第六十七話 出会いを求めて
一巻の発売日、編集さんから12月5日ですよって聞いてたんですけどamazonとか見たら思いっきり4日って書いてあるんですよね
これはシュレディンガーの発売日と呼ばれる現象で、量子揺らぎによって不確定となっている発売日が唯一購入という観測によってのみ確定されるものであり、つまり科学の発展のためにみんな買ってね!
その日、俺を出迎えたのは、かつてないほどに人であふれた訓練場だった。
「おお、来たぞ! レクスだ!」
「バカ! さんをつけろよデコ助野郎!!」
「こっち! こっち指導頼む!」
その熱気に、俺は思わず額を押さえた。
(ちきしょう、案の定かよ!)
以前にも、ニルヴァの発言によって訓練場に俺目当ての冒険者が殺到したことがあったが、今回はそれすら軽く超えている。
こんな騒ぎが起こったのはほかでもない。
「冒険者通信」という冒険者ギルドが出している広報紙で、勝手に俺のことが取り上げられていたからだ。
(ヴェルテランの野郎、絶対許さねえからなぁ!)
現代日本なら「訴えたら勝てる!」と言いたいところだが、こんなゆるゆる似非中世世界観のこの世界にプライバシーだのコンプライアンスだのを期待するのは無理だろう。
(まあ、時間を取ってマニュアルアーツの指導をする代わりに、それ以外の時間は俺に必要以上につきまとわない、って条件に引き出せたから、一歩前進と思うしかないか)
俺はため息をつきながら、野太い声で俺を呼ぶ冒険者の集団に向かって、意を決して歩を進めたのだった。
※ ※ ※
全体に向けて軽い講義というか注意点のようなものを話して、そこからは職員と俺が手分けして見て回る。
何人かに適当なアドバイスをしたり、軽く実演をしたりしていると、俺は訓練場の中に顔見知りの姿を見つけた。
俺は思わず彼に歩み寄ると、その背に声をかけた。
「今日も来たのか。リーダーのお前がこんなに頻繁にパーティを離れていいのか?」
振り返ったイケメン剣士は、俺の言葉に苦笑を浮かべた。
「今はオフだし、それに、あんたも知ってるだろ。俺のパーティに、その、仲の良すぎる奴らがいてな。その二人がピンク色の空間を作ると、俺なんかは居場所がないんだよ」
「ああ。そういえば……」
以前、彼からパーティメンバーについて軽く相談されたことがあった。
その問題は解決したようだが……。
「前々から二人の仲は応援していたし、あいつらも冒険中は真剣にやってくれるからいいんだが、なぁ」
困ったように頬をかく。
どうやら、うまく行きすぎるというのも問題らしい。
幸せな悩みだな、と思いつつ、俺は肩をすくめた。
「それより、せっかくなんだからきちんと教えてくれ。魔法剣士の俺にとっちゃ、マニュアルアーツは生命線なんだからさ」
人好きのする笑みを浮かべ、そんなことを言ってくる。
確かにステータスを見る限り、彼は万能寄りの戦士だ。
攻撃力は若干物足りない部分があるが、普通の戦士よりもMPが多いためアーツを連発出来るし、速度もあるため移動しながらアーツを使うことが出来るマニュアルアーツとは相性がいいと言えるだろう。
「と言ってもな。もう、型は覚えただろ?」
「それでも、だ。自分じゃどれだけ上手く出来てるか、よく分からないんだよ」
かつて俺は、マニュアルアーツは「手動でアーツを放てる」という気付きさえあれば、この世界の人間にだって使えるし、誰かが教えなくても勝手に発展していく、と思っていた。
それは確かに一面として正しいと今でも思うが、どうもそう単純な話でもないらしい。
俺はプラクティスモードというアーツ練習に特化したモードで「MP消費なし、アーツのクールタイムなし、アーツの軌道アシストあり、発動後の達成度表示あり」という至れり尽くせりの環境でやっていた。
逆に言えばこの世界の普通の人間がマニュアルアーツを練習すると、「アーツを使う度にMPを消費するし、一度使えば同じアーツを使うには時間がかかるし、アーツの軌道は自分で考えなければいけないし、アーツが発動してもそれがどの程度成功していたのかよく分からない」という地獄のような環境でやっていかなければならない。
