第四十九話 次なるステージへ
「始めます! グラビティ!」
掛け声と同時に、ニュークが従騎士に向かって魔法を唱える。
従騎士は全ての遠距離攻撃を無効化する。
当然それは攻撃魔法も例外ではないが、一部の妨害効果を持つ魔法は効果を発揮するものもある。
ニュークの使った〈グラビティ〉は、魔法使い系職業の第四次職〈アークメイジ〉が習得する魔法。
使った相手の移動速度を低下させ、移動系スキルなどを封じる〈重り〉の状態異常を与えるめずらしい魔法だ。
重りをつけられた従騎士は明らかに動きが鈍るが、攻撃を受けたと判断した従騎士のターゲットはデコイからニュークに移った。
「任せろ!」
そこで飛び出したのは、ラッドだ。
剣と一緒にこのために用意したでかい盾を構えて前に出る。
その瞬間に、
「シールドアップ!」
その背後から、マナが強化魔法をラッドにかける。
燐光がラッドを覆うと同時に、ラッドの前までやってきた従騎士がその巨大な剣を振り下ろす。
「ここだ!」
だが、ラッドは動じない。
気合の声と共に斬撃を左手に持った盾で〈ガード〉する。
〈ガード〉は〈パリィ〉と同じく、利き手でない方の装備に魔力をまとわせて発動する特殊アクションだ。
ゲーム的に言えばどちらも特殊アクションボタンを押すことで発動するのは同様だが、盾を構えたままボタン長押しをすれば〈ガード〉に、ボタンをちょい押ししながら盾を動かすと〈パリィ〉となる。
タイミングがシビアだが一発逆転を狙える〈パリィ〉と、安定性はあるが効果が低めの〈ガード〉。
ただ、〈ガード〉であってもタイミングがピッタリと合えば相手をわずかながら硬直させられる。
うまく攻撃を合わせられた従騎士が思わずよろめいたところに、駆け込むのは金髪の少女。
「ふっ!」
息を吐きながら槍を突き出すのは、プラナだ。
遠距離攻撃が効かない従騎士に対して、プラナは弓を捨てて槍を取った。
武器ダメージは基本的には「筋力」によって補正を受けるが、武器種によってはほかの能力値の影響も受ける。
その中でも槍は弓と同様、器用さ、つまりは「集中」の補正を強く持つ武器だ。
スナイパーとして鳴らしたプラナの正確無比な一撃が、従騎士の鎧の隙間に通る。
「――ッ!!」
鎧騎士が声なき苦悶に身をよじり、当然その隙を逃すラッドたちではない。
「――〈紅蓮覇撃〉!」
鎧の上からでも関係ないとラッドが畳みかければ、プラナも負けじと槍を突き込む。
それでも従騎士が最後の矜持を見せて剣を振り上げた時、
「―――ッ」
「彼女」の準備が、整った。
「――〈スティンガー〉」
静かなその声が響くと共に、従騎士の背中を凶刃が貫く。
鎧の騎士は、最後に自分の胸を突き抜ける刃を不思議そうに眺めると、そのまま崩れ落ちて消えていった。
その背後に立っていたのは、レシリアだ。
崩れ落ちた従騎士を無感動に眺めると、ふっと空気に紛れるようにその存在感を消す。
(仮にもボスの取り巻きの従騎士がこんなに簡単に、なぁ)
一週間で増えまくった従騎士は、ラッドたちによって一度は一掃された。
ただ、本体の〈哀惜の騎士〉とデコイさえ残っていれば、従騎士は無限に湧き続ける。
百数十体の従騎士を倒してグロッキーになっていたラッドたちだったが、一晩寝たらすぐに復活。
どうせならレベル三十になるまで倒しまくろう、と言い出して、今は無限稼ぎの「おかわり」をしているところだ。
最初は苦戦して、戦線が崩れかかることもあった従騎士戦も、能力値も上がってパターンも確立された今となってはもはやカモ。
数十秒に一匹のペースでどんどんと処理していき、ついに……。
「や、やりました! レベルアップ、です!」
最後の一人だったマナがそう口にしたことで、全員がレベル三十を達成した。
ワッとラッドたちが歓声をあげる。
「おっさん、やったぜ! これでもうオレたち、一人前の冒険者だよな!」
そうして心の底から嬉しそうに駆け寄ってくるラッドたちを見て、俺は震えていた。
その震えはもちろん、自分の指導が実を結んだ感動によるもの……ではなく、
―――――――
ラッド
LV 30
HP 684 MP 150
筋力 284 生命 297
魔力 105 精神 227
敏捷 218 集中 183
―――――――
(なんだこいつら、強すぎるだろ!)
あまりに速すぎるラッドたちの成長に、身体の震えが止められなかったのだ。
一番怖いのは、ラッドたちはまだレベル三十だということ。
レベル三十四のヴェルテランよりも、まだ四つ下。
俺と比べると、レベルは二十も下のはずなのだ。
なのに、ステータスは……。
―――――――
レクス
LV 50
HP 530 MP 265
筋力 200 生命 200
魔力 200 精神 200
敏捷 200 集中 200
―――――――
もはや俺が勝っているところがほとんどない!
