第七十八話 魔王
いやあ、店舗特典用ショートストーリーは強敵でしたね!
……まあ実を言うとSS自体は一週間前くらいには書きあがってたんですが、ついでにストック増やしつつ積みゲーも消化してました!
なので明日と明後日の更新も安心です!
え、明々後日? 知らない子ですね
〈ブレイブ&ブレイド〉の最強の敵であり、最終目標である悪神をラスボスと位置付けるなら、この世界に全部で六体存在する〈魔王〉は、ゲームにおける中ボス的な存在だ。
同じ中ボス格と考えると、〈闇深き十二の遺跡〉の最深部で悪神を守る〈守護者〉たちが真っ先に思い浮かぶだろうが、〈魔王〉は彼らとはまた性質が違う。
〈守護者〉たちが固定の場所に存在してプレイヤーを迎え撃つ「待ち受けるボス」であるなら、〈魔王〉はイベントによって主人公の前に姿を現す「攻めてくるボス」。
悪神とはまた違った意味でゲームに時間制限を課す、非常に厄介な敵だと言える。
ダンジョンの奥から動かず、やってくる者を機械的に排除する〈守護者〉は、極論すれば単に強いだけのモンスターであり、単なるステージギミックだ。
実力でもってねじ伏せればいいだけのハードルで、そこに感情が介在する余地はない。
しかし、〈魔王〉は違う。
彼らは自らの意志を持ち、知恵を練り、それぞれの目的を持って人類に牙を剥く、一つの「キャラクター」なのだ。
(実際、魔王勢って結構ユーザー人気はあるんだよなぁ)
俺はこいつらに散々煮え湯を飲まされたので憎しみが先に立つが、少数だがファンアートが描かれていたりしたらしい。
(ま、どいつもこいつも能力も性格も尖ってるというか、キャラは立ってるからな)
彼らは悪神の持つ「魔の源」の力によって進化した魔物であり、それぞれの種族を統べる文字通りの「魔物の王」。
〈魔王〉によっては多数の配下を引き連れていることもあれば、その種族の特徴を使って独自の攻め方をしてくる場合もある。
そして、〈薔薇の館〉に眠る〈肆の魔王〉はその最たるもの。
「死と語らうモノ」の異名を持つこの〈魔王〉の正体は、人の血をすすり、魔へと落とす不死の怪物「吸血鬼」。
その力は伝承の通りであり、この〈肆の魔王〉は血を吸うことで人を自らの眷属へと変えることが出来る。
実際、復活した〈魔王〉は時間経過と共にフリーレアの街の住人を少しずつ吸血鬼へと変えていき、気付いた時には誇張ではなく街が一つ滅ぶことになる。
だからこのイベントは、なんとしても未然に防ぐ必要があるのだ。
……あるのだ、が。
そこで俺は視界内に目当ての人物を見つけ、考え事を打ち切った。
人通りの多い交差点の端、小さな雑貨屋の前に佇んでいる一人の老婆に歩み寄る。
「少し、いいか? 最近、何か変わったことがあれば知りたい」
話しかけると、老婆は一瞬だけ驚いたように目を開いたが、すぐに相手が俺だと知って、相好を崩す。
「おや、またあんたかえ。そう何度も聞かれたって、なんにも変わりゃあせんよ。世はなべてこともなし。これも〈救世の女神〉様のお導きじゃろうて。ほっほっほ」
「そうか。……邪魔したな」
軽く頭を下げてその場を離れながら、俺は「やはり」と歯噛みする。
俺が今話しかけたのは、特に背景のないモブでありながら、会話内容でイベントや歴史の進行具合が分かるという便利キャラ、通称「ほっほっほ婆さん」。
そして、今の会話で明確に読み取れることは……。
(時代が……ワールドイベントが何一つ進んでいない!)
