第七十九話 冒険者と一般人
大変なことに気付いてしましました!
予定通りに更新すると、前書きに書くことが、ない!!
あ、どうぞそのまま本編をお楽しみください
――俺の中での彼女、ロゼのイメージは、ベッドで半分だけ身体を起こし、儚げな笑みを浮かべている姿だ。
なぜなら、今でこそ彼女は健やかに過ごしているが、イベントが進むと吸血鬼の「呪い」がかけられ、ベッドから動けないほどに衰弱してしまう。
元気に過ごしている姿よりも弱っている状態を長く見過ぎたせいで、どうしてもイメージがそちらに引かれてしまうのだ。
(ロゼは一度イベント始まったらずっと、常に気にかけてなきゃいけないキャラだったからなぁ)
彼女の関わるイベント「フリーレアの吸血鬼」は、気が遠くなるほどに長い連続イベントで、プレイヤーの間でも非常に評価が分かれるイベントだ。
まず、時代区分がⅠ、つまり初期の状態では、〈薔薇の館〉を訪れても大したイベントは起きない。
ただそこで独りで暮らしているロゼという女性に会い、会話が出来る程度だ。
だが、〈闇深き十二の遺跡〉を攻略したり、イベントをこなすことによって時代を進ませ、時代区分がⅡになってから〈薔薇の館〉を訪れると、そこでイベントが発生する。
ロゼを育てた「おじ様」が帰ってきて、彼女を連れ去ろうとする場面に遭遇するのだ。
ここで彼を止めるか静観するかの選択肢が出るが、どちらを選んでも結果は同じ。
たとえ戦闘になったとしても〈ヴァンパイアロード〉である「おじ様」相手に序盤のパーティではまず勝ち目はないし、勝ったとしても意味がない。
――なぜなら相手は吸血鬼、不死身の怪物だからだ。
静観を選んだ場合はもちろん、HPがゼロになった場合でも平然と復活し、「魔王様の遺物」を使ってロゼに「呪いの標」を刻み込むと、悠然と去っていく。
魔法によって胸元に怪しげな紋様を刻み込まれたロゼは、しかし表向きには何の異常もない。
だが、その日の深夜、心配した冒険者たちが付き添っていると、ちょうど日付が変わる瞬間に胸の紋様が黒く脈動し、彼女は急に苦しみ出す。
そして苦しむうち、彼女の目は赤く染まり、口からは長い牙が生え、正気を失った彼女が「主人公」たちに襲いかかってくるのだ!
「――冒険者、様?」
瞬間、記憶と現実のロゼが混じり合って、俺は思わず一歩、あとずさった。
だがもちろん、そんなに怯える必要はなかった。
目の前で不思議そうに目を見開く彼女の胸元に刻印はなく、目は赤くなければ牙も生えてはいない。
いや、そもそもイベントで襲いかかってきた時も、初回に限れば簡単に撃退出来る。
彼女が正気に戻ったあと、むしろそれからが、その連続イベントの本番なのだから……。
「……冒険者様、は、やめてくれ。俺にはレクスって名前がある」
幻影を振り払うように首を振って俺が言うと、ロゼはきょとんとしたあと、嬉しそうに笑った。
「ふふ。分かりました。ようやく名乗って下さいましたね、レクス様」
そんな言葉をかけられて、今度は俺が目を見開く。
「名乗ってなかったか? だが……」
「もちろん、レクス様のことは知っていました。だって、有名人ですから。孤児院でも子供たちに人気があるんですよ」
そこでようやく、ロゼは元気な時は孤児院の手伝いをしていたのだというゲームの設定を、俺は思い出した。
「今日の冒険者ごっこでも、レクス様役は大人気だったんですよ。みんな目をキラキラとさせて……」
だが、そう語るロゼこそが、こちらに向かって憧れに光る眼を向けているように見えた。
「冒険者に、憧れているのか?」
「え……?」
思わず尋ねると、彼女はびっくりしたように固まった。
しかし、
「そう、なのかも、しれません」
次に見せた表情は、突きつけられた事実に自分で自分に納得したようにも見えた。
彼女は自分の細い手を、それから街の外に続く空を見上げ、滔々と語る。
「わたしは生まれつき非力で、身体もあまり、強くはありません。きっと、一生を街の中の、あの館の中で過ごすんだと思います。……だから、かもしれませんね。街の外で自由に活躍する皆さんが、眩しく見えてしまうのは」
どこか遠い目で街の外を見やるロゼを、俺は密かに〈看破〉する。
―――――――
ロゼ
LV 1
HP 50
MP 50
筋力 0
生命 9
魔力 34
精神 5
敏捷 5
集中 5
―――――――
(あいかわらず、露骨だな)
