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主人公じゃない!  作者: ウスバー
第四部 光の目覚め
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第九十一話 主人公じゃない!


「く、そ! なんだ!? なんなんだ、その剣は!」


 取り乱し叫ぶ〈魔王〉の声に、先ほどまでの余裕はない。

 だが、それも無理はない。


 俺の目の前に浮かぶ、〈光輝の剣〉。

 そのチートっぷりは、俺が一番よく知っている。


 ゲーム内時間で二十四時間に一度しか使えない、という制約はあるものの、〈光輝の剣〉の強さと汎用性はあらゆる武器を凌駕する。


 形としては剣であるが、「主人公」がどんなクラスについていても装備可能であり、剣槍鞭などのありとあらゆるアーツが使用可能で、杖の代わりとして魔法の発動体にもなる万能装備。


 さらに、〈筋力〉や〈敏捷〉といった特定の能力でなく「装備者の全能力の平均値」によって大きく威力に補正がかかるため、どんなビルドを選んでも弱体化することなく、物語後半になっても決して陳腐化しないまさに「最強」の武器。


 そしてもちろん、それだけじゃない。


「兄さん!?」


 レシリアの驚く声を無視して、俺はゆっくりと身体を起こす。

 一秒、いや一瞬ごとに、呪いによって受けた決して治らないはずの傷が、少しずつ癒やされていくのが分かる。


 この〈光輝の剣〉は、救世の女神が闇を討つために勇者に与えた退魔の剣。

 それは存在するだけで呪いを祓い、闇に属するモンスターに、それから特に〈魔王〉に対して、比類ない力を発揮する!


「……ここから、だ」


 身体の奥底から、力が湧き出てくる。

 今ならなんだってやれると、頭ではなく魂が叫んでいた。


(ああ、まったく……)


 ほんの数秒前までは絶望に染まっていた口元に、自然と笑みが浮かぶ。

 苦笑しながら、〈光輝の剣〉に手を伸ばす。


 どうしてこの場で、〈勇者〉にしか扱えないはずの〈光輝の剣〉が発現しているのか、それは分からない。

 だが、事実として剣はこの場にあり、比類なき退魔と癒やしの光を放っている。


 まだレベル十にも満たない瀕死の「主人公」が使い、〈魔王〉を退けた武器だ。

 レベル五十の俺が使えばあっさりと目の前の〈魔王〉を退けることも出来るだろう。


 単なる平凡な社会人だった俺が、今では波乱万丈の連続だ。


 絵に描いたような大ピンチからの、一発逆転。


 こんなのは、まるで……。

 まる、で……。



 ――伸ばしかけた手が、止まった。



「にい、さん……?」


 先程までとは種類の違う、訝し気なレシリアの声。

 もう一度、光り輝く剣と、そこに伸ばしかけた自らの手を見つめる。


(……あれ?)


 不意に、首をもたげた疑問。



 ――俺は、「主人公」になりたかったんだっけ?



 だが、俺が固まっていた時間はほんの一瞬だった。


 目の前には俺の命を奪おうとする〈魔王〉がいて、そいつを倒せるかもしれない切り札が手元にある。

 だったら、迷うことなんて何一つない!


 俺は今度こそ、確固たる意志でもって、宙に浮く剣に手を伸ばし……。




「――バッカらし!」




 その剣を、思い切り弾き飛ばした。


「な……ぁ?」


 誰もが、敵であるブリングすらも呆気に取られ、誰もが地面に落ちて転がっていく光の剣の行方を追う。

 弾かれた〈光輝の剣〉は、通路の端へと転がって、すぐに見えなくなった。


「な、んだ? テメエは、何を……」


 理解の出来ない行動に、〈魔王〉が驚愕と、わずかな畏怖を載せた視線を送る。


 ――自分でも、バカなことをしている、という自覚はある。


 確かにあの剣を取れば、俺はイベントの通りに動ける程度まで回復し、〈魔王〉に一撃を与えることが出来ただろう。


 そうすれば思いがけない力に動揺した〈魔王〉は、ほかの〈魔王〉に〈勇者〉の存在を報せるために転移魔法を使って撤退。

 俺たちは難を逃れることが出来たに違いない。


 それは、分かっている。

 分かっている、が。



「だけどそれじゃあ、つまんねえよなぁ!」



「運命に導かれ、誰もが憧れる英雄への道を歩む」なんて、性に合わない。

 この世界ゲームの主役になんて、ならなくていい。

 たとえ、主人公に、英雄になれなくても。


 ただ世界の片隅で、小狡く小器用に、自由に生きていければ、それでいい!