「正直、あんたの弟子たちが羨ましいよ」
「弟子?」
「ほら、いただろ。ラッド君とレシリアちゃん」
弟子じゃない、と言いたいところだが、無理に否定する必要もないか。
俺はいつもの通り肩をすくめてやり過ごした。
「あんたなら、アーツを発動しない素振りだけでもアーツとしての完成度がどうなのか判断することが出来るだろ。それだけでも普通の何倍も早く手動アーツを習得出来るだろうし、何より手本を見せてくれるのがありがたい」
「手本って……。そんなの、オートアーツで使ってみりゃいいだろ」
俺が笑いながら言うと、彼は首を振った。
「何度か参加して分かったよ。『オートで使った時と同じように剣を振れば、アーツとして成立する』ってのは事実だ。だけどな。あんたの手本はオートアーツとは少し違うし、おそらくマニュアルアーツとしての『正解』はそっちなんだ」
「違うか?」とその目が語る。
「あんたの弟子たちも上手くアーツを使っていると思う。だけどそれはたぶん、あんたの手本を『型』として覚えて使ってるだけだ。だけど、あんたは違う。俺には理解の出来ない、いや、もしかすると世界中の誰もが知らない『正しくマニュアルアーツを使う感覚』みたいなもんを、あんたは体得してる」
鋭い読みだった。
対外的な説明としては、マニュアルアーツは「アーツの軌跡を再現するように武器を振るう」ことで発動する。
実際にそれは間違ってもいないが、正確ではない。
完璧にマニュアルアーツを発動させようと思うなら、「アーツの軌跡を認識するようにコントローラーを振る感覚で剣を振るう」必要があるのだ。
そして、そんなもんを理解出来るのは、この世界がゲームだと知っている俺くらいなものだろう。
(こりゃあもしかすると、しばらく俺は暇にならないかもしれねえな)
そんなことを諦観と共に思いつつ、そこから指導の時間いっぱいまで、俺は様々な場所でご所望のお手本とやらを披露し続けたのだった。
※ ※ ※
「それじゃあな。グレイとゼミナと仲良くしろよ」
「ああ。また来るよ」
もう来なくていい、と内心で返しながら、無駄にさわやかな笑みで手を振る魔法剣士のベネに別れを告げる。
これで、マニュアルアーツの指導は終わりだが、仕事が終わった訳じゃない。
「……次は、闘技場で素質とステータスの鑑定か」
俺がうんざりした顔で闘技場に足を向けると、
「お疲れ様です、兄さん」
「レシリア……」
今までどこに潜んでいたのか、どこからともなくレシリアが現れ、当然のように横に並んで歩き始めた。
護衛、ということなのだろうか。
勤勉だなと思いながらも、いつものことと割り切って、闘技場への道を進む。
「しかし意外ですね。兄さんがこんなに真剣にギルドの要請を受けるなんて。すぐに投げ出してどこかに行くかと思いました」
「そうか? 街から一歩も出ずに金がもらえるんだ。過剰な名声を抜きにしたら、俺の理想通りの生活だよ」
俺がそう言うと、レシリアはなぜか呆れたように首を振った。
「兄さんの言葉は信じられません。兄さんは口では安全第一だのと言っていても、自分から危険に突っ込むのが好きな根っからの冒険家だと今までの行動が証明しています」
「人を危ない奴みたいに……」
俺が不満を口にすると、レシリアは「自覚がないんですか?」とでも言いたげな冷え切った視線を返してきた。
そっと視線を下げる。
「……まあ、それはそれとして、だ。前にも説明しただろ。俺がこの仕事を引き受けてるのは、安全だって以外の理由がある」
首を傾げるレシリアに、俺は端的に答えた。
「――スカウト、だよ」
※ ※ ※
「じゃあ、次の人、どうぞー」
ギルド職員の声に誘導されて、ガチガチに緊張した様子の冒険者が前に出てくる。
「よ、よろしくお願いします!」
俺は彼に適当にうなずきながら、〈看破〉を発動する。
そして、〈看破〉で見えたステータスを手元の用紙に書きつけながら、
(素質合計値は十九。能力的には戦士寄りで、ただし精神値が無駄に高いのが理想から外れるか。……うーん、普通だな)