ランダムキャラとは違い、ユニークキャラの初期能力値はゲーム製作側によって恣意的に決定される。
デフォルトの値がそうなっているのか、〈剣聖ニルヴァ〉のように「初期の成長値×能力値アップ回数」がそのまま初期能力値になっているキャラも多いが、設定やイベントの都合で強くされたり弱くされたりするケースも少なくない。
例えばイベント戦闘で護衛をしなくてはいけない相手のHPが紙だったらイベントの難易度が無駄に上がってしまうし、肉体に衰えを感じて現役を退いた設定の元将軍キャラが現役の将軍キャラより能力値が高かったら話が矛盾する。
まさにその例の一つと言えるレクスの能力値が全部二百ということからも分かる通り、そういう「調整」を受けているかいないかは、能力値がやたらとキリがいいかどうかで判別出来たりもするのだが……。
(ロゼの場合は、これでもかってくらい「調整」型だよな)
彼女のイベントではHPとMPが重要な意味を持つ。
だからそれが両方とも分かりやすい五十という数を取るように、能力値が調整されたのだろう。
何しろ、「呪い」の状態ではHPとMPの残量が彼女の「残り時間」を決める。
あれ以上少なければイベントとして成り立たなかっただろうし、俺も何度ももう少しロゼのHPMPが多ければと……ん?
――その瞬間、天啓のように、とある考えが頭をよぎる。
それは、とてもバカバカしい思い付きだった。
だが、どこか切なげに空を見上げる彼女を見ているうちに、俺の口は自然と動いていた。
「なら、試してみるか?」
※ ※ ※
「わぁ! すごい! ここからなら街が一目で見れますね!」
「ああ……」
街の外、小高い丘の上。
明るい声をあげる彼女を見ながら、俺は今さらながらにゲームからの逸脱に慄いていた。
(まさか、こんなに簡単に連れ出せてしまうとは……)
少なくともゲーム中のロゼの独白を聞く限り、ロゼには街の外に出たという過去はない。
だからもしかすると、何かしらの強制力が働いて彼女は街から出られないのでは、なんてことも考えた。
だが、案に相違してびっくりするほどあっさりと、彼女を街の外に連れ出せてしまった。
街の門衛は俺の顔を見るとほぼ顔パス状態だったし、「彼女に街の外を見せてやるつもりだ」と言うと、何の心配もしてなさそうな顔と声で、「それはいいですね」と朗らかに笑って送り出してくれた。
(まあ、俺は腐ってもA級冒険者だしなぁ)
自分が思う以上に、この街の人間からは信頼があるのかもしれない。
そんなことを現実逃避気味に考えながら、彼女を見守る。
「見てください! あそこ! あの教会にわたし、今日行ってきたんです! あんなに小さく見えるなんて!」
ゲームでは一度も見たことのない、子供のように無邪気にはしゃぐその姿に、俺も覚悟を決めた。
(毒を食らわば皿まで、だ。こうなりゃとことんやってやるさ!)
俺は楽しそうに街を見下ろすロゼに近寄ると、おもむろにインベントリのアイテムを探る。
この世界には、生まれつき素質値が高く、初期状態で「クラス」を持っている「冒険者」と、職業を持たず、素質値の低い「一般人」が明確に分けられている。
ゲームにおいて、冒険者は勝手に冒険をして、知らない間にレベルを上げているが、一般人はずっと初期レベルのまま。
ゲームの中でどれだけ時間が進んでも、彼らが強くなることは、決してない。
……そりゃそうだろう。
レベル一の時点ですでに平均二十程度の能力値を持つ冒険者とは違い、彼らの初期能力は平均で六程度。
こんな能力でモンスターに挑むなんて、自殺行為だ。
そしてモンスターに勝てなければレベルは上がらず、当然それ以上に強くはなれない。
この世界において、「冒険者」と「一般人」を隔てる壁は、大きいのだ。
だが……。
「悪いが、こんなんで満足してもらったら困る」
……俺は今日、その壁を壊す!
うまくいくかは分からない。
だが、少なくともそこに挑戦出来るだけの知識と準備は、もう整っているはずだ。
「レクス、様?」
不思議そうにこちらを見るロゼに、俺はいくつもの防具や指輪、そして「魔法の杖」をまとめて突きつける。
そうして、反射的にそれらを受け取ったロゼに向かって、俺はにんまりと笑ってみせる。
「――レクスの冒険者体験講座、始めるぞ」
さぁ!
パワーレベリングの時間だ!
こいつレベリングしかしてねえな
次回更新は明日の21時です