第七十話 虚構の月が堕ちる時
昨日の六十九話ですが、何だか短かった上にまえがきあとがきも簡素だったこと、不思議に思いませんでしたか?
あれ実は仮置きで23時に予約投稿してあとから内容足そうと思ってたら、予約したのすっかり忘れて仮の内容のまま投稿されちゃったってオチなんですよね!!
いやー、投稿した覚えのないエピソードに感想来ててめっちゃびっくりしました!
まさにこれがホラーですよ!
リリーが行きたいと提案してきたのは、〈揺蕩う月の洞窟〉という特殊ダンジョンだった。
そのギミックは、「ダンジョン自体が特殊な魔力を帯びているため、通常の装備や魔法が使えず、専用に用意された武器や装備で戦うことになる」というもの。
いわゆる制限ダンジョンという奴だが、難易度は拍子抜けするほど低かった。
装備はほぼ初期装備に近いものにまで強制ダウングレードさせられているものの、だからこそ、敵の強さも初心者レベル。
「技や魔法は使えない」という触れ込みの通り、確かに魔法は使えなかったが、ブレブレお得意の手動アーツ優遇(というよりたぶん、ダイナミックモーションZ優遇)の方針のせいか、マニュアル発動でならアーツを使うことも出来た。
それに、何より……。
「――演奏、いきます!」
同じようにこのダンジョンの「魔法禁止」の制限を受けない、彼女の〈演奏〉が戦闘を楽にさせてくれた。
彼女は敵が出てきても、そいつらに向かって武器を振るったりはしない。
ただ、楚々とした仕種で口元にハーモニカを添え、時に荒々しく、時に寂しげに、変幻自在に曲を奏でるのだ。
それが、〈吟遊詩人〉の戦い方。
吟遊詩人は扱いとしては二次職であり、初期レベル五の段階でこのクラスについているのは強みではあるものの、その補正値はほかと比べて例外的に低い。
その補正の合計値は八で、精神と集中に二、それ以外の全ての能力に一だけ補正が加わるという微妙っぷりで、面と向かっての戦闘ではほぼ役に立たない。
まさに演奏特化のクラスと言える。
しかし、それで十分だった。
演奏中は攻撃が出来なくなってしまうものの、アタッカーは俺だけで問題ない。
継続するバフはモンスターの殲滅速度を上げてくれるし、彼女の奏でる心地よいメロディは、聞いているだけで俺のテンションまで上げてくれる。
数値に現れない効果として、心なしかリズムよく攻撃に集中出来ているようにすら感じた。
この演奏を聞けるだけでも、彼女の仲間としての有用性は疑うべくもないだろう。
と、戦闘はそんな風に余裕があったし、ダンジョンにはギミックも苦戦する要素はなかった。
二人がタイミングを合わせて両側のボタンを押したり、一人がスイッチ床の上にいる間にもう一人が扉の奥にあるスイッチ床を押してもう一人が通る、といったような、二人が協力すれば難なくクリア出来るようなものばかりだったのだ。
(正直、拍子抜けだな)
実力的にも仕掛け的にも、苦戦する要素はない。
さらに、彼女の「秘密」を知っている俺にとっては、彼女が伝えたいという内容も予想がついていた。
そんな風に偽悪的な思考を回し、リリーの隣を歩くだけで高鳴る鼓動を必死に誤魔化しながら、順調に先を進んでいく。
そして、ギミックを一通り切り抜け、長い通路に差し掛かった時、先導するリリーが話を始めた。
「わたしの両親は若い頃、世界の各地を旅していたらしいんです」
顔を正面に向けて洞窟を進みながら、彼女は言う。
「だから二人は、わたしに色々な旅の話を、色々な素敵な場所の話をしてくれました」
その横顔を眺めながら、「美しいな」とつい思う。
こんなもの作り物だと、本物じゃないと思っても、リリーの表情に、その仕種に、目が奪われる。
「その中で、二人が一番熱を込めて話してくれたのが、このダンジョンの最深部の景色なんです」
そう言って、いつもと変わらぬ品のある所作で歩く彼女の手には、映像記録水晶が見える。
まあ要するにビデオカメラだ。
現代とファンタジーがごった煮になったこのゲームらしいアイテムだと言える。
「旅の終わり。両親は最後に二人きりでこのダンジョンに訪れて、そしてその最高の景色の中で、父は母に告白をしたそうです」
そこで彼女はこちらを見て、「ロマンチックですよね」と笑う。
「だけど、ひどいんですよ。わたしが『どんな景色だったの?』と尋ねても、両親は笑顔を浮かべるばかりで答えてはくれないんです。そうして、そのあとは決まってこう言うんですよ。『その景色は、あなたが自分の目で見てきなさい』って」
ふたたび前に向き直り、彼女の瞳が前を向く。
「だからわたしは……」
彼女は最後に何かを言いかけ、そのまま口を閉じた。
長く続いた通路が途切れる。
その先には、小さな円形の空間があった。
「ここが……最深部?」
彼女が戸惑ったような声をあげる。
そこは無機質な岩の壁に囲われた小さな部屋で、どう考えても、美しい景色などとは言えない。
ただ、中央には何かを主張するような、石で出来た台座があった。
そこには、二人分の手形をした窪みがあった。
「ここに、手を入れろってことなんでしょうか?」
半信半疑の様子ながら、そのくぼみに手を差し込む。
その瞬間、
「えっ!?」
地面が、消えた。
――トラップだ!