(一人前、どころの話じゃねえぞ!)
ラッドが意図的に抑えている「魔力」や「集中」では勝っているものの、「敏捷」「精神」共にわずかながら上回られて、戦士として重要な「筋力」「生命」の値に至っては百に近い水を開けられる始末。
単純化して言えば、物理攻撃力と物理防御力で1.5倍に近い差が出るということ。
殴り合いをしたら確実に負ける、どころか勝負にならないと断言出来るほど、絶望的な差だ。
そして、むしろタンク兼アタッカーを目指しているラッドはこの中ではバランス型で、攻撃力に関しては控えめな能力値だという事実がさらなる絶望を呼ぶ。
―――――――
ニューク
LV 30
HP 456 MP 393
筋力 96 生命 183
魔力 348 精神 186
敏捷 199 集中 225
―――――――
―――――――
プラナ
LV 30
HP 390 MP 169
筋力 248 生命 150
魔力 124 精神 124
敏捷 248 集中 388
―――――――
―――――――
マナ
LV 30
HP 408 MP 347
筋力 96 生命 159
魔力 302 精神 406
敏捷 153 集中 223
―――――――
後衛陣はある程度攻撃にステータスを偏らせられるため、それぞれの得意能力がやばいことになっている。
ニュークもプラナも得意能力が三百のラインを軽々と超え、マナに至ってはついに「精神」が四百の大台に乗った。
(くそ、エグすぎだろこの差は!)
何でもマナはあまりにもギルドの祈祷室に入り浸っているせいで、〈祈りの小聖女〉とかいう厨二感満載の二つ名をつけられているとか何とか。
ゲームでも主人公は戦闘スタイルに応じた二つ名で呼ばれるシステムがあったし、この世界の住人の二つ名好きは原作再現なのかもしれない。
――〈孤高の冒険者レクス〉は序盤にて最強。
そんな定説を打ち砕く存在が、まさかこんなに早く出てきてしまうとは。
あの救世の女神の〈はじまりの言葉〉からまだ二ヶ月しか経っていない。
ゲーム基準で考えても、ゲーム開始から二ヶ月でレクス越えというペースは早すぎる。
(いや、どう考えても俺が原因なんだが……)
無限稼ぎすることにばかり頭がいって、その結果がどうなるかはあまり考えていなかった。
「おっさん?」
俺のところにまで駆け寄ったラッドが不思議そうな顔をしているのを見て、俺は慌てて平静を取り繕った。
(……大丈夫、大丈夫だ)
ラッドたちの強さの秘密は「成長補正アップ装備による素質の底上げ」と「優れた能力による職業の先取り」にある。
その最大の欠点は「成長補正装備を装備しなければいけないため、装備の強さがキャラの強さに追いつかない」という点にある。
一方で、成長が絶望的な俺は装備の成長補正に気を使わなくてもいい分、実戦で能力値差を覆す余地は十分にある。
それに、俺は〈試練〉による変身をまだ一回残している。
まだ慌てるような時間じゃない。
「よ、よくやったな」
胸の内に吹き荒れる想いに蓋をしながら、俺は笑みを作ってラッドたちを迎えた。
それでようやく安心したのか、ラッドたちにも笑顔が戻る。
「だ、だろ? まあ、その……。ここまで強くなれたのは、おっさんのおかげだからな。なんつうか、その、感謝はしてるよ。ありがとう」
「あ、ああ」
めずらしくラッドが素直なデレを見せ、
「わたしも! あなたがいなかったら、絶対ここまで強くなれなかったと思います! ありがとうございました!」
マナがキラキラした目で頭を下げてくる。
ここまで正面から感謝をされると、俺としてもあまり腐ってはいられない。
(少し、落ち着こう)
ラッドたちを鍛えることも、その結果として一時的に、そう、あくまで一時的に俺よりもずっと強くなることも、すでに織り込み済みだったはずだ。
ちょっと不意打ち気味にステータスを見て動揺してしまったが、こうなると分かっていても俺は同じことをしただろう。
――むしろ、これでやっと俺がやりたかったことが出来る。
そもそもラッドたちを育てようと決めたのは、今のレクスの力では攻略出来ないダンジョンや、手に入れられないレアアイテムを手に入れるためだ。
そういう意味では、今やっと準備が整ったと言える。
「そろそろ本気で、お前たちの力を借りるとするか」
今度こそ、虚勢ではない笑みを浮かべて俺が言うと、ラッドたちは嫌な顔をするどころか目を輝かせて俺の言葉を待っていた。
(ほんと、お前たちは俺には出来過ぎた奴らだよ)
ラッドたちの善意に付け込むことに罪悪感を覚えないでもないが、それでも遠慮はしない。
それだけの見返りを用意したという自負があるし、それが世界を救うことにもつながるという自信があるからだ。
「――明日から、〈闇深き十二の遺跡〉に潜るぞ」
さぁ、いよいよ本格的な攻略の始まりだ!