婆さんのあの台詞は、ゲーム開始直後に訪れて聞けるもの。
そこから時代が進むか大きなイベントの兆候があれば内容が変化するはずだが、初期状態から全く変わっていないのだ。
「もうゲーム開始から三ヶ月だぞ。一体『主人公』は、何をやってるんだ!」
苛立ちが、思わず口から漏れる。
ゲームと同じであれば、スタートから三ヶ月も経てば世界規模のイベント「ワールドイベント」はもう何個も発生しているはずだし、それに合わせてゲーム内の時代も進行しているはずだ。
なのに、その兆候が全く見えない。
(クソ! 悪神の復活まで二年しかないんだぞ! 俺がやれるなら、今頃は……)
グッと唇を噛む。
だが、ここまで様々な角度からイベントを検証し、色々な行動を起こして、確信したことがある。
――ワールドイベントは、「主人公」にしか起こせない。
これがこの三ヶ月間、俺がこの世界の「攻略」に積極的に乗り出さなかった「とある事情」だ。
この世界においても、「ゲームと類似した状況」を整えれば、イベントを起こすことが出来る。
それは確かな事実ではあるが、その「ゲームと類似した状況」の要素の中で、どうやら「『主人公』がその場に居合わせる」という要素の比重はことさらに大きいらしいというのが分かった。
一番分かりやすいのは、フリーレアの広場に「主人公」が初めて訪れた時に発生する「星見イベント」だろうか。
「主人公」が広場にやってくると突然、しわくちゃの老婆がやってきて、
「星を! おぬしの星を、見せておくれ!」
と叫んで「主人公」に近付いてくる。
彼女は「主人公」の顔を見ると、
「おお、こ、この星は……。なんという! なんという光! これはまさしく、光の女神に魅入られし……」
なんて思わせぶりなことを言いながら、フラフラとよろめき、
「この光が、世界を救う鍵となるか、世界を滅ぼす災いとなるか……ひひっ! いひひひひ!」
最後には不気味な笑いを残してどこかに去っていく、という何だか交通事故的なイベントである。
ゲーム序盤に発生することもあってかなり印象深く、俺も老婆の台詞を暗記してしまったほどだが、このイベントは何度も広場を出入りしているこの世界の俺には起こっていない。
……まあ、そりゃそうだ。
あの老婆があんなに興奮したのも、あんな台詞を吐いたのも、「主人公」が〈救世の女神〉に選ばれた「資格持つ者」、つまりは〈光の勇者〉だったから。
〈光の勇者〉でも何でもない、ただの一般冒険者の俺が通りかかっても、何も起こるはずがない。
ならやっぱりゲームと同じで、イベントは「主人公」以外には発生させられないのか、というと、そういう訳でもない。
リリーとのあの洞窟での会話のように、本筋とは全く関係ない、キャラクターとの好感度イベントのようなものは、俺でも問題なく発生させられた。
だがそれはそれで、納得は出来る。
なぜならあのイベントは、リリーが「仲の良い冒険者」と共に冒険に出たから発生したもので、その相手が「ただの冒険者」であろうと、〈光の勇者〉であろうとイベントの内容に何も影響がないからだ。
そしてそれがおそらく、この問題の本質。
メインストーリーとも言えるワールドイベントのほとんどは、話の流れの中に「主人公」が「女神に選ばれた勇者」であることが関係してくる。
だからこそ、世界を変えるワールドイベントを起こすには、「主人公」が絶対に必要なのだ。
(だが、まさかこんなに「主人公」が動かないとは)
俺がここまで静観していたのは、戦力の拡充を優先したという理由のほかに、「主人公」がワールドイベントを起こすのを待っていたから、という理由がある。
ワールドイベントを起こせるのが「主人公」だけなのだとしたら、逆に言えばワールドイベントが起こった場所には「主人公」がいる。
(特に、「〈魔王〉との遭遇」イベント。あれを起こしてるなら、絶対に噂にならないはずがないんだが……)
ワールドイベント「〈魔王〉との遭遇」は、大抵のプレイヤーが最初に発生させる「主人公」の覚醒イベントだ。