計算したステータスに対して、頭の中で論評をしていた。
――これが、俺がこの仕事を引き受け続けている理由。
マニュアルアーツの指導も、素質の調査も、冒険者相手の仕事だ。
その過程で、有能な冒険者に当たりをつけることが出来るのだ。
それこそプライバシーだのコンプライアンスだのという観点からは褒められたものではないが、悪用するつもりはないので許してほしい。
(誰か将来有望な奴がいれば、と思うんだが、いまいちパッとしないんだよなぁ)
半ユニークキャラであるラッドたちは、ゲーム側の補正もあり、全員が素質合計値が二十一を超えていた。
だが、ランダム生成の通常冒険者では、素質値が二十以上というのは早々いない。
いや、二十一、二十二程度の素質値の冒険者は数人いたのだが、残念ながら全員が高レベル冒険者だった。
(レベルは低い方が効率よく育成出来るし、人間関係も固まってないからスカウトしやすいんだけどなぁ)
そういう意味でも、ラッドたちは好条件だったと言えるだろう。
(とにかく、手が足りないんだよなぁ)
欲しいのは、戦力もだが、協力者もだ。
(……手駒が、欲しい)
この世界は広大で、特に別のエリアに移動しようと思えば平気で数日、場合によっては数週間の時間を吸われる。
だから、ほかのエリアの状況を、俺の代わりに見て情報を集めてくれる人物が欲しいのだ。
まるで俺の影のように、どこにでもついてくるレシリア。
俺の秘密を知る彼女は、確かにこの世界における俺の一番の味方だと言える。
しかし、ではレシリアなら俺の言う通りに動いてくれるか、というと、全くそんなことはない。
例えば、前にレシリアに隣のエリアの情報収集を頼んだところ、
「話は、分かりました。……嫌です」
と、全く躊躇う様子もなく、即座に俺の提案を却下したのだ。
「兄さんと離れるつもりはありません。私は兄さんを、いえ、レクス兄さんの身体を守らなくてはいけませんから」
そんな風にきっぱりと言われたら、俺も何も言いようがなかった。
もちろんレシリアだって「どうしてもそうしなければならない」という状況になれば、俺と別行動だってしてくれる。
ただ、状況に少しでも余裕があるうちは、俺から、というより「レクス」の身体から離れたがらないのだ。
(はー。俺の秘密を詮索しないで、俺の言うことを何でも聞いてくれるような奴が見つからないかなー)
我ながら、最低なことを考えていると思う。
いい加減、夢を見るのはやめて、目の前の仕事を片付けてしまおう。
そう考え、俺がバカな考えを振り払うように首を振った時、
「――リリーです。よろしくお願いします」
涼やかな声が、俺の鼓膜を震わせた。
「え……」
ドクン、と自分の心臓が強く脈を打ったのが分かる。
緊張と怯えの色をはらんだ、どことなく庇護欲を誘う、その声。
(まさか……)
顔を、上げる。
――そこにいたのは、男性の理想の具現のような存在だった。
整っていて、でもどこか親しみを感じさせる優し気な美貌。
背中まで流れるように下ろされた、長く艶やかな髪。
服の上からでもはっきりと分かる、母性を感じさせる大きな胸。
控えめでありながら、凛とした芯を持ったたおやかな立ち姿。
〈看破〉を、するまでもない。
俺はそいつの名前を、素質を、能力を、その全てを克明に覚えていた。
そして、目が合った瞬間。
「――っ!」
そいつは、笑みを浮かべたのだ。
天使のような、悪魔のような、人を深淵に誘うその笑みを。
(ああ……)
初めてだったかもしれない。
この世界に飛ばされたことを、神に感謝したのは。
ゆっくりと、顔を伏せる。
今の俺の顔を、人に見せる訳にはいかない。
だって……。
「――見つけた。最高の、手駒」
今の俺の口元には、昏い、昏い笑みが浮かんでいるに決まっているのだから。
なんか壮大な出だしですが、別に全くそういうこともないので安心してください!
書籍化の時に直したいところとかが結構見つかったので明日はそれやります!
ので、次回更新は明後日!