第八話 「物語」の始まり
「……勝てた、か」
背後から剣を刺したドゥームデーモンが完全に消滅したのを確認して、やっと肩の力を抜く。
(まさか、こんな短期間に二度も死ぬことになるなんてなぁ……)
いくら何でも、波乱万丈過ぎないだろうか、俺の人生。
そう思いながらも顔をあげると、
「レクスさんっ!」
俺のところまで、駆け寄ってくる人影があった。
「よかった! レクスさん、よかった!」
新人パーティの一人、ヒーラーのマナだ。
彼女は俺が死んでいないことを確かめるようにその身体に触れたあと、ハッと我に返って俺から離れると、涙に潤んだ目で俺を見上げた。
「す、すみません。あの、よかったですけど、どうして……」
カラクリを知らなければそりゃ驚くだろうが、別にそう大した話じゃない。
俺は少し考えてから、言葉少なに答えた。
「〈還癒の幻粉〉の力だ」
俺が戦闘前に使ったアイテムは二つ。
一つは、一時的に全能力値を上げ、HPとMPの自動回復バフをつけるが、副作用で十分後に全ての能力にマイナスがかかるという強化アイテム〈秘境の汽水〉。
単体で使えばリスキーなこの〈秘境の汽水〉だが、このデメリットは〈還癒の幻粉〉を併用することによって消すことが出来る。
なぜなら、〈還癒の幻粉〉の特性は名前の通り「還癒」。
すなわち、「巻き戻して癒やす」というとんでもない効果を持つのだ。
このアイテムは使った瞬間には何の効果も発揮しない代わり、使用してから五分後、幻粉を使った対象の状態を「幻粉を使った時点の状態に戻す」という効果がある。
メタ的に言えば、アイテムを使った時点のキャラの状態をセーブ、五分後に自動でロードするという仕組みだ。
これをうまく使えば〈秘境の汽水〉の副作用が出る前にステータスをリセット出来るし、場合によっては死亡したあとからでも復活出来る。
「そ、そんなアイテムがあったなんて……」
マナは説明を聞いて衝撃を受けたようだが、実は〈還癒の幻粉〉はゲームではそこまで有用なアイテムとはみなされてなかった。
なぜなら、この〈還癒の幻粉〉には大きな欠点があるからだ。
〈還癒の幻粉〉が一番効果を発揮するのは、「死亡しても巻き戻りで復活出来る」という部分だ。
だが、この効果は肝心の主人公に対しては使えない。
なぜならゲームでは「主人公が死んだ時点でゲームオーバー」なので、〈還癒の幻粉〉を使っていても、幻粉が効果を発揮する前にゲームオーバーになってしまうからだ!
(ま、そこは自分がサブキャラクターだったことに感謝だな)
今のこの世界も「主人公が死んだらゲームオーバー」になるのかは分からないが、どっちみち、今の俺は「プレイヤー」や「主人公」でもなんでもないサブキャラクターのレクスだ。
死の間際でも憂いなく、「還癒の幻粉が効果を発揮して復活する」という展開に希望をつなぐことが出来た。
自分が一度死んだ、という事実を気持ち悪く感じなくもないが、幸い憂慮していた記憶についても十全に引き継がれているようなので、今は素直に喜んでおくことにしよう。
とにかく俺は、この死亡イベントを死なずに無事に乗り切ったのだ。
俺がひそやかな達成感と共にラッドたちのもとに行こうとした時、「それ」が始まった。
「な、あれは……!」
ラッドの驚く声。
突然西の空に、荘厳な女性の姿が浮かびあがった。
誰もが空に投影されたその姿に驚く中、俺は深い感慨と共にそれを眺めていた。
ああ、そうだ。
これは、全ての主人公で共通の、最初のワールドイベント。
オープニングイベントの終わりと冒険の始まりを告げる、「はじまりの言葉」。
聞こえますか?
聞こえますか、世界に満ちる我らが愛し子よ
わたしの声が、聞こえていますか?
