第五十九話 世界一決定戦
なろう民大好き、皆さんが熱望した闘技大会編がここに開幕……しません!
全キャラ分の戦いとかやってたらそれだけでエタっちゃうからね、しょうがないね
「「「――ニルヴァ! ニルヴァ! ニルヴァ! ニルヴァ!」」」
周り中から唱和されるニルヴァコールで、闘技場が揺れる。
(あいかわらず、すごい人気だな)
闘技場の観客席の隅に腰かけた俺は、その熱気を他人事のように眺めながら、そうひとりごちた。
――〈無敗の剣聖ニルヴァ〉。
闘技の世界に彗星のように現れ、当時のランカーだった闘士を初戦で打ち倒してよりこの方、これまで一度として負けることはなく、常にチャンピオンとして君臨し続けた王者の中の王者。
そして……。
(そんな相手に勝ったなんて、改めて考えると信じられねえよな)
……俺が数日前に決闘をして、勝利を収めた相手でもある。
もちろん相手は「序盤」最強なんて枕詞のつかない本当の「最強」の戦士。
ぶっ壊れ級のステータスを持つ、レベル七十の剣聖だ。
勝てたのは、〈魂の決闘〉で相手の戦力を制限して、〈瞬刃〉という攻撃スキルを発動させて隙を作り、ボスユニーク装備の〈クリムゾンインフェルノロッド〉を犠牲にして倒す、というあらゆる意味で一回限りしか通用しない戦法を使ったからだが、勝利は勝利。
ニルヴァに認められたことで、俺は〈剣聖〉に転職することが出来るようになった。
(ま、そのせいで、ただでさえ興味のなかった闘技大会にますます興味がなくなったんだが)
今目の前で行われているのは、ブレブレ世界で一番の闘技の祭典〈世界一決定戦〉だ。
ラッドたちは俺にも出場するように繰り返し勧めてきたが、〈世界一決定戦〉を勝ち残る一番のメリットは〈剣聖ニルヴァ〉と戦えて、勝つことで〈剣聖〉の職業を得られる、ということ。
思いがけない遭遇で〈剣聖〉の職を手にしてしまった今となっては、出場する意欲が湧かなかった。
とはいえ、仮にも弟子たちとされているラッドたちの晴れ舞台だ。
観客として大会を眺めていたのだが、それももう終わり。
今、決勝戦が終わり、残るは最後のエキシビションマッチ。
大会優勝者とチャンピオンニルヴァの対戦を残すのみとなった。
ちなみにラッドたちの成績はというと、全員が予選を突破。
ニュークとマナの魔法組は残念ながら二回戦負け。
プラナは健闘したものの組み合わせにも恵まれず惜しくも準々決勝で敗退。
そして、最後に残ったラッドは……。
「……兄さん」
不意に隣に座ったレシリアに袖を引かれて顔を上げると、当のラッドがいつの間にか俺の傍にやってきていた。
ラッドはどこか所在なさげに俺を見ていたが、やがてガバッと頭を下げた。
「悪い、師匠! あんなに教わったのに、オレ、負けちまって……」
弱気になっているのか、慣れない師匠呼びまでしていっちょ前に顔を伏せるラッドの背中を、容赦なくバン、と叩く。
「何言ってんだ。誇れ、世界三位だぞ」
……そう。
ブレイブブレイド最後の一人であるラッドは、大会初出場ながら並み居る強豪共を蹴散らし、なんと決勝戦にまでコマを進めたのだ。
残念ながら優勝には一歩及ばず決勝で負けてしまったが、ほんの二ヶ月やそこら前に冒険者になった少年が打ち立てた記録としては十分すぎるだろう。
むしろ、この成績で満足してないというのが怖すぎる。
〈世界一決定戦〉なんて、いかにも頭の悪い名前の大会だが、娯楽の少ないこの世界においては現実世界でのオリンピック以上の権威と話題性がある。
この活躍が広まれば、もはやラッドたちの実力を疑う人間は誰もいなくなるだろう。
「そ、そうですよ! ラッド君は十分頑張ったと思います!」
その気持ちは同じだったのか、マナが力強く励ましの言葉をかけ、
「……私より勝ち残ったくせに、落ち込むとか生意気」
その横のプラナもフォロー(?)の言葉を入れる。
一方で、ニュークだけはラッドをしっかりと見て、冷静な寸評をする。
「傍から見ていても絶対に届かないとは思わなかったから、悔やむのは分かるよ。ただ、やっぱり向こうの方が一枚上手だとは感じた。……次だ。僕らはもっと強くなろう」
一番の相棒の言葉に、ラッドも感じるところがあったんだろう。
「……そう、だよな。もっともっと、強くならねえと」
納得したようにうなずくと、空いていた俺の隣に腰を下ろした。
