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主人公じゃない!  作者: ウスバー
第一部 死の運命
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第四話 舞い降りる運命


「やった! リクシアの町が見えたぞ!」

「わたしたち、助かったのね!」

「早く、アースの街のことを知らせないと!」


 そう言ってはしゃぎ、町に向かって駆け出す彼らを、俺はどこか醒めた目で見ていた。

 このあと何が起きるかは、もう知って(・・・)いる。


 ネットで攻略を調べた限りでは、この「燃える町」イベントではパーティの誰かが必ず死ぬ。

 それは、絶対に避けられない。


 だから俺は、「選んだ」のだ。


 東に向かう道を……。

 彼らを犠牲にする道を……。


「ダメだ! あまり先行しすぎたら……」


 そんな先輩冒険者の声も、浮かれた彼らの耳には届かない。

 そしてその機を見計らったように、彼らにとっての死神が舞い降りる。


「っ! 逃げろ! ガーゴイルだ!」


 降り注ぐは、漆黒の翼人。

 ガーゴイル自体は中堅程度の魔物で、初心者冒険者ならともかく、最初から熟練の冒険者であるレクスの能力であれば、一対一で後れをとるような相手じゃない。


 それでも彼らとの距離が離れている中、自分に襲いかかるガーゴイルを倒して救助に向かうには、少なくない時間がかかる。


 そしてそれは、「彼ら」の運命を決めるには、あまりにも十分すぎる時間だった。


「や、やめろ! オレは、勇者に……」

「助けて! 死にたく……」

「い、痛い! おかあさ……」


 新米冒険者たちの悲鳴が、次々に鼓膜を揺らす。

 俺はそれを無感動に聞き流しながら、ただ彼らが斃れるのを見ていた。


「間に合わなかった、のか」


 そして、レクスが自分の周りにいたガーゴイルを全て切り捨てる頃には、一緒にパーティを組んだ三人の駆け出し冒険者は、物言わぬ骸に変わっていた。


 パーティに残ったのは、たったの二人だけ。

 物悲しいBGMが流れる中、悔恨の言葉と共に俺たちは数分前までは仲間だった亡骸を弔い、レクスと二人(・・・・・・)でリクシアの町に入る。


「……ほんと、後味の悪いイベントだったな」


 はそうつぶやくと、町の中でセーブをして、ゲームの電源を切った。




 ※ ※ ※



「……クッソ」


 嫌なことを思い出してしまった。


 俺はブレイブ&ブレイド初回プレイの時、主人公の出自として一番上にあった《冒険者に憧れる都会の少年》を選び、初回は東のリクシアまで逃走。

 そこで仲間たちが全員死んで、唖然とした。


 その後、やり直して北に行ってレクスが死んだのを見て二度驚いたり、ネットで攻略情報を漁ったりして、結果、レクスを生かして冒険をスムーズに進めるために東に向かい、ふたたび仲間が死んでいくイベントを見たのだ。

 ここで東に、リクシアの町に進めばここでも同じことが起こるだろう。


 かといって、北に進んで俺が死ぬなんて未来は、当然ながら許容出来ない。

 だから……。


「東だ! ただ、リクシアの町はダメだ!」


 東か、北か。

 その答えを待っていたラッドたちの顔に、困惑が浮かぶのが分かる。


 それでも俺はその戸惑いを振り切るように強い口調で、はっきりと告げた。



「――洞窟に、戻るぞ」



 どちらを選んでも犠牲が生まれるってんなら、俺は第三の道を行く!



 ※ ※ ※



「おっさん! こんな洞窟に逃げてどうするってんだよ! 入り口を塞がれたらもう逃げ場が……」

「大丈夫だ。この洞窟には出口が二つある」


 後ろを走るラッドの声にそう返しながら、俺は目的地に向かって走る。


 これは、賭けだ。

 うまくいかなければ、それこそラッドの言う最悪の事態になりかねない。

 だが、もし成功すれば……。


「……あった」


 そこは、一見何の変哲もない洞窟の壁だ。

 ただ、三メートルほどの高さの壁面が不自然に出っ張って盛り上がっているのが見える。

 下からではその上がどうなっているかは見えない……が。


(登れる……か?)


 新人パーティの視線を背中に感じながら、俺は洞窟の壁をじっと観察する。


 幸い、洞窟の壁は「ノ」の字を描くような緩やかな傾斜がある。

 今の身体能力なら、足をかける場所さえ気を付ければいけそうだ。

 それに……。


「っと!」


 手に持った剣を壁に向けて突き出すと、ガツ、と堅い感触がしたものの、剣はわずかに壁面に突き刺さった。

 ゲームでは壁に攻撃しても弾かれるばかりで何も起こらなかったが、ここでは少し違うらしい。


(……よし!)


 俺は心の中で気合を入れると、少しだけ壁から距離を取り、右手に持った剣を逆手に握りなおす。


 ……日本から試しの洞窟に飛ばされ、「これ」を見た時から密かに考えていたことがあった。


 ゲームにおいては事前に設定された行動以外は取れない。

 どんなに怪しい本があっても「読む」コマンドが出ていなければその中身を確かめることは出来ないし、このくらい登れるだろーという木があっても木に登れるという設定がされていなければ登ることは出来ない。


 それは当然のことだ。

 ただ、それが現実になったら?


