第二十九話 勇者を継ぐ者
ステータスの()は以前と比べて伸びた数字です
たっぷりと装備自慢が出来てホクホクの俺と、装備のすごさを分からせられてどこか思いつめた顔のレシリア。
帰り道の機嫌は対照的だった。
しばらく黙って歩いていたレシリアだが、やがてぼそっとつぶやいた。
「本当に、大丈夫なんですか。そんな装備を彼らに渡して」
「え? ああ、まあ、さっきは散々エンチャントすごい、って話をしたけどな。結局は初心者用装備だから、制限はある」
実際の運用を考えると、防具はレベルアップ時の上昇値を上げる装備をしたいから使えないし、武器は殲滅力に関わるからあまりグレードを下げるのも困る。
となると、結局のところアクセ枠の三つくらいにしかエンチャ装備をつける余裕はないだろう。
「それに、一ヶ所に絞るととんでもない性能に見えても、能力値五十ってのは結局二レベル分程度なんだよな」
アクセ三つだと六レベル分のステを底上げ出来るとも言えるが、逆に言えばそこまでだ。
互角の相手なら圧倒出来るだろうが、例えば十以上のレベル差がある相手だとどうしようもない可能性はある。
「一番の問題は、しばらくは新しい装備を手に入れても大抵エンチャント装備より弱いってことかもな。やっぱり自分で強い装備を揃えるのは夢があるし……」
などと話している時だった。
見えてきた街の門に、見覚えのある顔が並んでいるのが見えた。
「おーい、おっさん!」
何が起こったのかと眉を寄せていると、俺たちに気付いたラッドたちの方から駆け寄ってくる。
「こんな集まって、どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃねえよおっさん! おっさんが〈真闇の迷宮〉に行くなんて言うから、みんな心配して集まってきたんじゃねえか!」
なるほど、と俺はうなずく。
どうやら〈真闇の迷宮〉のやばさは新人冒険者にも浸透しているほどらしい。
「ま、その様子じゃ何もなかったみたいだけどよ。あんま心配させんなよな。あんたはオレの……その、師匠なんだからさ」
あ、ラッドが急にデレた。
と思う間もなく、
「わ、わたしはレクスさんなら心配ないって止めたんですよ! だけど……」
「ダウト。マナもオロオロしてたし、ついてきた時点で同罪」
「も、もう、プラナ!」
マナが、プラナが一斉にしゃべり出し、門の前はにわかにかしましくなる。
「何はともあれ、お二人とも無事でよかったです」
そこでさらっと無難に場を収めるのは、やはりニュークだった。
この凸凹パーティは、なんだかんだでバランスが取れているんだろう。
(しかし……)
こいつらも強くなったな、と思う。
一ヶ月もの間、戦闘も冒険も禁止、なんて無茶な指示を、彼らはよく守った。
それは何より、彼らのステータスが証明している。
「明日は、俺たちが出会ってから、ちょうど一ヶ月だな」
ぽつりと俺がつぶやくと、今まで騒いでいたラッドたちが、きょとんとした顔で俺を見た。
もう一度、全員の顔を見て、その能力を〈看破〉する。
彼らは誰一人として怠けることなく訓練に励み、想像以上に成長した。
当初求めていたラインはとうに越え、そろそろ訓練での能力値の伸び自体が鈍化してきている。
懸念だった装備面での不安も解消。
だとしたら……。
「予定より二日ほど早いが、頃合いだな。訓練は今日で終了だ」
「それって……」
恐る恐る尋ねてくるラッドに、唇の端を持ち上げて答えてみせる。
「ああ。……冒険、解禁だ」
口にした途端、ラッドたちから「うおおおお」と喜びの声が上がる。
いちいち大げさな奴だ、と思いながらも、俺の口の端も自然と上がっていた。
「まだ今日の訓練は残ってるのに、気が早いぞ。それに、冒険の前に一大イベントが待ってる」
「一大イベント?」
首を傾げるラッドに、俺は笑いかけた。
「ああ。明日は正午に〈神殿〉に集合だ。これまでの訓練の総決算、〈転職〉をするぞ」
※ ※ ※
〈職業〉、それから〈転職〉は、この世界においては文字通り神の奇跡だ。
神の力の残滓が今なお生き続ける〈神殿〉で、その祝福を受けることによって、人は神の加護を得る。
と言ってもまあ、転職をゲームシステムとして捉えた場合、そう複雑なことは何もない。