このイベントは「『主人公』の活躍度が一定以上になると、ダンジョン探索時に突如として〈壱の魔王〉が現れ、戦闘になる」という典型的な「負けイベント」。
〈壱の魔王〉は〈魔王〉の中での序列は一番下らしいが、それでも普通なら序盤の「主人公」が勝てる相手じゃない。
しかしピンチになったところで「主人公」の〈光の剣〉が発現、無事に撃退するという、少年漫画の序盤にありがちな「ストーリー後半の超強力な敵といきなり遭遇するが、覚醒した『主人公』の潜在能力に驚いて撤退する」というアレである。
ゲームと同じ流れなら、ここで〈魔王〉の復活が世界に認知され、同時に「主人公」は初めて歴史の表舞台に飛び出すはずなのだ。
だから何の手がかりもない状態で無計画に探すより、むしろ一ヶ所に腰を落ち着けて、噂話などから「主人公」の居場所を特定しようと思っていたのだが……。
(どう考えても、このままじゃまずい)
ゲームでは重要なワールドイベントを放置して一定期間が過ぎると、そのイベントは「暴発」する。
「主人公」の知らない場所で勝手にイベントが進み、そのイベントに存在する分岐の中で最悪の結末を迎えることになるのだ。
その典型的な例の一つが、〈薔薇の館〉の連続イベント〈フリーレアの吸血鬼〉だ。
この一連のイベント群が厄介なのは、「主人公」がイベントに関わらなくても勝手に進行していき、気付いたら手遅れになってしまう、という点にある。
ゲームの進め方によって細かい時期は異なるが、大体半年も放置すれば吸血鬼によって館の主であるロゼが襲われる事件が起こり、そこから数ヶ月後に〈魔王〉が完全復活、さらに復活から三ヶ月ほど経ったところで街に潜む吸血鬼によって反乱が発生し、フリーレアは崩壊する。
(それでも今はまだ、余裕はある……はずだ。俺はこのイベントの流れをあらかじめ知っているし、それを利用して本来この「時代区分」では行けないはずの〈薔薇の館〉の地下にまでもう足を踏み入れた。だから……くそっ!)
悪態の言葉が漏れる。
分かっている。
本当は分かってるんだ。
〈魔王〉の復活を止めるだけなら、簡単だ。
まどろっこしい真似なんてしなくていい。
ごくごく簡単に、単純に。
たった一人の人間を犠牲にするだけで、すぐにだって終わる。
(だから、会いたくなんてなかったんだ)
その姿を見れば、言葉を交わせば、否応なく感情移入してしまうから。
「その選択」が、出来なくなってしまうから。
だから俺は、可能な限り彼女との対話を避けた。
視線を合わせず、必要最小限の言葉だけを、事務的に投げつけていた。
それでも……。
あの寂しげな横顔が、「冒険者」に憧れの視線を送るその瞳が、俺の目に焼き付いて離れない。
そして……。
「あの! もしかして、あなたは昨日の冒険者様、ですか?」
まるで、奇跡のような、悪夢のようなタイミングで。
背後から、弾んだ声がかけられる。
不吉な予感に背筋を震わせながらも、俺は振り返った。
「やっぱり!」
視界の中、長い白髪が風になびき、慎ましい唇に笑顔が咲いて、パッと華やぐ。
(ああ……)
心の中で、嘆息する。
振り返った先には、俺が今、一番会いたくなかった人物が、
「……ロゼ」
〈死の定め〉を背負った運命の生贄が、そこにはいた。
次回更新は明日の21時になります
この前少しコミカライズの話もしましたけど、やっぱ特徴出るんですよね
猫耳猫は原作を再構築して新しい物語を作ってく感じなので先が読めなくてワクワクするんですが、『主人公じゃない!』の方は「ストーリー? 原作なぞればいいだろ。俺は画力で殴る!」みたいなストロングスタイル(個人の感想です)で結構原作に近いんですよ
一応監修ってことでネーム見てるんですが、もう猫耳猫の方に慣れすぎて「え? 何でこれ、コミカライズなのにこんなに原作の台詞使ってるんだろ(錯乱)」って状態になってました!
あ、ちなみにそんな「主人公じゃない!」が掲載される予定のコンプエース2月号は12月26日発売予定!
そして漫画版猫耳猫の最新八巻はなんと! 超偶然にもちょうど今月の13日より好評発売中です!(非常に巧妙なステマ)