第四十四話 未知なる世界
いつものギルドの訓練場。
俺は今度こそ、邪魔が入ることなく〈ブレイブ・ブレイド〉の面々に会うことが出来た。
「悪かったな。最近あんまり見てやれなくて」
〈七色の溶岩洞〉をクリアした日から、もう二週間が経っている。
ステータス鑑定に関する仕事は最初の一週間で一段落、すると思ったのだが、クラスに関する情報を公開したと同時にふたたび一週間前の状態に逆戻り。
ステータス鑑定自体も忙しかったのにプラスして、それに関連してギルド側との条件調整、正確な情報の検証と編纂、加えてギルド職員への教育に販促漫画の執筆、とどうしても外せない用事が山盛りで休む暇もなかったのだ。
俺の謝罪に応えたのは、ラッドだった。
「別にいいさ。おっさんが有名になればオレたちにだって恩恵はあるしな」
そんな風に斜に構えた態度で言ってくるが、
「レクスが褒められて嬉しい、って素直に言えばいいのに」
「お、おいプラナ!」
すぐにプラナに混ぜっ返された。
久しぶりに見るラッドとプラナのやり取りに、何だか安心感すら覚える。
「そ、それよりおっさん。今日はオレたちに一体何をさせようってんだ? わざわざ呼んだってことは、何か特別なことをするんだろ?」
慌てて話題を変えたラッドだが、その口調からはほのかな警戒が伝わってくる。
(ラッドも案外、鋭いな)
ラッドたちとレシリアには、訓練のほかにも手頃なダンジョンを巡ってもらっていた。
あの一ヶ月の訓練の甲斐あって、ラッドたちはレベルに比べて高い能力値を維持している。
地雷要素のあるダンジョンは把握しているし、普通のダンジョンに行くのであれば俺の監督などもう必要ない。
……そう、「普通のダンジョン」に行くのであれば。
レベル十以降は成長に必要な経験値量が跳ね上がるため、適正帯のダンジョンを攻略してもあまりレベルが上がらない。
それでも普通のRPGなら同じダンジョンに何日も通い詰めるか、そのダンジョンにこもってしまえばいいが、この世界ではモンスターは死んだら即座に復活、とはいかない。
十分な数のモンスターがそろうまで別のダンジョンに潜る必要があるのだが、もうこの地域の主だったダンジョンは掃討済み。
そうなると別の地域に移るのが定石ではあるが、それは移動時間がもったいない。
だからここで一つ、ゲームで鉄板だった小技を使ってテコ入れをしようと考えているのだ。
「今回もダンジョン攻略だが、若干難易度が高い。だから、俺も同行する」
「おっさんがこなきゃいけないレベルのダンジョンか。……へっ、腕が鳴るぜ!」
ラッドはそうやって気を吐き、ほかのメンバーも恐怖を感じているよりは気合を入れているようだった。
「じゃ、まずはギルドで依頼を探すところから、だよな」
「いや」
冒険慣れした様子でラッドが言うが、俺はそれには首を振った。
「ギルドには行かない。今から向かうダンジョンには依頼がないんだ。何しろ……」
きょとんとするラッドたちに、愉悦の笑みを隠しながら、俺は告げる。
「――これから行くのは、『ギルド未発見のダンジョン』だからな」
※ ※ ※
(確かここに植え込みがあって、その裏に……)
記憶を頼りに植え込みの裏を探すと、それはあっさりと見つかった。
ぽっかりと開いた深淵への入り口。
「この世界」ではおそらく誰も見つけたことのない、新たなダンジョンへ続く道だ。
「……こっちだ」
待機していたラッドたちに声をかけて呼び寄せる。
「こんなところに……」
「マジかよ。ほんとにこんな街の近くに新しいダンジョンが……」
目の前に広がる洞窟の入り口を見て、ラッドたちは次々に驚きの声をあげた。
「なるほど、近付かないと絶対に分からないようになっているのか。レクスさん、こんな場所、よく見つけられましたね!」
この中で一番研究心が強いニュークが興奮気味に言ってくれるが、俺は内心で苦笑した。
(まあそりゃ、嫌と言うほど通ったダンジョンだからな)
何だか騙しているようで申し訳ないとは思うが、口には出さない。
ただちらりと横を見ると、この中で一人だけ事情を知っているレシリアと目が合って、お互いに小さく苦笑する。
ブレブレではストーリー上重要なものを除き、多数のダンジョンが未発見の状態からスタートする。
その大半はこうやって分かりにくい場所に入り口が隠されているが、そんなもの、ゲームでの知識があれば見つけるのは簡単だ。