 そうだ、俺は……。





「――俺は、『主人公』じゃ、ない!」





 宣言と共に、俺は右手の指輪を放り捨てる。


 放られた〈レベルストッパー〉から漏れた残光が宙を裂き、それに追随させるように俺はインベントリから一本の「鋼鉄の剣」を取り出して、宙に放つ。

 投げ放たれた剣は瞬く間に「箱型の魔物」に姿を変えて……。


「なっ!?」


 驚きの声すら、一瞬。

 ブリングが驚愕に目を見開く中で、俺は呼び出したミミックをすぐさま斬り捨てた。


 変化は、すぐに訪れる。

 ミミックが消滅すると同時に身体に力が充満し、俺の腹部をじくじくと苛み続けた痛みは、一瞬にして消滅した。


「バカな! ありえねえ! その傷は、どうやったって治せは……」

「『治した』んじゃない。『HPが最大値になった』だけだ」


〈魔王〉によってつけられた傷は、〈光輝の剣〉による解呪か時間経過によってしか回復しない。

 だが、レベルアップを行えば、そのキャラクターのHPは「現在の状態に関係なく最大値に戻る」。

 ただそれだけの、単純な話。


「さて。お前を相手に、この剣を使う必要はもうないな」


 投げ捨てた〈レベルストッパー〉の代わりに投擲の威力を上げるための〈集中〉上昇の指輪をはめると、右手の〈メタリック王の剣〉をインベントリに収納した。


 代わりに左手のナイフをひょいっと右手に移し、ついでにクルクルと器用に回転させてみせる。

 それを目にした〈魔王〉の目に、狂的な怒りの色が宿る。


「舐め、てんのか? テメエ!」

「御託はいい。かかってこい」


 軽く煽ってやると、ブリングはその瞳に殺意を溢れさせ、人間では絶対に及ばない脚力で俺に飛びかかる。それは、確かに速い。

 速い、が。


「――〈疾風剣〉」


 実のところ、アーツによる補助を得た人間ほどではない。

 俺はアーツを発動させ、しかしブリングに攻撃を当てることなく、ただその後ろに回り込む。


(さっきは、完全に「イベント」に呑まれていたな)


 静かな反省をにじませながら、無防備なブリングの背中に新たに取り出したナイフを投擲する。


「ど、こに……ガァッ!!」


 放ったナイフは、三本。

 不意を突いた投擲はその全てがブリングの背中を捉え、〈疾風剣〉の威力も乗せたオリハルコンのナイフが、そこにわずかな傷を残す。


「……七十三、六十六、五十九」


 確かめるようにつぶやきながら、さらに激昂して振り返るブリングに、俺は追加でナイフを投げつける。

 三本のうち一本は弾かれるものの、残った二本がその肌をかすめ、傷をつける。


「……五十三、四十八」


 確実にダメージは与えている。

 だが、その程度の傷では〈魔王〉の戦意は少しも衰えなかった。


「クソが! ちょこまかと!」


 叫びながら突進してくるが、俺にとってそれはもはや脅威ではなかった。

 俺は両手に新たなナイフを構えると、


「パリィ!」


 怒り狂って技も何もなくなった〈魔王〉の一撃を冷静に捌き、両手のナイフで反撃する。


「効く、かよぉ!」


 首筋にまともに入ったが、それもほんの小さな切り傷を作るだけに留まった。

 用済みになった両手の武器をその場に放り捨て、続くブリングの攻撃も捌いて反撃する。


「効かねえっつってんだろうが!」


 腕についた切り傷にも構わず、がむしゃらに腕を振るう大振りの攻撃から逃れ、バックステップをしながら再び投擲。


「バカの一つ覚えが!」


 投擲した三本のうち、一本はブリングの肌をかすめ、一本が腕に刺さったが、彼は意に介さぬとばかりに腕を振ってナイフを撥ね飛ばすと、暴れ牛のごとき勢いで俺に突撃してくる。