「ふっ」


 小さく息を吐き出し、俺は軽く助走をつけると飛び上がり、洞窟の壁を駆け上がる。


「こ、のっ!」


 もう限界、というところで逆手に持った剣を壁に突き刺し、それを手掛かりにさらに身体を持ち上げる。

 そして、


「届い、た!」


 何とか出っ張りに左手をひっかけ、そのまま身体を持ち上げていく。

 ようやく平らな地面に両足をつけ、ホッと息をつく。


 壁面にあった出っ張り。

 その上には、俺がにらんだ通りの足場があり、その近くには丸めて置かれた縄梯子があった。


(思った通りだったな)


 ダンジョン〈試しの洞窟〉は別の上級ダンジョン、〈翼竜の散歩道〉とつながっていて、〈翼竜の散歩道〉を一番奥まで攻略するとショートカットが開通、自由に行き来が出来るようになる。

 ……ただ、それは「ゲームでの話」だ。


 ショートカットの開通は「足元にある縄梯子を地面に下ろす」という実にゲーム的なもの。

 その程度の高さなら縄梯子なしでも登れるのではないかと考えた俺は、ぶっつけ本番でそれを試してみた、という訳だ。


「こっちだ。登ってこい」


 縄梯子を下ろし、新人パーティたちを手招きする。

 気絶したレシリアを抱えて縄梯子を登るのは流石に骨が折れたが、何とか全員で出っ張りの上まで移動することが出来た。


「こ、こんな道が、あったなんて……」


 驚いて目を丸くする僧侶のマナを横目で見ながら、俺は周囲を警戒する。


 このショートカットは、〈試しの洞窟〉の入り口付近、〈翼竜の散歩道〉の入り口部分、〈翼竜の散歩道〉の最深部、の三点をつなぐものだ。

 ショートカット内にはモンスターはいないはずだが、〈翼竜の散歩道〉の攻略推奨レベルは三十。

 魔物と遭遇すれば、新人パーティはもちろん、俺でも苦戦する可能性は高い。


「あまり油断するな。ここから先はワイバーンの巣だ」

「ワ、ワイバ……!」


 魔導士のニュークが大声を出そうとして、慌てて手で口を押さえる


「さ、さっさと抜けようぜ!」


 あれほど生意気な態度を見せていたラッドも、ワイバーンは恐ろしいのか、青い顔をしている。

 心配しなくても、こんな狭い道にワイバーンは来ないのだが、〈翼竜の散歩道〉にはワイバーンの子供も出現する。

 警戒心は持っておいた方がいいだろう。


「……こっちだ」


 新人四人を先導して、息を殺しながら先に進む。

 腕にはレシリアを抱えたままだが、鍛えられた「レクス」の腕力なら、特に気にはならない。

 後ろの四人も特に不満を口にすることもなく、ワイバーンの名前が効いたのか、あのラッドすら神妙に剣を構えて静かに歩いている。


(さて、今のうちに……)


 無言で歩いている間に、俺はあらためて自分の装備を確認する。


(見たところじゃ、ゲームでのレクスの初期装備と同じか。だけど正直……しょぼいな)


 もちろん駆け出しの冒険者であるラッドたちよりは高額の装備を使ってはいるが、レベル五十の冒険者というには、どうにも物足りない。

 唯一武器である〈ブレイブソード〉はユニーク品でそこそこの性能を持っているが、あくまでそこそこでしかない。


(問題は、消費アイテムだよな)


 この世界の人間は、左手に〈インベントリ〉と呼ばれる収納領域を持つ。

 意識を左手に集中すると、頭の中にインベントリに入っているアイテムが一覧として浮かび上がってくる。


(やっぱり、か)


 さっきガーゴイルにやられたレシリアに使った分で回復アイテムは最後だったらしい。

 一流の冒険者という設定のはずなのに、回復アイテムもろくに携帯していないのは怠慢じゃないだろうか。

 いや、ゲーム進行上の都合だと分かっちゃいるが。


「出口はこっちだ……が、少し待ってろ」

「お、おっさん!?」


 後ろからの声を聞かなかったことにしてレシリアを岩陰に下ろすと、念のため剣を構えて〈翼竜の散歩道〉の最深部に続く道を進む。


 何も、魔物と戦おうと言うんじゃない。

 せっかくなので、少し寄っておきたい場所があるだけだ。


(ゲームと同じなら確かこの辺りに……)


