第三十話 義侠の戦士
ブレブレが難しいゲームであると言われる理由の一つとして、RPGでありながらリソース管理ゲーの側面を持っていることがあげられる。
その管理するべき資源というのは、まず第一に「時間」。
プレイヤーは、二年以内に悪神を倒さなくてはならず、そのためには効率的な時間の使い方をしなければならない。
この世界は広大で、特に異なる「地域」への移動は数日単位での時間がかかる。
また、難しいダンジョンや特別な街は世界の端に配置されていることが多く、ゲームが進み、その行動範囲が広がってきた時にこそ、その時間制限の苦しさを実感することになる。
同じ地域のダンジョンは可能な限り連続で探索する、通り道の護衛や輸送の依頼はまとめて受ける、などの計画性を持って動かなければ、二年などあっという間に過ぎ去ってしまうだろう。
そして、時間を節約するために意識して管理すべき、二つ目の重要な資源が「モンスター」だ。
人類の敵である魔物を資源とするのは、人によっては抵抗があるかもしれない。
だが、「モンスター」を「経験値」と言い換えれば、納得出来る人も多いだろう。
経験値を手に入れるには、モンスターを倒す必要がある。
しかし、ブレブレにおいて、魔物というのは無尽蔵に湧くものではない。
一度倒した魔物は、日付変更時に少しずつ補充される。
倒した魔物が一匹や二匹であればすぐに復活するが、例えばダンジョンを完全に攻略した場合、全ての魔物が復活するまで大体十日ほどはかかってしまう。
だから、いい狩場があるからといって一ヶ所に張り付いていちいち十日もリポップを待っていると、あっという間にタイムリミットである二年を迎えてしまうことになる。
少なくともゲームにおける「冒険者」とは、自分に適したダンジョンを求めて飛び回る渡り鳥のような存在なのだ。
「そして、レベルに比べて本人が強ければ強いほど、『レベル上げに使える狩場』の選択肢が増える。俺がレベル上げよりも能力値上げを優先しているのは、そういう事情もある」
ブレブレでは自分よりレベルが低いモンスターを倒しても、経験値はあまりもらえない。
だから例えば、一般的なレベル二十の冒険者が効率よくレベルを上げようとすれば、自分と同格か少し格上のレベル二十~二十二程度のダンジョンに挑むしかない。
しかし、レベルが二十でも実力が二十五相当だったとしたら、その冒険者の攻略出来るダンジョンは二十~二十七程度にまで広がる。
それだけで、選択肢が数倍に増えるのだ。
結果、移動の手間や待ち時間が減って、さらに速くレベルアップ出来る、という訳だ。
「まあ、このせ……ごほん、大抵の冒険者は自分のレベルを把握してないみたいだから、単純に自分が攻略しやすい場所に行ってるだけかもしれないがな」
俺がそう解説をすると、ラッドたちが「なるほどー」と目を輝かせる。
〈神殿〉で自分たちの成長を実感したからか、ラッドたち、特に〈ブレイブレオ〉になったラッドの反応がいい気がする。
正直に言えばちょっとばかしこういう効果を狙って当日まで秘密にしていたのだが、思った以上に受けがよかったようで、俺としてもにんまりとしてしまう。
(ブレイブソードの装備条件は筋力七十五だから、ぶっちゃけ三日前の時点で転職出来たんだけどな)
なんてことは、まあ墓場までしまっておくとしよう。
自分の成長を感じるには演出も大事だし、それがやる気につながるとなればなおさらだ。
「あ、だけどよおっさん! それだともう魔物がいないダンジョンに行っちまう場合もあるんじゃねえか? そういうのはどうやって見分けりゃいいんだよ」
「……依頼だ」
多少機嫌がよくなっても、おっさん呼びは変わらないらしい。
俺は仏頂面になりながらも、質問に答えた。
「そういうバッティングをなくすために、冒険者はギルドでそのダンジョンに関するクエストを受ける。そうすれば、そのダンジョンが攻略中だと分かるからな。まあ、単純に魔物の素材が有用で、様々なことに利用出来る、というのもあるが……」
「へぇー。様々なことってなんだ?」
「それは、鍛冶や錬金や……様々なことだ」
ぶっちゃけ、俺だって知らない。
フレーバーテキストにも、「様々なことに利用されている」としか書かれてなかったし。
ここは強引に話を進めてごまかすに限る。
俺はいまだに首を傾げているラッドを急かすように外を指さし、告げる。
「納得したなら、依頼を受けにギルドに行くぞ。もちろん……冒険用の、フル装備でな」
その一言に、今までご機嫌だったラッドは、「げっ」と言って顔をしかめたのだった。
※ ※ ※
俺たちがギルドに入ると、ギルド中の人間から、視線が突き刺さるのが分かった。
しかも、以前のように好悪が入り混じったものじゃない。
そのほとんどは、ラッドたちに対する好奇の視線だ。
……まあ、それもそうだろう。
ラッドたちの格好は、はっきり言ってこれから冒険に行くようにはどう頑張っても見えない。
全身の至るところに重りを仕込み、バネ仕掛けの鎧をきしませて歩くラッド。
服こそ魔術師としてそうおかしくはないものの、ぐるぐるメガネをかけてたまによろけているニューク。
パーティグッズみたいな三角帽を被り、真っ白なローブの下で身体を縮こまらせているマナ。
それから最後に、鉄下駄を器用に履きこなし、ごついゴーグルをかけたプラナと目が合った。
必死に言葉をひねり出す。
「あー。この前のぐるぐるメガネより似合ってて、可愛いと思うぞ」