千年の封印を破り、かつて世界を我が手にしようと跳梁した悪神〈ラースルフィ〉が復活を果たそうとしています
もし、ラースルフィが完全な力をもって復活すれば、あなたがたに抗う術はありません
ラースルフィは今度こそ己が目的を遂げ、この世界は悪神の支配するところとなるでしょう
どうか、お願いします
かの闇の神との決戦に勝利するため、あなたがたの力が必要です
闇深き十二の遺跡、その最深部に隠された邪なる気をたたえた像を壊してください
猶予は、二年
あなたがただけが、頼りです
どうか……
どうか、世界を……
それだけを言うと、空に映し出された光の像は消えていった。
「救世の、女神……」
突然の神の降臨と神託に、その場にいた誰もがうろたえる。
駆けつけてきた防衛隊の中には、感動のあまりその場にひざまずいて祈り出すものもいた。
ちらり、とラッドたちの様子を眺める。
ラッドはただ呆然と、ニュークは静かに、マナは覚悟を込めて、プラナは興味がなさそうに、女神の消えた空を見ていた。
この世界の本当の「主人公」は、一体この奇跡を見て、何を思っているのだろうか。
世界を救う使命に打ち震え、女神を助ける決意を固めているのだろうか。
そして。
そんな彼らと同じように、俺もまた、静かに決意を固めていた。
……今の俺は、弱い。
ドゥームデーモンは確かに高レベルのモンスターだが、ゲームではあいつより強い魔物は星の数ほどいる。
そして、悪神の復活を阻止するためには、そんな魔物たちを薙ぎ払い、イベントをこなしていかなければならないのだ。
だから――
――厄介事は全部ゲームの主人公に押し付けて、俺はのんびり隠居しよう!!
……うん。
やっぱね、日本で今までふつーに生きてふつーに仕事してた奴に、いきなり剣持って魔物ぶっ殺せとか無茶振りもほどがあるんだよな!
野蛮人じゃないんだからさ。
もっと文明的に行こうぜ、ほんと。
なんかもう、一度死にかけたというか、むしろ二度も死んだことで、完全に吹っ切れた。
ここまで状況に流されてまるでゲームの主人公みたいなムーブをしてしまったが、本来俺がこの世界に貢献する義理なんて何もないはずだ。
もちろん自分の力で助けられる奴は助けるし、世界が滅ぶのも困るから最低限の手助けだってしよう。
だけど、「世界を救う」だの「魔物との命懸けの戦い」だのは主人公様に任せればいい。
せっかく拾った命なんだ。
俺は、俺のために生きていく!
これからは切った張ったとは距離を取って、ゲームで得た知識を生かして、面白おかしく、らくーにやっていけばいい!
(まずは金儲けだよな! 世の中金さえあれば大体何とかなる! あとはゲーム知識で他人に恩を売って、そのおこぼれで甘い汁をすすって生きてく、ってのもありだよなぁ!)
頭の中から、次に取るべき方策が次から次へと浮かんでくる。
テンションが上がっていき、何だか目の前に無限の可能性が広がっているような、そんな思いすらしてきた。
世界の危機も、ゲームで出てきた強敵とのバトルも、知ったこっちゃない。
俺は俺の道を行く。
だって……。
――俺は、主人公じゃないんだから!
☆ ☆ ☆
この日、剣帝歴664年10月10日。
全世界の人間が目撃した「救世の女神による神託」。
次いでもたらされた魔物の襲撃による〈アース〉の街の陥落の報によって、世界は激震する。
数百年にもおよぶ微睡と安寧の時代は幕を閉じ、かつて神話に語られたのと同じ、〈勇気と力〉の時代が幕を開けたのだった。
以上でプロローグは終了です
レクス先生の今後の活躍にご期待ください!
あ、いえ、ストック心許ないですが、しばらくは一日一話更新していく予定です
どこまで行けるかは未知数ですが、評価やブクマ、それから「更新止まるんじゃねえぞ……」と激励の感想を投げて応援してくれれば、きっと希望の花が咲くと思いますのでよろしくお願いします!