 魔力を眼に集中させ、〈スカウト〉の技能〈盗賊の眼〉を発動する。

 すると世界がモノクロになり、当たりをつけていた場所だけが薄っすらと青く光る。


「これか」


 俺は手にしていた武器をその場に下ろすと、光っている場所に駆け寄って、そこに左手をかざした。

 すると、その場所から左手に向けて、光が吸い込まれていく。


 ゲームと同じなら、これで「採取」は完了。

 左手の〈インベントリ〉に採取したアイテムが収納されたはずだ。

 と、そこで。


「こんな時に何やってんだよ、おっさん!」


 洞窟に、抑えられた叫びが響く。

 追いかけてきたらしいラッドに、眉をしかめた。


「見ての通りの、採取だよ。それと、足元も気を付けろ。その水、毒だぞ」

「ど、毒っ!?」


 泡を食って水場から逃げ出したラッドだったが、すぐに噛みついてきた。


「こ、こんな時に、そんなもん集めてどうするつもりなんだよ!」

「こんな時だからだ。この〈秘境の汽水〉は人体には有害だが、摂取すると一時的にあらゆる能力が上がる。戦いでは役に立つはずだ」

「で、でも、毒、なんだろ?」

「心配するな。こっちの〈還癒の幻粉〉が、〈秘境の汽水〉のデメリットを打ち消してくれる」


 俺の自信ありげな態度に、それでもラッドは細い声で反論する。


「だ、だけど、そんな話、聞いたこと……」

「そりゃ、貴重なアイテムだからな」


 採取してから七日で揮発してしまうものの、錬金術の材料としても強化アイテムとしても有用な〈秘境の汽水〉。

 数ヶ月に一度しか取れないが、最高クラスの回復アイテムで非常に高値で売れる〈還癒の幻粉〉。

 可能ならアイテムとして使うよりも、金策に回した方が有用だろう。


「ただ、今は非常事態だ。備えはしておかないとな」


 さっきと同じ要領で、ラッドの足元を流れる小さな湧き水から、〈秘境の汽水〉を採取する。


「……敵地で武器を手放すなよ、おっさん」


 顔を上げると、俺が落とした武器をラッドが拾って突き出していた。

 どうにも不器用だが、こいつなりに、歩み寄ってきたということなのかもしれない。


「助かる」


 と言って、ラッドの差し出したブレイブソードを受け取る。


 ただ、俺に剣を渡しても、ラッドの視線は俺の剣から離れなかった。

 そして、その視線が自分の腰と往復しているのに気付いた俺は、ピンと来た。


「羨ましいのか、この剣が」

「なっ! べ、別にそんなんじゃねえよ!」


 図星を突かれたのか動揺するラッドの素直な反応に、俺は張りつめていた気持ちが少し緩くなった気がした。


「そうだな。もし俺が死んだら、この剣はお前にやるよ」

「縁起でもねえこと言うなよ! 要らねえよ、こんなもん!」


 なんてことを言うラッドだが、ゲームのイベントでレクスが死んだ場合、プレイヤーがブレイブソードを受け取る流れになっていた。

 今の新人パーティ内で主人公の立ち位置に当たるのはラッドだろうから、あながちない話でもないのだが……。


「冗談だ。戻るぞ」


 そんな未来は訪れない。

 いや、訪れさせない。


 俺は決意を新たにしながら、ラッドと二人、来た道を戻った。



 ※ ※ ※



 幸いにも、特に魔物に遭うこともなく、俺たちは無事に〈翼竜の散歩道〉を抜けた。

 翼竜の散歩道から次の街まではそう遠くない。


 しばらく歩くと、ほどなく俺たちの視界に街の門が見えてきた。


「やった! 街が見えたぞ!」


 魔導士のニュークが、思わずといったように声をあげる。


「早く、アースの街のことを知らせないと!」


 めずらしく気を逸らせた様子のアーチャーのプラナが、そう言って駆け出そうとする。

 だが……。



「――どうやら、そう簡単にはいかないみたいだな」



 俺たちに向かって、一直線に飛来する影があった。

 それは、ゲームではリクシアの町に着く直前に飛来したガーゴイルの群れ……ではない。


「あ、あれは……?」


 飛んできたのは、たった一匹のモンスター。



―――――――

ドゥームデーモン


LV 60

HP 2278 MP 356

物攻 379 魔攻 311

物防 426 魔防 362


筋力 356 生命 370

魔力 242 精神 306

敏捷 228 集中 242

―――――――



「まったく。勘弁してくれよな」


 看破によって明かされたステータスを見つめながら、震える声で精一杯の悪態をつく。



 ――「レクス」に死を運ぶ運命の悪魔が今、舞い降りた。




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ちょっとした記入ミスで、登場人物も、世界観も、ゲームシステムも、それどころかジャンルすら分からないゲームのキャラに転生してしまったら……?
ミリしら転生ゲーマー」始まります!!




書籍三巻発売中!
三巻
メイジさん作画のコミックス四巻も発売されています!


「主人公じゃない!」漫画版は今ならここでちょっと読めます
ニコニコ静画」「コミックウォーカー
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― 新着の感想 ―
アンチでも批判でも無いんやけど主人公がこんなうるさかったらプレイヤー感情移入出来んくない?笑
[良い点] 言われてみると実際どうやったんだろうw >気絶したレシリアを抱えて縄梯子を登るのは流石に骨が折れたが
[良い点] うぉぉぉ! ここで「猫耳猫」節キタぁ!!
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