そう思った時には、もう遅かった。
部屋の床は一瞬で消失し、視界は闇に吸い込まれる。
身がすくむような落下感。
視界が流れ、思わずきゅっと身体が縮こまって、そして……。
ダン、という音がして、落下が止まる。
「……大丈夫、ですか?」
暗闇の中からリリーの声が聞こえてきて、俺はひとまずホッと息をついた。
どうやら彼女は無事らしい。
(しかし、まさかここに来て罠とはなぁ。油断した)
何メートルほど落ちたのだろうか。
俺が思わず上を見上げたが、闇にまぎれ、落とされた場所はもはや見つけられない。
これはどうしたものかと、リリーに向き直ろうとしたところで、
「えっ?」
リリーの驚いた声に、視線を正面に向ける。
そこに見えたのは、俺が想像もしていなかった光景だった。
「は、な……?」
ダンジョンの奥、誰も踏み入れることのない、その場所に。
淡い光を放つ真っ白な花々が咲き乱れ、その空間を鮮やかに彩っていた。
それはまるで、花々の楽園。
白く可憐な花が所狭しと咲き誇り、そこから優しい光が立ち上る。
「強い魔力を帯びた花は、かすかな光を発することがあると、聞いたことがあります」
それはおそらく、ダンジョンが生んだ奇跡。
ダンジョンの奥の魔力の濃い空間で、花のわずかな光が目立つようなこの暗闇で、初めて味わうことが出来る、そんな絶景。
俺はしばらく、言葉もなくその美しい光景に見入っていた。
「そ、っか。そうだった、んだ。だから……」
隣から、リリーのつぶやきが聞こえる。
それに反応して、俺が彼女の方を向いた時、彼女の頬から、涙が零れ落ちていくのに気が付いた。
「あ、あれ? すみません、その、こんなはずじゃ……」
ぽろぽろと、彼女の頬を、透明な滴が伝っていく。
それを認めた瞬間、「俺」の身体は勝手に動いていた。
ギュッと、彼女の肩を抱く。
戸惑うような彼女の顔が、涙に濡れてなお整ったその顔が、大写しに見える。
胸が、高鳴る。
どんな言い訳をして、どんな理屈をつけたところで、俺は彼女に惹きつけられていた。
そして、状況は俺に、究極の二択を迫る。
(どう、する? どうすれば、いい?)
泣き濡れた彼女の潤んだ瞳が、俺の頭を鈍らせる。
緊張に、ゴクリとつばを飲み込んだ。
――ここで「告白する」か、「慰める」か。
どちらも正解に思えるし、どちらも不正解のようにも思える。
押すべきか、それとも様子を見るべきか。
正直に言うと、ここで押すのは怖い。
だが、彼女を本当に仲間にするためには、おそらく彼女を惚れさせるしかない!
それに……。
それに今の俺は、単なる冴えないオタクなんかじゃない!
物語の主役を張れるほどのイケメンで、人々が憧れる英雄だ!
だから……。
「――リリー。俺は、お前が好きだ」
俺は、進むことを選択した。
そうだ。
ここで、「泣かなくても大丈夫だ」なんて言葉は、あまりに弱腰すぎる。
思い出の場所。
二人きり。
絶景。
涙。
これ以上のお膳立てなんて、そうそうない!
