第二十七話 員数外の魔物
ゲームの説明だと筆が乗りすぎて困る
現実世界において、俺はブレブレをやり込んではいたが、決してやり尽くしてはいなかった。
いや、やり込んでいたという言葉すら、おこがましいかもしれない。
俺はブレブレを四回初めからプレイし、そのうち二回でクリアはしたが、最高のエンディングを見れたかどうかは自信がない。
それというのも、ブレブレはやはり「遊ぶのは容易く、極めるのは至難」なゲームだということに尽きる。
ブレブレの難易度調整は良い意味でも悪い意味でも絶妙で、「ゲームが順調に進行すればするほど、敵が強くなる」というシステムを取っている。
ブレブレのゲームの目的はラスボスである〈悪神ラースルフィ〉を倒すことだが、この悪神、戦おうと思えばどんなプレイをしていても戦うことが出来る。
極論、ゲーム開始からずっと宿屋で寝続けていても、二年が経つと自動的に「主人公」の前に〈救世の女神〉が現れ、パーティをラースルフィが潜む〈闇の神殿〉まで強制送還、もとい、送ってくれる。
もちろん、完璧な状態で復活した悪神に、まるで育っていないプレイヤーが勝てるはずがない。
そこで「主人公」は自分を強化し、さらに〈闇深き十二の遺跡〉の最深部にある「分割された悪神の力」である邪悪な力を纏う像を破壊して悪神を弱体化させる必要があるのだが、ここに罠がある。
――その際に悪神の力の余波が世界に飛び散り、世界中のモンスターが一段階強くなってしまうのだ。
ゲームシステム的に考えれば、いいギミックだと思う。
ゲーム進行ごとに敵が強くなり、既存の場所にも新しい変化が生まれるのでゲームに歯ごたえが生まれるし、〈闇深き十二の遺跡〉の敵も当然のように強くなるので、十二の遺跡の中でも相性の悪いダンジョンを先に攻略する、などの戦略性も生まれる。
ただ、世界にとってはそう喜べた話ではなく、ゲーム内で時間が進むほど、そして〈闇深き十二の遺跡〉が攻略されればされるほど世界は生きづらくなり、街の雰囲気も暗くなる。
冒険者が死んでいったり、一部の店が潰れてしまったり、街が崩壊するイベントが起きたり、やべえ教団が幅を利かせるようになったりとその変化は多岐にわたり、こちらの面でもゲームの難易度を上げることになる。
よく出来ているとは思うが、ほんと、よくもまあこんな性格の悪いシステム作ったな、と言いたくなる。
ただ、この〈闇深き十二の遺跡〉は、実は全てを攻略する必要はない。
おおよそ半分、つまり遺跡を六つクリアした時点で、ラスボスであるラースルフィは「主人公」たちが太刀打ち出来るレベルにまで弱体化する。
多少育成やイベントに失敗しても、何とか二年以内に七つほどの遺跡を攻略出来れば、十分にクリアは可能なのだ。
しかし、それでクリアして見られるのはおそらくはノーマルエンド。
苦労してラスボスを倒しても、〈救世の女神〉がほんのわずかに感謝の言葉を述べるだけで画面がホワイトアウト、荘厳な音楽と共にスタッフロールが流れるという淡白なエンディングしか見られない。
スタッフロールの最後も、「END?」と含みを持たせたメッセージが表示されて終わってしまう。
仲良くなったキャラクターとのキャラエンド的な後日談を期待していた俺はこれには大いに憤ったが、今では考え方を変えている。
(おそらく、ブレブレのトゥルーエンドを見るには、このゲームを極めないとダメなんだ)
鍵になるのは、間違いなく〈闇深き十二の遺跡〉。
考えられる可能性は、「遺跡を全くクリアせずに、最強状態の悪神を倒す」か、あるいは「全ての遺跡を攻略し、悪神と対峙する」の二つ。
ただ、前者についてはほぼ不可能と考えている。
なぜなら遺跡を全く攻略していない状態では敵モンスターが弱いため、十分なレベルが確保出来ないからだ。
だから挫折した一周目、そしてノーマルエンドだった二周目を乗り越えた俺は、三周目で全ての遺跡の攻略を目指した。
事前にチャートを作り、少ない攻略情報の中で最適行動を取って、何とか十一個目までの遺跡を攻略した。
したのだが、十二個目、この〈真闇の迷宮〉だけは無理だった。
迷宮を攻略中に〈常闇の教団〉が襲ってくるというのも失敗の要因だが、単純に魔物が強い。
ほかの遺跡は難易度が攻略順によって変わるにもかかわらず、唯一この〈真闇の迷宮〉だけは、いつ来ようともレベル百オーバーのハイスペックモンスターがお出迎えしてくれる。