「この世界でここに来るのは、初めてだな」
〈神殿〉の前で合流し、ラッドたちと一緒に中に入る。
扉を潜ると、一瞬でその〈神殿〉の異質な雰囲気に呑まれそうになった。
荘厳で静謐な空気の漂う、純白の部屋。
そこに思い思いの格好をした「英雄」の像が、数えきれないほどの数、鎮座している。
――この像の一つ一つが〈職業〉だ。
ブレブレにおける転職は単純明快で、「神殿にある対応する像に触れる」だけでいい。
転職条件を満たしていたら、像が光って転職完了。
もちろん、そうでなければ何も起こらない。
全ての街の〈神殿〉に全ての職業の像がある訳でもなく、街によって置かれている職業にバラつきがあったり、中にはダンジョンの奥地にしか存在しないレア職業の像もあるので、職業のために遠征をする、なんてのも将来的には出てくるだろうが、それはまだまだ先の話。
一般の冒険者はスタート時、〈ファイター〉や〈マジシャン〉など、自分の適性にあった初期クラスについている。
そして、そのクラスのまま大体十レベルほど育ったところで、次のクラスへの転職条件を満たすようにゲームはデザインされている。
上位のクラスになればなるほど強い技を覚えられるようになるし、何より成長時のボーナスポイントが多くなる。
例えば初期状態、戦士系の一次職である〈ファイター〉には筋力などを中心に六ポイントしかボーナスがないが、その次、二次職である〈ソードマン〉には九ポイントの成長補正があり、さらに三次職の〈インペリアルソード〉になれば、その成長ポイントへの補正は十二にまで上がる。
――そしてこれが、ラッドたちに課した「訓練」の目的。
訓練によって無理矢理に能力値を上げ、レベル四のままで、本来レベル十前後で果たすはずの二次職への転職条件を満たす、といういわば「正攻法の裏技」。
ラッドたちの優れた素質値と、それからレベル四という未育成の状態でのみ成し遂げられる、無謀とも言えるクラスのスキップ。
だが、これに成功すれば、本来よりも高い能力値と高い成長値を持って冒険を始めることが出来る。
そのために、ラッドたちはこの一ヶ月、無味乾燥な訓練だけを朝から晩まで行っていた。
周囲の目は決して優しくはなく、先輩冒険者の誰もが歩いたことのない道は、不安に満ちていたはずだ。
それでも脱落者は誰もおらず、全員が全員、本気で、必死だった。
その成果が今、ここに結実する。
「……始めようか」
俺が言うと、彼らは思い思いの場所に移動し始めた。
ラッド以外については、事前に自分の進むべき職業を決めている。
初めは、ニュークだった。
彼は真剣な顔で魔法使い系二次職〈バトルメイジ〉の前に立つと、そっと像に手を伸ばした。
すると大きな光が彼を包み、ゆっくりとその内側に入り込んでいく。
……転職、成功だ。
同時に、俺は〈看破〉で彼の修行の成果を振り返る。
―――――――
ニューク
筋力 25(+7)
生命 37(+1)
魔力 72(+9)
精神 40(+4)
敏捷 50(+5)
集中 50(+5)
―――――――
〈バトルメイジ〉は、魔法職でありながら、ある程度の戦闘系能力をも要求する奇妙な職業だ。
それでも弱音を吐かず、堅実に着実に能力を伸ばし、最終的に条件を満たすまでにステータスを伸ばしたのは彼の努力の結果だろう。
転職が成功した彼は、めずらしく喜びを隠そうともしない笑顔で俺を見ると、深々と一礼した。
「わ、わたしも、いきます!」
宣言して、今度はマナがヒーラー系の二次職〈ビショップ〉の像へと触れる。
―――――――
マナ
筋力 27(+3)
生命 38(+6)
魔力 51(+3)
精神 76(+20)
敏捷 32(+8)
集中 50(+18)
―――――――
(まさか、レベル三のまま条件を達成しちまうとはなぁ)
今回の訓練で、一番伸びたのは間違いなく彼女だ。
マナはみんなよりレベルが一低いスタートで、二次職で要求される精神値のハードルも高かったため、彼らの中では一番苦戦をするかと考えていた。
だが、彼女は精神と集中を上げる「祈る」訓練で、天性の才能を発揮した。
ほかを引き離すほどの集中力で訓練をこなし、異様とも思える速度で精神値と集中値を伸ばしていき、ついには要求値を満たしてしまったのだ。