むしろ、重要なのは発見したあと。
「それでおっさん。このダンジョン、ギルドに教えなくていいのか?」
それは、このダンジョンの存在をギルドに報告するかしないか、という選択だ。
これは割と迷う選択肢で、どちらを選んでもメリットデメリットがある。
ギルドにダンジョンを報告すると、そのダンジョンの重要度に応じた報奨金をもらえ、以降ギルドにそのダンジョン関連の依頼が発生するようになる。
ただし、その場合ほかの冒険者もそのダンジョンを探索し始めることになるため、ダンジョンの魔物の数が減り、宝箱の中身が取られてしまうこともある。
一方で、秘匿して探索した場合、ダンジョン内の魔物や宝箱は独占出来るためたくさんの経験値やアイテムが手に入るが、依頼達成による副産物はなく、また魔物が多いせいでボスだけを倒して攻略する場合には余計な手間がかかってしまう。
今回の場合は……。
「一度探索して、報告、だな」
残念ながら、未発見のダンジョンのほとんどが、時間経過でほかの冒険者によって発見、報告される。
どれだけ隠してもいつまでも独占は出来ないので、すぐに公開しない場合でも、一通り探索をしたら報告して報奨金をもらう、というのがセオリーなのだ。
(ま、もともとこのダンジョンも自力で見つけたもんじゃないしなぁ)
ブレブレのフィールドは広大だ。
その広いフィールドを歩き回ってダンジョンを見つける、というのは結構無茶なので、一周目は大抵が別の冒険者が発見したダンジョンを巡ることになる。
ただ、未発見ダンジョンのある場所は固定なので、一周目に判明したダンジョンの場所をメモしておけば、二周目以降はさも自分が見つけたかのような顔で発見者になることが出来るのだ。
「へへ、じゃあオレたちが一番乗りってことか!」
などと無邪気にはしゃぐラッドに対して、
「大丈夫、なんでしょうか。まだ誰も行ったことのないダンジョンなんですよね?」
対照的に、用心深いニュークは不安をにじませるが、そこは問題ない。
「心配するな。報告をしていないだけで、中の探索はしたことがある」
「あ、そうなんですか。それなら……」
ホッと息をつくニュークに、心の中だけで付け加える。
(ま、ゲームの中で、だけどな)
ゲームとこの世界はほとんど同じだが、そっくりそのまま同じ、という訳ではない。
あまり気を抜きすぎるのもよくないだろう。
「ただ、このダンジョンは簡単じゃないぞ。モンスターのレベルは二十五。敵の構成はスケルトン系のモンスターが主体で、奇襲や待ち伏せも多い。本来は、お前たちのレベルで探索するような場所じゃない」
「レベル二十五……」
俺の言葉に〈ブレイブ・ブレイド〉の面々はごくりと唾を呑み込み、真剣な顔で武器を握り締めた。
すでにラッドたちのステータスは、一般的なレベル二十の冒険者をも上回るくらいに成長している。
しかし、その優れた能力値をもってしても、ここの攻略は難しいだろう。
だが、今回に限っては真面目にダンジョン攻略をする必要はないのだ。
「だから今回はダンジョンの制覇は考えるな。目的はあくまでレベル上げだ。出来るだけ多くの雑魚モンスターを倒して、限界になったら引き上げるぞ」
宣言すると、緊張していたニュークたちも、どこかホッとしたような様子を見せた。
一方でラッドなどは闘志をみなぎらせ、
「なぁ、おっさん。『限界が来たら帰る』ってことは、別に、全部倒してしまっても構わないんだろ?」
「ああ。もちろんだ。……それが出来るんなら、な」
「へっ! そっちこそ、オレたちの成長を見て吠えづらかいても知らねえぜ!」
威勢のいいことを言っているのを見て、俺は内心の笑みを噛み殺す。
(だまして悪いが……)
残念ながら、今回のダンジョンアタックはラッドたちが想像しているようなぬるいものにはならないだろう。
俺が数あるダンジョンの中で、わざわざここを選んだのは、単にここがレベル的に手頃だとか、未発見で荒らされていないから、という以上の意味がある。
何を隠そう、ここには「ブレブレの攻略を根本から変えた」とすら言われる、ブレブレで一番有名な「稼ぎスポット」があるのだ。
「よし! そうと決まったら、やれるとこまでやってやるか!」
俺の思惑に気付かず、意気揚々とダンジョンに向かうラッドたちを追って、薄暗い洞窟へと足を踏み入れる。
――さあ、地獄のレベル上げの始まりだ!