第二十八話 エンチャント
止まらないラッドたちの育成と、止まらない投稿時間の遅れ!
この先一体どうなってしまうのか!?
アイテムに化けている状態のミミックは、データ上においては「アイテムの姿をしたモンスター」ではなく、「モンスターに変化するアイテム」らしい。
そのアイテムに触る、攻撃する、などの接触をトリガーとしてイベントが発生。
そのイベントによってダミーアイテムは消滅し、宝箱の形をしたモンスター〈ミミック〉が生成される、という仕組みなんだろう。
そして一方、カジノの一万トークンの景品枠には「ダンジョンで入手可能なアイテムのうち、売却額がゼロのものがランダムで選出」される。
そのためごくごくまれに、アイテムに化けた状態のミミックがカジノの景品として紛れ込んでしまうのだ。
「もちろん、アイテムに変化しているミミックをインベントリに入れることは普通は出来ない。ただ、カジノの景品は直接インベントリに入るから、例外的にこうやって持ち運べるんだよ」
「そうですか。それはよかったですね」
気のない声で言いながら、レシリアは冷たい目で俺を見る。
一時は息も絶え絶えだった彼女だが、〈真闇の迷宮〉から離れることですぐに回復した。
それからはダンジョンの入り口から一歩だけ離れた場所で、ひたすらミミックを倒す俺を見守っている。
「インベントリからミミックが出る原理は分かりました。けど……」
そこで、レシリアはちら、と俺の前に積まれた装備品の山を見ると、
「残念ながら、外れだったみたいですね。そこにある装備、ほとんど店で売ってるものじゃないですか」
ツンとした態度でそんなことを言う。
いつもより明らかに刺々しいが、これはきっとさっき取り乱したことへの照れ隠しだと考えると、微笑ましい気持ちになる。
「……何ですか?」
「いや」
じろりとにらんでくるレシリアを、俺は一度視線を外していなしてから、うなずいた。
「まあ、大した装備じゃないってのはその通りだ。強いダンジョンで倒したからってミミックが強くなる訳でも、そいつが落とすアイテムが変わる訳でもない。所詮〈スティールソード〉に化けてたミミックだから、手に入るのもそれ相応だ」
そりゃ高レベルダンジョンにスティール装備が落ちてたら一発でフェイクだとバレるし、逆もまたしかり。
だからミミック系モンスターを倒して手に入るのは、基本的に「ミミックが化けていたアイテムと同程度のアイテム」だけ。
要するにこいつの場合、店売り装備と同じ程度の強さの装備しか落とさない。
「だけどな、それでいいんだよ。俺が求めてるのは最強の装備なんかじゃない。新人冒険者でも身に着けられる『強い装備』だからな」
〈真闇の迷宮〉クラスで落ちる装備は、装備制限に平気で筋力五百とか魔力六百なんかを要求してきたりする。
そんなものを手に入れたって、まだ新人に毛が生えた程度のラッドたちの力にはならない。
「それに、この装備は種類こそ店売りのものと同じだが、一つだけ店売りと違う部分がある。それが、〈黒猫の祝福コイン〉でついたであろう『エンチャント』だ」
「エンチャント、ですか。あまり、効果を実感したことはないですけど……」
ただ、レシリアの反応は鈍い。
こういうのは、やはり体感してもらうのが一番だろう。
「レシリア。お前って攻撃魔法は使えるのか?」
「……唐突ですね」
俺が尋ねると、レシリアは嫌そうな顔をしながらも、「ウインドカッター」と短く詠唱。
手の平から飛んだ風の刃は、見事に十メートルほど先の広葉樹を直撃し、その幹を三分の一ほど削って消えた。
「この通り。風の下級魔法だけですが、一応習得はしています」
「いや、下級でこの威力なら大したもんだろ」
一応、と本人は言うが、やはり基礎ステータスが違う。
魔力は一番低い能力のはずだが、それでも新人魔法使いの魔力値を平気で上回ってくる。
「じゃあええと……ほら」
俺は地面に転がった装備を〈鑑定〉していき、手頃な指輪を三つ選ぶとレシリアに手渡す。
レシリアは指輪を受け取ったものの、しばらくは不審そうにそれを眺めていた。
「……これ、装備したら呪われたりしないですよね」
