第三十九話 魂の決闘
装備に関する常識の差異による、不幸なすれ違いは何とか解消された。
レシリアたちの俺を見る目からすると、何だか解消されきっていない予感もするが、気にしたら負けだろう。
やはりぶっつけで闘技場に連れてきたのがよくなかった。
ちょうど思いついたこともあり、メイジーには一度外に出て着替えと転職をしてもらい、俺はその間に準備を整えることにした。
フリーレアの闘技場にはいくつかの会場があって、俺たちが借りたのは大会の予選などに使う比較的小さいものだ。
ただ、小さくてもそこは神の遺物。
「HPが0になっても死なない」以外にも、ほかにはない特別な機能がある。
有名なのは登録された魔物の幻影を呼び出して戦うことが出来る機能だが、今回重要なのは決闘における特殊なルールの設定だ。
インベントリを使用可能か否か、HPがどこまで減ったら敗北になるか、などかなり詳細に決められるが、「決闘形式」の項目に面白いものがある。
(形式はレベル調整マッチの〈魂の決闘〉。あとは適当に、と)
設定を終えると、闘技場のリングが準備が出来たと言わんばかりに光り出した。
そしてそこに、タイミングよくメイジーが戻ってきた。
「あ、あの……。これでいい、でしょうか」
ただ、その口調はいつもと違い、どこか自信なさげなようにも聞こえる。
「ああ。ちょうどよかった。じゃあ、始めよう」
「わ、わかり、ました」
やはり調子が出ないようで、借りてきた猫のようにおとなしい彼女の態度だが、それには理由がある。
リングに上がった彼女は、いつものビキ……特徴的な鎧や武器を持っておらず、代わりに装備しているのは防御力がほぼ皆無のただの服だ。
今の彼女を女戦士と呼ぶには、いささか迫力不足は否めない。
「確認するが、クラスも変えてくれたんだよな?」
「は、はい。あの、約束通り、〈ノービス〉に……」
俺が手帳と羽ペンを手にしながらそう尋ねると、彼女は怯えた様子で首肯した。
落ち着かない様子のメイジーは普通の町娘のようで、慣れていなかったはずの敬語も今は何だかしっくりと聞こえる。
ちなみに〈ノービス〉とは、あの補正値が二しかない〈ヤングレオ〉より弱い唯一のクラスであり、成長補正も習得スキルも何もない、究極の最弱職だ。
いわば冒険者の生命線でもある装備とクラスを最弱にまで落としたことになるが、これにはもちろん意味がある。
「よぉし、名前はメイジーで、クラス〈ノービス〉の……」
「あ、あの!」
さらさらと手帳に文字を書きつけていると、メイジーは焦れた様子で俺に尋ねてきた。
「あ、あの! それで、アタシは何をしたらいい、んですか? や、やっぱり脱いで……」
「いや、今終わったぞ」
「……へ?」
「ほら、これがお前の素質だ」
そうして俺が彼女の素質値が書かれたページをメイジーに押し付けると、彼女は「ほへ?」と言って、口を半開きにしたまま固まってしまったのだった。
※ ※ ※
種を明かすと、仕掛けは実に単純だ。
この〈魂の決闘〉というのは、「肉体」に関係なく、その「魂」で行う決闘。
すなわち「現状の成長具合」を無視して「本人の資質」で戦うという「レベル差のあるキャラクター同士の決闘」を想定して作られたルールだ。
これに参加したキャラクターは、現在のレベルに関係なく「強制的にレベル二十五に変更」され、しかもその時の能力値はそれまでの育成や転職は全く影響せず、「現在の成長値」準拠。
正確には、「現在の成長率のままレベル0からレベル25まで成長した場合」のステータスになる。
そして、彼女は「何の成長補正もない装備」と、「何の成長補正もないクラス」でリングに上がっている。
つまり、今の彼女のステータスを決定づけているのは「彼女自身の素質」だけ。
ゆえに……。
―――――――
メイジー
LV 25
HP 200 MP 160
筋力 60 生命 60
魔力 120 精神 120
敏捷 60 集中 120
―――――――
〈魂の決闘〉におけるステータスは、もはや分かりやすすぎるくらいに分かりやすく、彼女自身の素質を反映する。
レベル二十五の時の能力値は、成長値三十回分。
だから、ここで能力値の数値をちょちょいっと三十で割ってやると、
―――――――
メイジー
筋力 2(ダメ)
生命 2(ダメ)
魔力 4(スゴイ)
精神 4(スゴイ)
敏捷 2(ダメ)
集中 4(スゴイ)
合計 18
―――――――
こうやってお手軽に素質値が判別出来る、という寸法なのだ。
「これ、が、アタシの、さい、のう……?」
ただし、メイジー本人は、俺が渡した才能評価に戸惑っていた。
同時に手渡しした現在の能力評価と何度も見比べながら、混乱した様子で立ちすくんでいる。
……まあ、無理もない。
―――――――
メイジー
LV 11
HP 160 MP 93
筋力 61 生命 54
魔力 67 精神 70
敏捷 58 集中 74
―――――――
あの素質値でこの能力値ということは、彼女自身は戦士系をメインに戦ってきたのだろう。
いきなり「君の適職は魔法使いです」と言われてもついていけない気持ちは分かる。
