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主人公じゃない!  作者: ウスバー
第三部 革命
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第五十二話 仲間とだから出来ること


「あいつが、ここのボス……」


 遠くに見えるおぞましい不死の魔術師の姿に、全員が息をのむ。


 もう俺たちの間に先程のようなうわついた雰囲気はない。

 言い方はあれだが、ここまでの道中は半分お遊びのようなものだった。


 だが、ここからは違う。


 この先にいるのは、〈闇深き十二の遺跡〉のボスであり、やり直せない状況(ノーリセットプレイ)における最大の障害になりえる最凶の敵、〈エルダーリッチ〉。


 たったの一撃でHP全快のキャラすらも殺してしまう、「即死攻撃」の使い手なのだから。



 ※ ※ ※



 ブレブレはキャラロストのあるシビアなゲームだ。

 戦闘で失った仲間は二度と戻らない。


 ただその分、戦闘で仲間が死ぬのはよっぽどの時だけだ。

 俺は初日にいきなり胸をぶち抜かれて死んだが、あんなのは相当に格上と戦わない限りは発生しない。


 HP0が即ゲームオーバーにつながる「主人公」と違い、仲間キャラはHPが0になると〈死亡〉ではなく〈気絶〉する。

 そこでさらにHPのマイナスが一定値を超えると〈死亡〉するが、それまではHP回復手段があれば助けることが可能なのだ。



 ――だが、リッチ系モンスターの使う「即死攻撃」は違う。



 これはダメージではなく肉体に影響する状態異常であり、対策をしていなければどんな状況からでも一瞬で命を落とす危険性がある。


 即死防止の装備は存在はしているが、今の段階ではそろえることは難しく、そもそもつけたところで完璧には防げない。

 即死対策としては溶岩洞で使った〈バリアリング〉で防ぐ手もあるのだが、エルダーリッチの使う即死攻撃はダメージと即死を同時に与えてくるため、今回は使えない。


 しかも、エルダーリッチ自体が遺跡ボスの中でも上位に位置する強敵。

 即死を抜きにしてもまともに戦えば全滅もありえるだろう。

 だが……。



「相手はアンデッドだ。今なら弱点を突けば必ず勝てる」



 だからこそ、こいつは「今」倒さなければならない。


 攻略順があとになれば強くなるのは、ボスも例外じゃない。

 十二の遺跡の攻略が進むほどに残ったボスは強靭になり、弱点は消え、厄介な眷属を呼び出したり強烈な必殺技を繰り出したりするようになる。



 ――強力な敵なのに(・・・)、今戦うんじゃない。

 ――強力な敵だから(・・・)、今倒さなくてはいけないんだ。



 もちろん、そのためのリスクは当然ある。


「作戦は覚えているな? もし、俺の攻撃が通用しなかったら……」

「おっさんを見捨てて逃げろ、ってんだろ。分かってるよ」


 ちっとも分かってなさそうな口調で、ラッドが言う。

 仲間を見捨てるような作戦に不満はあるんだろうが……。


「いいか。これは大事なことだ。俺は自力でも逃げ出せる。その時にお前たちが逃げ遅れていたら、逃げるに逃げられないからな」

「……分かってるさ」


 さっきよりは少しマシな声で、ラッドが返事をする。

 ただ、俺の作戦に不満を持っているのはラッドだけではなかった。


「兄さん。やっぱり、先陣は兄さんよりも私の方が……」


 レシリアが、めずらしく不安を目に宿しながら、そう訴えてくる。

 ただ、俺は首を横に振った。


「ダメだ。お前じゃ魔法防御が足りない」


 固有クラスである〈ニンジャ〉は「敏捷値が高いほど防御力が上がる」というぶっ壊れ特性を持っていて、軽装であっても物理攻撃に対しては強い。

 ただその分、魔法に対しては補正が利かず、攻撃の回避も難しいため、リッチのような魔法タイプの相手は苦手だ。


「ですが、それでも兄さんより……!」

「それに、俺はリッチとなら戦ったことはある。ある程度攻撃パターンを予測出来る分、俺の方が適任だ」

「それは……」


 これには反論出来なかったようで、レシリアはうつむいて黙り込んだ。


「……大丈夫だ」


 深刻になった空気をほぐすように、俺はレシリアに声をかける。


「確かに、あいつは俺一人じゃどう足掻いても太刀打ち出来ないような強敵だ。この中で一番攻撃力のあるレシリアだって、歯が立たないだろう。……だけど、な。俺たちは、一人じゃない」