その視線の先には、まさにラッドを打ち負かした決勝戦の対戦相手〈鉄壁〉の異名を持つセルゲン将軍がいた。
「……まあ、ニュークの言う通り、あいつを相手にするのは今のお前じゃまだ荷が重い」
言いながら、俺は闘技場に立つ将軍を〈看破〉する。
――――――
セルゲン
LV 55
HP 840
MP 180
筋力 350(B+)
生命 350(B+)
魔力 110(C-)
精神 255(B-)
敏捷 145(C)
集中 170(C)
――――――
ぶっ壊れ級の強さを持つニルヴァほどではないが、序盤最強と言われたレクスをレベルでも能力値でもあっさりと抜く高ステータスだ。
将軍なんてのは個人の武勇より戦略に明るい必要があると思うのだが、それはそれ。
RPGの将軍は軍で最強の存在と相場が決まっている。
セルゲンはブレブレでも大規模な戦闘イベントが起こると出現するユニークキャラクターで、プレイヤーと関わることも多かったため、その姿はよく覚えている。
「だけどよ! 能力値だったらオレだってそこまで……」
そう言い募るラッドを〈看破〉する。
――――――
ラッド
LV 32
HP 724
MP 158
筋力 300(B)
生命 315(B)
魔力 111(C-)
精神 241(B-)
敏捷 232(B-)
集中 195(C+)
――――――
実際、ラッドの能力は高い。
今は装備を外しているが、エンチャント装備を盛れば単純な能力値だけならセルゲンを上回るだろう。
しかし、装備の質で言えば完全に負けているし、戦闘経験は言わずもがな。
それに、もう一つ重要な要素がある。
「能力値が同じでも、レベルが違う」
「レベル?」
ラッドが首を傾げる。
それはそうだ。
俺は「レベルに比しての能力値を高くする」ということを最も重視して、そういう風に教えてきた。
その常識からすれば、レベルばかり高くても能力値が同じならば意味がない、と思ってしまうだろう。
「……見ていれば分かる」
百聞は一見に如かず。
俺が視線を闘技場に移すと、ちょうど向かい側の入り口から、セルゲン将軍の対戦相手が姿を現すところだった。
同時に、「うおおおおおおお!」という地鳴りのような歓声が鳴り響き、俺の視界に、数日前に一度だけ会った、しかし忘れようもない存在感を持った剣士が映った。
――――――
ニルヴァ
LV 70
HP 2120
MP 385
筋力 975(SS)
生命 975(SS)
魔力 300(B)
精神 450(A-)
敏捷 825(S+)
集中 525(A+)
――――――
あいかわらず、寒気を覚えるほどのステータス。
セルゲン将軍も強かったが、これはやはり、格が違う。
しかしセルゲン将軍はニルヴァの姿を認めて気圧されるどころか、一層闘志をむき出しにして叫んだ。
「剣聖よ! 貴様の力は認めてはいる! だが、一軍の長として、今日こそは貴様から最強の座を奪い取らせてもらう! カアアアアアアアアア!!」
初老の域に達した人間とは思えない、すさまじい気迫。
そして、気迫だけではない。
「な、なんだよ。あれ……」
思わずラッドが動揺するほどの闘気がセルゲンの身体からあふれ、
「――〈不退転〉!!」
それが可視化されたオーラとなってセルゲンの身体を覆う。
あれが、セルゲンが温存していた、彼の奥の手。
固有キャラだけがレベル上昇によって習得出来る、〈ユニークスキル〉だ。
「レベルによって増えるのは、何も能力値だけじゃない。一部の選ばれた人間や、特定の種族の純血種は、レベルの上昇に従って自分だけのスキルを覚える」
例えば、レクスの覚える使い勝手最悪の攻撃スキル、闇属性スキル〈罪業の十字架〉もその一つだ。
だが、固有技の中で特に評価が高いのは、アーツによって代用可能な攻撃スキルよりもセルゲンが今使ったようなバフスキル。
セルゲンの固有スキル〈不退転〉は一日に一回だけ、たったの一分しか発動出来ないものの、「自分の攻撃力を1.5倍に、防御力を3倍にする」というシンプルかつ強力な効果を持っている。
本来なら勝負にならないはずのステータス差を覆しうるほどのすさまじい効果だ。
「あいつ、オレと戦った時は本気じゃなかったのかよ!」
ラッドが悔しそうに言うが、ゲームでのイベントでもセルゲンは人々を守る盾を自負する軍の人間として、冒険者や闘士たちに後れを取ることがあるのを嘆いていた。