「あ、頭では分かってるんだ。アンタ、いや、レクス様が、ウソなんてついてないってことは……」
メイジーは、震える声で独白する。
「だ、だけど! だけどさ! アタシの初期クラスはファイターだったんだ! 転職をして、シーフやソルジャーをやったこともあったけど、やっぱり自分は戦士だって、心のどこかで思ってて……。なのに、いきなり自分に魔法の素質があるなんて言われても、アタシ……!」
両手で身体を抱き、その場にしゃがみ込んでしまったメイジーに、俺は歩み寄った。
慰めの言葉も、励ましの言葉も、彼女自身が納得出来なければ、今は意味はないだろう。
だから、俺がかける言葉は一つ。
「なら、試してみればいい」
「え?」
迷子の子供のように俺を見上げるメイジーに、俺はにやりと笑いかける。
「忘れたのか? 闘技場はもともと、そういう場所だ」
※ ※ ※
「はぁっ!」
リングの上で戦うメイジーを、観客席から眺める。
彼女が戦っているのは、俺ではなく、幻影の魔物だ。
これが〈闘技場〉のもう一つの機能。
経験値やアイテムを得ることは出来ないが、死の危険やHPMPなどを気にせず、魔物とのバトルを楽しむことが出来る。
ちなみにゲーム内では第二弾のDLCと同時に実装された新機能となり、一部のかっこいい追加モンスターと戦うには有料DLCを購入する必要があったが、これは流石に買わなかった。
「ガアアアア!」
メイジーに襲いかかっているモンスターは〈オーク〉。
〈オーク〉は初級と中級の間に位置するモンスターで、本来の彼女なら苦戦する要素はないはずだが、今は〈魂の決闘〉状態を継続させている。
筋力などがわずかに下がっているのに加え、彼女が手にしているのは闘技場で借りることが可能な〈練習用の剣〉と〈練習用の盾〉。
扱いやすい代わりにアイアン装備以下の性能しか持たない装備であるため、いまだに勝負を決められずにいた。
「こ、のっ!」
だが、能力や装備は変わっても、彼女が身に着けた戦士としての経験は変わらない。
彼女は危なげなくオークの攻撃を捌き続け、結局無傷のままそのHPを削り切った。
「やったっ!」
心持ちドヤ顔で振り向く彼女に、親指を立てて返す。
少し調子が戻ってきたのか、メイジーは「へへっ」と笑いながら鼻の辺りを袖でこすった。
だが、本番はここからだ。
彼女はすぐに表情を真剣なものに戻すと、今まで使っていた剣と盾をそっとリングの外に置き、代わりにその隣に置いてある杖を取った。
杖を構えると同時に、リングの反対側から、幻影の〈オーク〉が現れる。
その姿を目にして、彼女は一瞬、怯んだようにあとずさった。
「メイジー!」
俺が叫ぶと、ハッとした彼女は、すぐにオークに向かって杖を構える。
彼女が手にした〈練習用の杖〉は、剣や盾と同様、最低クラスの性能しか持っていない。
ただし、その杖を持っているものは誰でも、初歩の初歩の魔法である〈ファイア〉が使用可能になるという、特殊能力がある。
おそらく彼女は、生まれてこの方、魔法を使ったことなど一度もないのだろう。
さっき剣を手にしていた時とは違い、彼女の顔は緊張に強張っていた。
それでも、迫るオークに向かって精一杯に腕を伸ばし、叫んだ。
「――〈ファイア〉!」
その瞬間、杖の先端から巨大な炎が巻き起こり、今にもメイジーに迫らんとしていたオークの身体を炎で包む。
そのあまりの威力にオークはもがき苦しみ、炎から逃げることすらままならない。
「え……」
その結果を、魔法を撃った本人が一番信じられないでいた。
だが、ステータスを考えればごく自然な話だ。
今、彼女の魔力の値は筋力の倍。
装備が同程度なら、このくらいの差は生まれて当然。
「ガ、アア、ァ……」
彼女が当惑している合間に、オークは必死になって炎から逃れ、よろよろとメイジーの方に歩き出す。
だが、その姿は誰がどう見ても瀕死だった。
「ファ、ファイア!」
メイジーの手はぶれ、狙いは定まってもいなかったが、死にかけのオークに対してはそれで十分だった。
一発目と遜色のない威力の炎がオークを焼き尽くし、
「あ……」
断末魔の声をあげる暇もなく、あっさりとオークの幻影は消えた。
剣ではあれほど時間をかけた相手を、たったの二発。
魔法と剣では瞬間火力に違いがあるとはいえ、その差は明らかだった。
詳しい仕様など分からずとも、〈魂の決闘〉が本人自身の力を引き出すものだと、〈ノービス〉が何の補正も与えないものだと、メイジーは知っている。
だからこそその勝利は、何にも代えがたい「証明」となる。
カラン、と音を立てて、メイジーの手から杖が滑り落ちた。
「アタシ、本当に……。ほんとうに、魔法の才能が、あるんだ……」
天を仰いだ彼女の頬を、ぽろりぽろりと雫が伝う。
その涙が、自身の思いがけぬ才能を知った喜びの涙なのか、あるいは無為に過ごした日々への嘆きの涙なのか、それは俺には分からない。
ただ……。
「――レクス様。アタシ、魔法使いになるよ」
涙を拭って振り向いた彼女の顔は、とても、とても、晴れやかだった。
お、おかしい……
ただモブキャラのステを測る話にこんな文章量を使うはずがない!
そうだ!
これは夢なんだ……!!(AA略