第六十話 トレジャーハンターへの道への道
思いがけぬ邂逅から始まった剣聖との決闘。
それから、世界規模のイベントである闘技大会を終え、俺たちは元通りの平穏な日々を取り戻した。
……そう、なるはずだったのだが。
「な、なぁ。おっさん。あれって……」
「言うな。分かってるから」
俺たちがいつも通りにギルドの訓練場に向かうと、そこには目をギラギラとさせた冒険者たちが、誰かを待ち構えるように勢ぞろいしていた。
(クソ! ニルヴァの奴!)
〈世界一決定戦〉でのニルヴァの発言によって俺は「世界最強の剣聖を決闘で破り、剣聖に剣技を教えた男」として街中の噂になってしまった。
(適当なこと言いやがって! あいつ、絶対に他人に技を教えるのめんどくさかっただけだろうが!)
最後の瞬間に浮かべた、ニルヴァの邪悪な笑顔を思い出す。
そもそも、あいつは「この剣技は俺から教わった」と言っていたが、とんでもない。
俺が見せたのはただ、「手動でアーツが使用出来る」という事実だけで、その実用については何のヒントも与えていなかった。
しかし、それから数日でニルヴァはマニュアルアーツを自力で発動させられるようになったばかりか、アーツの角度を変えて発動するという発展技に、両手で別のアーツを発動させるという応用技まで披露して見せたのだ。
(アレが本物って訳かよ)
流石は創作世界の天才。
その発想力も技術力も、俺みたいな凡人と比べて図抜けている。
そしてそんな化け物にゲーム知識で下駄を履いて何とかくらいついただけの俺が、決闘に勝った、なんて噂されても困るのだ。
だから俺は、一人で勝手に帰ったニルヴァに代わって、必死になって弁明した。
ニルヴァに勝った、というのは特殊な条件のお遊びのようなもので、実力で勝った訳ではないということをきちんと言ったし、あの剣技についてもきっかけを教えただけだ、と説明した。
「なのに、なんなんだよ、これは……」
訓練場には数えるのも馬鹿らしいくらいの冒険者たちがいて、明らかに何かを探すように待ち構えているのだ。
俺が思い通りにならない現状を嘆いていると、横でいつも通りの表情をしたレシリアが、淡々と告げる。
「中途半端に否定したのが裏目でしたね。あのおかげで、『否定していない部分は事実なのか』と逆に信憑性が出ました」
「……分かってたなら止めろよ」
俺が力なく毒づくと、レシリアは肩をすくめた。
「確かにダメ押しではありましたが、結果は同じだったと思います。それだけ、あの剣聖の技のインパクトは大きかったですから」
つまり、ニルヴァが俺を指さした時にはもう、詰んでいた、ということか。
まったくもって笑えない。
「それより、どうしますか、兄さん? 彼らもじきにこちらに気付くと思いますけど」
「それは……」
もともと、マニュアルアーツについてはギルドを通じて情報公開をすることをすでに決めている。
別に教えるのはやぶさかではないが、これだけの人数に一度に、というのは収拾がつかなくなりそうだし、何より怖い。
俺ははぁ、とため息をつくと、ラッドとレシリアを呼び寄せた。
「仕方ない。予定変更だ」
あの場ではニルヴァの二刀アーツのインパクトが強く、そればかりが注目されていたようだったが、目端の利く者はすでにラッドが使うアーツが普通とは違うことを見抜いているようだった。
だからこそ、いつもラッドやレシリアが剣の鍛錬をしている訓練場が押さえられたと考えると、俺とラッドとレシリアの剣士組は全員あの場に行かない方がいいだろう。
そして俺にはちょうど、前衛だけで攻略可能な「試練」に心当たりがある。
「――特別訓練だ、ラッド。今日はお前を、一人前のトレジャーハンターにしてやる」
※ ※ ※