その代わり全てが中ボス扱いなのか、敵配置は固定で復活することもないが、おそらくこれは〈真闇の迷宮〉が実質的なラストダンジョンということなんだろう。
結局完全クリアを諦めた俺はノーマルエンドで三周目を終えた。
そして、ちょうど配信された数々のDLCを導入、その力を借りて今度こそ完全クリアをしようと四周目を開始、というところで実生活が忙しくなった。
当然ゲームは中断、そのままゲームに触れることもなくなってしまった、という流れだ。
あのまま四周目をプレイし続けていたら〈真闇の迷宮〉をクリア出来たのか、それは分からない。
それだけ、〈真闇の迷宮〉はほかと隔絶した難易度のダンジョンだったのだ。
※ ※ ※
「……だってのに、当然のようについてくるんだな、レシリア」
「兄さんが死ぬのは勝手ですが、その身体はレクス兄さんのものですから」
俺はほんの少し後ろをついてくるレシリアを振り向くと、彼女はにこりともせずにそう返してきた。
「もう一度言うが、危険だ」
「分かりました。なので、ついていきます」
強情だ。
梃子でも動かない、というのはこのことだろう。
処置なしと見た俺は、仕方なく前を向いて進むことに専念することにした。
すると、それを俺の許可だと解釈したのか、レシリアはひょいと俺の横に並んだ。
「心配しなくても、兄さんの指示には従いますから」
そんな風に言うレシリアに、安心していいのやら不安に思えばいいのやら、複雑だった。
「そういえば、いつのまにか普通に『兄さん』って呼ぶようになったよな」
「あなたを『レクス』と呼ぶのは抵抗がありますので」
本人が意識してんだかしてないんだかも分からないが、いちいち言葉に棘がある。
「……他人を『兄さん』って呼ぶのはいいのかよ」
「それは今さらなので」
「そうかい」
俺にはピンとこない感覚だが、彼女の中では筋が通っているのだろう。
無言で前に進んでいると、今度は反撃とばかりにレシリアが口を開いた。
「兄さんこそ、私に対してだけ態度が違いませんか?」
「そりゃ、レクスを演じる必要がないからな」
特にレクスのロールプレイをする必要はないはずなのだが、周りの人間には、なんとなく「レクスとしての自分」を演じてしまうところがあった。
ただまあ、レシリア相手は例外だ。
俺の正体が異世界の一般人だと知っている相手に、レクスの真似なんてしてもしょうがないだろう。
おかげで、レシリアに対しては肩肘を張らずに自然体で話せている、という自覚はある。
「そういう意味じゃ、俺たちは意外とバランスは取れてる、のか」
「……さぁ。どうでしょう」
無駄口を叩きながらも、俺たちはダンジョンを目指して進む。
ラストダンジョンゆえか、〈真闇の迷宮〉の周りにはモンスターは出ないし、いまだに遺跡を一つも攻略していない時点でフィールドにそう強い敵は出ない。
俺たちは難なく迷宮の入り口を見つけることが出来た。
「何だか雰囲気がありますね」
あくまで軽口を叩くレシリアに、もう一度釘を刺す。
「いいか。今回の目的はあくまで『優秀な装備品』の確保だ。このダンジョンを攻略することでも、ここのモンスターを倒すことでもない。絶対に軽率な行動は控えて……」
「分かっています。トーレン家の名にかけて、兄さんの足は引っ張りません」
そう口にするレシリアの目に、先ほどまでのふざけた色は全くない。
これなら大丈夫だろう。
「ここで、使っておくか」
俺はインベントリから〈黒猫の祝福コイン〉を出すと、それを指で弾いた。
コインは「チャリーン」と甲高い音を立てて宙に溶けていき、同時に俺の周りを金色の光が舞った。
「今のは……」
「コインの効果だ。これで一定時間、俺が手に入れる装備品は、『確実にエンチャントがつく』ようになった」
そう。
今回の俺の目当ては、強力な「エンチャント」のついた装備品だ。
ブレブレはハクスラ的な要素も強いゲームで、ダンジョンなどで手に入れた装備品には確率で付加価値がつくことがある。
その一つが「エンチャント」で、装備品にランダムで一種類だけ、「筋力+34」「魔力+11」のような補正効果がつくことがある。
そして、その装備品にかかるエンチャントの効果は、そのダンジョンの強さに比例する。
つまりこの難易度最高レベルの〈真闇の迷宮〉なら、最高級のエンチャント装備が期待出来るということだ。