「どんだけ信用ないんだ俺は。エンチャントがついてるだけで、本体は店売りの指輪と同じだぞ」
急かすと、レシリアはいかにも不承不承といったように指輪を指に通していく。
だが、最初の指輪がその細い指に収まった瞬間、不可解そうに眉を寄せた。
「何だか、変な感じですね。少し、ピリピリするような……」
首をかしげるレシリアに俺は、向こうにある木を指さしてやる。
「ほら。もう一回、ウインドカッター」
「人使いの荒い」
レシリアはぶつくさと言いながらも、素直にウインドカッターを唱える。
突き出した手の平で、風の魔力は膨張し、
「……え?」
生み出された巨大な風の刃は、狙った木を両断し、奥の木をいくつか薙ぎ倒してから、彼方に消えた。
切り裂かれた木が地面に倒れ、ズズン、と深い音を立てるまで、レシリアは身動き一つせずに固まっていた。
「――なん、ですか……これ」
やがて振り返った彼女の顔は、ダンジョンの魔力にあてられた時と同じくらい、蒼白だった。
予想以上にいいリアクションに、思わず笑みがこぼれる。
「言っただろ。エンチャントのついた指輪だよ」
「ありえません! だって私は、近接職です! こんな、まるで魔法使いみたいな……」
だが、「ありえない」なんてことはない。
モンスタードロップに付加されるエンチャントの理論上の上限は、「そのモンスターが生成されたダンジョンのレベル」までと決まっていて、大体が「ダンジョンのレベルの半分」程度の値が付与される。
スティール装備のような店売りの装備につくのは本来ならどんなに高くても十程度、普通なら一桁だ。
筋力や魔力がいくつか上がっても、それは効果が実感しにくかっただろう。
けれど、このミミック産の店売り装備は違う。
システム的に、ミミックの生成は変化が解けた場所で行われるため、このアイテムに付与されるエンチャントは〈真闇の迷宮〉基準のもの。
このイカれた難易度を誇る〈真闇の迷宮〉のダンジョンレベルは「九十九」。
ゆえに、そこで生まれたとされるミミックが落とすアイテムには、おおよそ五十前後の能力エンチャントが付与される。
「レシリアに渡した三つの指輪には、それぞれ、魔力『+48』『+62』『+71』のエンチャントがついている。その三つを合計すれば、『181』。それは、この世界のベテラン魔法使いが、生涯をかけて到達する魔力値にも匹敵する」
そして当然それは、レシリアの一番高い能力を、軽く凌駕する。
今この瞬間の彼女のステータスは、もはやスピード型の近接職のものじゃない。
近接も出来る魔法使いだ。
「兄さんは……。兄さんは、この三つの小さな指輪が、人の生涯の研鑽を上回ると、そう言いたいんですか?」
喘ぐようにそう問いかけるレシリアに、俺は笑みを返す。
「そんなもんじゃ終わらないぞ。装備がつけられる枠は九つある。それ全部にこのエンチャント装備をつけたら、一体どうなると思う?」
当然ながら、今のレシリアや俺程度のステ振りでは、全てが吹っ飛ぶだろう。
装備に合わせるために職業を変えることになるかもしれないし、戦闘スタイルの一切合切を一から構成しなくてはいけなくなるかもしれない。
――人は装備の奴隷となり得るし、そうでなくては面白くない。
人を振り回すくらいの装備を使いこなしてこそ、冒険者は輝く。
育てたキャラに合わせて装備をそろえるのも、手に入れた装備に合わせてキャラを育てるのも、どちらもゲーマーにとって大切なことだ。
「それに、さっきも言っただろ。この装備の価値は単に『強い』ということだけには留まらない。その真価は、こいつの『汎用性』にある」
弱いけれども誰にでも扱える装備や、強い代わりに扱える人を選ぶ装備なら、いくらでもある。
ただ、このエンチャント装備は、違う。
「これは、鍛え抜かれ、選ばれた者だけが身に着けられるものじゃない。冒険者として初心者ダンジョンに潜れる程度の実力があれば、誰にでも装備出来るんだ」
「ぅ、あ……」
何気なくつけた指輪が、突如として恐ろしい化け物に変化したかのように慄く彼女に、俺は笑顔で告げた。
「――これが、俺の求めた力。『最強の育成用装備』だ!」