「え……?」
びっくりしたような彼女の顔。
「ま、待って。わ、たし……ぁ」
もう、止まらなかった。
長いまつげに、潤んだ瞳。
どこか儚げなその顔が、俺の視界を、心を、支配する。
「……ぁ」
彼女は吐息と共にゆっくりと目をつぶり、そして……。
――ドン!!
視界が、揺れた。
「は?」
思わず、俺の口から声がこぼれた。
彼女の顔が急速にぶれたと思ったら、突然のブラックアウト。
いや、今視界いっぱいに映っているのが、洞窟の地面だと理解出来ても、何が起こったのか俺には全く把握出来ていなかった。
ふらり、ふらりと、視界が揺れる。
懸命に起き上がろうともがくそこに、降り注いだのは、冷え切った言葉だった。
「あっれぇ? タマ潰すつもりで蹴ったのに、もう動けるんだ。オークみたいな生命力だなぁ、きっもぉ」
その言葉の意味を理解出来た瞬間に、頭の中が真っ白になった。
今のは何かの間違いだと、俺はすがるような気持ちで彼女を見て……。
「やー。やっぱ装備制限ありのダンジョンで会っといて正解だったなぁ。さっすが英雄サマ! 上手におっき出来ましたねぇぇ、すごいすごーい!」
――人の神経を逆撫でするような、あまりに軽い賞賛の言葉。
――心の底から人をバカにした、不愉快な声。
俺は、目の前に立っているこの女が誰なのか、分からなかった。
いや、理解したくなかった、だけなのかもしれない。
「んふふふ」
だが、呆然とする俺の前で彼女はにんまりと笑みを浮かべると、ゆっくりとその足をあげ……。
――ガン!
という衝突音と共に、俺の視界にまた地面の茶色が広がる。
這いつくばる俺を彼女が踏みつけたのだと理解出来たのは、やはり彼女の声を聞いてからだった。
「被害者ぶったツラしてさぁ! ムカつくんだよねぇ。……あのさぁ、今の状況分かってる? ねぇ! ねぇ! ……ねえ!!」
彼女が声を荒げる度に、その足が、罵声が、容赦なくこちらの頭を踏みつける。
それでも、こっちだって英雄だ。
戦士職でもない女の暴力なんかに、ただ屈する訳がない。
ググ、グググ。
少しずつ、地面が離れていく。
ゆっくりと持ち上がる視界に映った彼女の顔を、俺は無意識ににらみつけて……。
「まぁだ生意気な顔だなぁ。……あ」
そこで、何を思ったのか。
彼女はポン、とわざとらしく手を叩いた。
「あー。もしかしてぇ、こんな華奢な女一人くらい、身体が動くようになったら男の力でどうにでもねじ伏せられるはずぅ、なんて思ってる?」
何がおかしいのか。
彼女は口元に手を持っていって、クスクス、クスクスと笑う。
「あぁ。そっかーそっかー。ごめんねー」
そんな、意味の分からない謝罪のあと、
「なっ!」
彼女は、自分の服のボタンに指をかける。
豊かな胸によって窮屈そうに押し上げられたその服。
それを解放するかのように、プチリプチリとボタンを外していき、
「だけど、ざぁんねん。それは無理でーす! だって……」
ニヤニヤと笑ったまま、彼女は躊躇う様子もなく、服の前を一気にはだける!
「――ッ!」
俺は反射的に、目をつぶりそうになった。
だが、結果から言えば、そんな必要はなかった。
「……え?」
なぜなら、そこに見えたのは、俺が予想していた光景などではなかったから。
リリーが服を広げた瞬間に、その胸元から二つの青いものが落ちる。
地面に落ちてひしゃげた半月状のそれが、スライムを素材にした詰め物だと気付いた時、俺はようやく真実を悟る。
彼女は……。
いや、俺がずっと、彼女だと思っていたこいつは……。
「――だって、僕も男なんだから、さ」
次回はちょっとした答え合わせ回になります!
明日の21時に更新予定!
震えて待て!
あ、あと、何度も何度も念押しして申し訳ないですが、基本的に先が予想出来ちゃったり何か分かっちゃったりしても、感想欄ではお口チャックでお願いします!