第四十五話 不死なる者の迷い路
あしたっていまさッ!
新たに発見した洞窟に足を踏み入れ、数歩を行ったところで、ラッドが振り返って尋ねてきた。
「そういえば、新しく見つけたダンジョンって名前まだないんだよな。どうせだったら、ちゃんと名前が決まるまで、『ラッド大墳墓』とか適当に……」
「〈不死なる者の迷い路〉だ」
おかしな名前をつけられても困る。
俺はたまらずに口をはさんだ。
「言っておくが、正式な名前だぞ。〈看破〉すれば出てくる」
「ちぇ。もう名前あるのかよ」
油断も隙もない。
まだ敵が出てこないのを確認してから、俺は立ち止まった。
「それより、探索の前にこれを渡しておく」
取り出したのは、円筒にスイッチがついた、懐中電灯のような形をした装置だ。
ただ、筒の先端部分は穴が開いていて、そこは懐中電灯とは違う。
「なんだこれ、武器?」
「〈デコイガン〉ですね。囮を出す魔道具だと聞いたことがあります」
首をかしげるラッドに、博識なニュークがそう教える。
お気に入りのアイテムなので、知っている人間がいて嬉しくなる。
「ニュークの言った通り、これは自分の分身を作って相手の注意を引くアイテムだ。戦闘に入っていない状態でしか使えないし、出現したデコイは少しでもダメージを受けると壊れるから過信は出来ないが、繰り返し使用可能。例えば敵の後ろにデコイを出せば相手は全員でそっちに向かうから、その間に先制攻撃出来る、って寸法だ」
饒舌に語ると、ラッドたちもふんふんとうなずいた。
脳筋なイメージのあるラッドなどにはこういう小手先の技術はあまり共感されないかと思っていたが、そうでもないようだ。
意外とこういうギミック系アイテムにも興味があるらしく、自分でもデコイガンをいじくりまわして……。
「なるほど、面白そうだな! ええと、これを押せばいいのか?」
「あ、待てそれは……」
慌てて止めようとするが、遅かった。
ラッドが青く光の灯ったボタンを押し込んだ瞬間、ラッドの持つ筒から光る何かが射出され、奥の壁に着弾。
そこからラッドそっくりの真っ白な人影が生えた。
「うわぁ」
「……キモ」
壁からラッドそっくりの姿をした白い人が生えるという異様な光景に、全員が思わず引いた声をあげる。
特にプラナが本気のトーンでぼそっと言った台詞はラッドを落ち込ませていたが、まあ自業自得だ。
「何度でも使える、とは言ったが、弱点もあってな。一度使うと再使用に三十分かかるんだ」
「うっ」
しかも、アイテムごとではなく、人ごとにクールタイムが設定されているので、複数持っていても変わらない。
プラナが責めるような視線でラッドを見た。
「考えなしに使うから」
「ぐ、ぐぐ、その……悪かったよ」
ラッドは少し可哀そうなことになったが、まあそれも経験だろう。
デコイガンは便利なアイテムだが、その分制約も多い。
「それと、一度に出せるデコイは一人につき一つだけだ。こういう何でもない場所に出した場合は忘れずに壊しておかないと、永遠に再使用出来なくなるぞ」
「げっ!」
俺が言うと、ラッドは慌てて壁に生えたデコイを壊しに走る。
それをほほえましい気持ちで眺めながら、俺は少し別なことを考えていた。
(この世界ではデコイが壁にも生えるんだな)
ゲームではデコイを発射出来るのは地面、というかキャラが移動出来る場所だけ。
デコイガンを向けると着弾予想地点がポイントされて見えるのだが、人が移動出来ない場所を示すとポインターの色が赤くなり、デコイガンを撃てなくなる、という仕様だった。
むしろその仕様を使って移動可能な地形かどうか調べたりもしてたんだが、考えてみると、この世界ではキャラの移動自体に制限がなかった。
ゲームのように、尖った岩場やちょっとした出っ張りのような場所が不自然に進入禁止になっていたりしないし、創意工夫次第では壁や屋根なんかにも登れる。
(そう思うと、この世界は神ゲーだよなぁ……)
この世界では、錬金やイベント、それから技の仕様のように、「現実的に考えると不自然だが、ゲームだから出来たこと」はこの世界でも出来る。
その上でさらに、壁登りのような「ゲームだと制限されていたが、現実的に考えると出来ること」もこの世界では可能だ。
少なくとも俺にとっては、ゲームと現実のいいとこ取り。
俺をこの世界に送り込んだのが「神」だとすると、その神は実に「分かって」いるなぁと思う。
ユーザーに有利なバグを見つけた時は鬼のような速度でゲームを止めて修正するのに、ユーザーに不利なバグはずっと放置する。
そんな日本のゲームメーカーにはぜひこの神様を見習ってもらいたい。
まあなんにせよ、新しいオモチャも用意して、準備は万端だ。
デコイを破壊して戻ってきたラッドと共に、俺たちはようやくダンジョンの奥へと歩を進め始めた。
※ ※ ※
デコイガンを構えながら、先頭を歩く。
ちなみに、デコイガン以外にも手を尽くして探していたアイテムがいくつか手に入ったため、この探索でも使っている。
中でも重要なのは、今俺が着けている指輪〈レベルストッパー〉だろうか。
