第二十四話 それぞれの修行(ラッド)
ゲームの話になると急に長文になる奴~www
ラッドたちが訓練をしている場所は、すぐに分かった。
そこになんとはなしに人が集まり、幾人かは自分の訓練も忘れてその光景を眺めていたからだ。
「うおおおお! V、スラッシュ!」
叫びながら訓練用の案山子に向かって剣を振るうのは、新人パーティの切り込み隊長、ラッドだ。
ただ「魔力を剣に纏わせる」というのが存外に高等技術だったらしく、初日はかなり苦戦していたが、今ではかなりなめらかにやってのけているように見える。
振り抜いたVの軌跡は多少不格好ではあるものの、ギリギリで〈Vスラッシュ〉を成立させ、その剣閃は光を放っていた。
だが、衆目を集めていたのは、その隣。
「V、スラッシュ! いな、づま、斬り!! クロス……レイド!!」
この世界での俺の妹、レシリア。
彼女が流れるように技を繰り出していく姿に、俺は思わず息を呑んだ。
もちろん彼女は別に人に見せるために動いている訳ではないし、そんなこと気に留めてすらいないだろう。
着ている服だってただの訓練着で、手にしているのは単なる店売りのスティールソードだ。
それでも、あまりにも美しいフォームに、完成された身のこなしはどうしたって人を引き付ける。
天女のように舞い、鋭く苛烈な斬撃を繰り出すその姿を見て、俺はあらためて実感した。
――俺は、ゴミだ。
あ、いや、別に俺の人間性がカス同然とかそういう話じゃない。
そこは割と否定出来ないところだが、本当にそういう話じゃない。
そうではなく、この世界にいるのはまさに創作物の中のキャラクター。
ひとかどの人物になるべく作られて、恵まれた容姿に恵まれたステータスを持って生まれてきた、二次元世界の住人なのだ。
スペックにおいて、単なるゲーム好きの一般オタクが比肩出来るような相手じゃない。
だから、慢心は、なしだ。
「俺」はこいつらよりも劣っているし、「レクス」もこいつらには敵わない。
まず、これを大前提として考えよう。
こいつらと同じ土俵で争って、同じだけの努力をすれば、俺は必ず負ける。
しかし、それを理解してなお、俺は今の状況にアドバンテージを見出していた。
なぜなら……。
「ラッド。レシリア。それじゃダメだ」
それだけ完璧なレシリアたちが、いまだに手動入力でのアーツを物にしていないからだ。
「その速度でやるんだったら、心持ちコンパクトに、慣性を意識して」
言いながら俺は小さく鋭く剣を振り抜き、「頭の中のモニター」に正確に軌跡をなぞるように剣を動かす。
その剣閃は完全なるVの字を描き、ラッドやレシリアたちより強い、綺麗なエフェクトを生み出した。
それをレシリアは瞬き一つせずに真剣に追い、ラッドは悔しそうに呻いた。
「あいかわらず、おっさんの技はわけわかんねえな。剣の軌道は歪んでんのに、どうしてオレたちより綺麗な技が出るんだよ」
「計算してるから、としか言えないな。いいか? アーツと同じ動作をするんじゃない。ただ、アーツの軌跡を世界に示すんだ」
我ながら、まるで意味の通らない解説。
だが、俺としてもこれ以上の説明は出来ない。
技の再現としては完璧な、むしろ俺よりも再現度が高いとすら思われる二人の動き。
だが、それが今一つうまくアーツ発動につながらないのは、アーツのマニュアル発動の仕様が、なぜか「ゲーム準拠」だからだ。
俺も最初は、「オートでアーツを使った時の動きを完全に再現すればマニュアルアーツが発動する」と思っていたが、違った。
手動でアーツを使うには、「発動したアーツ自体の動作」ではなく、「ゲームプレイヤーがアーツをマニュアル発動する時のコントローラーの動作」を武器で再現する必要があるようなのだ。
もちろんどちらも「軌跡を正確になぞる」というのは同じだが、ゲームと現実では明確に意味が異なる。
考えてみれば分かるが、仮に「現実にテニスをしているみたいに楽しめる」を売りにするゲームがあったとして、じゃあコントローラーの動きと現実のラケットの動きが完全に一緒かというと、そんな訳はない。
技術面以前に、そんなんめちゃくちゃ疲れるし、練習が大変だし、ついでに言えば狭い場所では絶対に出来ないクソゲーになるだろう。
世界一のボクサーが、世界一のボクシングゲーマーとは限らない
体感型ゲームであっても、そのコントローラーの動かし方には独特のコツが生まれる。
例えばブレブレでは、コントローラーは半径を大きく取って力任せに振るより、小さく速く振った方がより強く認識される傾向にある。
極端なことを言えば、大振りで五十センチほどコントローラーを振った場合と、手首のスナップだけで素早く十五センチ振った場合、動かしている距離は全く違うのに、ゲームにおける動きは同じになったりするのだ。
アーツのマニュアル発動を完全に使いこなすには、この辺りを踏まえて武器を振るう必要があり、要するに「自分が今持っている武器がダイナミックモーションZ(税別七千九百八十円)であると仮定して、その空想上のモーションセンサーがうまく反応するように速度や振り方を調整して武器を振るう」という、この世界の人間は誰一人持っていないであろう謎の技術が要求されることになる。
これは言うなれば「ゲーム」と「現実」、異なる二つのすり合わせが生む歪み。