 目を細め、俺はこんな自分についてきてくれた酔狂な五人を振り返る。


「俺とレシリア。ラッドにニューク。それからプラナにマナ。ここにいる誰一人が欠けても、きっとあいつは倒せない。いや、全員がそろっていても、息を合わせられなければ勝ち目はない。だがもし、俺たち六人が力を合わせれば……」


 俺は意識して獰猛な笑みを形作り、



「――あんな雑魚は、もう敵じゃない」



 この世界で俺にしか言えないような、大言壮語をぶちまけた。

 しばしの間、呆気に取られたような沈黙が続いて、


「……ふふっ」


 まず最初に笑ったのは、プラナだった。


「それでこそ、レクスらしい。私は、レクスを信じる」


 プラナがいつも通りに楽しげにそう口にすれば、


「へっ。まったく、おっさんは無茶ばっかり言うから困るぜ」


 それを契機にしたように、強張った顔をしていたラッドも笑う。

 ここに至って、ようやく頑固な妹も折れた。


「……分かりました。その代わり、絶対に無事でいてください。怪我をしたら、怒りますからね」

「任せとけよ」


 俺は軽くそう言い放って、前に進み出る。

 言わずとも分かる、ラッドたちからの信頼を背負って、ボスに向き直った。


 もはやラッドたちの中に、怖気づいている者はいない。

 今はこの場にいる誰もが、俺たちの勝利を信じてくれているだろう。


 だが……。


(クソ! 膝が震えてやがる!)


 肝心の俺が、そうではないことに。

 踏み出した足に力が入らないことに、俺だけが気付いていた。


 だけど、そりゃそうだろう。


 いくらステータスが強くなっても、中身は一般人だ。

 切った張ったの世界に自分で飛び込んだラッドたちとは、資質も心構えも違う。

 一発で自分を殺しかねない敵に突っ込んでいくなんて、怖くないはずがない。


 思えばここまでの道中、自分でも妙に思うほどはしゃいでレシリアと一緒に雑魚を倒しまくっていたのは、無意識のうちにこのボス戦へのプレッシャーを忘れようとしていたのかもしれない。


 ――ラッドたちには一つだけ、言っていないことがある。


 レシリアには「攻撃パターンが」などと言ったが、初手については考える必要はない。

〈エルダーリッチ〉は戦闘の最初には必ずあいさつ代わりに自身の最凶の魔法を、〈ソウルリープ〉という即死効果のついた攻撃魔法を放ってくる。


 つまり……。



(そいつを何とか捌かないと、俺は死ぬかもしれない、って訳だ)



〈ソウルリープ〉の即死確率は三十パーセント。

 七割は大丈夫と見るか、三割も死ぬ可能性があると見るか。


 少なくとも自分の命が懸かっていると考えると、三割というのはとても楽観は出来ない。


(あークソ! こんなはずじゃなかったんだがなぁ!)


 この世界に来てドゥームデーモンと戦った時に、もう命懸けの戦いなんてしないと、後ろでふんぞり返ってればいいようなポジションに収まると、自分で決めたはずだった。


 なのに気付けばこうやって最前線と言えるような場所に来て、貧乏くじにしか見えないような役目を自分からやっている。


(だけど、仕方ない。仕方ないんだ)


 こいつからもらえるアイテムは絶対に必要だし、この役目は他人に任せるには重すぎる。

 それに……。


「レクスさん! わたし、レクスさんならやれるって、信じてますから!」


 マナの声援に、親指だけを立てて返す。

 エルダーリッチの感知範囲ギリギリに立って、右手に片手持ちした剣を振り回した。



「――〈神速破天衝〉!」



 開戦の狼煙とするのは、数あるアーツの中でも高い移動適性を持つ上位アーツ。

 レシリアですらまだ習得していないこのアーツは、本命の一撃の前の予備動作が多すぎて実用的ではないが、その速度補正は非常に高い。


 経験したことのないほどの速度で、風を切って進む。

 非現実的なまでの速度の中で、俺に気付いたエルダーリッチが真っ赤に燃える杖を向けたのが見えた。


(――〈疾風剣〉!)



 向けられた赤い杖の先に、致命的な魔力が集まっていくのが分かる。

 分かってしまう。


 怖くない、と言えば嘘になる。

 だけどな!



(――俺にだって、かっこつけたい時くらいあるんだよ!)