記憶を辿り、草の根をかき分けて進みながら、俺はラッドに声をかける。
「正直なところ、そろそろお前にも新しい職業を用意してやらなきゃな、とは思ってたんだよ」
ラッドの今の職業は〈ブレイブレオ〉。
特殊な職業である〈ヤングレオ〉が特定の装備を身に着けることで転職出来る特殊職業だ。
比較的序盤に転職出来る職業であるのに、その成長率は四次職相当。
レベルが低い間は実においしいクラスだったが、レベルが三十を越え、素の能力値で四次職の転職条件を満たすようになった今ではそれほどのうまみがない。
いや、全てがほぼ平均的に伸びるバランス型であるせいで、ほかの四次職業に比べて扱いにくいかもしれない。
「バランス型って言えばこれから出てくる〈トレジャーハンター〉も大差ないんだけどな。まあ、〈トレジャーハンター〉は四次職業を前提としたユニーククラスだ。〈ブレイブレオ〉よりは多少ばらけてるし、〈ブレイブレオ〉よりボーナス値も多いからな」
「へぇ……あれ?」
俺の話をうなずきながら聞いていたラッドだったが、そこで首を傾げた。
「だけどおっさんは前に、『レベルが九十九になったらレベルは変わらずに能力値だけ何度でも上げられる』って言ってなかったか? レベル九十九で頑張れば元の遅れを取り戻せるなら、途中はわざと弱い職業で能力値の伸びを押さえてレベルの上がりを速くして、強力な技を先に覚えた方がいいんじゃ……」
なるほど、それは当然の発想だ。
だが、悲しいかな。
それは残念ながら現実的じゃない。
「まず、能力値が十分に伸びてない状況でレベルを上げようって時点で無謀。それに、もし仮に成長値の低い職業で能力値の伸びを少しくらい抑えても必要な経験値量は大して変わらない。それに、何より……」
「何より?」
「レベルが九十九になると、経験値にかかる補正が膨れ上がるんだよ。まあ能力値次第だけど、レベル九十九になってから一レベル分の能力値を上げるのは、少なく見積もってレベル九十八から九十九に上げる時の数倍から十数倍の経験値が必要だと考えていい」
「じゃ、じゃあ……」
心持ち顔色を青くしたラッドに、俺は無情に言い放つ。
「レベルが九十九になってから能力値差を覆すのは、レベル九十九までの時点よりももっと大変だろうな」
「う、うえぇ……」
レベル九十九より先は、あくまでもやり込み要素。
本質的に、既存のゲームプレイをやりやすくするような性質のものではないのだ。
「ま、だからこそ成長値の高いクラスになることが重要、ってことだよ」
顔をしかめるラッドを引っ張って、先に進む。
ゲーム時代にしか訪れたことのない場所なので不安だったが、幸い、目当ての場所はすぐに見つかった。
「……ここだな」
「ここ? 何にもないじゃないか」
ラッドがそう口にするのを尻目に、俺が行き止まりに見える岩肌に手を置くと、壁の幻影は消え去り、そこから通路が姿を現した。
その中は、あからさまに整備された道。
完全な人工物だ。
「……いつも思うけどよ。おっさんはこういう場所、一体どこから見つけてきてるんだ?」
ラッドの質問を肩をすくめてやり過ごすと中に入っていく。
「……そういえば。ここならお前のもう一つの望みも叶うぞ」
「もう一つの望み?」
「ああ……」
俺は姿を現した〈神殿〉を無遠慮に進むと、「最初の試練」と記された道の方に視線を向ける。
その中心の台座にある、今にも動き出しそうな騎士の像に向かって〈看破〉をすると、俺は言った。
「ほら、喜べよ。無限に叩いても壊れない練習相手だぞ」
―――――――
試練の鎧騎士
LV 45
HP --- MP ---
物攻 1 魔攻 0
物防 999 魔防 999
筋力 1 生命 999
魔力 0 精神 999
敏捷 100 集中 100
―――――――