「それ以上しゃべったら、撃つから」
プラナは本気の声で言うと、足の速度を速めて去っていってしまった。
「……はぁ」
せっかく気を使ったのに、愛想のない奴だ。
俺がため息をついていると、
「……当然の結果だと思いますよ」
後ろから、プラナに輪をかけて不愛想な声が聞こえてきた。
レシリアだ。
ちなみにレシリアも今日は「冒険用」の服装だ。
それでも案外普通にしている辺り、物が違うという感じはする。
「ちゃんと褒めたんだけどな」
「あれを賞賛と取れるのは、感性が死んでいる人か兄さんだけです」
口にする言葉は、やはり刺々しい。
ラッドたちとは対照的に、レシリアの機嫌はあまりよくないようだ。
「不満があるなら、はっきり言ってくれていいんだぞ」
試しに促してみると、レシリアは悩むような素振りを見せた。
「別に、不満がある訳では、ないんです。不当な扱いだとか、優遇だとか思ってる訳でもなくて、あれが最善だと、私も思います。ただ……」
「ただ?」
要領を得ない言い訳のような言葉を連ねた後、彼女は小さな声で答えた。
「……私の筋力値だって、百三十まで上がりました」
「う、ん?」
しばらく意味を掴みかねていると、
「別に、何でもありません。ただの、気の迷いですから」
レシリアは強引に話題を打ち切って、様子を見てきます、とだけ残して、足早に離れていってしまった。
「んー?」
訳が分からない、が、推測するにラッドたちへの対抗心だろうか。
全くないとも言えないが、何だか違う気もする。
(まあ、なんだかんだこの世界に来てから一番世話になってる奴だからな。もうちょっと気にかけてやらないと)
レシリアのフォローを心に決めて、俺もラッドたちの様子を見に彼女のあとを追う。
俺がカウンターに近付くと、ちょうどラッドの元気な声がそちらの方向から響いてきた。
「ええと……D級冒険者の、ラッドさん、ですか。パーティ名は……」
「〈勇気の剣〉です!」
……そう。
偶然にも、ラッドたちがパーティ名に選んだのは、ゲームの名前と同じ〈ブレイブ・ブレイド〉だった。
ラッドは「みんなでパーティ名を考えてた時、その名前を聞いた瞬間にビビッと来ちゃってさ」なんて笑っていたが、「タイトル回収とかお前やっぱ主人公なんじゃねえの」と思ったのは内緒だ。
「ふふ。それでその〈ブレイブ・ブレイド〉さんは、どんな依頼を受けてくれるのかな?」
緊張した様子のラッドにほだされたのか、担当していた受付嬢が、微笑ましそうにラッドを見ながら尋ねる。
そして、新生した〈ブレイブ・ブレイド〉の記念すべき最初のクエストが、ラッドの口から語られた。
「――オレたちは、この〈七色の溶岩洞〉の依頼を受けます!」
その宣言がギルドに響いた瞬間、冒険者ギルドに一瞬の静寂が生まれた。
それから、さざなみのように声が広がっていく。
「溶岩洞? 正気かあいつ」
「あーあ、死んだな」
「あんなのどうせ、口だけだろ」
「な、なぁ、止めた方がいいんじゃないか?」
ささやかれるのは、ネガティブな言葉ばかり。
だが、それもそのはずだ。
〈七色の溶岩洞〉のゲームでの推奨レベルは十五。
この世界では中堅冒険者と呼ばれるようなベテランがやっと攻略に乗り出すダンジョンであり、間違っても新人が二回目の探索に選ぶような場所じゃない。
D級冒険者が戦える場所ではない、と担当していた受付嬢のエリナはずいぶんと引き留めたが、ラッドは頑として意見を変えなかった。
冒険者の等級はあくまで目安であって、冒険者側が望む依頼を断る権限は受付にはない。
予想以上に時間は取られたものの、ラッドは見事に〈七色の溶岩洞〉の依頼をもぎ取り、先輩冒険者たちからの視線を背中に浴びながら、冒険者ギルドをあとにしたのだった。
※ ※ ※
ギルドを出た俺たちは、もう一度作戦と、冒険の必需品を確認してから、街を出て〈七色の溶岩洞〉を目指した。
完全に引率の先生だよなーなんて思いながら、外を歩いていると、ラッドが不安そうに話しかけてきた。
「な、なあ、おっさん。オレたち、本当にこの依頼を受けちまって大丈夫だったのかな」
事前に説明はして、納得はしていたはずなのだが、やはりあそこまで反対されると不安がぶり返すのだろう。
ダンジョンに向かって歩きながら、ラッドは心配そうに俺を見た。
「当然、危険はある。だが、俺はお前らなら……」
安心させようと口を開いた瞬間、不意に右耳が異音を捉えた。
「避けて!」
「兄さんっ!」
プラナの警告とレシリアの叫びはほぼ同時、それから数瞬遅れて、空から氷の矢が降り注いだ。
「なっ!」
驚きに目を見開くラッドを、腕で押し止める。
もともと当てる気はなかったのだろう。
空から降り注いだ矢の雨は、俺たちの行く手を阻むかのように、次々に地面へと突き刺さった。
「だれっ!?」
プラナの誰何の声に応じ、木の陰から人影が姿を現す。
「――忠告は、したはずなんだがな」
俺たちの前に立ちふさがったのは、武器を携えた三人のベテラン冒険者たち。
この街の冒険者には知り合いはほとんどいないが、その中心にいる人物には、見覚えがある。
「ヴェルテラン……」
俺に名前を呼ばれたそのヒゲ面の男は、俺を炎のような目で見据えると、剣を構えた。
年季の入った傷だらけの大剣が、俺に突き付けられる。
「悪いがここは、通行止めだ。横紙破りは承知の上。だが、自惚れ屋の勘違い野郎のせいで、若い奴らが無駄死にするのを見過ごす訳にはいかないんでな」
ベテラン冒険者A・B・Cがあらわれた!