 声なき叫びと共に、最後の一撃を振り抜く。

 横に薙いだ一撃はリッチの前で虚しく空を切り、ほくそ笑むように、リッチが呪文を紡ぐ。



「〈ソウル・リ――」



 だが、その呪文が完成するより、俺が動く方が、一瞬だけ速い。



「――くらえ!」



 俺が狙っていたのは最初から、アーツでの攻撃じゃない。

 握り込んだ左手をリッチに向けて振り抜くと、その手から光る粉が舞い散る。



 ――対アンデッド専用妨害アイテム〈聖灰〉。



〈不死なる者の迷い路〉の無限湧きスケルトンのために用意したアンデッド対策が、ここで活きる。


「ギャアアアアア!!」


 聖なる粉を浴びたエルダーリッチは、胸が悪くなるような悲鳴をあげて呪文を中断した。

 だが、聖灰による行動阻害の効果は、ほんの一瞬だけ。

 対して、聖灰は投げる前に人の魔力をなじませる必要があるため、連続で使用は出来ない。


 すぐに憎悪にまみれた赤い目が俺をにらみつけ、ふたたび俺に対して魔法を唱えようとするが、


「効いたぞ! 来い!」


 その時には俺は、全力でそう叫んでいた。

 あとは、あいつらが駆けつけるまで何とか時間を稼げばいい、そう思った矢先だった。


「――兄さん!」


 俺の隣に見慣れた碧の髪が並んだ。


(――こいつ!)


 レシリアの到着が、想定より早い。

 ゲームでは聖灰で問題なく怯ませられていたが、いつも確実にゲーム通りに事が進むとは限らない。


(だから、聖灰が効くかを確かめるまで、入り口で待機してろって言ったのに、こいつは!)


 聖灰の効力があるのかを確かめる前に、こっちに飛び出してきていたのだろう。

 作戦無視を咎めたい気持ちはあったが、今は正直ありがたい。


 俺に向かって杖を向け、もう一度呪文を唱えようとするエルダーリッチにレシリアが手の平を向ける。


「ギャアアアアア!!」


 そこから放たれたのも、当然聖灰。

 エルダーリッチはふたたびのけぞり、


「ていっ!」


 そこに音もなく近寄っていたプラナが、無造作に聖灰を投げつける。


「どりゃあ!」


 さらにブレイブソードを手にしたラッドが、


「これでっ!」


 息を切らせたニュークが各々駆けつけ、それぞれが聖灰をリッチに投げつけた。

 そして、最後にやってきたのが……。



「マナ、頼んだ!」

「はい!」



 アンデッドに対して誰よりも強いことを証明した、ヒーラーのマナ。

 不死者の代表とも言えるようなエルダーリッチに対して彼女が唱えるのは当然、聖職者クラスが何よりも得意とする聖属性の攻撃魔法……ではなく、



「――〈リジェネレーション〉!」



 彼女の本職である回復魔法!


「ガアアアアアアアアアアアアア!」


 癒やしの光を受けたリッチが苦しみに身をよじる。


 アンデッドは闇属性の攻撃で回復する代わりに、回復魔法でダメージを受ける性質がある。

 そして、リジェネレーションはHPの割合に対して回復効果が決まる、継続回復魔法。


 本来なら手の届かない強敵であるエルダーリッチに対しても、強い効果が望める!

 憎しみに歪んだ目が、今度はマナを捉えるが、


「〈ソウルーー」

「させるかよ! くらえ!」


 その時は、もうすでに聖灰の準備が整っている。

 俺の放った聖灰は三度リッチの行動を阻み、


「ふっ!」


 レシリアが、


「ていっ!」


 プラナが、


「どりゃあ!」


 ラッドが、


「これでっ!」


 ニュークが、


「えいっ!」


 そして手の空いたマナが聖灰を次々に投げつけ、エルダーリッチに行動の暇を与えない。


 そうして……。




「ネクロ――」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」




「デス・タッ――」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」




「アビス・ゲ――」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」




「ダークネ――」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」




「ブラック――」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」




「ムーン――」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」




「ソウ――」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」




「ダ――」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」



「…………」


「くらえ!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「どりゃあ!」

「これでっ!」

「えいっ!」




…………




…………




…………




…………




………




………




……




 息もつかせぬ連続聖灰投げによって、俺たちはエルダーリッチを完封。

 最凶のボスは一度も魔法を使えないまま、〈リジェネレーション〉の継続ダメージによって消滅していったのだった。

チームワークの勝利!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ハメ殺しじゃないか!? [一言] 最期、倒した線香台みたいに灰だらけになったエルダーリッチの姿を想像するだけで泣けてくるわ。
[良い点] 七割の生存に賭けるのかと思いきやw 「俺たち六人が力を合わせれば」ってそういう……。 >チームワークの勝利!! じゃないよ! w
[良い点] 素晴らしいチームワーク、仲間との絆が生んだ勝利ですね(棒)(´・ω・`) ハメ技が決まりすぎててここまでで一番ゲーム的な攻略に見えるけれど、やってる当人達はパニックホラー級の恐慌寸前の緊張…
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