 だが、その攻撃が、もはや俺に当たることはない。

 俺は軽く身体を動かして、余裕を持ってブリングのナイフを躱す。


「……二十三、二十一」


 すれ違いざまの一撃で、両手のナイフで一度ずつ、ブリングを切りつける。

 戦闘が長引くにつれ冷静になる俺に対して、ブリングの狼狽は時を追うごとに深まっていく。


「なんでだ! なぜ当たらない!」


 喚き散らしながら振り回される腕は、俺のはるか遠くで空を切る。

 投げ放たれた俺のナイフが新たに三本、その脇腹に刺さる。


「オレは、〈魔王〉だ! 人なんかに、押されるはずが……!」


 駄々っ子のように暴れるその姿に初めの鋭さはなく、放たれた三本のナイフは今度は正確に、〈魔王〉の右腕を捉えた。


「こんな、こんなことがっ!」


 傷ついた〈魔王〉は右腕を庇い、左手にナイフを持ち替えて振るってくるが、そんなものが当たる訳もない。


「こいつで十! ピッタリだ!」


 無造作にかわし、返礼代わりに振るった両手の斬撃が、〈魔王〉に残された左手に深い傷を残した。

 よろめく〈魔王〉は頭をかきむしり、


「く、そ! くそがああああああ!!」


 突然空に吼えるように叫ぶと、これまでとは違う行動を取る。

 ピタリと攻撃をやめ、俺をにらみつけたまま、距離を取ったのだ。



「……認めて、やる。オマエが『脅威』だと、オレの『敵』だと、認めてやる」



 狂乱に支配されていた瞳に、制御された理性の気配が戻る。

 にらみつける視線には憎悪の色が強く残りながらも、〈魔王〉はそれを制御しようとしていた。


「ここは退く。だが、勘違いするな。オレはオマエに負けたワケじゃねえ。絶対に、必ず、オマエを殺しに戻ってくる」


 それはかつて画面越しに聞いた、「〈魔王〉との遭遇」イベントの台詞。

 まるで定められた運命を辿るかのように、決まりきった劇を演じるかのように、彼は謳う。


 傷ついた身体をよろめかせ、それでも闘志だけは衰えさせないままに。

〈魔王〉は俺を睨みつけながら両腕を頭上へかざし、魔法を紡ぐ。




「――その時まで、せいぜい残り少ない人生を楽しむがいい。〈リターン〉!!」




 ブリングは捨て台詞と共に転移の魔法を唱える。

 しかし……。


「な、んだ!? なぜ戻らない! リターン! リターン! リターン!!」


 半狂乱になって叫んでも、魔法は発動しない。

 だが、それは当然だ。


「能力値が、足りないんだよ」

「な、に?」


 理解出来ない、と言わんばかりのブリングに、俺は手に持っていたナイフを突き出した。


「知ってるか? このナイフ、〈ゴブリンスローター〉って言うんだ」

「いきなり、何の話を……!」


 激昂するブリングを気にせず、俺は手に持ったナイフをもてあそぶ。


「碌でもない効果ばっかりついてるんだが、一つだけ。『とある種族』と戦う時だけは、抜群の力を発揮するんだ。その種族が何か、分かるか?」

「ま、さか……」


 目の前の〈最弱の魔王〉が、身体を震わせる。


〈魔王〉は悪神によって進化した魔物であり、それぞれの種族を統べる文字通りの「魔物の王」だ。

 そして、緑色の肌を持つ〈ブレイブ&ブレイド〉の「最弱」の存在と言えば、答えは一つしかない。




「――〈ゴブリン〉だよ」




 そう、口にした瞬間に。

 目の前の〈魔王〉が、〈ゴブリンの王ブリング〉が、大きくよろめく。


「こいつにはゴブリンへのダメージを増やす効果と、もう一つ。戦闘中に一回だけ、ダメージを与えたゴブリンの能力を一割、永続的に減らす効果を持っててな」

「だ、まれ」


 もはやブリングは、動揺を隠そうともしない。

 最初の余裕ある態度が嘘のように、〈魔王〉は明確に恐怖のにじんだ目で俺をにらむ。


「一割じゃ大したことないって思うか? だがこの効果は複数の〈ゴブリンスローター〉を使うことで累積する。一本当てれば90%でも、二本なら90%の90%で81%。三本で73、四本で66、五本も当てれば59%」

「黙れと言っている!」


 ついに歯を剥き出しにして、つばを飛ばしながらブリングが吼える。

 だが、それをあえて無視して、俺は周り中に散らばった二十五本のナイフを眺めながら、これみよがしにニヤリと笑った。



「なら、これだけ大量のナイフを当てられたゴブリンは、一体どれだけ弱くなってるんだろうな?」

「黙れえええええええええええええ!!」



 その言葉、そこに込められた真実の重みに、全てを失った〈魔王〉は、耐えることが出来なかった。



「――キサマ! キサマは! ウ、グ、アアアアアアアアアアアアア!!」



 もはや最初の威厳も、知性の欠片もない。

 がむしゃらに、けれど悲しくなるほどに鈍重な動きで、俺に向かって突っ込んでくる。


「それでこれが、二十六本目。正真正銘、こいつで――」


 技巧も何もなく、ただ激情のままに襲い来る「最弱の魔物」に向かって俺は右手を振りかぶり、




「――終わり、だ」




 振り下ろされた〈ゴブリンスローター(ゴブリン殺しのナイフ)〉は、正しくその名の通りの役目を果たしたのだった。

タイトル回収!




次回更新は明日!

次は第四部エピローグになります

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ちょっとした記入ミスで、登場人物も、世界観も、ゲームシステムも、それどころかジャンルすら分からないゲームのキャラに転生してしまったら……?
ミリしら転生ゲーマー」始まります!!




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最後、振り下ろして大丈夫だったんだろうか? 次回は解呪からスタート? [一言] なるほど!最弱の魔王!
[良い点] 光輝の剣を使わなかったときは、流石に感情的で身勝手が過ぎるんじゃないか。と思ったけど、こっちのほうがより良い結果が生まれる可能性が高かったのか! このやり方はもちろん前提として、魔王が元…
[気になる点] ゴブリンスローター オリハルコン製のゴブリン特化剣 作るのにお金も腕もいるなんで作ったのか分からないこのアイテムですけど裏設定で壱の魔王に破れた凄腕冒険者が作ったとかありそうだな
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