「……行くぞ」
黒猫のコインの効果は三十分しかもたない。
時間に余裕はあるとは思うが、あまりのんびりしていて時間に追われるのも困る。
俺はレシリアの半歩前を行くようにして、遺跡に足を踏み入れた。
(レシリアじゃないが、本当に雰囲気があるな)
踏みしめた地面が、ぴちゃり、と音を立てる。
構わず数歩歩を進めると、「う……」と、後ろでレシリアが呻くような声を上げた。
まあ、気持ちは分かる。
湿った風と、ひんやりとした空気。
大げさに言えば、入った瞬間に世界が変わったような心地がした。
「この奥の部屋に、最初の敵、〈ダマスカスガーゴイル〉がいる。攻撃するか、扉に手を触れるかしないと絶対に動かないから、くれぐれも余計な……」
言いかけて振り向いたところで、レシリアの異変に気付いた。
彼女はその場に膝をつき、口元を押さえたまま動けないようだった。
「レシリア!?」
「この、とんでもなく濃い、魔力の、中にいて、平気、なんですか? ……兄さんは、本当に、人間離れ、してますね」
苦しそうに、途切れ途切れにそうしゃべるレシリア。
強がってはいるが、その顔は青白い。
俺も、迷宮に入った瞬間に空気の変化は感じ取った。
だが、魔力による圧迫を感じるほどではなく、むしろ程よい緊張感が心地よいくらいだった。
(俺がこの世界の人間じゃないから? いや、単純にレベルか?)
原因はいくつも思いつくが、今はそんな場合じゃない。
コインを使った以上、ここで出直すなんてことは出来ない。
だが、残念ながらこの状態のレシリアを連れていく訳にはいかないだろう。
「レシリア、外で待っていてくれ。予定通りに俺一人で……」
言いながら、前に進もうとする。
だが……。
「――ダメ、です」
そこで、後ろから腕が掴まれた。
俺は「こんな時にワガママを言うのは」と払いのけようとして、ハッとした。
「いかないで、ください」
俺の腕を掴むレシリアは、必死だった。
倒れそうな身体を何とか支え、必死に俺を引き留めていた。
「この場所は、危険です。あなたまで、あなたまでいなくなったら、私は……」
そこにいつもの強気な少女の姿はなく。
ただ親に縋る幼子のようなその姿を見て、俺は……。
俺は……。
「――分かったよ」
……俺は、奥に進めかけた足を完全に止めた。
「え?」
あっさりと俺が止まったことに驚いたレシリアに、笑いかけてみせる。
「初めから、説明しておけばよかったな。今日はダンジョンを攻略するつもりじゃないって言っただろ。奥に行かなくても、もう『宝箱は持ってる』んだ」
何を言っているか分からない、という顔のレシリアの前で、俺はインベントリを操作する。
選んだのは、オリハルコン製のナイフ〈ゴブリンスローター〉と一緒に、カジノの景品に並んでいたアイテム〈スティールソード〉。
カジノで大量に交換したおかげでインベントリを占有しているその〈スティールソード〉の一つを、俺は迷いなく選択した。
「スティール」系の装備自体はレシリアも装備しているごく初級のアイテムで、NPCの店で簡単に買える。
当然ながら、めずらしいアイテムなどではない。
――けれど、この〈スティールソード〉は違う。
だってそうだろう?
「非売品の景品しか置かないカジノ」に並んでいた、「店で買うことも出来るアイテム」が、普通であるはずもない。
「始めるぞ!」
インベントリから出た瞬間に、その〈スティールソード〉は真の姿を現す。
剣の形を瞬時に失い、その体躯は見る間に大きく、厚みを増していく。
やがて二つに開いた茶色の身体は、さながら、牙の生えた宝箱!
「ギィヤアアアアア!」
悲鳴のような声をあげてすぐ近くにいた俺たちに飛びかかろうとしてくるが、その一撃は届かない。
待ち構えていた俺の剣の一閃を受け、一瞬で光の粒子へと姿を変えた。
「……え?」
呆然とつぶやくレシリアの前。
宝箱の怪物がいた場所にカラン、と腕輪が落ちる。
地面に落ちたその腕輪は、エンチャント付きの装備であることを示す金色の煌きに包まれていたのだった。
【ミミック】
ダンジョンに落ちているアイテムに化けたモンスター。
変化したアイテムに触れるか攻撃するとその正体を現し、襲ってくる。
その習性と強さから冒険者の脅威となることも多いが、倒すと必ず装備品を落とす。
久しぶりのダンジョン&バトルでした!
楽しんでいただけましたか?(にっこり)