だがその狭間こそが、俺の「活きる」道となる。
「くっそ! 一体どんだけ訓練したら、こんなもんで技をつなぐなんてことが出来るようになんだよ」
ラッドは嘆いているが、こればかりはしょうがない。
ブレブレには本編とは別に、MPなどを気にせずに無限に技や魔法の試し撃ちが出来る〈プラクティスモード〉というのがあった。
そこでマニュアル技の練習をすると、お手本となる技の軌跡を表示出来たり、今の動きがどれだけの再現度だったかなどが、視覚的に表現されていた。
練習の環境からして当時の俺は恵まれすぎていた、と言えるだろう。
「時間はある。ゆっくり覚えていけばいい。それに……」
ラッドはおそらく先頭を切って敵の攻撃を引き付けながら戦う戦闘スタイルになるだろうから、あまり連撃を入れる機会はない。
オーバーアーツによるアーツの重ねまでは使うことはないかもしれないが、マニュアルアーツはたくさんの利点があるため、覚えていて損はない。
そんな説得が功を奏したのか、元々根が真面目なせいか、ラッドはしばらく真剣に訓練に取り組んでいたが、やがてぽつりと言った。
「……なぁ。オレ、ほんとに武器を振ってるだけでいいのか?」
「どういう意味だ?」
俺が尋ねると、ラッドは不安そうに俺に問いかけた。
「ほかのみんなは、もっと色んな訓練をやってんだろ? だけどオレは、最悪一ヶ月これだけでもいいって……。不安なんだよ。あいつらに置いてかれるんじゃないかって」
その言葉に、俺は少し驚いてしまった。
脳筋なイメージのあるラッドのことだ。
てっきり思う存分武器を振り回せて喜んでいるのかと思っていたが、案外考えているようだった。
(どう、するかなぁ)
俺は、少し考え込む。
ラッドには何より筋力値が必要だ。
だから筋力が上がるこの訓練は単純に最適だからやっているだけなのだが、それだけでは納得はしないだろう。
(……まあ、少し早いが、頃合いか)
不安そうに俯くラッドに近付いて、「ほら」と言って俺は右手を差し出す。
伸ばしたその右手には、一本の剣が握られている。
「お、おっさん。これは……」
「知ってるだろ。俺の愛剣の〈ブレイブソード〉だ」
軽く言ってやると、ラッドは俺よりも激昂して叫んだ。
「そ、それは分かってんだよ! それより……」
「本当は察してるんだろ? これを、お前にやるってことだ」
「なっ!」
絶句してしまったラッドに、俺は言葉を連ねる。
「最初に言っただろ。『もし俺が死んだら、この剣はお前にやる』ってな。蘇ったが、死んだのは確かだ。だからこれはお前のものだ」
一方的に言い切って、ラッドに〈ブレイブソード〉を押し付ける。
「お、重い……」
受け取った途端によろめくラッドに、俺は「そりゃそうだ」と笑ってみせる。
「仮にもA級冒険者の剣だぞ。簡単に扱えると思うなよ」
レクスが死んだ場合の初期「主人公」もそうだった。
託された〈ブレイブソード〉は生半可な筋力値じゃ扱えない。
経験を積み、それを扱えるようになった時、やっとレクスの意志を継いだと言えるのだ。
「やっぱり、オレには……」
そう言ってまた俯こうとするラッドに、俺は言った。
「ニュークから聞いたぞ。……『英雄』に、なるんだろ?」
俺の言葉に、ラッドはハッと顔を上げた。
「そいつは伝説にも語られる〈ブレイブソード〉だ。なのに英雄を目指すお前が、そいつから逃げ出すのか?」
ラッドはグッと唇を噛み締め、〈ブレイブソード〉を見つめた。
その心中でどんな葛藤が生まれ、どんな思考が渦巻いているのか、それは俺には分からなかった。
だが、最後にはラッドは顔を上げ、それからキッと俺をにらみつけた。
「おっさんのくせに下手な挑発しやがって! だけどその挑発、乗ってやるよ!」
その瞳には、もはや不安の影はない。
ただ、輝かんばかりの負けん気と熱意だけがこもっていた。
「見てろよ、おっさ……レクス! オレは絶対、この剣にふさわしい英雄になってやる! だから絶対、見てろよな!」
そう叫んだかと思うと、ラッドは〈ブレイブソード〉で素振りを始める。
うおおおお、と叫んで、重い剣を振り回す。
しかし、高い筋力値を要求するそれはラッドを逆に振り回す。
それを必死に御し、時に転びながらも、それでも一心不乱に訓練を続ける。
その姿はお世辞にも様になっているとは言い難かった。
ただそのがむしゃらさ、ひたむきさは、どこか人の胸を打つものがあった。
「……ったく。恥ずかしい奴」
知らない間に笑みの形になっていた唇を引き締め、俺は踵を返す。
「……さて」
一度だけ振り向き、最後にラッドの姿を目に焼き付けて、俺は訓練場を後にする。
と、そこに音もなく近付いてくる影があった。
「……レシリア。お前、練習はもういいのか?」
「兄さんがどこかに行くなら、ついて行きます。放っておくと何をするか分かりませんから」
酔狂な現世の妹に苦笑してから、二人で歩き出す。
「目的地は、冒険者ギルドだ。殴り込みに行くぞ」
この先は、ゲームでも未体験。
うまくいくかどうかは、分からない。
ただ、これだけの本気を見せられてしまったら、俺が生ぬるいことをしている訳にもいかない。
今度は俺の番だ。
「――お行儀のいいゲーム人の奴らに、現代のゲーマーの戦い方って奴を見せてやらなきゃな!」
次回からレクスさん無双(の予定)