彼女の素質値から、マナはもしかするとヒーラーにあまり向いていないのではないか、なんて考えていたが、大きな間違いだった。
彼女のようなものを、データに現れない天才、と呼ぶのかもしれない。
「……うん」
直後、部屋の隅で光が舞った。
特に予告することもなく、プラナが〈スナイパー〉の像に触って転職を完了させたのだ。
―――――――
プラナ
筋力 50(+5)
生命 30(+3)
魔力 30(+3)
精神 30(+3)
敏捷 55(+1)
集中 86(+14)
―――――――
元々が理想的な弓使いのステを持っていた彼女は、マナとは対照的に転職条件を満たすのに一番苦労しなかった。
それでも彼女は訓練をやめず、弓使いとして必要な集中値を徹底して上げていた。
愛想のなさと初対面のイメージから気難しい相手、と思っていたが、その判断は修正しないといけないかもしれない。
「……今度は、オレの番だよな」
そして、最後の一人。
ラッドが、ゆっくりと俺の前までやってくる。
「で。おっさん。オレは『何』に転職すればいいんだ?」
彼の言葉通り、俺はラッドにだけ、どの職を目指すべきかも、どの程度のステータスを目指すべきかも、言わなかった。
要求したのは、ただ「筋力を上げろ」「ブレイブソードを使いこなせ」の二つだけ。
―――――――
ラッド
筋力 76(+22)
生命 63
魔力 27
精神 45
敏捷 36
集中 27
―――――――
〈看破〉によって見て取れたのは、筋力しか上昇していないある意味で潔い能力値の上昇。
能力値の高いステータスを上げるには、能力値の低いステータスを上げるよりも時間がかかる。
だから、ラッドの上昇ステータスの合計は、四人の中で一番低かった。
だが、こいつはこれでいい。
(筋力値七十六、か。本当にギリギリで間に合ったな)
俺はラッドを先導するように歩き出すと、〈神殿〉の中心、雄々しく剣を突き出す一人の英雄の像の前で、止まった。
その、英雄の名は……。
「……ヤング、レオ?」
戸惑うラッドに、俺はうなずいてみせる。
「ああ。これが、お前の選ぶべき職業だ」
はっきりと告げると、横にいたニュークから、驚きの声があがった。
「ま、待ってください! 〈ヤングレオ〉は、ほとんど何の効果もない外れ職業だって……」
「……ニューク」
だが、ラッドはニュークの名前を呼んでその言葉を止めると、俺の目をじっと見つめた。
「……なあ、おっさん。信じて、いいんだよな」
無言でうなずく。
それ以上の言葉は、必要なかった。
「ラッド!」
「……行くぜ」
ニュークの声が響く中、ラッドが〈ヤングレオ〉の像へと触れる。
その光は、ラッドを取り巻き、その身体に吸い込まれて……そして、それだけでは終わらなかった。
「剣が、光っている!?」
ラッドが腰に差した剣、俺の渡した〈ブレイブソード〉が、〈ヤングレオ〉の光を纏っていた。
「……剣を、抜いてみろ」
その言葉に操られるように、ラッドは〈ブレイブソード〉を鞘から抜き放つ。
直後に生まれたのは、二度目の転職の光。
〈ヤングレオ〉は零次職、なんて分類をされる職業で、その補正は筋力一、生命一の合計二しかない。
初期職業が〈ヤングレオ〉の場合は、いかにレベルを上げずにオープニングイベントを乗り切って転職するか、なんてことが真面目に議論されるほどの最弱職。
ただ、全てのクラスの中で唯一、「装備しているアイテムによって、クラスが変化する」という特徴を持つ。
特定のアイテムを装備し、その装備制限を満たすことによって、〈ヤングレオ〉は進化する!
「い、今のは……」
光が収まり、何が起こったのか分からず呆然としているラッドの肩を、ドンと叩く。
「転職おめでとう、ラッド」
レクスが手にしていた〈ブレイブソード〉。
かつて勇者が手にしていた剣、とのフレーバーテキストを持つその剣は、若き獅子の力を呼び覚ます秘宝の一つ。
一次職の〈ファイター〉を越え、二次職の〈ソードマン〉を越え、そして三次職の〈インペリアルソード〉すら越えた、その先……。
「――今日からお前は〈ブレイブレオ〉だ」
四次職業〈ブレイブレオ〉。
それが、ラッドが手にした新しい力の名前だった。
絶対ラッドくんのが正統派主人公なんだよなぁ