これも第一弾のDLCと同時に追加された装備で、名前の通り「装備している間はレベルが上がらなくなる」という呪いみたいな特殊効果を持っている。
ほかに効果がある訳ではないので戦力の足しにはならないが、ステ調整派には欠かせない逸品だ。
(ま、レベル五十の俺が、このレベルのダンジョンでレベルが上がるってことはないだろうが……)
敵と比べて自分のレベルが高すぎると、入手経験値量は激減する。
さらに言うと、複数人で戦闘を行った場合、入手経験値は参加者の中で一番レベルの高い人に合わせて補正がかけられる。
つまり俺が戦闘に参加するだけでほかのキャラの入手経験値量を減らしてしまうので、可能なら手出しはしない方向でいきたいところだ。
「これは……」
洞窟を先に進んだところで、広めの部屋に出た。
部屋のあちこちに、バラバラになった人骨が転がっている。
そこで、ハッとしたように俺を見たのは、ニュークだった。
「確か、ここではスケルトンが出てくるんですよね。だとしたら……」
「ああ。近くまで来たところで急に動いて襲ってくる。気を付けろ」
「あ! だからデコイガンなんですね!」
合点がいった様子のニュークは、部屋の真ん中に向けてデコイを射出した。
部屋の中央にニュークの姿をしたデコイが出現した瞬間、今までただの骸骨と思わせていた骨の塊が、各所で動き出す。
偽装されたスケルトンは意外なほどに俊敏な動きで跳び上がり、部屋のあちこちに転がっていた四体のスケルトンが、一斉にデコイに躍りかかる。
防御能力のないデコイは、当然のように一太刀で消滅してしまった。
同時に、行き場を失った四体のスケルトンが、ギロリとこちらに顔を向けた。
「う、うわ……」
ニュークやマナが怯えた声を漏らすが、これがこのダンジョンの意地の悪いところだ。
敵の配置が巧妙で、油断すると先制攻撃を受けかねない。
「焦るな。待ち構えて迎撃すればいい」
幸い、ここに出てくるスケルトンのほとんどは、オーソドックスな近接タイプだ。
部屋の入口のような狭くなる場所に陣取って、各個撃破していくのがセオリーになる。
まず、こちらにめがけて走り寄ってくるスケルトンに、
「〈フレア・カノン〉!」
あいさつとばかりにニュークの魔法が突き刺さる。
〈レッドフレアロッド〉で使えるこの魔法は、このレベル帯でも破格の威力。
ブレブレではアンデッド全般は火に弱いこともあって、直撃を受けたスケルトンの勢いが鈍る。
「〈ホーリーサークル〉!」
そこにすかさず襲いかかるのは、マナの浄化の魔法。
アンデッドのような聖属性に弱い魔物に大きなダメージを与えるこの魔法は、効果が限定的であるだけに強力だ。
完全に足を止め、棒立ちになったスケルトンに、
「〈アローレイン〉」
プラナの攻撃スキルが炸裂する。
しかも、スキルによって放たれたのは俺が作った〈炎の矢〉だ。
弱ったところにそんなものを撃ち込まれては、ひとたまりもない。
結局こっちまでやってきたスケルトンは、四体中たったの一体だけ。
そして、最後に控えるのは〈ブレイブ・ソード〉を構えたラッドだ。
ラッドはやってきたスケルトンの攻撃を、冷静に盾で弾くと、
「〈紅蓮覇撃〉!」
〈七色の溶岩洞〉を攻略した時にはまだ使えなかった、強力な火属性アーツを繰り出す。
灼熱に燃えるその一撃は、たちまちのうちに生ける屍に二度目の死を与えた。
「か、勝った……のか?」
「ああ。おめでとさん」
俺が声をかけると、ようやく張りつめていた雰囲気が弛緩する。
「格上相手でも、意外と何とかなるもんだな」
「ここのダンジョンは、レベルと比べて敵が弱いからな。きちんと有利属性の攻撃を当てられれば、こんなもんだ」
ただ、もちろんそれだけじゃない。
「考えてもみろ。無策で部屋の中に入って、四方からスケルトンに奇襲されてたらどうだったと思う?」
俺にそう言われて、ラッドたちは顔を青くした。
今回の戦いが優位に進んだのは、範囲攻撃がまとめて入ったことと、遠距離から一方的に敵を削れた部分が大きい。
いきなり近くから攻撃されれば範囲攻撃は使えないし、ニュークやマナたちも近接戦闘をするしかなくなる。
負けた、とまでは言わないが、苦戦は必至だっただろう。
「ここからは、単純な強さだけじゃない。作戦も大事になるんですね」
ニュークが自分のデコイガンを見つめて言う。
「最初は少し地味かなと思いましたけど、このデコイガンはすごいですね! 次の部屋も、これを使えば……」
新たなデコイガン信者が出来たことににやつきながら、俺はうなずいた。
「そうだな。ここのスケルトンには今みたいにデコイを使ってもいいし、〈看破〉を使って見破ってもいい。ただまあ、中に敵がいるって分かってる場合は……」
言いながら、俺は次の部屋に向かってぽいっと火炎瓶を投げ込んだ。
瞬間に火が巻き上がり、ただの骨もスケルトンも区別なく炎が焼き尽くしていく。
「――この手に限る」
部屋からよろよろと這い出てくるスケルトンたちを眺めながらそう言うと、ニュークは「はは……」と乾いた笑いを漏らしたのだった。
こ、こんなに尺を使うはずでは……