彼は、最初からこの勝負に全てを懸けていたのだろう。
勝負が始まると、まさに不退転の決意で積極的に前に出ていく。
そして、その選択はおそらく正しい。
〈不退転〉のスキル効果は絶大。
だが、逆に言えば、〈不退転〉の効果がなければ、セルゲンがニルヴァを破る芽はもはやほぼないと言っていい。
〈不退転〉の効果中にセルゲンがどれだけニルヴァに迫れるか。
一方のニルヴァは、〈不退転〉の効果が切れるまで、どうやってセルゲンの攻撃を捌くか。
それが勝負の肝になる。
そんな風に誰もが、俺ですらそう考えていた。
だが……。
「きええええええええええええ!!」
叫びながら、セルゲンが気迫の乗った一撃を放つ。
迎え撃つニルヴァが、ゆったりと両手の剣を不規則に動かす。
いや、不規則に、ではない。
おそらく会場にいる人間の中で、俺だけが、それが「横に倒した」アーツの軌跡だと気付いた。
そして、
――〈轟雷撃〉。
――〈乱れ月輪〉。
ほんの、一瞬の出来事だった。
セルゲンが全身全霊を込めた一撃を、今に振り下ろさんと力を込めた瞬間。
すさまじい速度で距離を詰めたニルヴァが、左右の剣を振るった。
――そして、それで終わりだった。
それだけで〈不退転〉で三倍の強度を得ているはずのセルゲンの身体は吹き飛ばされて地面を転がり……。
闘技場の中心に倒れた将軍が、起き上がることは二度となかった。
敗者の姿がリングに溶けるように消え、ニルヴァはそれを分かっていたかのように、静かに剣を鞘に納める。
そうしてニルヴァが審判に目をやると、やっと役目を思い出したその審判が、声を張り上げた。
「しょ、勝者! チャンピオン、ニルヴァ!」
一瞬の静寂。
それから、まるで爆発のような歓声が、闘技場を染め上げた。
「「「――ニルヴァ! ニルヴァ! ニルヴァ! ニルヴァ!」」」
闘技場の不動のチャンピオンが、ふたたび圧倒的な力を見せつけて、勝利をもぎ取った。
一般の観客には、そうとしか見えなかっただろう。
だが、少しでも戦いの心得のある者にとっては、それだけでは収まらない。
「な、なあ。今の……」
「あ、ああ」
湧きあがる歓声の中でも、さざめくような声が、かすかに耳に届く。
何しろ、俺だって驚いているんだ。
何も知らない一般の冒険者なら、それ以上に驚いただろう。
「ま、待ってください!」
それを証明するかのように、試合の実況をしていた解説者が、入り口に戻ろうとするニルヴァを慌てて引き留める。
「ま、まず、見事な勝利、おめでとうございます!」
「研鑽の結果。当然の結末だ」
にべもない返事。
だが、解説者はそれを咎めなかった。
「さ、流石です。ですが、あの、勘違いなら、申し訳ありませんが。先程の、攻撃……」
それから、彼は覚悟を決めたように息を吸うと、一息に尋ねた。
「――わたしには、右手と左手で別のアーツを同時に使ったように見えたのですが」
二つのアーツを同時に扱う、というのは、本来プレイヤーにだけ許された特権。
NPCが行っているのを俺は一度も見たことがなかった。
だが……。
「ああ。その通りだ」
ニルヴァは、あっさりとうなずいた。
そして実際に、それは正しい。
あの瞬間、ニルヴァは左右の手で別々のアーツを発動し、セルゲンの防御を打ち破った。
いや、それだけじゃない。
「そ、それに! あのアーツは、普通のアーツとは発動の角度が違っていました! ど、どうやったら、あんなことが……」
もはや立場も忘れ、興奮したようにニルヴァに詰め寄る解説者。
だがニルヴァは、そんな解説の男を鬱陶しそうに振り払う。
「あの剣技は我が編み出したものではなく、ただ教わっただけだ。尋ねるのならそいつにしろ」
「え、えぇっ!? け、剣聖様に剣を教えた人がいるんですか!? それって……」
その瞬間、なぜだろう。
遠くに立つニルヴァの口元がにやりと意地悪く歪んだのが見えた気がした。
「レ、レシリア! 今すぐこの場を離れ……!」
「我にこの剣技を教えたのは、あの男」
だが、背中を伝った嫌な予感に俺が席を立とうとするより早く、突き出されたニルヴァの指が正確に俺を捉え、
「――世界でただ一人、我を一対一の決闘で破った男だ」
次いでニルヴァの発した爆弾発言に、会場中の人間の視線が、俺に突き刺さったのだった。