もやってると、人の心ってのが読めるようになってくる。レース中の駆け引きってのがあたり前になってくるから、日常でも心を読んじまう。これが度が過ぎると人間不信になるんだ。おっと、そろそろひきあげる時間だな」
エディはまわりを見回して言った。
沙也夏はエディになにか言ってやりたいのだが、言葉がみつからなかった。
「でもな、お嬢さん。俺は今日の走りを後悔してないぜ。マシンはいかれちまったけど、必ず今日の走りを認めてくれるチームがいると思っている。まあ見てなって。数週間のうちにモーター・スポーツ誌を賑わしてやるから」
「そ、そうよ。ドライバーは速く走るのが仕事なんだもの。そんな純粋な気持をわからないチームはやめて正解よ。もし、そんなチームばかりだったら、モーター・スポーツの将来はないわ」
「ハハハ・・・こりゃ、いいや。将来がないときたか。あんたに言われりゃ俺も百人力だ。名前は?」
「沙也夏」
「いい名だ。俺はエディ。実はサヤカのことは遠くから見ていて、いつか話をしてみたいと思ってた。だから、あんなシャンパンをかけることで、気をこっちに向けるしかなかった。すまなかったな。じゃあな、また近いうちに逢おうぜ」
そういうと、エディは片手をあげて背中を向けた。
沙也夏は顔がほんのりと赤くなっていた。欧米人とは言いにくいことを、さらっとよく言ってしまうものだと。
そして、エディは急にまた振り返り、大声で言った。
「もしかしたら、あんたのチームに行くかもしれないぜ。そん時はよろしくな!」
沙也夏は呆然とエディを見送った。
トニーも、呆れた顔をしていた。
「やっぱり、奴はクレイジーだ!」




